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第一部 高嶺の蝶
順番はじゃんけんで
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「葦原さん…俺は君が好きだ」
私も、私もだよ…。タオルケットにくるまりながら玲奈は今しがたの美しい思い出を反芻した。
三上くんとキス、してしまった。柔らかくて薄い、きれいな唇だった…。思い出すと、全身がぼうっと夢見心地になるようだった。
(卒業したら、彼と一緒に居られるんだ…)
この仕事とも、一ノ瀬とも綺麗におさらばする。もちろん志望校に合格もしなくては。頑張ることは山ほどあるが、それでもうれしくてたまらない。
(がんばらなきゃ、彼と一緒に暮らすために…)
喝を入れようとしても緩んでしまう頬をそのままに、玲奈は寝返りを打った。その時だった。
ガチャリとドアが開いて、荒々しい足音とともに玲奈のタオルケットがひきはがされた。
「ひっ…だれ!?」
今までの夢見心地はふっとび、玲奈は本能的に身をすくませた。
「誰じゃねえ。なんで返事よこさねぇ」
怒り心頭の一ノ瀬だった。玲奈はあわててバッグを探った。スマホなどすっかり見ていなかった。
「連絡?スマホ…あれ、あれ?」
玲奈はバッグをひっくり返した。私用と、仕事用、どちらのスマホも見当たらない。
「ない、私のスマホ…」
「なくしたのか?なにやってんだよ」
一ノ瀬はイライラしながら舌打ちした。最後にスマホを取り出したのは、築城に連絡した時だ。それから出した覚えはない。
「おかしいな…どっかに置き忘れた覚えはないんだけど」
「盗まれたのか?財布や他のもんは?」
慌てて確認したが、そのほかのものは無事だった。
「おとしたか、とられたかしたみたい…ごめんなさい」
すっかり浮かれていて、どちらなのかまったくわからなかった。
「ったく、しょうがねぇねぁ…明日新しいの契約しにいくぞ。気をつけろよ」
「う、うん」
「…つかれた。寝かせろ。明日の10時に起こせ」
一ノ瀬は玲奈のベッドにごろりと横になった。玲奈はただ従うしかない。こんな生活しかできない。
今は。
ひっきりなしに光る画面を、暗い部屋で築城は見つめていた。先ほど盗み出した彼女のスマホは、どちらもおびただしい数の連絡が来ている。その一つ一つを築城はチェックした。彼女はパパ活をしているのではなく実はキャバ嬢だったという事が、すぐにわかった。
(…いつも新宿駅からの行き先は、パパ活じゃなくて店だったのか)
何度か尾行しようと頑張ったが、玲奈はかなり用心深く周囲を警戒していた。無理して続ければすぐに築城だとばれてしまいそうだったので、断念したのだ。
だが住所は知ってたから、代わりに家に張り込んでいた。新宿駅にいる時と比べると、マンションに帰って来た時の玲奈は疲れ果てているようで、警戒もゆるくなっていた。
一体何をして帰ってきたのか、次の日学校で彼女を見るたびに築城は問いただしたくなる衝動に駆られていた。
(どうりで…疲れていたわけだ)
ラインを見ると、たくさんの客を手玉に取っていることがすぐにわかった。実に男の気を引くように、丁寧に優しくラインを返している。しかしこれはぜんぶ営業だ。玲奈の本音は一つもない。
星の数ほどある客の男たちの中から、築城は怪しいと思う男をかぎ分けた。
(一ノ瀬…これがたまに来ている男だ。保護者か?だけどそれにしては高圧的だ…玲奈を、従わせているのか?)
