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第二部 王様の牢屋
一番おいしいアイス
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そのころ玲奈は必死に毛糸と格闘していた。そう、今日はもう24日。ハヤトの来る日だ。
ここ数週間、来月の試験の事を考えると不安で仕方なくて、毛糸には目もくれず机に向かっていた。朝起きて家事を済ませたあとはすべての時間を勉強に注ぎ込んで、前よりもずいぶん問題が解けるようになった。
もらった英語の問題集は、最初から最後まで内容を諳んじるほど解いた。問題を解いて、答え合わせをして、間違ったらもう一度勉強して、また解く。その地道な作業の繰り返し。
だけどこの地道な作業が、玲奈は好きでさえあった。時間を忘れて、たっぷりと取り掛かれるのは幸せだった。
が…毛糸は毛糸のまま、24日を迎えてしまった。
とにかく焦って、昔の記憶から手編みを思い出しながら必死で毛糸を編む。二人がそれぞれ選んできた色は、築城は深緑色、ハヤトは水色。性格が出ていた。
(あと、あとちょっとで、完成…!)
こうなってくると燃える性分だ。玲奈は意地でとにかくハヤトの分を完成させ、ふうーっと満足のため息をついた。
「やった…まにあった」
お店で売ってるものとは比ぶべくもないが、久々に作ったにしては上出来だ。うなずいたその時、ガチャリと音がしてハヤトが入ってきた。
「ただいま、玲奈」
「お、おかえり」
今更隠すのもみっともない気がして、玲奈はハヤトにマフラーを差し出した。
「はい、これあげる。ハヤトの」
ハヤトは目をキラキラさせて、それを受け取った。
「これ…これ、玲奈が?」
「そうだよ。ハヤトが選んだ毛糸だよ」
じいっとそれを見つめたあと、ハヤトは目じりを下げて笑った。泣き笑いみたいだ。
「すげぇ、嬉しい…嬉しいよ」
「あみ目はちょっと…自信ないから、あんまり見ないで」
「そんなの関係ないよ、玲奈…ありがとう」
ハヤトはそれを首に巻いてみせた。
「あったかい…どうかな?」
玲奈は笑ってうなずいた。
「ハヤトは明るい色が似合うね」
ふふっと嬉しそうにハヤトも笑った。
「そうだ、ケーキ買ってきたんだ。一緒に食べよう?」
「じゃあ、ごはんにしよっか」
毛糸のおかげで手抜きだが、オーブンで焼いたチキンを玲奈は出した。
「すっごい、ご馳走じゃん」
「そんな事ないよ」
2人はジンジャーエールで乾杯した。最近玲奈は、飲まない。
「玲奈って…なんでもできるんだな、料理も、勉強も…」
玲奈は肩をすくめた。
「そんなわけないじゃん。私も、できないことばっかだよ」
「そうかなぁ…」
ハヤトが首をかしげた。
「俺、玲奈がうらやましい」
「どこがよ?私は、ハヤトの方がうらやましいよ」
玲奈は肩をすくめた。
「俺たち、足して2で割ればちょうどいいのかな」
「そう?でも…ハヤトはこれからいくらでも、伸びるでしょ。バイトも頑張ってるんでしょ?」
「うん…でもたぶん、もうやめる」
「えっ、なんで?!店長もいい人なんでしょ?」
「だって、俺がバイトした理由は、玲奈のためなんだから」
「…どういうこと?」
今度は玲奈が首をかしげた。ハヤトは頭を掻いた。
「あの…受け取ってくれよ。いらないなんて言わないで」
差し出された小さい白い箱。玲奈は驚いた。
「つまり…これを買うためにバイトしたってこと?」
「うん」
「ダメじゃん!3年のこんな時期を、そんな事のために使ったら…!私は、ハヤトがアイスの勉強するためにあえてやってるのかと思ってたよ…!」
ハヤトはにやりと笑った。
「あ、それもいいじゃん。そういう事にしよっと。将来アイス屋開くために、インターシップ行ってるんだ」
