エリート魔術師様に嫌われてると思ったら、好き避けされてるだけでした!

小達出みかん

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最後だから

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 車はごみごみとした街中を抜け、郊外のハイウェイへと入った。 
 昼だから道もすいていて、まるで海を泳ぐイルカのように軽快な走りをイリスは堪能した。
 シートもゆったりとした革張りで、座り心地が違う。

(すごいなぁ……)

 そう思いつつ、ちらりと横を見ると、サイラスはいつも通りの冷静な顔でハンドルを握っていた。助手席という位置からその横顔を眺めるのは、どきっとするけど、なんだかちょっと、後ろめたい感じがした。

(前までは……フィズとこうやっていたからな)
 フィズはイリスを、よく助手席に乗せてドライブへと連れて行ってくれた。
 車の中で、助手席で――イリスには様々なデートの思い出があった。だからなんだか、こうしてサイラスの隣に座っていると、妙に意識してしまう。

(落ち着きなさい、ただ車にのせてもらってるってだけなんだから……)

 動揺を抑えて、イリスはサイラスに話しかけた。

「先生って、運転できるんですね」

「……前いた田舎では、車がないと生活できませんでしたから」

「なるほど……その時の車は、おいてきちゃったんですか?」

「私の私物ではなく、研究所のトラックを使っていましたから。今は納屋にしまわれているでしょう」

「今はもう、誰もいないんですか?」

「ええ。もともと使われなくなっていた森の中の塔を、院長の権限で私に与えてくれただけだったので」

 イリスは内心ちょっと、おお、と思った。

(院長、そんなことまで……二人は思っている以上に深い仲なのね)

 その時、免許も無理矢理取らされました、とつぶやいたサイラスに、イリスは共感した。

「あはは、私もですよ」

 フィズと付き合い立ての時、ぜひとも車は運転できたほうがいい、と、彼の職場と提携している魔動車学校に、身内割引で行かせてもらった。

「なので私も一応運転できます! 疲れたら代わりますね……」

 と言ったあとに、イリスは後悔した。

(ま、待って。こんなすごい車、傷つけちゃったりなんかしたら!)

 イリスは爆速で手の平を返した。

「あの、でも、できれば運転していただけると……ありがたいです。こんなすごい車を運転するのはちょっと自信なくて」

「大丈夫です。貴女に運転はさせません」

 きっぱり言われて、イリスはへら、と笑った。

(ですよね~、よかった!)



 
 ベイシティのホテルについたのは、午後3時ごろだった。部屋に通されて、イリスはびっくりした。

(えっ広い)

 たった二人で泊まる部屋だというのに、ベッドルームもリビングも恐ろしく広々とした部屋だった。おまけに。

「わっ、海が見える……!」

 広々とした窓の外には蔦のからむ白亜のテラスが続いており、そこから海を眺めることができた。
 その美しい景色に、イリスは思わず荷ほどきも忘れて窓辺に駆け寄った。すると後ろからサイラスもやってきた。

「出てみたらどうですか」

 ちょうどサンダルがあったので、イリスはサイラスと一緒にテラスに出た。
 真昼の海は翠色に輝き、白い砂浜はまぶしいばかりであった。

「すごい……! 目の保養~!」

 壮大な景色を、見ているだけでわくわくしてくる。イリスは後ろのサイラスを振り向いて、てへっと笑った。

「ただついてきちゃっただけの私が、こんないい思いをしちゃうなんて役得ですね」

 イリスは名目上、学会の研究発表の助手ということになっている。が、学会では書類をそろえるくらいの役目でしかない。たぶん。
 するとサイラスは、こころもち柔らかな表情で言った。

「あなたが好きかとおもって、海の見える部屋をとりましたが……気に入ったのならよかったです」

 イリスは驚いた。

「えっ、先生が選んだんです?」

「はい。黙っていたら院長が決めてしまいそうだったので、せっかくなら、と」

 イリスは嬉しかった。が、照れと『勘違いするなかれ!』という突っ込みが同時にやってくる。

「いや……ありがとうございます。わざわざ……」

 こんなところでも、彼はイリスに気遣ってくれているのだ。

(そ、それなら、私もちゃんと、対価として頑張らないと、ね……)

 これだけいい場所に連れてきてもらったのだから。イリスは気合を入れて、サイラスを見上げた。

「それでその……体調はどう、ですか」

 イリスが聞くと、サイラスはふっとイリスから目をそらした。その頬がちょっと赤い。

「今は大丈夫です。夜に薬が切れる予定なので……その」

 よろしくお願いします、と聞こえるか聞こえないかくらいの声で言われて、イリスもふいに恥ずかしくなった。

(そ、そんなこと言わせてごめんなさい! 聞かなきゃよかった!!)

 お互いなんだかうつむいて赤くなってしまった瞬間だったが、サイラスはすぐに背を向けてイリスに言った。

「私は夜まで、発表論文の最終確認をしますから、あなたは海を眺めてきてはどうですか」

 サイラスはテラスの片隅を指さした。そこからは階段が伸びていて、浜辺へと降りれるようになっていた。

「わ、気が付かなかった……!」

 イリスは目をきらきらさせながら、階段へと近寄った。

「そ、それじゃあちょっと着替えて、海を見てきますね……!」
 


 職場用の服から、明るいワンピースに着替えてパーカーを羽織って、イリスは階段を下りて行った。
 サイラスは論文に向き合うふりをしながら、じっと彼女を目で追っていた。
 一瞬、パーカーがはためいてむき出しの腕と脇が見えて、ふいにどきっとしてしまった。

(ま、まずい……ッ)

 薬が切れるのは数時間後とはいえ、抑えていないと不意に今――もう、始まってしまいそうだった。
 そもそも、運転をしているときから、平常心を保つように気づかっていた。

(彼女に運転の重荷を背負わせるわけには、いかないから……)

 前回、サイラスが抑えきれなかったせいで、イリスに満足に食事もさせてやれなかった。だから。

(今回は、夜まで……彼女が海を散策する時間くらいは、確保してやりたい)

 だって、これが最後の逢瀬なのだから。
 そう思うと、サイラスの胸の奥はぎゅっときしむように痛んだ。
 ――けれど、あの地獄のような週末の最後、サイラスは悩みに悩んで、結論を出した。

(恋人のもとへ行く選択をした彼女を、私には引き止めるすべなんてない)

 今回の逢瀬も、きっともう断られるだろうと思っていた。けれど彼女はこの3回目、サイラスの誘いに行くと返信をくれたのだ。だから。

(最後だから……せめて、彼女にも少しは、楽しんでもらいたい。そして、今までのお礼をすると……決めました)

 彼女は海辺のドライブが好きだと、恋人が言っていた。
 だから、最後の一回、勇気を出して彼女をドライブに誘おうと思って、車を買いに行ってた。
 そして――お礼の品も、持ってきてある。

(最後に渡そう――それで、きちんと感謝を伝えるんだ)
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