二人のラインの間には主従関係のようなものが見て取れた。一方。
(このハヤトという男は…)
最初の一文からじっとラインを追っていき、築城は推理した。
(おそらく、肉体関係がある。まだ若い男だろうな。金もつぎこんで、相当玲奈に入れ込んでいる…。しかも、無視されてるにもかかわらず必死にラインを送っている)
玲奈は最初は彼をいいように使っていたが、飽きるかいらなくなったかして捨てられたようだ。それを知った築城は妙な心持ちになった。
(私だけじゃない、彼女の奴隷同然になっている男は…)
他に男が複数いた。だけど感じたのは怒りや嫉妬ではなくほの暗い喜びの感情だった。少なくとも彼は、自分と同じだ。彼女という魅惑的な灯りにつられて命をささげるはめになった虫。
(仲間だ、ある意味…)
許せないのは、そんなことではない。もう一つのスマホの方だ。少ない連絡先から三上を見つけるのは簡単だった。
2人の間の会話は、他愛なく何気ないものばかり。だけどどれも、相手への気持ちがあふれていて見ていて痛々しいほどだった。
そしてさきほど2人を付けた先で見た光景。学の渾身の告白を聞いた、あの玲奈の反応。
「一緒にいたい、三上くん…」
彼を見上げる玲奈の顔は、まるで恋する乙女そのものでたまらなくかわいらしかった。
そう、自分が告白した時にした表情とはまるで対局にある顔。あの時玲奈は、汚いゴミでも見るような目で築城を見たのではなかったか。
様々な男を手玉に取る玲奈が、心底男に惚れるなんてことはありえない。彼女にとって男は、支配し、見下し、たまに温情のかけらを恵む。そんな存在のはずだ。
だから彼女を自分のものにしようとしても不可能なことだ。そういった感情は彼女の中に存在しないのだから。
なのに、玲奈が心底好きになった相手がいたとは。しかもそれが、まさかクラスメイトのぱっとしない少年だとは。
築城の心の中に、暗い怒りがめらめらと沸き起こった。その怒りは線香がじわじわと灼けてなくなるように、築城の残った最後の理性を焼き切った。
気が付きたくなかった。彼女の奴隷でいられればそれで満足だったのに、実は自分は彼女を自分のものにしたかったのだ。
自分が彼女を好きなのと同じくらい、自分のことも好きになってほしかった。普通の恋人のように愛し合いたかった。
いや、彼女の最初は少なくとも教師として自分を好いてくれていたはずだ。
彼女のあの美しい笑顔を向けられていたのは、三上ではなく自分だったかもしれないのだ。
それなのになにかの間違いで、すべてがくるってしまった。
そこまで考えて、ふと築城は気が付いた。おそらく他の奴隷の男も、そうなのではないかと。奴隷の立場に甘んじているのは心底玲奈に惚れ切っているからで、本当ならば彼女を自分のものにしたいのではないか。
彼女を、自分のものに。
今からでも遅くないのではないか。自分一人では無理でも、結託すれば。
築城の頭の中に、悪魔のようなひらめきが走った。
「…今日はちゃんと来たな」
夏休みの終わり。夜の新宿駅で築城は恨みがましそうに玲奈に言った。
「前のことはすみませんって。誰だって急用が入る事あるでしょ」
「…ああ」
「で、先生の家ってどっち」
「こっちだ。はぐれないように」
コインパーキングに止めていた車に玲奈を乗せて、築城は車を発進させた。
「…夏休み、どうだった」
玲奈は肩をすくめた。
「バイト三昧ですよ。何も楽しい事なんてない」
「…そうか」
この間は俺との約束をすっぽかして、楽しそうにしていたじゃないか。だが築城はその言葉を飲み込んだ。
あれから何度も考えて、根回しを行い計画を立てた。これから実現することを考えれば、三上のことなど些細なことだ。築城はにんまりした。
(お前を、俺のものにしてやる…)
「何笑ってるんですか、気持ち悪い」
玲奈が顔をしかめた。
車はほどなくして、高層ビルの地下にある駐車場にたどり着いた。
「え?ここが先生の家なんですか?」
「そうだ。エレベーター乗るぞ」
毛足の長いカーペットが敷かれたエレベーターは2人きりだった。このマンションはセキュリティが完璧だ。プライバシーにも配慮していて、顧客が望めば他の住人に出くわすことなく生活することができる。噂によれば最上階は芸能人が複数名契約しているらしい。
「ふぅん…先生けっこういいところ住んでるんですね」
マンションの部屋に入った玲奈はそう言った。
「まぁ適当に…座ってくれ」
リビングのソファに腰かけた玲奈に、築城はお茶のボトルを持って行った。
「あ…別に大丈夫ですよ」
「お前学校でよくこれ飲んでたろ」
普通に飲み物を出しても、まず玲奈は手をつけないだろう。そう踏んだ築城はペットボトルを用意し、底から細工をしていた。つまり一見未開封に見える。
「じゃ…もらいますね」
この暑い夜なうえ、作戦が功を奏して玲奈は疑う事なくお茶を手に取って、開けた。ペットボトルのキャップを開けるパキリという音がした。
(よし、うまく…上手くいった!)
