ずっとずっと前から、僕が先に好きだった~元カレに浮気された私を拾ったのは、束縛ヤンデレ化した幼馴染社長でした~

小達出みかん

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爆速引っ越し

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「うん、ちょうど扉が開く直前だったから。しーちゃん引っ越すのすの?」

「そうなの。ちょっとバタバタしそうで」

「急な引っ越し?」

 なぜか蒼汰はぐいぐい聞いてくる。
 たしかに、こんな時期にいきなり引っ越しなんて、不自然である。

「大丈夫? 何かトラブルとか?」

 心配そうに蒼汰は言ったが、さすがにいきなり、事情を話す気にはなれなかった。

「大した事情じゃないんだけど、個人的にちょっと、今の場所から引っ越したくなって」

「隣人トラブルとか……? 東京は怖いっていうし……」

「トラブル……というかね……」

 言いよどむ詩音を、鹿野はちょっと責めるように、上目づかいでにらんだ。

「しーちゃん、いつもそうだ。心配かけるからって、大事なこと、何も言ってくれないよね。でも、言ってくれないともっと心配だよ。わかる?」

 過去の上京の件を責められている気がして、詩音はぐぬぬと唇をかんだ。
 すると蒼汰はにっこり笑った。

「じゃあ教えてよ。ね。しーちゃん」

 引きそうにない彼を見て、詩音はあきらめた。
 情けないが、恥をさらすしかない。

「ええとね……二人暮らしを解消することになったんだ。それで、新しい家を探す必要があってね」

 すると蒼汰は目を丸くした。

「え……一緒に住んでたの? 誰?」

「誰って、彼氏だけど」

 すると蒼汰は眉を寄せて唇をとがらせた。

「えー、聞いてないよ、そんなの」

 ……相手が亮だとは、絶対バレない方がいい。さらにわが社の心証が悪くなってしまいそうだ。詩音は肩をすくめた。

「言ってないもの」

 すると蒼汰は、ちょっと悪い笑顔を浮かべた。

「ねぇその相手って、もしかして、今日会議にもいた笠原さん?」 

 詩音の心臓が跳ね上がった。

「なっ……なんで⁉」

「あー、やっぱりね。だって会議前、何かこそこそ揉めてたじゃない。もう一人の女の人と」

 あの時の3人でのやりとりは、やっぱり聞かれてしまっていたようだった。
 まったく、亮め……。
 内心拳を握っていると、蒼汰は詩音を覗き込んだ。

「だから、僕も一緒に行くよ」

 詩音はわけがわからず、一瞬フリーズした。

「えっ、どこに?」

「しーちゃんが荷物を引き揚げるのを手伝うよ。こういう時って、絶対男手があった方がいいでしょ」

 当然のようにそう説明されて、詩音はうろたえた。

「気持ちはありがたいけど、さすがに会ったばっかりのそうちゃんを、そんな面倒なことにまきこめないから」

 すると安心させるように蒼汰は微笑んだ。

「会ったばっかりじゃないでしょ。僕たち離れててもずっと幼馴染だし、それに、岡本を通して最近もやり取りしてたじゃない」

「そ……それはそうかもしれないけど、さすがに迷惑だから……」

 ああ、やっぱり引っ越すなんて言うべきではなかった。詩音は後悔した。

「本当に、一人で大丈夫だよ。こう見えて強いしね!」

 カラ元気をしてまで固辞すると、ちょっと悲し気に蒼汰の眉が下がった。

「迷惑とかじゃないよ。何かあったらって思うと、心配だし。僕、昔からしーちゃんに面倒見てもらってたから……今はしーちゃんの力になりたいんだ」

 蒼汰はまっすぐな目で詩音を見て言った。

「しーちゃんはもう、一人じゃないよ。僕はしーちゃんの味方。だから、頼ってよ」

 思いがけない温かい言葉に、ふいに詩音の胸の奥が、ふっとゆるんだ。
 ――ついさっきまで、一人きりで戦ってるって思っていたから。
 親切心でそう言ってくれているのなら――少しくらい、人を頼っても罰は当たらないかもしれない。
 詩音は迷った挙句、うなずいた。

「ありがとう……それじゃあ、ちょっとお願いしていいかな……」

 美しい笑みを彼は浮かべた。

「もちろん」

 そのまま詩音は蒼汰を連れて、マンションへと向かった。
 ドアを開けて、まずほっとする。

(よし……誰もいない)

 詩音は振り向いて蒼汰に伝えた。

「さっと荷物まとめてきちゃうから、ここで待っててくれる?」

 すると彼は、気遣うように言った。

「手伝わなくて大丈夫? 二人でした方が速く終わると思うけど」 

 たしかに、あまり時間はない。詩音は彼の申し出をありがたく受けることにした。

「じゃあ、お願いしていいかな。ごめんね」

 再会したばかりの彼にこんな事をさせるのは申し訳ないが、心強い……と思いながら、詩音は真っ先に寝室へと向かって、めぼしいものを蒼汰と一緒にトランクに詰め込んでいった。

「このバッグとか、スーツ、コート類は持っていく?」

 クローゼットにしまわれているそれらを見て、蒼汰が聞く。

「あ……うん、厳選するね」

 トランクのスペースには限りがある。が、詩音が出ていけば、どうせ三輪がこの家に転がり込むのだろうから、彼女にどうこうされる前に、できるだけ大事なものは持ち出しておきたい。

