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ランチをご一緒しませんか
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「あっイリスだ! 久しぶり……!」
ドアを開けた瞬間に、中のベッドから明るい声が飛んできた。
「おはようロディ。久しぶりね」
ハーフリング(小人族)の少年である彼は、不運にも山奥で人食い魔法植物に噛まれてしまい、治療と研究を同時に行うため、故郷から離れたこの治療院に入院している。
イリスはにこにこしながら、彼の熱を測った。
「うん、少し微熱があるわね……でも、薬は飲めるよね?」
イリスの計った熱を見て、サイラスは無表情にうなずく。引いてきたワゴンには、サイラスがロディの病気のために調合した新薬が乗っていた。
「やだ……苦いもん。それに、飲むとお腹が痛くなるし」
瓶に入った薬を差し出したイリスに、ロディは唇をぎゅっと噛んでそっぽを向いた。
「飲まないと治らないですよ」
サイラスが事務的な声かけをする。するとロディは助けを求めるようにイリスを見た。
「昨日飲んだばっかりだよぉ……今日はもういいでしょ? ね?イリス」
彼にすんなり薬を飲んでもらうのも、イリスの仕事だ。
イリスはいったん瓶を置いて、ベッドの彼と視線を合わせるためにかがんだ。
「そうね。苦いから飲みたくないよね。お腹だって痛くなるし……。でもね、スノウ先生の薬はスーパーヒーローなのよ。飲めば、ロディの身体の中で悪さをしている病気を、えいえい! ってやっつけてくれるの」
「悪者を倒すみたいに?」
「そう。一生懸命戦ってくれるのよ。だから、ちょっとお腹が痛くなるけど、応援してあげて?」
「そっかぁ……」
するとロディはやっと瓶を手に取った。が、まだ決心がつかない。イリスはぺらぺらと予定表をめくったのち、もう一押しした。
「次、ロディのお母さんがお見舞いにくるのは、いつも通り土曜日のお昼ね。楽しみね。ちゃんと薬を飲めましたって、報告しようね」
するとロディは、瓶を見つめながらぽつりと言った。
「僕……いつになったらお家に帰れるのかな」
彼はかれこれ三か月、この研究所にいる。故郷から離れて、病気も不安定で、さぞ不安なことだろう。イリスはさすがにかわいそうにで、彼の手を励ますようにぎゅっと握った。
「大丈夫、きっと治って、お家に帰れるわ。絶対よ」
「……ほんと? いつか、帰れる?」
サイラスの作り出した新薬は効いてはいるが、すぐに完治するとは言いきれない。イリスは若干の罪悪感を感じながらも、明るく言った。
「ええ、すぐによ! ただし……これさえ飲んでくれればね」
そういうと、やっとロディは覚悟を決めて、瓶の中身を飲み干した。
イリスはここぞとばかりに褒めた。
「すごい! さすがっっっ!!! ロディは偉いわ!」
瓶を回収し、ぎゅっと抱きしめる。その間サイラスは、彼の経過を観察し、またも事務的に言った。
「顔色、体温とも、今日も問題なし。行きましょう」
イリスが立ち上がると、ロディはとたんにしょげた。
「もう行っちゃうの? イリス、一緒に遊ぼうよ」
もちろん、この後も患者たちが待っているので、そんなことはできない……が、イリスは笑顔で請け負った。
「ありがとう! 私もロディと遊びたいな、またあとで来るね!」
ロディは諦めたのか、少し残念そうに布団にもぐりなおして、それでも手だけはふってくれた。
「じゃあね!」
笑顔で部屋をあとにする。すると、何やらまた、自分に冷たい視線が注がれていることにイリスは気が付いた。
(こ、今度はなにーっ?)