「もう…適当な事いって」
ハヤトはふと真面目な顔になった。
「…これだけは、自分でちゃんと稼いだ金で買いたかったんだ。家の金じゃなくて…」
自分で働いたことなんてないはずの彼がそういうのを見て、さすがの玲奈もそれを受け取った。
(バイト一か月分なら、ひどく高価なものってわけじゃないよね…その方が、受取やすいな)
「ありがとう…じゃあ、もらうね」
「開けてみてよ」
玲奈は言われた通りに、箱を開けた。中にはシルバーの小さいティアラが入っていた。ティアラの真ん中にはピンク色の石が嵌っていて、流線形の透かしになっている部分にところどころ銀色の小さい石が光っている。
「これ…指輪?」
ハヤトはうなずいた。
「そうだよ。お姫さまの指輪みたいだろ。玲奈にぴったりだと思って」
ティアラの形の指輪。自分がするのには可愛いが、もっておいて時々眺めるのに素敵だと玲奈は思った。
「ありがとう。可愛い。…大事にするね」
何気なく言った一言だったが、ハヤトは聞き返してきた。
「…本当に?持っててくれる?ずっと?」
「…うん、しまっておくよ。時々取り出して眺める」
「…つけてほしいなぁ…でも、持っててくれるなら、それでいいよ。一生…持っててね」
ハヤトがとぎれとぎれに言ったので、玲奈は怪訝に思った。
「どうしたの」
「ううん、なんでもないんだ。…玲奈が受け取ってくれて、よかった」
「突き返すと思った?」
「うん、正直。だから自分で働いて買ったんだ。それなら受け取ってくれるかもって」
私は思わず笑った。
「すごい、ハヤトくん、女心わかるようになってきたね」
「なんだよ、馬鹿にして」
そっぽを向いたハヤトの頬を、玲奈はつついた。
「ごめんごめん…バイト頑張ってよ。いつかアイス屋さん開けるように。いいな、そんな夢があるって」
玲奈が少し遠くを見て言ったので、ハヤトは思わず聞いた。
「…開いたら、食べにきてくれる?」
わかってる、夢みたいなもしもの話だ。だけど玲奈はうなずいた。
「夏なら行くかな」
「じゃあ俺…待ってるよ。玲奈がアイス食べにきてくれるの」
「そうだね。…そうできると、いいね」
玲奈はハヤトから目をそらしてそうつぶやいた。
「ごめんね、玲奈…」
そのあとの言葉が続かない。言えない。自分からこのかけがえのない空間を壊すことは、ハヤトにはできなかった。
「大丈夫?」
黙り込んでしまったハヤトを、玲奈が覗き込んだ。
「うん…」
ハヤトの目と、玲奈の目が正面から向き合った。
玲奈の夜空のような目に、自分がうつっているのが見えてハヤトは辛くなった。鳥かごの中の玲奈。この鳥かごがなくなれば、彼女は自由に羽ばたいていく。
もうハヤトをうつすことは、二度とないかもしれない。
(でも…それでも、こうしなきゃいけないんだ)
決めたのは自分だ。本当に恋人になりたいのなら、彼女を放してやらなければならない。無理やり従わせた彼女は、本当の玲奈ではないのだから。
(だから…今夜だけは)
ハヤトは自分からそっと、玲奈の唇に唇を重ねた。最後の夜だ。
「…あの時の俺に言っても、信じないだろうな」
唇を放したハヤトはつぶやいた。
「…なにを?」
「玲奈とこうやってキスしてるなんて。玲奈…」
玲奈の目が、優しく溶けている。暖かく柔らかい彼女の身体。
すべてを覚えていられるようにしっかり目を開けていようと思ったが、いざこの時になってみると余裕なんてなくて、ハヤトは夢中で玲奈の身体を掻き抱いて、深い部分へと入っていった。
彼女と自分の身体が、繋がっている快感。そして、気持ちも一緒だという幸福感。桃色の甘いゼリーの中に、二人で溺れていくようだった。
(一番おいしいアイスより…甘い…)
世の中にこんな幸せで、気持ちいいことがあるなんて。力の抜けた玲奈の身体を抱きしめながら、ハヤトはその味をかみしめた。忘れないようにと。