築城は内心でガッツポーズをした。
「俺、ちょっとトイレいってくるな。好きにしてていいぞ」
「ああ、はい」
玲奈は無言で携帯をいじりはじめた。心なしか、目つきがぼんやりとしている。
戻ってきたら、計画通り、彼女は力なく床に横たわっていた。まるで殺人現場のようなその様子に、築城は少し笑ってしまった。
「よし、準備完了」
なんだかすっごく眠い。気が付いた時には遅かった。味が気に入ってよく飲んでいる、コンビニなんかでもよく売っているマテ茶。これ、何かおかしい。刺激的な味にまぎれて気が付かなったが、何かが入っていた…。
逃げなきゃ。なんでもいいからここから出ないと。脳がアラートを出している。玲奈は必死で立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
(そ、それでも…いけ、頑張れ、動け足)
なんとかソファから立ち上がるが、うまく動かせなくて足がテーブルにぶつかった。お茶のボトルが倒れてこぼれた。
(まずい、築城に気が付かれる…っ!)
あがけたのはそこまでだった。玲奈はがっくりと膝をつき、そのまま倒れこんだ。
部屋のドアがガチャリとあいた。勝手にこの部屋に入ってこれるよう設定した人物は、自分をともう一人。
「すげぇ、本当に玲奈がいる」
ハヤトを迎えた築城は笑った。
「ああ。2人で力を合わせたおかげですんなりいったよ」
ベッドに縛り付けられながらも、それに気が付かず眠り続ける玲奈を見て、お坊ちゃん…ハヤトは唾をごくりと飲んだ。
「で、どうする?どっちが最初にやる?俺じゃだめ?ここ用意したの俺だし」
「そうだなぁ…でも最初は抵抗するだろうな」
玲奈を見下ろして築城は言った。玲奈がどんな反応をするか想像した二人は、しばし沈黙した。築城は笑った。
「死ぬほど恨まれるだろうなぁ」
「そうだね」
2人は玲奈を見下ろしたが、ハヤトが意を決したように言った。
「よし!じゃあうらみっこなしでじゃんけんで決めるか!」
その顔は無邪気に笑っていた。
「せ―の、じゃんけん…」
私も、私もだよ…。タオルケットにくるまりながら玲奈は今しがたの美しい思い出を反芻した。
三上くんとキス、してしまった。柔らかくて薄い、きれいな唇だった…。思い出すと、全身がぼうっと夢見心地になるようだった。
(卒業したら、彼と一緒に居られるんだ…)
この仕事とも、一ノ瀬とも綺麗におさらばする。もちろん志望校に合格もしなくては。頑張ることは山ほどあるが、それでもうれしくてたまらない。
(がんばらなきゃ、彼と一緒に暮らすために…)
喝を入れようとしても緩んでしまう頬をそのままに、玲奈は寝返りを打った。その時だった。
ガチャリとドアが開いて、荒々しい足音とともに玲奈のタオルケットがひきはがされた。
「ひっ…だれ!?」
今までの夢見心地はふっとび、玲奈は本能的に身をすくませた。
「誰じゃねえ。なんで返事よこさねぇ」
怒り心頭の一ノ瀬だった。玲奈はあわててバッグを探った。スマホなどすっかり見ていなかった。
「連絡?スマホ…あれ、あれ?」
玲奈はバッグをひっくり返した。私用と、仕事用、どちらのスマホも見当たらない。
「ない、私のスマホ…」
「なくしたのか?なにやってんだよ」
一ノ瀬はイライラしながら舌打ちした。最後にスマホを取り出したのは、築城に連絡した時だ。それから出した覚えはない。
「おかしいな…どっかに置き忘れた覚えはないんだけど」
「盗まれたのか?財布や他のもんは?」
慌てて確認したが、そのほかのものは無事だった。
「おとしたか、とられたかしたみたい…ごめんなさい」
すっかり浮かれていて、どちらなのかまったくわからなかった。
「ったく、しょうがねぇねぁ…明日新しいの契約しにいくぞ。気をつけろよ」
「う、うん」
「…つかれた。寝かせろ。明日の10時に起こせ」
一ノ瀬は玲奈のベッドにごろりと横になった。玲奈はただ従うしかない。こんな生活しかできない。
今は。
ひっきりなしに光る画面を、暗い部屋で築城は見つめていた。先ほど盗み出した彼女のスマホは、どちらもおびただしい数の連絡が来ている。その一つ一つを築城はチェックした。彼女はパパ活をしているのではなく実はキャバ嬢だったという事が、すぐにわかった。
