エリート魔術師様に嫌われてると思ったら、好き避けされてるだけでした!

小達出みかん

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優しい患者さん

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 すると彼はなぜか顔を背けて、さらに冷たく言った。

「さぁカルテを。仕事をしてくださいと言っているでしょう」 

「は、はい……」

 若干ビクビクしながら、イリスは今日看る予定の患者のカルテを順番に揃えて、サイラスに渡した。彼の表情は、相変わらず冷たかった。

「行きますよ。準備を」

 サイラスは、イリスを見もせずに事務的に言った。イリスは用意されていたワゴンを引いて彼のあとへとついていった。

(な……なんかさぁ、気のせい、かもしれないし、そうであってほしいんだけど……)

 もともとにこやかな人ではないのだろうが、それにしたって。

(な、なんか私にだけ、明らかに冷たくない、です、か……?)

 そう、彼が赴任してきてすぐに、イリスはそれを感じていた。

(いや、思い過ごしであってほしいんだけど……ま、まだ最初に間違えたこと、怒ってるのかなぁ……)

 彼は、他の職員には淡々と事務的に接していて、ミスがあっても叱りもせず『そうですか』で済ますほどそっけないらしい。
 しかしイリスに対しては、同僚に手を振ったというだけでこのお叱りである。

 彼の後ろをついて歩きながら、イリスの頭にとある不安が頭をもたげる。

(それとも、気が付かないうちになんかしちゃって、嫌われてる、とか、でしょうか……?)

 いやしくも治療院の補助助手として、些細なミスでも気を付けて仕事にあたっているつもりだ。常に指さし、二重確認を行っている。ヨシ!

(うう……悪いところがあるなら、言ってくれないかな……また怒られるかもってびくついてると、仕事もミスしやすくなるし、ふんだりけった……うわっ⁉)

 立ち止まったサイラスの背中にぶつかりそうになって、イリスは思わずワゴンを止めた。

(やばっ、ワゴン倒れちゃう!)

 ワゴンを死守するため、とっさに手を離した。そして勢い余ったイリス自身は、そのまま派手に尻もちをついた。

 「つつ……ッ! す、すみませんっ!!」

 振り向いた彼に、イリスは尻もちをついたまま平謝りした。

「…………」

 しかし、サイラスは無言で目を細めて、イリスを睨んでいた。
 イリスはさーっと青くなった。

「ごっ…ごめんなさい! お怪我ありませんか⁉」

 立ち上がって背中に触れようとすると、彼は冷たく言った。

「触らないでください」

 ……まるで、ごみを見るみたいな目だった。
 しかし、考え事に夢中になって、ワゴンの薬を危険にさらしたのはイリスの落ち度だ。これは大変貴重なもので、サイラス以外誰にも作れないシロモノなのだ。

「す、すみませんでした……」

 消え入りそうな声はあっさりとスルーされ、サイラスはドアを開けて病室へと入った。

「おはようございます、カレンデュラさん」

 個室のこの病室には、お年を召したご婦人が長年入院していた。彼女は身体を起こして、イリスとサイラスを迎えた。

「あら、おはようございます。先生、それにイリスちゃん」

 にっこり笑う彼女の白髪からは、二つの銀色の耳がつき出ていた。彼女は由緒正しい、銀色狼を先祖に持つ犬獣人で、心臓に難しい病気を抱えていた。――が、イリスは個人的に、彼女のことが好きだった。

「カレンデュラさん、検温と採血をさせてもらいますね」

 イリスがいつも通りの手順をこなしていると、彼女はおや、という顔をして微笑んでくれる。

「あら、上手になったわねぇ」

 イリスが新卒のころからこうして暖かく見守ってもらって、もう育ててもらっているまであるのだ。

「えへへ、ほんとに、おかげさまで」

「たのもしいわねぇ。イリスちゃんを見てると、孫を思い出すわぁ。元気にしてるかしら」

 ちょっと寂しそうにいう彼女を、イリスは励ました。

「今大学に通っているんでしたっけ?」

「そう。勉強を頑張って、私が昔卒業した学校にね…」

 カレンデュラは若かりしころは、バリバリのキャリアウーマンだったらしい。少し寂しそうな顔をして笑う彼女を、イリスは励ました。

「お孫さんも、カレンデュラさんを目指しているんですね。きっと、新学期も折り返しで、そろそろ落ち着いたところですよ」

「そうね……若い人の時間は、きっとあっという間ね。すぐに卒業して、大人になっていくのね。あなたがすぐに、新人から、一人前の助手さんになったみたいに」

 にこにこ微笑んでいるが、そばにいられない悲しさがその言葉ににじんでいた。

(……カレンデュラさんが、早く良くなって……家族のそばに戻れますように)

