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第一部 高嶺の蝶
花火と告白
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「葦原さんは時間大丈夫なの」
学は遠慮がちに玲奈に聞いた。玲奈はわざと笑顔で答えた。
「うん、平気平気。今日はバイトもないし。三上くんこそ、大丈夫」
今日は隅田川の花火大会だった。もちろん知っていたが、そんなことは玲奈には無縁のことだった。今日はこれから嫌な予定があったのだから…
だからたまたま出くわした学のたどたどしい誘いに、玲奈は無意識にうなづいてしまったのだった。
築城の汚い欲望につきあうよりも、学と花火を見にいきたい。私だって、気になる男の子と一緒に、少しの間夏休みを過ごしたい。その気持ちに抗えなかった。
「ああ。塾はもう終わったから」
「そっか。偶然会えてよかった…新宿からでもね、花火は見えるんだよ。空いてるとこ知ってる。こっちこっち」
玲奈ははしゃいでどんどんと先へ進んだ。こんな時のために、新宿の駅前を知り尽くしていてよかったと玲奈は思った。
「ちょっ…と待って、葦原さん」
一方学は人込みをすいすいかき分けて進む玲奈についていききれず思わず呼び止めた。
「あっ、ごめんごめん!」
玲奈は慌てて立ち止まった。そして少しためらいながら言った。
「はぐれちゃうとアレだし…手、つなごっか」
「ああ…うん」
学は相変わらずの無表情だったが、少し照れているのがわかった。玲奈も少しためらいを感じたが、その事自体がおかしく、そして自分にそんな感情が抱けることがたまらなくうれしかった。
(私、三上くんと手をつなぐのが、うれしい。ドキドキしてる…)
玲奈はちょっとの勇気を出して、三上の手を握った。夏だというのに、少し冷たかった。玲奈よりも少し大きいが、すんなりとした指先。
「はぐれないよう、ぎゅっとね」
照れ隠しで玲奈は笑った。学の無表情が少しゆれた。たぶん、笑おうとしたのだ。
「ほらっ、ここなら夜空がよく見えるでしょ?」
たどり着いたビルの屋上からは、たしかに景色が一望できた。光の固まる新宿駅に伸びる路線、熱帯夜の中に浮かぶ高層ビルの群れ…。
「隅田川…浅草はあっち方面だから、ここで待ってれば見えるはず」
「よく知ってるな」
「いちお、住んでるからね」
へへと玲奈が笑うのを見て、学は胸が締め付けられたような気持ちになった。玲奈は謎が多い。だけれどそれを無理やり暴こうとは思わない。それは自分と同じ孤独の匂いがするからだ。彼女はおそらく自分よりも、ギリギリのところで頑張っている。それなのに、こうして自分に屈託のない笑みをくれるのだ。
彼女といるのと、今まで感じたことのない気持ちを感じた。嬉しさと逸るような気持ち、そして不安だった。
彼女はふいに自分の前から姿を消してしまうんじゃないか。この、友達とも呼べないような儚い2人の関係は、すぐに崩れてなくなってしまうのではないかと。
(そうならないようにしたい…けど、今の自分ではその力がない)
学は悔しく思いながら自分の手を見つめた。その時だった。
「あっ、上がったよ!」
玲奈がうれし気に夜空を指さした。大きなオレンジ色の輝く光が、夜空に景気よく上がっている。
「…きれいだねぇ」
玲奈は普段は花火なんか見ても、ちっとも心動かされない。ただ上がってるな、と思うだけだ。だけど今は心からそれを綺麗だと思った。
(同じ花火でも違うんだ。誰とみるかによるんだ、こういうのって…)
普通の女の子なら誰しも知っていることを、今初めて玲奈は思ったのだった。
「ああ、そうだな…」
玲奈の素直な感想に、学も目を細めて夜空を見上げた。玲奈が嬉しそうなので、学もまたうれしくなったのだ。
2人はしばし、肩を寄せ合って花火を眺めた。
「…この時間が、ずっと続けばいいのに」
玲奈がぽつんと言った。
「明日にならないで、ずっと今で、こうして三上くんと花火を見れていればいいのに」
寂しげに言う玲奈を見て、学も同じことを思った。2人きりで、安心して一緒に花火を見上げているこの時間は、まるで魔法のかかったような貴重な時間だ。
「…そうだな…俺も、そう思う」
玲奈が少し驚いたように学を見た。そして泣き笑いみたいな顔で、笑った。
叶わない願いをあきらめるしかないことを、わかっている笑いだった。
それを見て、コップの水があふれるように、学の口からふっと思いがあふれ出た。
「葦原さん…俺は君が好きだ」
今度こそ、玲奈は本当に驚いて目が丸くなった。学はつづけた。
「今は…無理だとわかってる。だけど卒業したら、俺と…一緒に居てくれないか。ずっと」
玲奈の目に涙の粒が盛り上がり、滑り落ちた。
「それって…付き合うってこと?恋人ってこと?」
「そうだ」
玲奈はしたを向いて顔をごしごしこすって、言った。
「うん、そうしたい。一緒にいたい。三上くんと」
濡れた瞼は少し赤くて、でも彼女は笑っていた。今まで見た中で一番、嬉しそうな顔だった。彼女が愛おしかった。この笑顔を消したくない。守り抜きたい。
学の暗い洞穴のようだった心の中に、熱い気持ちが沸き起こった瞬間だった。2人の顔が自然と近づいた。