(…いつも新宿駅からの行き先は、パパ活じゃなくて店だったのか)
何度か尾行しようと頑張ったが、玲奈はかなり用心深く周囲を警戒していた。無理して続ければすぐに築城だとばれてしまいそうだったので、断念したのだ。
だが住所は知ってたから、代わりに家に張り込んでいた。新宿駅にいる時と比べると、マンションに帰って来た時の玲奈は疲れ果てているようで、警戒もゆるくなっていた。
一体何をして帰ってきたのか、次の日学校で彼女を見るたびに築城は問いただしたくなる衝動に駆られていた。
(どうりで…疲れていたわけだ)
ラインを見ると、たくさんの客を手玉に取っていることがすぐにわかった。実に男の気を引くように、丁寧に優しくラインを返している。しかしこれはぜんぶ営業だ。玲奈の本音は一つもない。
星の数ほどある客の男たちの中から、築城は怪しいと思う男をかぎ分けた。
(一ノ瀬…これがたまに来ている男だ。保護者か?だけどそれにしては高圧的だ…玲奈を、従わせているのか?)
二人のラインの間には主従関係のようなものが見て取れた。一方。
(このハヤトという男は…)
最初の一文からじっとラインを追っていき、築城は推理した。
(おそらく、肉体関係がある。まだ若い男だろうな。金もつぎこんで、相当玲奈に入れ込んでいる…。しかも、無視されてるにもかかわらず必死にラインを送っている)
玲奈は最初は彼をいいように使っていたが、飽きるかいらなくなったかして捨てられたようだ。それを知った築城は妙な心持ちになった。
(私だけじゃない、彼女の奴隷同然になっている男は…)
他に男が複数いた。だけど感じたのは怒りや嫉妬ではなくほの暗い喜びの感情だった。少なくとも彼は、自分と同じだ。彼女という魅惑的な灯りにつられて命をささげるはめになった虫。
(仲間だ、ある意味…)
許せないのは、そんなことではない。もう一つのスマホの方だ。少ない連絡先から三上を見つけるのは簡単だった。
2人の間の会話は、他愛なく何気ないものばかり。だけどどれも、相手への気持ちがあふれていて見ていて痛々しいほどだった。
そしてさきほど2人を付けた先で見た光景。学の渾身の告白を聞いた、あの玲奈の反応。
「一緒にいたい、三上くん…」
彼を見上げる玲奈の顔は、まるで恋する乙女そのものでたまらなくかわいらしかった。
そう、自分が告白した時にした表情とはまるで対局にある顔。あの時玲奈は、汚いゴミでも見るような目で築城を見たのではなかったか。
様々な男を手玉に取る玲奈が、心底男に惚れるなんてことはありえない。彼女にとって男は、支配し、見下し、たまに温情のかけらを恵む。そんな存在のはずだ。
だから彼女を自分のものにしようとしても不可能なことだ。そういった感情は彼女の中に存在しないのだから。
なのに、玲奈が心底好きになった相手がいたとは。しかもそれが、まさかクラスメイトのぱっとしない少年だとは。
築城の心の中に、暗い怒りがめらめらと沸き起こった。その怒りは線香がじわじわと灼けてなくなるように、築城の残った最後の理性を焼き切った。
気が付きたくなかった。彼女の奴隷でいられればそれで満足だったのに、実は自分は彼女を自分のものにしたかったのだ。
自分が彼女を好きなのと同じくらい、自分のことも好きになってほしかった。普通の恋人のように愛し合いたかった。
いや、彼女の最初は少なくとも教師として自分を好いてくれていたはずだ。
彼女のあの美しい笑顔を向けられていたのは、三上ではなく自分だったかもしれないのだ。
それなのになにかの間違いで、すべてがくるってしまった。
そこまで考えて、ふと築城は気が付いた。おそらく他の奴隷の男も、そうなのではないかと。奴隷の立場に甘んじているのは心底玲奈に惚れ切っているからで、本当ならば彼女を自分のものにしたいのではないか。
彼女を、自分のものに。
今からでも遅くないのではないか。自分一人では無理でも、結託すれば。
築城の頭の中に、悪魔のようなひらめきが走った。
「…今日はちゃんと来たな」
