鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?

小達出みかん

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風雲急を告げ

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「ではいってきますね、百夜様!」

「ありがとうございます。くれぐれも気を付けて…」

 昨晩の疲れもなんのその、一晩寝て元気を取り戻した澪子は明るくそう言った。百夜は微笑んで、澪子に軽く口づけをした。

「愛しています、澪…」

 外だったので、澪子は少し驚いた顔になったが、すぐにくしゃりと笑った。

「わ…私もですよっ…い、いってきます!」

  澪子が途中で振り返ると、百夜はまだこちらを見ていた。ましろと共に手を振って、2人は再び歩き出した。霧は相変わらず濃かったが、ましろが道をわかっていたので難なく水影峠まで下る事ができた。澪子は懐かし気に当たりを見回した。

「ああ、もう少しで青井神社です。どうなっているかなぁ…」

 澪子の表情が少し曇った。結局水が手に入らなかったので、叔父たちはまだ困窮しているだろう。すると、神社は前よりもさびれているかもしれない…。

「気ニナル?」

 ましろの問いかけに、澪子は無理やり笑顔を作った。

「…でも、今更私が悔いたところで、どうにもなりません。姿を見られると面倒なことになりますし…お使いに集中しようと思います!」

 そう言って、2人は神社を通りすぎようとした。が、いつもなら静まり返っているはずの境内がざわめいているのがわかった。人の声や、足を踏みしめる音、鉄がこすれあう音がする。聞いた事がないものものしい音に、澪子は不安になった。

「ましろさん…なんだか神社の様子が妙です。ちょっとだけ…木陰から、覗いてきてもいいですか」

「…ワカッタ。ましろモ、見る」

2人は竹藪からこっそりと神社をのぞいた。聞こえたとおり、境内は人でごった返している。

「な…なんでこんなに人が?今日はまつりの日でもないのに…」

 しかも、武装した男たちばかりだ。侍だろうか?腰に刀を差している者もいる。一体何が起こっているのかと青ざめる澪子の袖を、ましろがぐいとひっぱった。

「みおこ、アブナイ!」

「えっ…?」

「ましろ達、見ツカッタ!逃ゲル!」

 ましろに急き立てられ、澪子はあわてて立ち上がった。が、その時、ギャッとましろが鳴いて澪子から手を離した。

「ましろさん!?うっ…!」

あっという間に男たちが澪子を取り囲み、抑えて縛り上げた。

「は、放して…っ!!」

「おお、さっそく化け狐がかかったようだ…どれ」

 澪子を取り囲む男たちの後ろから、狩衣を着込んだ男が顔を出した。澪子は慌てて口を開いた。

「わ、私たち、この神社のゆかりのものです。捉えられるような事はなにも…!」

 男は肩眉を上げて、馬鹿にしたように澪子を見た。

「嘘をついても無駄だぞ。お前は恩ある親族を裏切って鬼についた汚い女だろう」

「っ…!?」

 何を言われているか一瞬理解できなくて、澪子は目を白黒させた。

「その狐ともども、罰を受けさせてやる。…鬼の討伐が終わったらな。」



 ◇◇◇


 離れの薪小屋に、澪子とましろは乱暴に放り込まれ、閉じ込められた。ましろはあの男に札を張られ、ぐったりとしている。

「ましろさん!ましろさん…!大丈夫ですか?」

 ましろは地に伏せたまま答えた。

「コノ札…呪符ダ…侍ヲ連れたアノ男…陰陽師…」

「嘘…びゃ、百夜様を、成敗しに…?でも、でも何で?」

「ご主人サマ、殺セバ…水、手ニ入る…」

 そういわれて、澪子ははっとした。陰陽師や侍たちが山に足を踏み入れる事を想像すると背筋が凍った。

「百夜様に報せなきゃ…!ましろさん…!」

 だが、ましろは床の上で動かなくなってしまった。澪子は必死で這ってましろの元に向かった。両手両足を縛られているので、思うようにいかない。その背の上に、扉から笑い声が降ってきた。