その夜の特大の名物花火を、2人は見事に見逃したのだった。
学は遠慮がちに玲奈に聞いた。玲奈はわざと笑顔で答えた。
「うん、平気平気。今日はバイトもないし。三上くんこそ、大丈夫」
今日は隅田川の花火大会だった。もちろん知っていたが、そんなことは玲奈には無縁のことだった。今日はこれから嫌な予定があったのだから…
だからたまたま出くわした学のたどたどしい誘いに、玲奈は無意識にうなづいてしまったのだった。
築城の汚い欲望につきあうよりも、学と花火を見にいきたい。私だって、気になる男の子と一緒に、少しの間夏休みを過ごしたい。その気持ちに抗えなかった。
「ああ。塾はもう終わったから」
「そっか。偶然会えてよかった…新宿からでもね、花火は見えるんだよ。空いてるとこ知ってる。こっちこっち」
玲奈ははしゃいでどんどんと先へ進んだ。こんな時のために、新宿の駅前を知り尽くしていてよかったと玲奈は思った。
「ちょっ…と待って、葦原さん」
一方学は人込みをすいすいかき分けて進む玲奈についていききれず思わず呼び止めた。
「あっ、ごめんごめん!」
玲奈は慌てて立ち止まった。そして少しためらいながら言った。
「はぐれちゃうとアレだし…手、つなごっか」
「ああ…うん」
学は相変わらずの無表情だったが、少し照れているのがわかった。玲奈も少しためらいを感じたが、その事自体がおかしく、そして自分にそんな感情が抱けることがたまらなくうれしかった。
(私、三上くんと手をつなぐのが、うれしい。ドキドキしてる…)
玲奈はちょっとの勇気を出して、三上の手を握った。夏だというのに、少し冷たかった。玲奈よりも少し大きいが、すんなりとした指先。
「はぐれないよう、ぎゅっとね」
照れ隠しで玲奈は笑った。学の無表情が少しゆれた。たぶん、笑おうとしたのだ。
「ほらっ、ここなら夜空がよく見えるでしょ?」
たどり着いたビルの屋上からは、たしかに景色が一望できた。光の固まる新宿駅に伸びる路線、熱帯夜の中に浮かぶ高層ビルの群れ…。
「隅田川…浅草はあっち方面だから、ここで待ってれば見えるはず」
「よく知ってるな」
「いちお、住んでるからね」
へへと玲奈が笑うのを見て、学は胸が締め付けられたような気持ちになった。玲奈は謎が多い。だけれどそれを無理やり暴こうとは思わない。それは自分と同じ孤独の匂いがするからだ。彼女はおそらく自分よりも、ギリギリのところで頑張っている。それなのに、こうして自分に屈託のない笑みをくれるのだ。
彼女といるのと、今まで感じたことのない気持ちを感じた。嬉しさと逸るような気持ち、そして不安だった。
彼女はふいに自分の前から姿を消してしまうんじゃないか。この、友達とも呼べないような儚い2人の関係は、すぐに崩れてなくなってしまうのではないかと。
(そうならないようにしたい…けど、今の自分ではその力がない)
学は悔しく思いながら自分の手を見つめた。その時だった。
「あっ、上がったよ!」
玲奈がうれし気に夜空を指さした。大きなオレンジ色の輝く光が、夜空に景気よく上がっている。
「…きれいだねぇ」
玲奈は普段は花火なんか見ても、ちっとも心動かされない。ただ上がってるな、と思うだけだ。だけど今は心からそれを綺麗だと思った。
(同じ花火でも違うんだ。誰とみるかによるんだ、こういうのって…)
普通の女の子なら誰しも知っていることを、今初めて玲奈は思ったのだった。
「ああ、そうだな…」
玲奈の素直な感想に、学も目を細めて夜空を見上げた。玲奈が嬉しそうなので、学もまたうれしくなったのだ。
2人はしばし、肩を寄せ合って花火を眺めた。
「…この時間が、ずっと続けばいいのに」
玲奈がぽつんと言った。
「明日にならないで、ずっと今で、こうして三上くんと花火を見れていればいいのに」
寂しげに言う玲奈を見て、学も同じことを思った。2人きりで、安心して一緒に花火を見上げているこの時間は、まるで魔法のかかったような貴重な時間だ。
「…そうだな…俺も、そう思う」
玲奈が少し驚いたように学を見た。そして泣き笑いみたいな顔で、笑った。
叶わない願いをあきらめるしかないことを、わかっている笑いだった。
それを見て、コップの水があふれるように、学の口からふっと思いがあふれ出た。
「葦原さん…俺は君が好きだ」
今度こそ、玲奈は本当に驚いて目が丸くなった。学はつづけた。
「今は…無理だとわかってる。だけど卒業したら、俺と…一緒に居てくれないか。ずっと」
玲奈の目に涙の粒が盛り上がり、滑り落ちた。
「それって…付き合うってこと?恋人ってこと?」
「そうだ」
玲奈はしたを向いて顔をごしごしこすって、言った。
「うん、そうしたい。一緒にいたい。三上くんと」
濡れた瞼は少し赤くて、でも彼女は笑っていた。今まで見た中で一番、嬉しそうな顔だった。彼女が愛おしかった。この笑顔を消したくない。守り抜きたい。
学の暗い洞穴のようだった心の中に、熱い気持ちが沸き起こった瞬間だった。2人の顔が自然と近づいた。
その夜の特大の名物花火を、2人は見事に見逃したのだった。
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