おそるおそる見上げると、サイラスの目を視線がかち合う。するとサイラスは、嫌そうにそっぽを向いた。
(わ、私今何もミスってないよね―⁉)
けど、面と向かって聞く勇気もないので、へらっと笑って聞いてみる。
「あ、あの、どうかしました?」
「……子ども相手だからと、適当にできない約束をするのですか」
「え?」
「この後も診察は詰まっています。あなたにロディと遊ぶ時間などないでしょう」
そう言われて、イリスは頭をかいた。
「いえ、午後の検温の時間に、いつも絵本を読んであげてるので、あれはその時まで待っててねーってことなんです」
サイラスは相変わらず無表情だった。
(……油売って時間無駄にするな! ってまたお小言いわれるかな……ッ)
イリスは慌てて言い訳した。
「ほ、ほんとはサザフィールド院長みたいに、診察しながらスマートに遊んであげたり、話相手になってあげられるといいんですけどーっ……で、でも千里の道も一歩から、ってことで、見習ってやらせてもらってます……」
この治療院の院長、サザフィールドは、見た目からして好々爺で、中身もまったくそのままの、やさしいおじいちゃんだ。しかし、ニコニコしているだけではなく、ここぞというときには頼りになる。そんな人だった。
イリスは院長が好きで、尊敬していた。治療院勤めを仕事に選んだのも、院長への憧れがあったからだ。しかしサイラスはクールだった。
「……あの人の真似……ですか。それならご勝手に」
(ん? あの人?)
その口調に、少しウエットなものを感じた。さすがのサイラスも、院長の事は悪く思ってはいないのだろう。
「いい人ですよねぇ、院長。そういえば、スノウ先生がここに来たのも、院長の推薦……なんですよね? お弟子さんだったんですか?」
イリスとしては世間話のつもりだったが、サイラスはめんどくさそうに言った。
「弟子というか……。あの人は誰でも世話を焼きたがるから、それだけです」
◆
午前の診療を終えてランチタイム、イリスは食堂まで一人で向かった。いつもどおりサンドイッチを買って、同僚を探してきょろきょろする。
(んー、ミリアム、見当たらないなぁ)
皆月曜日で忙しいのか、ランチ持参なのか。イリスはちょっと物足りなく思いながら、テラス席に一人腰を下ろした。
「あーあ。ほんと、気づまりだなぁ……」
一人なので、愚痴がつい口からこぼれてしまう。ランチ休憩の間はあの冷たい視線から逃れられるが、午後からは研究の手伝いもあるので、部屋にふたりきりの時間もある。
「またちくちくいろいろ言われるのかなぁ……」
いくらイケメンでも――いや、イケメンだからこそ、あの視線はこたえる。
軽蔑しきった、あの冷たい紫の目。思い出すと、胸がスンッと痛くなる。
(彼は引き抜かれてきた魔術師で、私はただの助手で……)
彼は有能な人間だ。誰にも作り出せない薬を作れる。だからこそ――そんな彼に疎まれると、その場にいちゃいけないような、存在を全否定されているような、寄る辺ない気持ちになるのだ。
でも、ミリアムの言う通り――
「顔は本当に……いいよね……もったいない……」
はぁ、とため息をつきながらサンドイッチにかぶりついたその時。
「誰の顔がもったいないって? ラシエル君」
「はわわわぁぁッ⁉」
突然隣から話しかけられて、イリスは飛び上がった。ついでに、サンドイッチも詰まらせた。
「げほっ、な、なんだ、院長ですか……ッ」
「悪い悪い、驚かせてしまったね」
飲み物を差し出しながら、サザフィールドはイリスの隣に座った。
「で、顔というのは?」
そこにツっこまれて、イリスは内心焦った。
「い、いえ違うんです、別にそんな、上司にキャーキャーいってるわけじゃなくて」
「うんうん」
なんだか負けたような気がして――イリスは言った。
「でもあの、へへっ、スノウ先生ってイケメンですよねぇ……はは」
するとサザフィールドは眉を上げた。
「おや、サイラスがかい? 君はそう思うの?」
――しまった。誰のことかなんていう必要なかったのに、自分で白状してしまった。
「あ、あのでも、スノウ先生には言わないでくださいね?」
こんな事言っていると知れたら、ますます嫌われそうだ。
――「人の顔をあれこれ言っている暇があったら、ご自分の髪の乱れをどうにかしては」くらい言われそうだ。
(それは、その通りですがっ!!)
