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助けてあげなきゃ
しおりを挟む「ん~~~! できた! 召し上がれ」
食卓の向こうには、すっかりこのマンションの一室になじんだ、三輪が座っていた。
「今日のディナーはねぇ……亮くんの好きなステーキにしたよ、ほら」
三輪はエプロンをつけ、にこにこ顔で亮を見上げていた。
たしかに料理は上手い。上手い、が……。
「どう?」
上目遣いの目に、亮はため息をつきたいのをこらえてぞんざいに答えた。
「あー、おいしいよ」
「ほんとー? よかったぁ。私、料理の感想とか、ちゃんと言って欲しいタイプなのぉ」
浮気相手の時の彼女は、あれこれ世話を焼いてくれる都合の良い、可愛らしい年下女だったが、彼女になってみると、ただただ面倒なかまってちゃんであった。
「ね、週末はどこいくー? 私、行ってみたいお店があるの。銀座の駅前なんだけどぉ……欲しいものがあって。ね、私の誕生日いつだったか覚えてる?」
おまけに、典型的なブランド好きで、男にとことんぶら下がるタイプだ。
「あー、いつだっけ?」
「うふふふ、実は来月なのー!」
彼女は有無を言わさない勢いで、おねだりするものをスマホで探し始めた。
「えっとねぇ、このバッグが欲しいの――白くてかわいいでしょ? 絶対私に似合うと思うの。この夏の新作!」
はぁ。どうしてこんなことになってしまったのか。
亮は内心ため息をついた。
詩音が忙しくて、亮をかまっていなかったことも、家事をサボって居たことも、事実だ。
けれど、詩音は料理の見返りに亮にモノをねだったり、常に感想を欲しがったり、そんな子どもじみたところのない、自立した女だった。
別れるつもりなんて、なかったんだけどなぁ……。
亮は再びため息をついた。
そう、三輪と真剣に付き合う気なんてなかった。ただ、都合の良い遊びの関係のつもりだったのだ。三輪も、亮の不満につけこんで、積極的にモーションをかけてきたのだから。
ところがそのことが詩音にバレて、成り行きでこんな事になってしまった。
「ちょっと亮くんどうしたの? ため息なんてついて」
「いや……」
生返事しながら、亮はふと思った。
――詩音ともう一度話したい、と。
ちゃんと亮の気持ちを――三輪は一時の遊び相手で、本命はあくまで詩音であると説明すれば、詩音も納得してくれるんじゃないだろうか……。
(そうだ。もう一度ちゃんと話そう。一度逃げられたから……もう一度、あの社長が絶対に来れない場所で、詩音を捕まえよう)
そう決意し、次の日会社に向かった亮だったが、詩音の姿は、フロアのどこにもなかった。
亮は青くなった。詩音が休むなどめったにない。もしかして――俺のせいで辞めた、とか?
亮はあわてて詩音の直属の上司、鈴木に確認にいった。
「あの、鈴木部長。佐倉はどこにいますか。姿が見えませんが」
すると鈴木は、胡散臭い目で亮を見上げた。
――シュガードロップの一件があってから、鈴木や他の上司たちは、どことなく亮に冷たい。
「それ、君の業務に関係ある?」
「あ、ありますよ。シュガードロップ様の件で――」
はぁ、と部長はため息をついて手短に言った。
「彼女は今週は出張中。来週聞きなさい」
「え? 佐倉は出張ですか? 急にどこに……?」
部長は肩をすくめた。
「君がさっき言ったところだよ」
そして取りつく島もなく、部長はくるりと背を向けた。
しかし亮は、それどころではなかった。
(こんないきなり、出張? それにシュガードロップにって……S県か)
S県と言えば、彼女の地元だ。それにきっと。
亮の頭に、黒い笑みを浮かべるあの社長が浮き上がった。
あの社長は、あきらかに詩音に興味があるようだった。
「それって……あの社長の本社に、ってことですか」
鈴木は面倒くさそうに答えた。
「そうだよ。当たり前じゃない」
「でも、いきなり営業でもないのに、佐倉が連れていかれるっておかしくないですか」
取引先の機嫌を損ねないために、言われるがままに出張先についていく新人女子の営業を、亮は幾度も目にしてきたし、指図さえしてきた。
けど、詩音が同じ目にあっているかもしれない、と思うと。
亮は食い下がった。
「まさか、社長の立場を利用して、佐倉に圧力をかけてる――とかじゃありませんよね?」
するとパソコンに向かっていた部長は、きっと亮を見上げた。
「あのねぇ笠原くん! 佐倉が同行したのは、君と三輪が、先方の信用を損ねたからだろう」
「それは…ですが……」
しどろもどろだが、納得できていない亮に、ぼそっと部長はつぶやいた。
「……佐倉とあの社長は、地元で知った顔とは言っていたから、そういうつながりがあるだけだろう。下種な勘ぐりはやめなさい」
――あの二人、知り合いだったのか。
どうりで。
亮の中で、何かが次々とつながっていった。
なぜ、あんなにも社長が、詩音を擁護して三輪の嘘を看破したのか。
なぜ、詩音の引っ越しから、次に住む住宅まで、手際よく用意していたのか。
なぜ、マンションでの別れ際に、亮と三輪に対して『ありがとう』と言ったのか。
(もしかして、あの社長は、最初から全部――)
詩音を、手にいれるために。
そう気が付いて、仕事中だというのに、亮は身体から力が抜けた。
(俺――まんまととられたのか、あの社長に……詩音を)
ハメられた。だまされた。その思いに、ふつふつと怒りがたぎってくる。
(理不尽だ! たった数回の浮気で――別れさせられるなんて!)