「玲奈っ、入ってもいい?」
夜更け、バスルームの向こうの玲奈に、ハヤトは声をかけた。
「えぇ…?」
玲奈はしぶっている。ハヤトは一押しだけした。
「寒いから俺も入りたい、だめ?」
「しょうがないな…」
玲奈のお許しが出たので、ハヤトはドアをそっと開けて中に入った。
「えへへ…ありがとう」
玲奈が浸かる湯舟に、ハヤトもざぶんと入った。玲奈はちょっと身をすくませた。
「どうしたの…?」
玲奈はそっぽを向いた。
「…恥ずかしいんだよっ、わかれよっ」
「えぇ~!?」
ハヤトは笑いながら玲奈の顔を覗き込んだ。
「あんな…ことした直後に、どんな顔すればいいかわかんないじゃん」
「くくく…玲奈、かわいいとこあるじゃん。たしかに玲奈、すごいえろかったもんね」
「ハヤトくんほどじゃないよ」
嫌味を言いたいとき、彼女はハヤトをくんづけする。彼女が自分を呼ぶ声も、もう聴けないかもしれない。
「ふふ、今日の玲奈のこと、一生忘れないから」
「もう、馬鹿」
「えっちだけじゃなくて、マフラーくれたことも、チキン食べたことも」
一緒にアイス作ったことも、隣で寝たことも、玲奈があの時の、ハヤトへの気持ちを説明したことも、謝ったことも。
「全部覚えてる。俺の一番大事な…思い出にする」
「どうしたの?急にしおらしくなっちゃって」
「ほら、もうすぐ今年も終わるし。一年の振り返り的な?」
言い訳だったが、玲奈はふぅんとうなずいた。
「そうか。ハヤトもいろいろ考えてるんだね。えらい」
「えらくなんかないよ、だって俺は玲奈を…」
謝ろうとしたハヤトを、玲奈はさえぎった。
「もういいんだ。私も、悪かったし」
「そんな事ない。俺なんかに、玲奈は…」
玲奈はまっすぐハヤトの目を見た。
「ハヤトは、自分がおもってるほどダメなやつじゃないよ」
「え」
「ハヤトのさ…自分の気持ち、素直に人に言って頑張れるとこ、すごいよ。なかなかできることじゃない。私には…難しいから」
「そうなの?」
「…うん。私は人に気持ちを言ったり、助けを求めたり…とにかく自分かわいさに怖くて、本心をさらすのが苦手で。拒否られれるくらいなら、自分でなんとかしようって。結果ぼっち。だからハヤトはすごいよ。根っからの陽キャっていうか」
「それ、褒めてる?」
「誉めてるよ。私みたいなのより、ハヤトの方が人は集まるし、信頼されるよ。きっとハヤトは、いい大人になるよ」
そういわれて、ハヤトは乱暴に顔をこすった。
「なんで、今、そういう事いうかなぁ…」
「あ・・・ごめん、気に障った?」
「ちがうよ」
玲奈の視線を感じたハヤトは顔から手をはなした。
「今まで俺のこと褒めてくれたのなんて、玲奈が初めてだ」
「えぇ?それはさすがにないでしょ」
「お世辞か本心かくらい、俺でもわかる」
「そっか…」
少し下を向いて気を遣う玲奈が、愛おしかった。この時間がずっと続けばいいのに。
「もう一度、キスしていい?」
「ん…」
温まった二人の身体が、再び湯の中で絡み合った。
ここ数週間、来月の試験の事を考えると不安で仕方なくて、毛糸には目もくれず机に向かっていた。朝起きて家事を済ませたあとはすべての時間を勉強に注ぎ込んで、前よりもずいぶん問題が解けるようになった。
もらった英語の問題集は、最初から最後まで内容を諳んじるほど解いた。問題を解いて、答え合わせをして、間違ったらもう一度勉強して、また解く。その地道な作業の繰り返し。
だけどこの地道な作業が、玲奈は好きでさえあった。時間を忘れて、たっぷりと取り掛かれるのは幸せだった。
が…毛糸は毛糸のまま、24日を迎えてしまった。
とにかく焦って、昔の記憶から手編みを思い出しながら必死で毛糸を編む。二人がそれぞれ選んできた色は、築城は深緑色、ハヤトは水色。性格が出ていた。
(あと、あとちょっとで、完成…!)
