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先生の新しい車
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「クソ、クソっ、あの若造め!」
レミングスはドン! と研究室の机に拳をたたきつけた。
「『メモを見せてください』だと⁉ ポッと出のくせして……! 女たらしめ……!」
怒りが収まらないレミングスを見て、助手の女はどこぞへ消えていった。
――あたる人間がいない。忌々しいレミングスは一人奥歯をぎりりぃとかみしめた。
――そうだ、助手の女。
レミングスの脳裏に、イリス・ラシエルの顔が浮かんで、さらに胸中にさざ波が立つ。
(スノウの研究室から、院長が出て行ったから、何かを思って聞いたら……)
先ほど、スノウとイリスの会話を盗み聞きしたレミングスは、確信してしまった。
(あの二人、デキていたのか……ッ)
イリスはサイラスと楽し気に会話していた。鍵穴からのぞいたら、彼女は肩の力を抜いた自然な笑みを浮かべながら、サイラスに賞を受け取るよう薦めていた。
(クソが……! そんな奴に媚を売って!)
そして――
(今週末の学会に、彼女も、サイラスについていく、と……ッ)
――知らなかった。二人がそういう仲だったとは。その会話を聞いて、レミングスは頭を殴られたような衝撃を受けた。
(なぜ⁉ き、きき君は、僕のことが好きなんじゃ……なかったのか⁉)
どんな女も、レミングスを理解してはくれなかった。けれどイリスだけは、いつも口答えすることなく微笑んで、素直に従順に、憧れのまなざしを向けてくれていたではないか。
裏切られた憎しみに、レミングスはぎゅっと拳を握った。
(き、君は……学もない、賢くもない……ただ若さだけが取り柄の、助手だけれど……)
それでもまぁ、どうしても自分が好きなら、妻にしてやってもいいとまで、思っていたのに。
(この……ビッチめ!)
レミングスは頭をかかえた。
(わかっていたさ、女なんてみんなそうだ! 金と顔しか見ていないんだ!)
だから、金と美しい顔、両方持っているサイラスへと手のひらを返したのだ。
(くそっ……くそ。あいつさえ、現れなければ……ッ)
レミングスの憎悪の矛先は、サイラスへと向かった。
(大体、職場で部下に手を出すなんて……それで学会に連れていくなんてどういうつもりなんだ……こんな職務怠慢が許されていいのか⁉)
レミングスはキッと顔を上げた。
(い、いや、許されるはずがない! コンプレックス……ええと、なんだっけ、そう、コンプライアンス違反だ!!)
職場恋愛はコンプラ違反だ、とほかならぬイリスがそう言っていたではないか。
(だけど、どうやって……)
今、レミングスが持っている証拠だけでは、彼らを追い詰めようがない。
(どちらかが既婚者とか、職場で盛っている現場を押さえられれば、有利だろうけど……)
あいにくあの二人は独身で、スノウは職場でそういうことをするタイプには見えない。
(くそっ、上司に告げ口するか? でも、院長はスノウの味方だし……)
そこでふと、レミングスは二人の会話を思い出した。
イリスが自分を裏切って、サイラスについていた。そのことがショックでそちらまで気が回らなかったが……
あの時サイラスは、妙な事を言っていなかったか。
(発情期と学会が重なる……とか、なんとか)
発情期とはどういうことだろう。何か動物でも飼っているのだろうか。
(だが彼女は……『私が一緒に行けば、出席できませんか?』と言っていた……)
レミングスは普段めったに使わない脳細胞をフル回転させた。
(あの二人はデキていて……イリスが一緒に行けば、スノウは学会に出席できる……?)
