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第一部 馴れ初めから結婚まで

ラブミーテンダー

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「きゃっ、すべるっ!」


「大丈夫?スノウ、私にしっかりつかまって!」


 氷の上でよろけかけたスノウを、リリーは両腕でしっかり受け止めた。彼女を転ばせるわけにはいかない。


「うふふ、ごめんなさい。私本当に、運動苦手で」


「私だって得意じゃないよ、スケートなんて久々すぎて」


 冬も深まり、湖の氷も分厚くなったのでこの冬初めて、城の皆はスケート靴をはいた。

 最初は多かった妃候補の姫たちも一人帰り二人帰り、今ではだいぶ少なくなっていた。

 なんと、最初あんなに張り切っていたエリザ姫すら帰ってしまって今はいなかった。


 手をつないでゆっくりと滑り出したリリーとスノウの姿を、少し遠くからルセルは眺めていた。


 2人を見ると、ズキンと心のどこかが痛んだ。その痛みに顔をしかめた瞬間。


「殿下ー!滑られないのですかー?」


 スノウが笑顔を浮かべてルセルのほうへ手を振ってきた。


「はは・・・」


 ルセルはむなしく笑って手を振りかえした。

 そうだ、スノウは美しい。姿も心も。憎むべきところは一つもない。

 彼女には何の罪もない。ただ・・・彼女が、リリーの女神でさえなければ。


「殿下、沈んだお顔。どうかされたんですか?」


 ふと見ると、心配そうにスノウがこちらに滑ってくるところだった。


「よろしければ私と一緒に滑っていただけませんか?殿下はさぞお上手でしょうから」


 スノウが手を差し出したので、断るわけにもいかずルセルはその手をとった。




「殿下・・・差し出がましかったらごめんなさい、でも・・・リリーと何か、ありました?」


「えっ」


 予想もしていなかった言葉がかけられたので、ルセルは驚いた。


「もしかして、喧嘩しちゃった・・・とか?」


「い、いや・・・そういうわけではないんだが」


「リリーはああ見えて、弱虫な所があるんですよ・・・なのに意地っ張りで。もし喧嘩をしてしまったのなら・・・殿下から声をかけてくだされば、きっとすぐ仲直りできるはずですわ」


「スノウ、その・・・」


「私からもリリーに言っておきますから、ね」


 スノウはにっこりと笑った。

 が、ふと足元からピキっと音がして、ルセルは現実に取り戻された。

 いつのまにか、かなり湖の中央まで来てしまっていた。


「スノウ、すまない。ぼんやりしていてついこんなところまできてしまった。危ないから戻ろう」


「あら・・・わたしこそ殿下にたよりきりで、ごめんなさい」


「いや、いいのだ。いこう」


ルセルが足を踏み出したその瞬間、先ほどひびが入った氷がバリンと崩壊した。


「あっ・・・!」


瞬時に避けられなかったスノウは、あっという間にその裂け目に飲み込まれた。


「ス・・スノウっ!!」


その一瞬、ルセルの脳裏に恐ろしい考えが浮かんだ。




――このまま、スノウが溺れていなくなってしまえば・・・・

リリーはきっと、彼女を諦めて、自分のことを――




 だがその考えは必死に駆けてくるリリーの姿を見たことによって掻き消えた。


(何をバカなことを考えているんだ!早く、助けなければ)


突き動かされるようにルセルはコートを脱ぎ捨て、凍るような水の中へ飛び込んだ。


「殿下!スノウ!!」


 リリーがそばまで駆けてきた時、ルセルは必死の思いでスノウを抱え水の中でもがいていた。その手が水面をつきやぶって空を掻いた。


「殿下!このロープにおつかまりください!」


リチャードがロープを水面に向かって派手に投げた。ぼちゃんと音がして、ルセルはそれをつかむことができた。


「皆、引っ張れーッ!!」


リチャードに続き、従僕たちがロープを引っ張った。リリーもそれに加わった。

程なくして、青い顔をした2人が引き上げられた。


「スノウっ・・・・!!!」


あわてて駆け寄ろうとしたリリーを、チャールズが制した。


「おやめなさい、あなたも落ちてしまう。ここは従僕たちにまかせましょう、さあ、お二人を温かい室内にお運びして!」


屈強な召使たちにかかえられた2人を、なすすべもなくリリーは見つめていた。







「まあ。大げさなんだから・・・私は大丈夫、もともと雪国育ちなんだから・・・あそこの寒さに比べたらここなんて大したことないでしょう?」


あれから数日後。思いつめた顔でベッドのそばに控えているリリーに、スノウは笑いながら言った。


「もう熱も下がったし、そろそろベッドがらおきてもいいころよ」


「だめ、だめ!今はまだ弱っているんだから。横になっていないと」


 スノウはむうとふくれた。


「あなたなんて寒中遊泳とかいって昔湖で泳いでいたじゃない。体を鍛えるとか言って・・・。それと似たようなものよ」


「そ、それは大昔、私も無鉄砲だったころの話!・・・でも、とりあえず私達が寒いところに慣れていて、よかった・・・。」


スノウは眉をよせた。


「そうね、私はなれていたからすぐ回復したけれど・・・殿下が心配だわ」


「うん・・・・」


ルセルはあれからずっと熱で臥せっている。


「ちょっと様子でも、みてきたら?あの・・・殿下、リリーと喧嘩したのを、気に病んでいたようだから」


「え?」


そうだ、事故の直前、二人は何を話していたのだろう?リリーは気になった。

が、スノウは何も言わずにただリリーを送り出した。


「いいから、いいから。行ってらっしゃいな」

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