こうなってくると燃える性分だ。玲奈は意地でとにかくハヤトの分を完成させ、ふうーっと満足のため息をついた。
「やった…まにあった」
お店で売ってるものとは比ぶべくもないが、久々に作ったにしては上出来だ。うなずいたその時、ガチャリと音がしてハヤトが入ってきた。
「ただいま、玲奈」
「お、おかえり」
今更隠すのもみっともない気がして、玲奈はハヤトにマフラーを差し出した。
「はい、これあげる。ハヤトの」
ハヤトは目をキラキラさせて、それを受け取った。
「これ…これ、玲奈が?」
「そうだよ。ハヤトが選んだ毛糸だよ」
じいっとそれを見つめたあと、ハヤトは目じりを下げて笑った。泣き笑いみたいだ。
「すげぇ、嬉しい…嬉しいよ」
「あみ目はちょっと…自信ないから、あんまり見ないで」
「そんなの関係ないよ、玲奈…ありがとう」
ハヤトはそれを首に巻いてみせた。
「あったかい…どうかな?」
玲奈は笑ってうなずいた。
「ハヤトは明るい色が似合うね」
ふふっと嬉しそうにハヤトも笑った。
「そうだ、ケーキ買ってきたんだ。一緒に食べよう?」
「じゃあ、ごはんにしよっか」
毛糸のおかげで手抜きだが、オーブンで焼いたチキンを玲奈は出した。
「すっごい、ご馳走じゃん」
「そんな事ないよ」
2人はジンジャーエールで乾杯した。最近玲奈は、飲まない。
「玲奈って…なんでもできるんだな、料理も、勉強も…」
玲奈は肩をすくめた。
「そんなわけないじゃん。私も、できないことばっかだよ」
「そうかなぁ…」
ハヤトが首をかしげた。
「俺、玲奈がうらやましい」
「どこがよ?私は、ハヤトの方がうらやましいよ」
玲奈は肩をすくめた。
「俺たち、足して2で割ればちょうどいいのかな」
「そう?でも…ハヤトはこれからいくらでも、伸びるでしょ。バイトも頑張ってるんでしょ?」
「うん…でもたぶん、もうやめる」
「えっ、なんで?!店長もいい人なんでしょ?」
「だって、俺がバイトした理由は、玲奈のためなんだから」
「…どういうこと?」
今度は玲奈が首をかしげた。ハヤトは頭を掻いた。
「あの…受け取ってくれよ。いらないなんて言わないで」
差し出された小さい白い箱。玲奈は驚いた。
「つまり…これを買うためにバイトしたってこと?」
「うん」
「ダメじゃん!3年のこんな時期を、そんな事のために使ったら…!私は、ハヤトがアイスの勉強するためにあえてやってるのかと思ってたよ…!」
ハヤトはにやりと笑った。
「あ、それもいいじゃん。そういう事にしよっと。将来アイス屋開くために、インターシップ行ってるんだ」
「もう…適当な事いって」
ハヤトはふと真面目な顔になった。
「…これだけは、自分でちゃんと稼いだ金で買いたかったんだ。家の金じゃなくて…」
自分で働いたことなんてないはずの彼がそういうのを見て、さすがの玲奈もそれを受け取った。
(バイト一か月分なら、ひどく高価なものってわけじゃないよね…その方が、受取やすいな)
「ありがとう…じゃあ、もらうね」
「開けてみてよ」
玲奈は言われた通りに、箱を開けた。中にはシルバーの小さいティアラが入っていた。ティアラの真ん中にはピンク色の石が嵌っていて、流線形の透かしになっている部分にところどころ銀色の小さい石が光っている。
「これ…指輪?」
ハヤトはうなずいた。
「そうだよ。お姫さまの指輪みたいだろ。玲奈にぴったりだと思って」
ティアラの形の指輪。自分がするのには可愛いが、もっておいて時々眺めるのに素敵だと玲奈は思った。
「ありがとう。可愛い。…大事にするね」
何気なく言った一言だったが、ハヤトは聞き返してきた。
「…本当に?持っててくれる?ずっと?」
「…うん、しまっておくよ。時々取り出して眺める」
「…つけてほしいなぁ…でも、持っててくれるなら、それでいいよ。一生…持っててね」
ハヤトがとぎれとぎれに言ったので、玲奈は怪訝に思った。
「どうしたの」
「ううん、なんでもないんだ。…玲奈が受け取ってくれて、よかった」
「突き返すと思った?」
「うん、正直。だから自分で働いて買ったんだ。それなら受け取ってくれるかもって」
私は思わず笑った。
「すごい、ハヤトくん、女心わかるようになってきたね」
「なんだよ、馬鹿にして」
そっぽを向いたハヤトの頬を、玲奈はつついた。
「ごめんごめん…バイト頑張ってよ。いつかアイス屋さん開けるように。いいな、そんな夢があるって」
玲奈が少し遠くを見て言ったので、ハヤトは思わず聞いた。
「…開いたら、食べにきてくれる?」
わかってる、夢みたいなもしもの話だ。だけど玲奈はうなずいた。
「夏なら行くかな」
「じゃあ俺…待ってるよ。玲奈がアイス食べにきてくれるの」
「そうだね。…そうできると、いいね」
玲奈はハヤトから目をそらしてそうつぶやいた。