そんなイリスの内心を知ってか知らずか、サザフィールドは聞いた。
「ラシエル君、今週からサイラス担当でしょう。どう?」
イリスはちょっと身構えた。
「わ……私なにか、苦情とかきちゃってます……?」
するとサザフィールドは慌てて首を振った。
「いやいやちがうよ! むしろ、その逆で……」
「?」
「彼は君を、ランチに誘いはしなかったかい」
「まさか! 昼食は食べないと言って追い出されました!」
「え? そうなの」
「はい。眠くなるからいつも食べないようにしてる、って」
するとサザフィールドは微妙な笑顔になった。
「あちゃあ……こじらせてるねぇ」
こじらせてる。なにがだ。イリスはふと不安になった。
「や、やっぱり、私に至らない点があるから……ミスもするし、仕事も遅いし」
するとサザフィールドは、微笑んで首を振った。
「いや、それは違うさ。君はよくやってくれているよ。丁寧に患者にかかわってくれているじゃないか」
「い、院長……ッ」
イリスは思わず感極まった。ここが、この院長が皆に好かれる理由だ。人の事を良く見ていて、落ち込んだ時には欲しい言葉をくれるのだ。
その穏やかな笑みはまるで司祭のようで、ついうっかり懺悔をしてしまう者も、いるとか、いないとか。
「ありがとうございます、ありがとうございますッ! 私、午後も頑張ります!」
少し不機嫌な上司がいるからって、なんだろう。馬が合わない人間でも一緒に協力するのが、仕事というものだ……!
にわかにやる気を出したイリスに、サザフィールドはふと、にっと笑った。
「それならラシエル君、その、サイラスの事だけどね……彼はずっと山奥で一人研究していたんで、どうも人見知りな所があってね。一度君の方から、ランチに誘ってあげてくれないかい」
「えっ? 私が? でも多分……嫌がると思いますよ……院長か、それかほかのコが誘った方が……」
ははっとサザフィールドが声を出して笑った。
「さすがのサイラスも、じいさんに誘われるより、女の子に誘われる方が嬉しいさ。今週は君が当番だし、ちょうどいい。ああもちろん、君がよければ、だけれど」
「え、ええっとぉ……」
正直、嫌な顔をされそうだし、一緒にランチをしたとしても、話す事もなく気づまりだろう。あまり乗り気はしない……が。
(院長、スノウ先生の事が気にかかるのね。ちゃんとこの治療院になじめてるのか、って……それで、私を頼って、こんな事言ってくれてるんだ)
サザフィールドの頼みとあらば、聞こうという気にもなる。
「わ……かりました! 明日、ランチに誘ってみようと思います!」
「そうかい、ありがとう」
にっこりわらって、サザフィールドはお昼のアイスティーを、そのままおごりにしてくれた。
◆
初夏の天気は移ろいやすく、お昼を過ぎたら雨が降り始めた。それもけっこう強い雨だ。
(あ~、傘さしてても帰り濡れそうだなぁ……)
終業間際、イリスはそわそわしながら、研究机に向かうサイラスに目を向けた。
(今日は残業、ないよね……?)
