エリート魔術師様に嫌われてると思ったら、好き避けされてるだけでした!

小達出みかん

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たしかに、脱げとは言ったが!※

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 夢うつつのように開かれた唇が、イリスの名を呼ぶ。

(おお、初めて名前を呼ばれた……でもなぜ下の名前?)

 ちょっと不思議に思いつつ、イリスは彼を起こそうと肩に手をまわした。

「起きれますか? ベッドに移動しましょう。今――」

 しかし彼は起き上がって、イリスの手をつかんだ。

「触れる――ここにいる?」

 もう片方の手が、イリスの頬をなぞり、顎、首筋をたどる。

(んっ!?) 

 反射的にその感触に、ぞくっと体が震えてしまった。が、ダテに新卒から治療院にいるわけではない。イリスはすぐに動揺を押し隠し、彼を立ち上がらせるため肩を貸す。

「ええ、いますよ。意識が混濁していますね? 着替えて、ベッドへ――」

 その瞬間、イリスの視界がぐらりと揺れて、背中に軽い衝撃を感じた。

(えっ……⁉)

 抵抗する間もなく、床に押し倒されていた。見えるのは天井――ではなく、サイラスの切羽詰まったような顔だった。

「あなたがなぜか、私の部屋にいる……そうか、これは夢なんですね……っはは」

 眉間に皺を寄せたまま、彼は笑い出した。彼が笑ったところを初めてみた。

 けど――ぜんぜん楽しそうじゃない、見ていてこちらが辛くなりそうな笑いだった。

「す、スノウ先生……? 体調は大丈夫ですか?」

 夢だと勘違いしているのだろうか。触れてくる手が驚くほど熱い。心配だ。

「体調? ええ、今まさに発熱状態です――」

 彼の手が、イリスの頬に触れる。その感触は、まるで羽が触れるかのように繊細で、それでいて、熱くてじっとりしていた。
 その感触に、思わずドキリとしてしまう。

「いる……あなたに、触れる…なんてリアルな夢だ……」

(お、おおお落ち着くのよ私! これはそうだわ、あきらかに高熱によるせん妄状態!)

 早く濡れた服を着替えさせて、まともなベッドに寝かせて解熱剤を与えないと!

 イリスは今まで培われた職能をフル動員させて、とりあえず動揺を棚上げして彼の手を取った。

 すべてはあとで考えればいい。今は、目の前の患者だ。

「先生、服を脱いで下さい。私着替えを――」

 するとサイラスは、動揺したかのように目を見開いたあと――ふっ、と微笑んだ。

「あなたがそんなことを言うなんて――やっぱり夢ですね。私のあさましい欲望が見せた、淫夢だ」

 その言葉の意味がわからなすぎて、イリスは理解するために一瞬活動停止した。

「は……?」

「夢だろうと、あなたが望むのなら……いくらだって脱ぎますよ」

 するとサイラスはイリスの目の前で、衣服を脱ぎ始めた。水を含んだコートが、どさりと重たげな音をたてて床に落ちる。やけに大きな音だった。

 ――彼のシャツ姿を、初めてみた。
 ふぅ……と彼が息を吐く。溜息よりも熱い、何かの発露を感じさせる吐息だった。イリスは硬直状態のまま、つーっと彼に視線を戻した。

(ま、ままま、待って)

 なんの変哲もない白いシャツだった。が――雨に濡れているせいで、その身体のありようが、露骨に見て取れた。白い布の向こうに、うっすらと透けた肌色、そしてしなやかに盛り上がった筋肉が息づいているのが、ありありとわかる。

 しかし――すべてがあらわになっていないせいで、逆にシャツを脱いだその先の身体を想像してしまう。

(や、やだっ、何考えてるの、私……っ! ていうか!)

 この人は、ただ上着を脱ぎ棄てただけで――なんで、こんなただならぬ雰囲気を醸し出しているの⁉

(ず、ずぶぬれの私がコートを脱いだって、こ、こうはならないよ……っ)

 何か特殊なフェロモンでも出ているのだそうか。いや、冷静沈着が服を着て歩いているようなサイラスに限って、そんなはず。

 しかしサイラスは、固まるイリスを見下ろして――うれし気に、そして悪魔的に笑んだ。

「……そんな目で見られると、恥ずかしいです」

 イリスは目が点になって、そして自分の頬がありえないほど熱くなるのを感じた。

「す、すみませんっ、すみません……! き、着替えを……とってきます!」

 イリスは両手で顔を覆い、彼に背中を向けた。

(なっ……な、なに……!? いつものスノウ先生と違う……! 先生があんな、あんな風に笑うわけがない……!)