「ごめんね、玲奈…」
そのあとの言葉が続かない。言えない。自分からこのかけがえのない空間を壊すことは、ハヤトにはできなかった。
「大丈夫?」
黙り込んでしまったハヤトを、玲奈が覗き込んだ。
「うん…」
ハヤトの目と、玲奈の目が正面から向き合った。
玲奈の夜空のような目に、自分がうつっているのが見えてハヤトは辛くなった。鳥かごの中の玲奈。この鳥かごがなくなれば、彼女は自由に羽ばたいていく。
もうハヤトをうつすことは、二度とないかもしれない。
(でも…それでも、こうしなきゃいけないんだ)
決めたのは自分だ。本当に恋人になりたいのなら、彼女を放してやらなければならない。無理やり従わせた彼女は、本当の玲奈ではないのだから。
(だから…今夜だけは)
ハヤトは自分からそっと、玲奈の唇に唇を重ねた。最後の夜だ。
「…あの時の俺に言っても、信じないだろうな」
唇を放したハヤトはつぶやいた。
「…なにを?」
「玲奈とこうやってキスしてるなんて。玲奈…」
玲奈の目が、優しく溶けている。暖かく柔らかい彼女の身体。
すべてを覚えていられるようにしっかり目を開けていようと思ったが、いざこの時になってみると余裕なんてなくて、ハヤトは夢中で玲奈の身体を掻き抱いて、深い部分へと入っていった。
彼女と自分の身体が、繋がっている快感。そして、気持ちも一緒だという幸福感。桃色の甘いゼリーの中に、二人で溺れていくようだった。
(一番おいしいアイスより…甘い…)
世の中にこんな幸せで、気持ちいいことがあるなんて。力の抜けた玲奈の身体を抱きしめながら、ハヤトはその味をかみしめた。忘れないようにと。
「玲奈っ、入ってもいい?」
夜更け、バスルームの向こうの玲奈に、ハヤトは声をかけた。
「えぇ…?」
玲奈はしぶっている。ハヤトは一押しだけした。
「寒いから俺も入りたい、だめ?」
「しょうがないな…」
玲奈のお許しが出たので、ハヤトはドアをそっと開けて中に入った。
「えへへ…ありがとう」
玲奈が浸かる湯舟に、ハヤトもざぶんと入った。玲奈はちょっと身をすくませた。
「どうしたの…?」
玲奈はそっぽを向いた。
「…恥ずかしいんだよっ、わかれよっ」
「えぇ~!?」
ハヤトは笑いながら玲奈の顔を覗き込んだ。
「あんな…ことした直後に、どんな顔すればいいかわかんないじゃん」
「くくく…玲奈、かわいいとこあるじゃん。たしかに玲奈、すごいえろかったもんね」
「ハヤトくんほどじゃないよ」
嫌味を言いたいとき、彼女はハヤトをくんづけする。彼女が自分を呼ぶ声も、もう聴けないかもしれない。
「ふふ、今日の玲奈のこと、一生忘れないから」
「もう、馬鹿」
「えっちだけじゃなくて、マフラーくれたことも、チキン食べたことも」
一緒にアイス作ったことも、隣で寝たことも、玲奈があの時の、ハヤトへの気持ちを説明したことも、謝ったことも。
「全部覚えてる。俺の一番大事な…思い出にする」
「どうしたの?急にしおらしくなっちゃって」
「ほら、もうすぐ今年も終わるし。一年の振り返り的な?」
言い訳だったが、玲奈はふぅんとうなずいた。
「そうか。ハヤトもいろいろ考えてるんだね。えらい」
「えらくなんかないよ、だって俺は玲奈を…」
謝ろうとしたハヤトを、玲奈はさえぎった。
「もういいんだ。私も、悪かったし」
「そんな事ない。俺なんかに、玲奈は…」
玲奈はまっすぐハヤトの目を見た。
「ハヤトは、自分がおもってるほどダメなやつじゃないよ」
「え」
「ハヤトのさ…自分の気持ち、素直に人に言って頑張れるとこ、すごいよ。なかなかできることじゃない。私には…難しいから」
「そうなの?」
「…うん。私は人に気持ちを言ったり、助けを求めたり…とにかく自分かわいさに怖くて、本心をさらすのが苦手で。拒否られれるくらいなら、自分でなんとかしようって。結果ぼっち。だからハヤトはすごいよ。根っからの陽キャっていうか」
「それ、褒めてる?」
「誉めてるよ。私みたいなのより、ハヤトの方が人は集まるし、信頼されるよ。きっとハヤトは、いい大人になるよ」
そういわれて、ハヤトは乱暴に顔をこすった。
「なんで、今、そういう事いうかなぁ…」
「あ・・・ごめん、気に障った?」
「ちがうよ」
玲奈の視線を感じたハヤトは顔から手をはなした。
「今まで俺のこと褒めてくれたのなんて、玲奈が初めてだ」
「えぇ?それはさすがにないでしょ」
「お世辞か本心かくらい、俺でもわかる」
「そっか…」
少し下を向いて気を遣う玲奈が、愛おしかった。この時間がずっと続けばいいのに。
「もう一度、キスしていい?」
「ん…」
温まった二人の身体が、再び湯の中で絡み合った。
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