常に何らかの薬が作られているこの研究所は、薄暗い。光に弱い材料や薬もあるからということだが、イリスからしたらちょっとコワくて、身構えてしまう。
「あ、あのう……」
「何です」
彼は試験管に目を落としたまま聞いた。
「実験の結果が上がってきましたので、サンプルここに置いておきますね……」
「ああ」
彼は試験管片手に、レポートに目を通しながら生返事をした。彼は常に新しい薬を開発しているので、この研究室には様々なメモやレシピが散乱している。
(これって不用心じゃないのかなぁ……)
他の魔術師たちは、自分の研究を秘匿することに熱心だ。もし、誰かに研究を盗まれでもしたら――という恐怖心があるからだ。
(先生は、ここに来たばかりだから……もしかして、そんな悪意があることも、知らないのかな)
余計なお世話かな、と思いつつ、イリスは彼に言った。
「あの、メモとかレポートとか……ちゃんと管理をしたほうがいいのでは……」
すると彼は手元から眼を上げないままで言った。
「帰るときには、ちゃんと金庫にしまってあります」
サイラスは、研究室の片隅にある小さな四角い金庫を指さした。
「ダイヤル式ですか……でも、持って帰ったほうがいいんじゃ。他の先生はそうしていますよ」
「番号は私しか知りませんから、盗まれようがありません」
その時、6時を知らせるチャイムが流れた。リンゴーン。どこかのどかな鐘の音である。イリスはそろー、っと彼を見た。
「……今日は忙しくもないので、どうぞ帰ってください」
(よっしゃ! 定時上がり、私の好きな言葉ですッ)
残業なし、のお達しをいただき、イリスはありがたくその決定を頂戴した。
「で、ではお先に上がらせてもらいますね。先生は……?」
「……私はこのあと予定があるので」
「えっ? 何かありましたっけ。今日の診察はすべて……」
「荷物を待っているだけです。薬の原料の」
「それって、明日ではいけないんですか?」
わざわざ残業しなければいけないものなのだろうか。イリスは疑問に思ってたずねたが、サイラスは真剣にうなずいた。
「ええ。とても重要なものなので、必ず私が受け取る必要があるのです」
その言葉はなんだかとても重大な口ぶりだったので、一応助手の礼儀として、イリスは聞いた。
「何か私に手伝える事はありますか? 荷物運びとか」
「いえ、結構です」
彼はいつも通りにべもなく言った。が――もうひとつ、イリスは聞いた。
「わかりました。あの、明日なんですが……」
ちょっと勇気がいるが、院長の指令である。
「もしよかったら……ランチをご一緒しませんか」
ドアを開けた瞬間に、中のベッドから明るい声が飛んできた。
「おはようロディ。久しぶりね」
ハーフリング(小人族)の少年である彼は、不運にも山奥で人食い魔法植物に噛まれてしまい、治療と研究を同時に行うため、故郷から離れたこの治療院に入院している。
イリスはにこにこしながら、彼の熱を測った。
「うん、少し微熱があるわね……でも、薬は飲めるよね?」
イリスの計った熱を見て、サイラスは無表情にうなずく。引いてきたワゴンには、サイラスがロディの病気のために調合した新薬が乗っていた。
「やだ……苦いもん。それに、飲むとお腹が痛くなるし」
瓶に入った薬を差し出したイリスに、ロディは唇をぎゅっと噛んでそっぽを向いた。
「飲まないと治らないですよ」
サイラスが事務的な声かけをする。するとロディは助けを求めるようにイリスを見た。
「昨日飲んだばっかりだよぉ……今日はもういいでしょ? ね?イリス」
彼にすんなり薬を飲んでもらうのも、イリスの仕事だ。
イリスはいったん瓶を置いて、ベッドの彼と視線を合わせるためにかがんだ。