「あはは、何をしてるの澪子?みっともない恰好…」

 扉の隙間から覗いていたのは、蝶子だった。澪子は蝶子を見て必死に聞いた。

「一体どうなっているの?鬼を討伐するって…!?叔父さんが決めたの?!」

 なりふりをかまわず床の上から見上げる澪子に、蝶子は冷たい一瞥を落とした。

「あんたが悪いのよ?ちゃんと生贄になってくれないから。一体なんで生きているのよ?水はどうしたのよ?」

「そ、それは…!ねぇ聞いて、水は私が死んでも手に入らないのよ、百夜様にもどうにもできないの、だから彼に手を出さないで…!」

「ふぅん、あんたも嘘をつくのね。さっき殺せば手に入るって、そこの狐が言ってたじゃない」

「そ、それは…!」

 さっと青ざめる澪子に対して、蝶子は今度はにっこりと笑った。

「でも安心して?鬼様は殺させないわ。死ぬのはあんたの方よ」

「っ…な、なんで!?」

「なんでも何も、私があんたの代わりに鬼様と夫婦になるのよ」

 蝶子の口から出たその言葉を、澪子はにわかには信じられなかった。

「何を言って…?」

「あんたがいなくなれば、あの方は命の恩人の私を選んでくれるに決まってる。だってもともと、あんたよりも私の方が、彼にふさわしいもの」

「い…命の恩人?」

 わけがわからず澪子は聞き返した。蝶子は少し唇を尖らせて考えたあと、嗤って澪子を見下ろした。

「いいわ、あんたはもう用済みだし教えてあげる。…私が陰陽師から鬼様を救うのよ。これから山へ向かうわ」

「待って…じゃあ陰陽師は、百夜様を退治するために呼んだのではないの?」

 蝶子は顎をそびやかした。

「あの陰陽師はね、私に惚れてるの。私のいう事は何でも聞くのよ。」

「それで?…百夜様を、どうするつもりなの?!」

 切羽詰まった声を出した澪子に、蝶子はうっとりと言った。

「わからない?陰陽師がとどめを差す前に、私が割って入って鬼様を助ける取り決めになっているの。そうすれば私は彼の命の恩人…ふふふ」

「そ、そんな事…」

 澪子は震えながらつぶやいた。先ほどの陰陽師は、容赦などない男に見えた。もし百夜様に危害が及んだらどうするのだ。蝶子に惚れているというなら尚更…。青ざめる澪子だったが、蝶子は楽し気に続けた。

「そうすれば、鬼様はきっと私を大事に思ってくれるはずよ…」

 あまりの事に何も言えない澪子だったが、地面から小さな声がした。

「ソンナ事で…ご主人サマが…オマエに、振り向くワケガナイ…」

 蝶子はぎろっとましろを睨んだ。

「ふん、死にぞこないが何か言ってるわ。」

 蝶子は笑って、ぴしゃりと扉がしめられた。

「ま、待って、蝶子…!わ、私たちをどうするつもり…!」

 澪子は叫んだ。外から蝶子の勝ち誇った声が聞こえた。

「じゃあね澪子、心配しないで…!あんたはあの陰陽師にくれてあげるから。きっと死ぬ程(・・・)可愛がってくれるでしょう。そこの狐も一緒にね」

 足音が遠ざかり、境内のざわめきが次第に消えた。陰陽師も蝶子も、出発してしまったようだ。

(まずい…!百夜様が…!)

 澪子は自由にならない体を必死に動かして、扉へ向かってどんどんと体当たりを繰り返した。が、棒で外から抑えてあるのか、びくともしない。それでもあきらめず体を打ち付けていると、みしりと肩から嫌な音がした。

「みおこ…無駄ダ…この小屋、術がカケラレテイル…簡単ニハ、出れナイ…」

 ましろが切れ切れの声で言うのが聞こえた。澪子は悄然と頭を垂れた。打った場所が痛くて、頭が朦朧としてきた。

「でも…こんなところで…あきらめる…なんて…」

 お使いも果たせてないのに。澪子の脳裏に、愛していると言って送り出してくれた百夜の顔が浮かんだ。

(どうしよう…百夜、さま…)

 それを最後に、澪子は意識を失い動けなくなった。

◇◇◇


「おいっ!おい、起きろよッ!大丈夫か、二人とも!」

 顔をぱしんと叩かれ、澪子は目をあけた。誰かに抱えられている。もしかして…

「びゃ、くや、様」

 が、見上げた顔は彼とは似ても似つかない、墨染の鈴懸を纏った大きな男だった。だがその黒々とした蓬髪に、生き生きとした目を見て、澪子ははっと気が付いた。彼は―…

「ふ、風来、さん?」

「おうよ。約束の時間にあんたが現れなかったから心配して来てみたら…嫌な臭いがぷんぷんするぜ。一体なにが起こったんだ?」

 空を見ると、もう日が傾きかけていた。澪子は焦った。

「陰陽師が…百夜様を討伐するって…そうだ、ましろ…ましろさんは!」

「安心しろ、ましろはここだ」

 ましろは風来のもう一方の腕に抱えられていた。札は剥がされ、先ほどよりもいくらか元気そうだ。風来は顔をしかめた。

「やっぱり陰陽師がきやがったのか…こんな山奥くんだりに、どういう事だ?」

「そ、それは…蝶、いえ、私の従妹が…」

 澪子は事情を風来に説明した。なぜそんな事になったのかわからないが、従妹の蝶子は百夜の妻になる事を望んでいる。そして邪魔な澪子を閉じ込め、陰陽師を使って策を弄して澪子の代わりに妻になると―…。