そういえばサイラスは、月に一回、必ず休暇を取る。理由は体調不良とか言っていたが、これはもしかして。
(発情期――と、本人が言っていた。つまりサイラス・スノウには、発情期があるということか⁉)
おかしい。人間にはそんな期間はない。とすると。
(サイラス・スノウは人間ではない、別の存在なのか? 見た目ではわかりにくいが……ヴァンパイアのような? いや、狼男の生き残りかもしれない……それならことだな)
もし、サイラスが、大昔にほろんだとされる狼男の生き残りで、それを院長が黙っているのなら……
(狼男は、人を嚙んで死に至らしめる害獣。危険生物を万が一見つけたら、魔術庁に報告の義務がある。院長は罰されるし、スノウは最悪、保健所で処分だ)
レミングスはさらに、スノウの経歴について思い出した
(やつの出自は以前から気になっていたが……森の塔で研究していたとかなんとか……言っていたな。うん、狼は森の生き物だ)
さらに、点と点がつながっていく。
(院長はその昔、あちこちを放浪して研究を行っていたと聞く……その時に、森でスノウを見つけた? そして、狼男のスノウを見つけて保護した……)
なるほど。 レミングスは確信に近づいた気がしてにたりと笑った。
(よし、あとはこの情報の裏を取るだけだ)
にわかにやる気を出したレミングスは、様々な記録がしまわれている書庫に向かって、調べものを始めた。
(院長が放浪していたのは、今からおそ15,6年ほど前……だからその時期に、全国の森で何か事件や、目撃情報がないか調べてみよう……)
そのころの新聞記事をつぶさにしらべて、あっという間に日が暮れて、閉館時間が迫ってきたその時、レミングスは自分の目を疑った。
「こ、これは……!」
そこには、少年の絵姿がのっていた。髪はぼさぼさに伸び放題で、服も着ているのかいないのかわらかない、ひどい有様。完全な野生児だ。
しかし、その顔はまぎれもなく――探している人物のものだった。
その絵姿が乗っている記事の見出しを読んで、レミングスは思わず会心の笑みを浮かべた。
「なんと! これはこれは……狼男ではなく……ははは、願ってもない、願ってもない……!」
レミングスはそそくさとその新聞記事を写し、丁重に鞄の中にしまった。
書庫を出て、その胸は躍っていた。
(これであいつから何もかも奪って、どん底に叩き落せる……!)
◆
――そしてやってきた金曜日。イリスはそわそわ、そしてちょっとうきうきしていた。
サイラスが学会への出席を決めたということで、院長はかなり喜んで、なんの疑問もなくイリスまで金曜日の午後から休暇を取らせてくれた。
(や、やっぱりばれてる気がするなぁ……私たちの関係)
サイラスの身体のこともかんがみ、ベイシティに前のりしておきなさい、ということなのだろう。すでに学会御用達のホテルも取ってあるらしい。
「先生、それじゃあ私、とりあえず荷物を取りに家に戻りますね。部屋番号は教えてもらったので、ホテルに集合で大丈夫ですか?」
イリスが聞くと、サイラスはいいえ、と言った。
「私の車で行きましょう。とりあえず荷物を取りに、貴女の家まで」
イリスは驚いた。
「えっ、先生、車持ってたんですか」
サイラスはイリスと同じ徒歩で通勤しているし、前回家にお邪魔したときも、車を持っている気配はなかった。
「……最近購入しました」
「へぇー、そうなんですね」
車がなくても、この街で暮らすのにそう困りはしない。けれどやはりどこかに行くときなどは、あったほうがいいだろう。イリスはちょっとうらやましく思った。
「いいですよね、車あると便利ですし」
そんなことを話しながら彼とともに駐車場へ向かったイリスは、仰天した。
(え⁉⁉)
そこには、フィズが熱く語っていた最新型のフラッグシップ車、フォルティエチュードが停まっていたからだ。
「こ、これが先生の車……⁉」
いかにも良いエンジンを積んでいそうな、黒光りする車体、燦然と輝くシルバーのエンブレム。
――駐車場の中でも、かなり目立っている。
「そうですが……おかしいですか?」
サイラスに聞かれて、イリスはあわてて首を振った。
「い、いえ! これってすごい高級車ですよね? それで驚いただけで……」
するとサイラスの目じりが少し下がった。
「気に入りませんか?」
(い、いや、私が気に入るとか入らないとか、関係ないよね……?)