「そうね。苦いから飲みたくないよね。お腹だって痛くなるし……。でもね、スノウ先生の薬はスーパーヒーローなのよ。飲めば、ロディの身体の中で悪さをしている病気を、えいえい! ってやっつけてくれるの」
「悪者を倒すみたいに?」
「そう。一生懸命戦ってくれるのよ。だから、ちょっとお腹が痛くなるけど、応援してあげて?」
「そっかぁ……」
するとロディはやっと瓶を手に取った。が、まだ決心がつかない。イリスはぺらぺらと予定表をめくったのち、もう一押しした。
「次、ロディのお母さんがお見舞いにくるのは、いつも通り土曜日のお昼ね。楽しみね。ちゃんと薬を飲めましたって、報告しようね」
するとロディは、瓶を見つめながらぽつりと言った。
「僕……いつになったらお家に帰れるのかな」
彼はかれこれ三か月、この研究所にいる。故郷から離れて、病気も不安定で、さぞ不安なことだろう。イリスはさすがにかわいそうにで、彼の手を励ますようにぎゅっと握った。
「大丈夫、きっと治って、お家に帰れるわ。絶対よ」
「……ほんと? いつか、帰れる?」
サイラスの作り出した新薬は効いてはいるが、すぐに完治するとは言いきれない。イリスは若干の罪悪感を感じながらも、明るく言った。
「ええ、すぐによ! ただし……これさえ飲んでくれればね」
そういうと、やっとロディは覚悟を決めて、瓶の中身を飲み干した。
イリスはここぞとばかりに褒めた。
「すごい! さすがっっっ!!! ロディは偉いわ!」
瓶を回収し、ぎゅっと抱きしめる。その間サイラスは、彼の経過を観察し、またも事務的に言った。
「顔色、体温とも、今日も問題なし。行きましょう」
イリスが立ち上がると、ロディはとたんにしょげた。
「もう行っちゃうの? イリス、一緒に遊ぼうよ」
もちろん、この後も患者たちが待っているので、そんなことはできない……が、イリスは笑顔で請け負った。
「ありがとう! 私もロディと遊びたいな、またあとで来るね!」
ロディは諦めたのか、少し残念そうに布団にもぐりなおして、それでも手だけはふってくれた。
「じゃあね!」
笑顔で部屋をあとにする。すると、何やらまた、自分に冷たい視線が注がれていることにイリスは気が付いた。
(こ、今度はなにーっ?)
おそるおそる見上げると、サイラスの目を視線がかち合う。するとサイラスは、嫌そうにそっぽを向いた。
(わ、私今何もミスってないよね―⁉)
けど、面と向かって聞く勇気もないので、へらっと笑って聞いてみる。
「あ、あの、どうかしました?」
「……子ども相手だからと、適当にできない約束をするのですか」
「え?」
「この後も診察は詰まっています。あなたにロディと遊ぶ時間などないでしょう」
そう言われて、イリスは頭をかいた。
「いえ、午後の検温の時間に、いつも絵本を読んであげてるので、あれはその時まで待っててねーってことなんです」
サイラスは相変わらず無表情だった。
(……油売って時間無駄にするな! ってまたお小言いわれるかな……ッ)
イリスは慌てて言い訳した。
「ほ、ほんとはサザフィールド院長みたいに、診察しながらスマートに遊んであげたり、話相手になってあげられるといいんですけどーっ……で、でも千里の道も一歩から、ってことで、見習ってやらせてもらってます……」
この治療院の院長、サザフィールドは、見た目からして好々爺で、中身もまったくそのままの、やさしいおじいちゃんだ。しかし、ニコニコしているだけではなく、ここぞというときには頼りになる。そんな人だった。
イリスは院長が好きで、尊敬していた。治療院勤めを仕事に選んだのも、院長への憧れがあったからだ。しかしサイラスはクールだった。
「……あの人の真似……ですか。それならご勝手に」
(ん? あの人?)