 すわ、別人か⁉ しかし、サイラスは、立ち上がりかけたイリスのその肩をつかんで、再びイリスを自分と向き合わせ、いたずらっぽく微笑んだ。

「でも、あなたのために脱いでいます。だから……ちゃんと見てください」

(い、いい今、恥ずかしいって言ったじゃないですかーっ!)

 内心叫んだイリスだったが、サイラスは微笑みながら喉元のネクタイを緩めた。その手つきが見せつけるようで、いけないと思うのに目が離せない。

(いや、え、何この、見せてる感じ……?『恥ずかしい』って私をからかうための嘘……?)

  緩まったネクタイがほどけ、しゅるりと音を残して外れていった。そしてシャツの釦が外されていく。

 いつも一部の隙なく覆われていた首元が、胸板が――イリスの目の前に、晒される。

(ひっ、やっ、やだ、ちょ、ちょっと待って!)

 たしかに、脱げとは言ったが!

(こ、こ、こんな――え、えっちな感じで脱いでとは言ってないっ……! なんなのこの時間は……っ!!)

 ついに彼はシャツを脱ぎ棄て、上半身裸となった。普段白いはずの肌が、上気しているのかうっすらと紅く色づいている。胸もお腹も、思っていたよりしなやかな筋肉がついているが、しかし手首や頸部はほっそりしていて、どこか華奢な印象をぬぐえない。

(なんだろう、マッチョでもないし、痩せてるわけでもない、その中間で……)

 柔らかそうな部分と硬そうな部分が混在した、アンバランスで――なんとも『そそられる身体』をしていた。

(ってヤダ! ほんともう、私、さっきから何考えてんのよっ……!)

 イリスはバッとあさっての方をむいて、強制的に彼の裸を視界から外した。そして、立ち上がるため膝を立てる。

「じゃ、じゃあ着替えを……クローゼットは寝室ですか⁉」

「そうですね、寝室に行きましょうイリス」

 次の瞬間、イリスの身体は彼によって横抱きにされていた。

「はっ……おぁ⁉」

 思わず珍獣の鳴き声のような声がイリスの口から漏れる。

(お……お姫様抱っこ⁉)

 筋肉は飾りではなかったらしい。しかし、おもむろに隣室のベッドに下ろされて、イリスは仰天した。

「ま、待ってください⁉ 寝るのは私じゃなくて先生ですよ⁉」

「私が先に横になれと? 積極的ですね、イリス……でもその前に、あなたの服も脱がせたいのですが」 

 彼の手が、イリスの胸元に伸びる。イリスは考える前にその手をガシッとつかんで止めていた。

「はい⁉ 私が⁉ なんで⁉ し、しっかりしてください先生!」

 するとサイラスは、イリスがつかんだ手を、逆にもう片方の手でそっとつかんだ。
 指の一本一本で感触を確かめるような――ドキリとさせるつかみ方だった。

「ひ、ひぃ」

 おののくイリスの顔を、彼は覗き込んで言った。

「だって、私は今から、あなたを抱くんですから」

 その目が――紫のはずの目が、まるで獲物の注意を引くように、明るく発光して見えた。
 まるでそう、繁華街のネオンのような、誘惑してくるフューシャピンク色に――

「う、ぅぁ……頭が……」

 ふわふわ、ぽーっとする。
 その色に、イリスは一瞬ひきずりこまれそうになった。しかし。

(ま、待って、なんか変だ! 先生は絶対こんなこと言わないし、いつもと目の色が違う!)

 ここにきて、イリスはやっと何かがおかしなことに気が付いた。

(主任の言ってた『持病』って……もしかして⁉)

「イリス……いいですか……口づけ、を、してみても……」

 彼の顔が近づく。さそうように、その目は妖しくも美しく光っている。

 誘蛾灯に引き寄せられる蛾のように、その目の光に、心も体も引き込まれそうになる。

(待って……見ちゃダメなやつだ……これ……ヴァンパイアとかが、獲物を麻痺させるためにやる……やつ……)

 イリスはとっさに目を閉じた。
 すると、次はいともたやすく、唇をふさがれた。

「ん……!」

「は……ぁ、イリス……あなたの唇……柔らかい……」

 彼の唇が、イリスの唇を絶え間なく食む。

「甘い……ぁ、本当に、キス……してるみたいに……温かい……」

 ちゅ、と濡れた感触がして、彼の舌がイリスの唇に触れた。

 濡れた、と思ったら、その舌はするりとイリスの唇を割って中へと侵入していた。

(どどうしよう、このままじゃ私ーー!)