 説明し終えた澪子の胸に、一抹の不安がよぎった。

(もし百夜様が、蝶子を…いや、そんなわけない!百夜様は…さっきも愛してるって言って、見送ってくれたもの…)

 だが、百夜にはまだ、澪子の知らない秘密が何かある。彼はすべてを澪子にさらけ出してはくれなかった。だから、彼が絶対に心変わりしないという確信が、持てない。信じたいが、信じ切れない―…
そう思うと澪子は胸がぎゅっと痛くなった。

(もし…もし百夜様が、蝶子が命の恩人だと信じてしまったら…。)

 彼が自分を裏切る事などきっとないと思いつつも、澪子は気がせいて仕方がなかった。

「風来さん、私と一緒に来てくれませんか。百夜様を助けないと…!」

 澪子は立ち上がって駆け出そうとした。だがその腕をがっしりつかんで、風来は首を振った。

「悪いがそれはできねぇ。百夜にきつく言われてんだよ。今夜はお前を山に戻すなって」

「…え?な、なんでですか?百夜様はもしかして、今日陰陽師が来ることを知っていたのですか?」

 自分とましろを危険から遠ざけるためだろうか、それとももしかして―…澪子の顔が歪んだ。風来は弱ったように頭をかいた。

「そ、そんな顔すんなよ。俺は…ただお前を、下町の家にとどめて守ってくれと言われただけで」

「な…なんで…百夜様は、その家に薬を届けてほしいって、そういったのに―…」

 澪子はそこではっと気が付いた。

(百夜様は、百夜様は―…私に、帰ってこいとは、ひとことも言わなかった…!!!)

 同じだ。叔父に、生贄として置いて行かれた時と。澪子の手が、わなわなと震えた。

(私―…私、捨てられた…?百夜様は…私が…いらなく、なった…?)

 胸の鼓動が、痛いほどに脈打っている。その音がうるさくて、耳が痛いほどだ。急に体がたまらなく重くなり、澪子は思わず地面に膝をついた。

 あんなに、好きだと言ったのに。長生きしてくれと、言っていたのに。ずっと夫婦だと、約束したのに―…。

「みおこ、シッカリ」

 ましろが慌てて澪子に駆け寄った。だが澪子にその声は届いていない。

「ど…どうして…百夜様」

「キット事情が、あるハズ…ご主人サマの、言う通りにシタ方がイイ」

 ましろは必死に澪子をそうなだめた。だが澪子は到底それにうなずくことはできなかった。

「そんな事、できない…!私、戻らないと…!百夜様に聞いてからでないと、山を出るなんて嫌!」

 澪子が頑として動かないのを見て、風来ははぁとため息をついた。

「だから、お前ら二人を山に戻さないように言われてんだよ…仕方ないな」

 風来は、文を取り出し澪子に渡した。

「本当なら明日の朝、あんたに渡せと言われていたんだが…」

 澪子は上手く動かない手で、もどかしく百夜からの手紙を開いた。


 ◇◇◇


 澪子、ごめんなさい。風来の元で、きっと戸惑っていることでしょう。
 
 昨日の夜、青井山は地震で崩れました。
 ですからこの手紙を読むころ、私はもう居ません。山の私たちの家も、ありません。

 あなたの心を想像すると、何を書けばいいか…迷います。
 でもどうか、悲しまないで欲しい。長い間迷いましたが、こうすることが一番あなたにとって良いことなのです。
 ここに私と居る限り、あなたに未来はない。だから新しい場所で生きて行ってほしい。そこにある薬は、生活のために使ってください。
あなたには幸せでいて欲しい。これが私の一番の願いです。

私はあなたと一緒に過ごす事ができて、幸せでした。あなたに出会わなければ、私は幸せというものを知る事はなかったでしょう。
 澪、ありがとうございました。私は最後の時まであなたを愛しています。
 だけどあなたは、そうでなくて良い。私と別れても、どうか幸せに生きてください。ましろと風来が、助けてくれるでしょう。

 では、さようなら
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