その口調に、少しウエットなものを感じた。さすがのサイラスも、院長の事は悪く思ってはいないのだろう。
「いい人ですよねぇ、院長。そういえば、スノウ先生がここに来たのも、院長の推薦……なんですよね? お弟子さんだったんですか?」
イリスとしては世間話のつもりだったが、サイラスはめんどくさそうに言った。
「弟子というか……。あの人は誰でも世話を焼きたがるから、それだけです」
◆
午前の診療を終えてランチタイム、イリスは食堂まで一人で向かった。いつもどおりサンドイッチを買って、同僚を探してきょろきょろする。
(んー、ミリアム、見当たらないなぁ)
皆月曜日で忙しいのか、ランチ持参なのか。イリスはちょっと物足りなく思いながら、テラス席に一人腰を下ろした。
「あーあ。ほんと、気づまりだなぁ……」
一人なので、愚痴がつい口からこぼれてしまう。ランチ休憩の間はあの冷たい視線から逃れられるが、午後からは研究の手伝いもあるので、部屋にふたりきりの時間もある。
「またちくちくいろいろ言われるのかなぁ……」
いくらイケメンでも――いや、イケメンだからこそ、あの視線はこたえる。
軽蔑しきった、あの冷たい紫の目。思い出すと、胸がスンッと痛くなる。
(彼は引き抜かれてきた魔術師で、私はただの助手で……)
彼は有能な人間だ。誰にも作り出せない薬を作れる。だからこそ――そんな彼に疎まれると、その場にいちゃいけないような、存在を全否定されているような、寄る辺ない気持ちになるのだ。
でも、ミリアムの言う通り――
「顔は本当に……いいよね……もったいない……」
はぁ、とため息をつきながらサンドイッチにかぶりついたその時。
「誰の顔がもったいないって? ラシエル君」
「はわわわぁぁッ⁉」
突然隣から話しかけられて、イリスは飛び上がった。ついでに、サンドイッチも詰まらせた。
「げほっ、な、なんだ、院長ですか……ッ」
「悪い悪い、驚かせてしまったね」
飲み物を差し出しながら、サザフィールドはイリスの隣に座った。
「で、顔というのは?」
そこにツっこまれて、イリスは内心焦った。
「い、いえ違うんです、別にそんな、上司にキャーキャーいってるわけじゃなくて」
「うんうん」
なんだか負けたような気がして――イリスは言った。
「でもあの、へへっ、スノウ先生ってイケメンですよねぇ……はは」
するとサザフィールドは眉を上げた。
「おや、サイラスがかい? 君はそう思うの?」
――しまった。誰のことかなんていう必要なかったのに、自分で白状してしまった。
「あ、あのでも、スノウ先生には言わないでくださいね?」
こんな事言っていると知れたら、ますます嫌われそうだ。
――「人の顔をあれこれ言っている暇があったら、ご自分の髪の乱れをどうにかしては」くらい言われそうだ。
(それは、その通りですがっ!!)
そんなイリスの内心を知ってか知らずか、サザフィールドは聞いた。
「ラシエル君、今週からサイラス担当でしょう。どう?」
イリスはちょっと身構えた。
「わ……私なにか、苦情とかきちゃってます……?」
するとサザフィールドは慌てて首を振った。
「いやいやちがうよ! むしろ、その逆で……」
「?」
「彼は君を、ランチに誘いはしなかったかい」
「まさか! 昼食は食べないと言って追い出されました!」
「え? そうなの」
「はい。眠くなるからいつも食べないようにしてる、って」
するとサザフィールドは微妙な笑顔になった。
「あちゃあ……こじらせてるねぇ」
こじらせてる。なにがだ。イリスはふと不安になった。
「や、やっぱり、私に至らない点があるから……ミスもするし、仕事も遅いし」
するとサザフィールドは、微笑んで首を振った。
「いや、それは違うさ。君はよくやってくれているよ。丁寧に患者にかかわってくれているじゃないか」
「い、院長……ッ」
イリスは思わず感極まった。ここが、この院長が皆に好かれる理由だ。人の事を良く見ていて、落ち込んだ時には欲しい言葉をくれるのだ。
その穏やかな笑みはまるで司祭のようで、ついうっかり懺悔をしてしまう者も、いるとか、いないとか。
「ありがとうございます、ありがとうございますッ! 私、午後も頑張ります!」
少し不機嫌な上司がいるからって、なんだろう。馬が合わない人間でも一緒に協力するのが、仕事というものだ……!