 穏やかに微笑む彼女に、実のところイリスは、優しかった自分の母を重ねてしまっているのだった。

「カレンデュラさん、薬です」

 しかし彼女は、サイラスの作り上げた薬を受けとって、明るく言った。

「でも、スノウ先生が来てくださってから、希望がわきましたわ。だって先生の薬は、効くんですもの」

 と言って、彼女はサイラスが見守る中薬を飲みほした。

「うぅ……良薬、口に苦し、ね、けほっ」

 ちょっと無理やり微笑む彼女に、イリスはいつも背中をさすった。
 サイラスは淡々と説明した。

「ではいつも通り、服薬後数時間は安静に。今日は午後、胸部の透視を行いますので、それまで絶食です」

「わかりました。先生、ありがとう」

 にっこり笑って、カレンデュラは横になった。その笑顔に、イリスの心もなごむ。

「何かあったら、伝言メモで私たちを呼んでくださいね」

 イリスはそう言い残して、サイラスについて病室を出た。

 サイラスは無表情だったが、イリスはついつい、気持ちを口に出してしまう。

「良い方ですよねぇ、カレンデュラさん」

 が、サイラスはその言葉をまるっと無視した。彼は歩きながら、カレンデュラの検査結果が記された書類をめくっていた。その顔が険しい。イリスは心配になって、その書類を後ろから盗み見した。

「……数値が、あまり良くない……?」

 思わずつぶやいてしまったイリスに、サイラスは独り言のように答えた。

「おおむね快方に向かってはいるが、血液検査の数値が、想定外に低い……」

 イリスがもう一度のぞき込むと、血液のリンパ球の数値のみが、基準を下回っていた。

「リンパ球……が少ないということは、自律神経のバランスが崩れかけてしまってて、ストレス値が高いということでしょうか」

 すると、サイラスはやっとイリスをちらっと振り向いた。ちょっと意外そうな顔をしている。イリスは慌てて言い訳した。

「あっ、差し出たことを、すみません」

 助手の仕事は、あくまでサポートであって、患者の状態を見極めたり判断する事ではない。

「いえ、どうして助手のあなたが、そんなことを知っているのですか」

 イリスはちょっと照れながら言った。

「一応私も昔、治療院の魔術師を目指していたんです。無理だったので、助手になりましたが!」

 あと、母も心臓の病気だったことも、関係している――が、それは言わないでおいた。

「……そうですか」

 サイラスは興味なさそうに、書類に目を戻してつぶやいた。

「なぜ、ストレス値が……私の薬に問題が」
 
 イリスに言うというよりは、自問自答している感じだった。

「いえ、先生の薬は効いているじゃないですか。カレンデユラさん自身もそういっていましたし」

 しかしサイラスは、唇を嚙んで首を降った。

「数値を見ると、患者本人の証言は、あまり過信はできないです」

 それは違う。新人の時からの付き合いであるイリスは、はっきりと言った。

「そんなこと、ありませんよ。最初私が彼女と会ったとき……カレンデュラさんは、自分が生きながらえることをあきらめていました。そのくらい、病状がよくなかったんです」

 家族や孫の行く末を見守れない自分の運命を、カレンデュラは悲しんでいた。それでも彼女は、病室で自暴自棄になることなく、イリスたち新人助手をまるで孫のように見守って可愛がってくれたのだ。

「あと持って一年だろうって、院長は去年言っていたんです。なにか奇跡が起こって、カレンデュラさんが良くならないかな……って、みんな思っていました。そしたら今年、スノウ先生が来て、本当に彼女は良くなり始めた」

 イリスは力説した。

「前とは顔色が違って、なにより笑顔が増えて、生き生きしてます。先生の薬で、彼女は確実に良い方向に向かっていますよ。だからストレス値は……」

 カレンデユラの件について、イリスも考えてみた。

「うーん……犬獣人の方は、嗅覚がとっても繊細ですよね。感度が人間の一億倍、でしたっけ」

 アホみたいな案だとは思ったが、いちおうイリスは言ってみた。

「先生の薬、効くけどすごい苦いらしいから……味や香りを変えたりって、できないんですか?」

 するとサイラスは、ふんと溜息をついた。
 ――そんなことで、どうにかなるとおもってるのか、と言いたげな冷たい目であった。

(で、ですよねー……)

 ので、イリスは肩をすくめて口を閉じ、一緒に次の病室に向かった。
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