そう思いつつ、イリスはちょっとひきつった笑顔を返した。
「そんな! か、かっこいいですよね」
「そうですか……。店で薦められたものを、そのまま買ったのですが」
なるほど。こんなスーパーカーを選びそうにない彼だが、それなら納得だ。
(あまり詳しくないから、適当におすすめされたやつを買っちゃった……のかな。にしてもポンと払っちゃうのはすごい……)
それができる財力に驚きつつ、イリスは謹んで助手席へと乗り込んだのだった。
レミングスはドン! と研究室の机に拳をたたきつけた。
「『メモを見せてください』だと⁉ ポッと出のくせして……! 女たらしめ……!」
怒りが収まらないレミングスを見て、助手の女はどこぞへ消えていった。
――あたる人間がいない。忌々しいレミングスは一人奥歯をぎりりぃとかみしめた。
――そうだ、助手の女。
レミングスの脳裏に、イリス・ラシエルの顔が浮かんで、さらに胸中にさざ波が立つ。
(スノウの研究室から、院長が出て行ったから、何かを思って聞いたら……)
先ほど、スノウとイリスの会話を盗み聞きしたレミングスは、確信してしまった。
(あの二人、デキていたのか……ッ)
イリスはサイラスと楽し気に会話していた。鍵穴からのぞいたら、彼女は肩の力を抜いた自然な笑みを浮かべながら、サイラスに賞を受け取るよう薦めていた。
(クソが……! そんな奴に媚を売って!)
そして――
(今週末の学会に、彼女も、サイラスについていく、と……ッ)
――知らなかった。二人がそういう仲だったとは。その会話を聞いて、レミングスは頭を殴られたような衝撃を受けた。
(なぜ⁉ き、きき君は、僕のことが好きなんじゃ……なかったのか⁉)
どんな女も、レミングスを理解してはくれなかった。けれどイリスだけは、いつも口答えすることなく微笑んで、素直に従順に、憧れのまなざしを向けてくれていたではないか。
裏切られた憎しみに、レミングスはぎゅっと拳を握った。
(き、君は……学もない、賢くもない……ただ若さだけが取り柄の、助手だけれど……)
それでもまぁ、どうしても自分が好きなら、妻にしてやってもいいとまで、思っていたのに。
(この……ビッチめ!)
レミングスは頭をかかえた。
(わかっていたさ、女なんてみんなそうだ! 金と顔しか見ていないんだ!)
だから、金と美しい顔、両方持っているサイラスへと手のひらを返したのだ。
(くそっ……くそ。あいつさえ、現れなければ……ッ)
レミングスの憎悪の矛先は、サイラスへと向かった。
(大体、職場で部下に手を出すなんて……それで学会に連れていくなんてどういうつもりなんだ……こんな職務怠慢が許されていいのか⁉)
レミングスはキッと顔を上げた。
(い、いや、許されるはずがない! コンプレックス……ええと、なんだっけ、そう、コンプライアンス違反だ!!)
職場恋愛はコンプラ違反だ、とほかならぬイリスがそう言っていたではないか。
(だけど、どうやって……)
今、レミングスが持っている証拠だけでは、彼らを追い詰めようがない。
(どちらかが既婚者とか、職場で盛っている現場を押さえられれば、有利だろうけど……)
あいにくあの二人は独身で、スノウは職場でそういうことをするタイプには見えない。
(くそっ、上司に告げ口するか? でも、院長はスノウの味方だし……)
そこでふと、レミングスは二人の会話を思い出した。
イリスが自分を裏切って、サイラスについていた。そのことがショックでそちらまで気が回らなかったが……
あの時サイラスは、妙な事を言っていなかったか。
(発情期と学会が重なる……とか、なんとか)
発情期とはどういうことだろう。何か動物でも飼っているのだろうか。
(だが彼女は……『私が一緒に行けば、出席できませんか?』と言っていた……)
レミングスは普段めったに使わない脳細胞をフル回転させた。
(あの二人はデキていて……イリスが一緒に行けば、スノウは学会に出席できる……?)
