エリート魔術師様に嫌われてると思ったら、好き避けされてるだけでした!

小達出みかん

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普通の男ではない

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すると、突然パリンと音がして、サイラスが持っていた試験管が割れた。
 ぴしゃっ、と中の薬剤が床に広がる。

「わわっ⁉」

 考えるより前にイリスは手袋をつけ直し、布をもって彼のもとへ駆け付けた。

「先生、ガラス大丈夫ですか?」

 すると彼は、一瞬呆然とした顔をしたが、すぐにいつものように顔をしかめた。

「別に……平気です。処理も私がするので」

「いえいえ、割れたガラスはちゃんと集めないと。二人でした方が早いですよ」

 薬剤を拭き、ガラスを拾い始める。
 一緒に破片を拾っていると、ふと彼が言った。

「……すみません。残業扱いにしてください」

 珍しい、彼が謝るなんて。イリスはにこやかに言った。

「別に大丈夫ですよ、このくらい」

 サイラスはしばらく沈黙した後、重々しく言った。

「なぜ……私と昼食を? 今日食べないと言ったのに」

「えっ? そ、それは……ま、毎日昼食抜きなんて体によくありませんよー」

 院長の指令とは言わない方がいい気がする。しかし、しどろもどろになったイリスを、サイラスは鋭い目で見た。

「……誰かに言われて、私を誘っていますか」

「え゛……と、その……」

「……院長ですか」

 鋭い。その眼つきのあまりにもの鋭さに、イリスは何も答えられず黙った。

(ひ、ひぃぃぃ、怖い……! 今までで一番きつく睨まれてる、なんで⁉)

 サイラスはふっとその視線をイリスからはずし、吐き捨てるように言った。

「私に気を使ってもらわなくとも、結構です。昼食は一人でとりますので」

「す、すみませ……」

「謝るくらいなら、今後そういった事は二度としないでください」

(二度と……ですか)

 なんでここまで。そんなに気に障ってしまったのだろうか。でももし、誘ったのがイリスでなければ――彼はここまで怒らなかったんじゃないだろうか。そんな思いがふとよぎる。

「私のこと……そんなに嫌、ですか」

「は?」

 イリスははっと口を押さえた。こんな事、職場でいうべき事ではない。

「ご、ごめんなさい、なんでもな――」

 慌てて目を向けると、彼はぎゅっと唇をかんで、イリスをにらんでいた。
 まるで、傷ついた少年のような表情だった。

(えっ……?)

 けれどその表情は一瞬で、すぐに凍てつく氷のような、冷たい目に戻っていった。

「ええ、その通りですよ。鈍いあなたにもやっと伝わったようでありがたい。なのでどうか、必要以上に私に関わらないでください」

 そう言って、彼はイリスに背を向けて、あとは何も言わなかった。

 ――その背は明らかに、イリスを拒絶していた。





「……ってことがあったんだよぉ……」

 退勤後、イリスはカフェでミリアムに愚痴っていた。

 雨があんまりにも強かったので、持っている傘では間に合わず、二人ともたまらず帰り道のいきつけのカフェ、「ミニュイ」に駆け込んだのだ。

 ふんわり泡立てられたミルクが浮かんだカフェラテに口をつけながら、ミリアムはちょっと顔をしかめた。

「えぇ~、それはさすがに、傷つく」

「だよねぇ。わ、私そんなに、嫌われるようなことしちゃったのかなぁ……」

 ミリアムはうーんと首をかしげた。

「でも、スノウ先生がそんな感情的になるなんて意外な感じするな。レミングス先生ならともかく」

 ――西棟のレミングスは、助手や患者によく怒鳴る、典型的な魔術師をかさに着た自己中心男であった。

 イリスは苦笑した。魔術師は、院長のような立派な人もいるが、癖のある人間も多い。

「まぁ……そうかも」

「そうよ。たとえば私が院長に頼まれて誘ったとしても、スノウ先生はそんな怒らない気がする……なんていうか『院長が余計な事をしたようですみません』くらい言いそう。あの無表情な顔で」

 それを聞いて、イリスは落ち込んだ。

「えええ……じゃあやっぱり私、めちゃくちゃ嫌われてるってことじゃん……」

「いや、なんだろう、スノウ先生は興味ないんだよね、助手の子にも誰にも。だから私たちが何か言ってもどうでもいいっていうか。だけど……イリスにだけなんか、過剰反応してる気がする」

 もはや捨て身でイリスは聞いた。

「わ、わ、私の何がいけない⁉ ミリアム、わかる⁉」

 ミリアムはさらにう~んと考え込んだ。

「私はイリスと一緒にいると楽しいけどなぁ。いつもニコニコしてるし、ときどきおっちょこちょいで面白いし。先生を患者と間違えるなんて。ふふっ」

 ミリアムはざっくばらんに言ってくれたが、イリスはかえって不安になった。

「そ、そういうとこがこう、不真面目な奴だと……思われちゃってるのかな……?」

「うーん、いやでも、もっと不真面目なコは他にもいるわけで。ベッキーは遅刻の常習犯だし、ジョディとかめちゃくちゃ患者さんによって態度変えるじゃん?」 

 助手は9割が女の子で、まぁ、こちらもいろんな子がいる。

「う~ん、そうかぁ……」

「イリスのそのカンジ、私は好きだけどね。イリスは同僚でも上司でも患者でも、誰に対してもニコニコするじゃない。たとえ自分の得にならなくても、皆に親切に接してるのがえらいよ」