あの御曹司さえ現れなければ、きっと詩音は数日すれば、怒りを収めて亮のマンションに戻ってきてい
ただろう。
(それを……あの社長が、めちゃくちゃに壊したんだ)
いつから、詩音を狙っていた?
朝暘社に仕事を依頼した時から?
詩音とメールでやりとりし始めてから?
あの会議の日からか?
どこからどこまで仕組まれていたのかわからないが――あの社長が手際よく亮から詩音を引きはがし、家まで用意して囲った挙句、仕事でも常に詩音にくっついている事は、事実だ。
(第一俺は、あの社長に邪魔されて、詩音とまともに話もできていない)
詩音に教えてやらないと。お前が頼りにしているその男は、虎視眈々と詩音を狙って、亮から奪い去ったのだと。
しかし、なんのため? もしかして、あの社長はずっと詩音の事が……?
亮の脳内にふとその疑問がよぎった。が。
(いや、そんなわけあるか。成り上りたい新興の社長の狙いなんてみんな同じだ)
朝暘社の中でも腕のいいデザイナー兼マーケターである詩音を自分の女にして、特別な便宜を図ってもらうつもりなんだろう。
(詩音は利用されてるんだ! あの顔のいい、年下社長に……!)
でなければ、ぱっとしない地味なアラサー女に、あんなキラキラした若社長がモーションをかける理由がない。
(言っちゃ悪いが、詩音は地味だし、もう30だし。騙されてるんだ……)
彼女を助けなければ。
亮の中で、使命感が盛り上がった。
◆
「しーちゃん、おはよ」
「うわぁ⁉ そうちゃんなんでうちに……⁉」
「迎えに来たんだよ」
土曜日の朝、詩織が自宅のベッドで惰眠をむさぼっていると、元気に蒼汰が起こしにきた。
「昔はよく、こうやって出入りしてたじゃない」
「た、たしかにそうだけど……」
しどろもどろになりながら起き上がる詩音に、階下から母の声が響いた。
「詩音! あんまり蒼汰くんを待たせるんじゃないよー!」
「大丈夫ですよー、お母さん」
蒼汰が答える。詩音はやれやれと思いながらベッドから出た。
「じゃあ僕、下でお母さんたちと待ってるね」
そう言って、にこやかに階段を下りていった。
なんか……そうちゃん、すっかりウチの一員みたいになってる……?
いや、昔から出入りは自由にしていたけども。
そんな事を思いながら実家においてあった適当な服に着替え、軽くメイクをし、1階に向かうと――
「もー、ほんっとうに蒼汰君がいてくれてよかったわぁ。ウチも母として安心よ」
「はい、結婚するならしーちゃん以外ありえない、って昔から決めてたので」
「ウチの娘が、あんなはねっ帰りで申し訳ないが――蒼汰君、これからもよろしくな」
……え? なんか話が、知らないところまで進んでいないか?
なごやかに談笑している両親と蒼汰のいるダイニングに、詩音は足を踏み入れた。
「お、おはようございます……」
「あら詩音やっと来たの、ほんと寝坊助なんだから」
「蒼汰君が待ってるぞ」
ニコニコ顔の三人に、詩音はおずおず聞いた。
「あの、お母さんたち、なんかタッグを組んでる……?」
すると母はふん、と鼻息を荒くした。
「そりゃあ、ご近所だからね」
「ゆくゆくは――ごほごほ」
何かを言ってごまかしかけた父を後目に、母が朝食を持ってきた。
「ほら、早く食べちゃいなさい。これから蒼汰くんと出かけるんでしょ?」
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