夏休みの終わり。夜の新宿駅で築城は恨みがましそうに玲奈に言った。
「前のことはすみませんって。誰だって急用が入る事あるでしょ」
「…ああ」
「で、先生の家ってどっち」
「こっちだ。はぐれないように」
コインパーキングに止めていた車に玲奈を乗せて、築城は車を発進させた。
「…夏休み、どうだった」
玲奈は肩をすくめた。
「バイト三昧ですよ。何も楽しい事なんてない」
「…そうか」
この間は俺との約束をすっぽかして、楽しそうにしていたじゃないか。だが築城はその言葉を飲み込んだ。
あれから何度も考えて、根回しを行い計画を立てた。これから実現することを考えれば、三上のことなど些細なことだ。築城はにんまりした。
(お前を、俺のものにしてやる…)
「何笑ってるんですか、気持ち悪い」
玲奈が顔をしかめた。
車はほどなくして、高層ビルの地下にある駐車場にたどり着いた。
「え?ここが先生の家なんですか?」
「そうだ。エレベーター乗るぞ」
毛足の長いカーペットが敷かれたエレベーターは2人きりだった。このマンションはセキュリティが完璧だ。プライバシーにも配慮していて、顧客が望めば他の住人に出くわすことなく生活することができる。噂によれば最上階は芸能人が複数名契約しているらしい。
「ふぅん…先生けっこういいところ住んでるんですね」
マンションの部屋に入った玲奈はそう言った。
「まぁ適当に…座ってくれ」
リビングのソファに腰かけた玲奈に、築城はお茶のボトルを持って行った。
「あ…別に大丈夫ですよ」
「お前学校でよくこれ飲んでたろ」
普通に飲み物を出しても、まず玲奈は手をつけないだろう。そう踏んだ築城はペットボトルを用意し、底から細工をしていた。つまり一見未開封に見える。
「じゃ…もらいますね」
この暑い夜なうえ、作戦が功を奏して玲奈は疑う事なくお茶を手に取って、開けた。ペットボトルのキャップを開けるパキリという音がした。
(よし、うまく…上手くいった!)
築城は内心でガッツポーズをした。
「俺、ちょっとトイレいってくるな。好きにしてていいぞ」
「ああ、はい」
玲奈は無言で携帯をいじりはじめた。心なしか、目つきがぼんやりとしている。
戻ってきたら、計画通り、彼女は力なく床に横たわっていた。まるで殺人現場のようなその様子に、築城は少し笑ってしまった。
「よし、準備完了」
なんだかすっごく眠い。気が付いた時には遅かった。味が気に入ってよく飲んでいる、コンビニなんかでもよく売っているマテ茶。これ、何かおかしい。刺激的な味にまぎれて気が付かなったが、何かが入っていた…。
逃げなきゃ。なんでもいいからここから出ないと。脳がアラートを出している。玲奈は必死で立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
(そ、それでも…いけ、頑張れ、動け足)
なんとかソファから立ち上がるが、うまく動かせなくて足がテーブルにぶつかった。お茶のボトルが倒れてこぼれた。
(まずい、築城に気が付かれる…っ!)
あがけたのはそこまでだった。玲奈はがっくりと膝をつき、そのまま倒れこんだ。
部屋のドアがガチャリとあいた。勝手にこの部屋に入ってこれるよう設定した人物は、自分をともう一人。
「すげぇ、本当に玲奈がいる」
ハヤトを迎えた築城は笑った。
「ああ。2人で力を合わせたおかげですんなりいったよ」
ベッドに縛り付けられながらも、それに気が付かず眠り続ける玲奈を見て、お坊ちゃん…ハヤトは唾をごくりと飲んだ。
「で、どうする?どっちが最初にやる?俺じゃだめ?ここ用意したの俺だし」
「そうだなぁ…でも最初は抵抗するだろうな」
玲奈を見下ろして築城は言った。玲奈がどんな反応をするか想像した二人は、しばし沈黙した。築城は笑った。
「死ぬほど恨まれるだろうなぁ」
「そうだね」
2人は玲奈を見下ろしたが、ハヤトが意を決したように言った。
「よし!じゃあうらみっこなしでじゃんけんで決めるか!」
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