 さすがのイリスも照れ笑いした。

「いやぁ、そんな褒められても何も出ませんよぉ~」

「褒めてないよ。ちょっと抜けてるトコもあるくせに、意外と中身は頑固だし」

「頑固……かなぁ?」

「たとえ彼氏に言われようと、自分の生活スタイル曲げなかったじゃない」

 いたずらっぽくそう言われて、イリスは苦い気持ちになった。

「うぅ……彼氏じゃなくて元カレ、ね……」

 彼の事を思い出すと、いまだにもやっとした気持ちになる。

 彼の別れ際の言葉は『こんなずぼらな女の子とは思わなかったよ! 治療助手だから、面倒見がいい子かと思ったのに!』だった。

 ――たしかに、病人の世話や魔術師のサポートをするのが仕事の治療助手は、面倒見がいいように思えるだろう。

 だけど、それは仕事の話であって。

(プライベートの休みの日は、できるだけ朝寝したいし、手の込んだ自炊なんてめんどくさいよ~~!!)

 しかし、できる子は息をするように、当たり前にやっている事でもある。ミリアムなんて、よく手作りのお菓子を同僚にふるまっている。

 そう思うと、なんだか気持ちが落ち込む。自分のダメさを、突き付けられているようで。

「や、やっぱり、そういうだらしないところ、良くない、よね。それが勤務態度にも出ちゃってるのかも」

 そんなイリスを尻目に、ミリアムは微笑みながら肩をすくめた。

「なんかねー、スノウ先生はね……そういうんじゃない気がする。なんだろう、上手く言えないけど。今回の件も、院長に言われて誘った、と見破って怒ったわけでしょ?」

 イリスはミリアムの言葉を待った。彼女はいつも、人間観察に関して鋭い一言を口にするのだ。

「もしかして、院長の手回しなしに、イリスから自発的に――誘ってほしかった、とかじゃなくて?」

 にやっと笑った彼女に、イリスはアイスココアを吹き出しそうになった。

(そ、そんなわけ、ないじゃん……!)

 でも、もし、彼にそう思われているのだとしたら――。

 あの美しい顔立ちがふと頭に浮かんで、ドキリとしてしまったのは確かだった。 

(や、やだ、何トキメいちゃってるの! ありえない、ありえないから、やめなさい)

 そういう事を考えてると、明日顔を合わせた時に、きまずいではないか。

(勝手に相手の気持ちを勘違いしている、痛いやつになっちゃうよっ……!)

 内心煩悶するイリスを尻目に、ミリアムはふと窓を見た。

「あーあ、雨止まないねぇ……」

 外はいまだバケツをひっくり返したように、ざぁざぁ雨が降っている。しかも、なんだかゴロゴロ、遠くから聞こえて来そうな気配だ。

「もういっそ、濡れて走りながら帰るか……」

 イリスが言うと、ミリアムは覚悟を決めたようにうなずいた。

「そうね、一晩中ここにいるわけにもいかないし……水も滴るいい女になってやろうじゃないの」

 二人の女は、意を決して席を立ったのであった。 





「くそっ……もう始まった……」

 草木も眠る、丑三つ時。
 サイラス・スノウは雨にずぶぬれになって、焦りながら通りを歩いていた。
 大量の雨に濡れているにもかかわらず、頬が熱い。体も熱い。早く家に帰りつかないと――

(薬が切れたせいで、今、発情期を迎えてしまう……ッ!)

 この自分が、そんな無様を晒すなど、許せない。

(だから、研究所を離れて治療院に来るのは嫌だったのに……!)

 サイラスはもともと、山深い辺境の地にある研究所で、一人で研究を行ってきていた。他の人間とかかわることなく研究に集中できるし、薬の材料も豊富だったからだ。
 しかし、サザフィールドは彼に言ったのだ。

『そう、自分の未来を狭めることはない。人とは違う君が、人を恐れる気持ちはわかる……が、それでも森から出なくては。君はもっと、人と触れ合い、広い世界を知るべきなのだよ』と。

 だが、今のサイラスはただただ、その言葉を信じた自分が忌々しかった。

(彼の口車に乗って、あそこから出てこんなところに来たせいで……)

 頭の中に、あの娘が浮かぶ。
 今朝、サイラスはずっと、あの娘が来るのを待っていた。今月の助手の当番が組まれ、スケジュールが配布されたその時から、ずっと、待っていた。

 彼女は元気よく、同僚に手を振りながらやってきた。その笑顔を見ると、サイラスの胸の奥は何者かの手で掴まれたように、ぎゅっと切なく痛んだ。

 ――こんな気持ちになるのは初めてだった。
 ここ数カ月、ずっとこうだった。自分でも、混乱していた。どうしたらいいかわからない。

 いや、まったくわからないわけではない。もし、自分が普通の男なら――彼女と会話をし、食事に誘うのだろう。

 けれど……。静まり返った夜の街を走りながら、サイラスは自分を嗤った。

(残念ながら、私は『普通の男』ではない)
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