「これと、これだけもっていくことにするね」

 少しくたびれてはいるが、まだまだ使えそうなバッグを詰めていくと、なぜか鋭い目で蒼汰が聞いた。

「これ、お気に入りなの?」

「お気に入りというか、スペアかな? 今会社用に使ってるやつも、そろそろ寿命っぽいし」

 蒼汰は詩音が持ち歩いているバッグをじっと見た。

「たしかに、ちょっとくたびれてるね」
「でしょ、恥ずかしいわ」

 詩音は苦笑した。そういえばこのバッグは、亮が買ってくれたものだった。

(落ち着いたら買い換えてもいいけど、まだ使えるもんな)

 モノに罪はない。そう思いながら、詩音はてきぱき手を動かした。
 蒼汰も手伝ってくれたおかげでスーツケースはあっという間に埋まり、さらに大きなビニールバッグもパンパンにして、詩音は立ち上がった。

「よし、ありがとう。さっさと出て行こう――」

 蒼汰はすぐさまバッグを担いで、スーツケースを受け取った。

「あ、そっちは持つよ」

「ううん、僕が持つ。それよりしーちゃん、荷物はこれでもういいの?」

「うん。全部じゃないけれど、大事なものはほぼ入れられたから」

「わかった。じゃあ行こっか」

 よし、脱出――。と思ったその時だった。エレベーターホールに誰かが到着したのか、会話が聞こえてきた。

「あーあ、今日はさんざんだったね、亮くん」

「まぁ、大丈夫っしょ。契約取れたは取れたし。俺もお前も、実質なんのお咎めもないよ」

「ふふ、佐倉先輩、かわいそう。きっとこれからも残業三昧だね」

「まぁ、あの件は、もう俺らには関係ない話だから」

 ……鈴木部長の叱責があったろうに、何も堪えていない二人に、佐倉はなんだか怒りよりも肩の力が抜けた。

 なんでこんな人と、付き合ってたんだろう。
 しかし、気の抜けた顔をしている詩音とは対照的に、蒼汰は険しい顔をしていた。

「しーちゃん、あの二人ってもしかして」

 詩音はあちゃあと思いながらため息をついた。

「笠原と三輪さんだろうな……かち合っちゃったみたいね」

 ここで一緒になってしまえば、どうしても廊下ですれ違って、顔を合わせることになる。
 けど、もうできるだけ話もしたくない。

「さっさと行こう。もう話す必要もないし」

 すると蒼汰は、なぜかとても良い笑顔でうなずいた。
「そうだね!」

 その言葉に背中を押されて、詩音は歩き出した。が、ホールから出てきた二人が、さすがにこちらに気が付いた。

「詩音⁉ お前、何してんだその荷物……」

 ――話はスマホで済まそうと思ったのに。詩音は面倒に思いながらも、簡潔に説明した。

「この部屋、出ていくから。残った荷物は近いうちにまた取りに来るので、触らないでおいて」

「え……は、早くないか。それに、誰だよ、そいつは」

 それとなく顔をそむけてくれているので、亮は後ろの男性が蒼汰だとは気が付いていないようだ。よかった。詩音は冷たく言った。

「さっさと出て行かないといけないようにしたのは誰。私が誰といようがもう関係ないでしょう」

 すると後ろから三輪が顔を出して、凶悪な微笑みを浮かべた。

「そうですよねぇ。私のせいで、ゴメンナサイ♪」

 はぁ。
 無邪気な子だとは思っていたが、こんな性格だったとは。
 かかわったのが災難だった――と思うしかなさそうだ。

「じゃ」

 再び歩き出した詩音を、しかし亮は止めた。

「ま、待てよ。俺と別れるのか?」

 はい? とツッコみたいのをぐっとこたえて、詩音は答えた。

「そうだけど、何か問題でも?」

「昨日の今日で、判断が速すぎないか? 別れる前に、もっと話しあいを……」

 詩音はわけがわからなくなった。

「話し合うような段階じゃないよね? だって亮にはもう、三輪さんがいるでしょ」

「そ、それは、ちがくて……!」

 亮が詩音に追いすがる。

「……亮ちゃん?」

 三輪の顔が不快にゆがむ。詩音は今度こそ、思い切りため息をついた。

「そういう話は、あとはお二人でどうぞ。じゃ、私も時間ないんで」

「待てって! お前、いきなり出ていくって、次住む場所とか決まってないだろ⁉ どうするんだよ」

 通せんぼする亮に、いい加減に堪忍袋の緒が切れそうになったその時――今まで大人しく下を向いていた蒼汰が、顔を上げた。

「ご心配なく。佐倉さんの次の入居先はもう決まっているので」

 三輪と亮が、目を見開く。

「え……鹿野社長⁉」

「なんでここに……」

 詩音も内心、驚いていた。

 ……決まってる、って、どういうこと⁉
 ――あっ、この場をスムーズに離脱するための方便か、なるほど。

 一瞬で納得した詩音は、彼らにうなずいた。

「そういうことなんで」

「さ、行きましょう佐倉さん」

 呆気に取られている二人のスキをついて、詩音と蒼汰はその横を通り抜けた。
 途中、蒼汰は振り向いて二人に軽く会釈をした。

「ありがとうございます、お二人とも」
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