 もうどういうことかわからない。頭の中がぐるぐるする。が、今拒否らなければいけない事だけはわかる。

(力いっぱい押しのけて……このベッドから、逃げ、ないと……!)

 イリスはカッと目を見開き、両腕に力を込めようとした。が。

「ふ、ぁ……イリス……」

 サイラスは両目をぎゅっと閉じて、必死にイリスと唇を合わせていた。まるでずっと飢えていたかのように、懸命に夢中に――

(な……なんで)

 その表情をまのあたりにして、イリスの手から思わず力が抜ける。

(そ、そんな顔でキス……してるの……?)

 力が抜けた隙を見逃さず、サイラスはもっと口づけを深くした。

「んっ……ぅぅ」

 彼の舌が、イリスの舌の表面をなぞる。イリスのよりも大きく、熱い舌だった。触れられると、その熱が移るかのように、イリスの口内も熱くなっていく。

 何一つ見逃さないとでもいうように、彼は一方的にイリスの舌を、頬の裏側を、口蓋を、触れて、熱を移していった。

「ふっ……んぅ……ッ」

 やがてお互いの口の中の温度がまったく同じになったときーーサイラスはやっと、唇をはなしてくれた。目を開けると、彼は必死の顔をしていた。

「イリス――私、ずっと、我慢していました……ずっと、あなたとこうしたくて」

 濡れた唇から発されるその言葉は、切なく苦しい響きに満ちていた。
 サイラスはイリスの頬に手をかけて、すがるように言った。

「夢だけど……夢だから、うんと優しくすると誓います。他の誰にも与えられない快感で、あなたの身体を満たして差し上げます、だから……」

 明るく発光する桃色の目が、至近距離で再びイリスの視線を奪う。

「私としては、くれませんか」

 魅惑の光線が、網膜を通じて視神経を通り、イリスの脳内まで届く。

「や……めて……」
 甘い麻痺毒のような感覚が、頭ではじけて、身体に広がっていく。

 頭がぼうっと熱くなり、指先や足先の感覚が、浮いているようにふわふわとしてくる。
 イリスは確信した。

(先生のこれ……高熱のせん妄じゃない……『発情』だ……!)

 イリスは一度医学書で見たことがある記述を、思い出そうとした。

(体温の上昇に、目の発光……性行為の際にこんな強力な魅惑が使えるのは……この世界の種族で、きっと、ただ一つ。信じられないけど、先生は――)

 視線を防がなくてはいけない。イリスは目を閉じたかった。けれどできなかった。

「イリス……貴女が欲しい」

 ――イリスの身体は、サイラスの魅惑の瞳に、負けてしまったのだ。

「さぁ……私に身を任せて」

「せん、せ……ダメ……」

 目をのぞき込んで、身体を抱きしめられて、そうささやかれると、麻痺の回ったイリスはもう抵抗できなかった。

 優しく響くその声に従いたい――。頭の中にすっかり回った彼の毒が、そう言ってくる。
 とどめに、桃色にふわんとした頭の中の、奥の奥のほうで、ぽつりとつぶやく声がした。

(――先生はずっと、自分の種族を隠してて……発情期も毎回こうやって隠して、一生懸命お仕事してたんじゃ、ないかな)

 サイラスは、イリスには冷たいが、それでも仕事は一流だった。彼のおかげで助かった患者は多い。

 もっと傲慢になってもいいくらいの成果だ。実際、サイラスよりも平凡な仕事ぶりなのに、助手に威張り散らしている魔術師もいる。
 それなのにサイラスは、イリスに対しても、最低限の礼は尽くしてくれていた。

(一緒にガラスを拾ったとき……謝ってくれたじゃない)

 小言は言うが、結局は、おっちょこちょいのイリスをいつも許してくれている。

(そっか……それなら、それなら)

 情けは人のためならず。一度くらい――『発情』をおさめるのに、この身体を使わせてあげても、いいんじゃないだろうか。

(初めてでもないし、それに、もったいぶるような身体じゃないもの)

 甘い毒と、心の声に押されて、イリスは自分の頬をつつむサイラスの手を、きゅっと握った。
「一度だけ、なら」
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