にわかにやる気を出したイリスに、サザフィールドはふと、にっと笑った。
「それならラシエル君、その、サイラスの事だけどね……彼はずっと山奥で一人研究していたんで、どうも人見知りな所があってね。一度君の方から、ランチに誘ってあげてくれないかい」
「えっ? 私が? でも多分……嫌がると思いますよ……院長か、それかほかのコが誘った方が……」
ははっとサザフィールドが声を出して笑った。
「さすがのサイラスも、じいさんに誘われるより、女の子に誘われる方が嬉しいさ。今週は君が当番だし、ちょうどいい。ああもちろん、君がよければ、だけれど」
「え、ええっとぉ……」
正直、嫌な顔をされそうだし、一緒にランチをしたとしても、話す事もなく気づまりだろう。あまり乗り気はしない……が。
(院長、スノウ先生の事が気にかかるのね。ちゃんとこの治療院になじめてるのか、って……それで、私を頼って、こんな事言ってくれてるんだ)
サザフィールドの頼みとあらば、聞こうという気にもなる。
「わ……かりました! 明日、ランチに誘ってみようと思います!」
「そうかい、ありがとう」
にっこりわらって、サザフィールドはお昼のアイスティーを、そのままおごりにしてくれた。
◆
初夏の天気は移ろいやすく、お昼を過ぎたら雨が降り始めた。それもけっこう強い雨だ。
(あ~、傘さしてても帰り濡れそうだなぁ……)
終業間際、イリスはそわそわしながら、研究机に向かうサイラスに目を向けた。
(今日は残業、ないよね……?)
常に何らかの薬が作られているこの研究所は、薄暗い。光に弱い材料や薬もあるからということだが、イリスからしたらちょっとコワくて、身構えてしまう。
「あ、あのう……」
「何です」
彼は試験管に目を落としたまま聞いた。
「実験の結果が上がってきましたので、サンプルここに置いておきますね……」
「ああ」
彼は試験管片手に、レポートに目を通しながら生返事をした。彼は常に新しい薬を開発しているので、この研究室には様々なメモやレシピが散乱している。
(これって不用心じゃないのかなぁ……)
他の魔術師たちは、自分の研究を秘匿することに熱心だ。もし、誰かに研究を盗まれでもしたら――という恐怖心があるからだ。
(先生は、ここに来たばかりだから……もしかして、そんな悪意があることも、知らないのかな)
余計なお世話かな、と思いつつ、イリスは彼に言った。
「あの、メモとかレポートとか……ちゃんと管理をしたほうがいいのでは……」
すると彼は手元から眼を上げないままで言った。
「帰るときには、ちゃんと金庫にしまってあります」
サイラスは、研究室の片隅にある小さな四角い金庫を指さした。
「ダイヤル式ですか……でも、持って帰ったほうがいいんじゃ。他の先生はそうしていますよ」
「番号は私しか知りませんから、盗まれようがありません」
その時、6時を知らせるチャイムが流れた。リンゴーン。どこかのどかな鐘の音である。イリスはそろー、っと彼を見た。
「……今日は忙しくもないので、どうぞ帰ってください」
(よっしゃ! 定時上がり、私の好きな言葉ですッ)
残業なし、のお達しをいただき、イリスはありがたくその決定を頂戴した。
「で、ではお先に上がらせてもらいますね。先生は……?」
「……私はこのあと予定があるので」
「えっ? 何かありましたっけ。今日の診察はすべて……」
「荷物を待っているだけです。薬の原料の」
「それって、明日ではいけないんですか?」
わざわざ残業しなければいけないものなのだろうか。イリスは疑問に思ってたずねたが、サイラスは真剣にうなずいた。
「ええ。とても重要なものなので、必ず私が受け取る必要があるのです」
その言葉はなんだかとても重大な口ぶりだったので、一応助手の礼儀として、イリスは聞いた。
「何か私に手伝える事はありますか? 荷物運びとか」
「いえ、結構です」
彼はいつも通りにべもなく言った。が――もうひとつ、イリスは聞いた。
「わかりました。あの、明日なんですが……」
ちょっと勇気がいるが、院長の指令である。
「もしよかったら……ランチをご一緒しませんか」
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