そういえばサイラスは、月に一回、必ず休暇を取る。理由は体調不良とか言っていたが、これはもしかして。
(発情期――と、本人が言っていた。つまりサイラス・スノウには、発情期があるということか⁉)
おかしい。人間にはそんな期間はない。とすると。
(サイラス・スノウは人間ではない、別の存在なのか? 見た目ではわかりにくいが……ヴァンパイアのような? いや、狼男の生き残りかもしれない……それならことだな)
もし、サイラスが、大昔にほろんだとされる狼男の生き残りで、それを院長が黙っているのなら……
(狼男は、人を嚙んで死に至らしめる害獣。危険生物を万が一見つけたら、魔術庁に報告の義務がある。院長は罰されるし、スノウは最悪、保健所で処分だ)
レミングスはさらに、スノウの経歴について思い出した
(やつの出自は以前から気になっていたが……森の塔で研究していたとかなんとか……言っていたな。うん、狼は森の生き物だ)
さらに、点と点がつながっていく。
(院長はその昔、あちこちを放浪して研究を行っていたと聞く……その時に、森でスノウを見つけた? そして、狼男のスノウを見つけて保護した……)
なるほど。 レミングスは確信に近づいた気がしてにたりと笑った。
(よし、あとはこの情報の裏を取るだけだ)
にわかにやる気を出したレミングスは、様々な記録がしまわれている書庫に向かって、調べものを始めた。
(院長が放浪していたのは、今からおそ15,6年ほど前……だからその時期に、全国の森で何か事件や、目撃情報がないか調べてみよう……)
そのころの新聞記事をつぶさにしらべて、あっという間に日が暮れて、閉館時間が迫ってきたその時、レミングスは自分の目を疑った。
「こ、これは……!」
そこには、少年の絵姿がのっていた。髪はぼさぼさに伸び放題で、服も着ているのかいないのかわらかない、ひどい有様。完全な野生児だ。
しかし、その顔はまぎれもなく――探している人物のものだった。
その絵姿が乗っている記事の見出しを読んで、レミングスは思わず会心の笑みを浮かべた。
「なんと! これはこれは……狼男ではなく……ははは、願ってもない、願ってもない……!」
レミングスはそそくさとその新聞記事を写し、丁重に鞄の中にしまった。
書庫を出て、その胸は躍っていた。
(これであいつから何もかも奪って、どん底に叩き落せる……!)
◆
――そしてやってきた金曜日。イリスはそわそわ、そしてちょっとうきうきしていた。
サイラスが学会への出席を決めたということで、院長はかなり喜んで、なんの疑問もなくイリスまで金曜日の午後から休暇を取らせてくれた。
(や、やっぱりばれてる気がするなぁ……私たちの関係)
サイラスの身体のこともかんがみ、ベイシティに前のりしておきなさい、ということなのだろう。すでに学会御用達のホテルも取ってあるらしい。
「先生、それじゃあ私、とりあえず荷物を取りに家に戻りますね。部屋番号は教えてもらったので、ホテルに集合で大丈夫ですか?」
イリスが聞くと、サイラスはいいえ、と言った。
「私の車で行きましょう。とりあえず荷物を取りに、貴女の家まで」
イリスは驚いた。
「えっ、先生、車持ってたんですか」
サイラスはイリスと同じ徒歩で通勤しているし、前回家にお邪魔したときも、車を持っている気配はなかった。
「……最近購入しました」
「へぇー、そうなんですね」
車がなくても、この街で暮らすのにそう困りはしない。けれどやはりどこかに行くときなどは、あったほうがいいだろう。イリスはちょっとうらやましく思った。
「いいですよね、車あると便利ですし」
そんなことを話しながら彼とともに駐車場へ向かったイリスは、仰天した。
(え⁉⁉)
そこには、フィズが熱く語っていた最新型のフラッグシップ車、フォルティエチュードが停まっていたからだ。
「こ、これが先生の車……⁉」
いかにも良いエンジンを積んでいそうな、黒光りする車体、燦然と輝くシルバーのエンブレム。
――駐車場の中でも、かなり目立っている。
「そうですが……おかしいですか?」
サイラスに聞かれて、イリスはあわてて首を振った。
「い、いえ! これってすごい高級車ですよね? それで驚いただけで……」
するとサイラスの目じりが少し下がった。
「気に入りませんか?」
(い、いや、私が気に入るとか入らないとか、関係ないよね……?)
そう思いつつ、イリスはちょっとひきつった笑顔を返した。
「そんな! か、かっこいいですよね」
「そうですか……。店で薦められたものを、そのまま買ったのですが」
なるほど。こんなスーパーカーを選びそうにない彼だが、それなら納得だ。
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それができる財力に驚きつつ、イリスは謹んで助手席へと乗り込んだのだった。
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