エリート魔術師様に嫌われてると思ったら、好き避けされてるだけでした!

小達出みかん

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『ときめいた』? あなたが、私に……?

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「でも、先生は、その昔の吸血鬼みたいに、誰彼見境なく、というわけじゃないじゃないですか」

 サイラスはうなずいた。

「そうですね。吸血鬼の吸血とちがって、淫魔の性行為は誰でもいいわけではありませんし、私は薬で抑えていますから、見境なく襲うことはありえません」

「だったら、怪物なんてことないと思いますけど」

「たとえ危険な存在でなかったとしても、『淫魔』であり、『発情期』がある存在だと言われれば――誰だって眉をひそめ、警戒するでしょう。それが当たり前です」

 イリスは考え込んだ。

「うーん、『淫魔』って言葉が良くないのかな。なんかこう、先生の体質って、淫魔という生き物というより、『発情期のある人間』という感じがします。人間の女も月に一度、生理というものがありますし、なんだかそれとそう変わらないような」

「それは……そうかもしれませんが、私は魔眼もありますし」

「ああそっかぁ……でも先生は、それを悪用したりはしませんし」

「……あなたには使いましたよ」

 それは悪用と言えるのか言えないのか。現にイリスは、彼に惹かれつつあるが、それは魔眼に魅せられたというよりは、自分自身の意思によるところが大きい気がする。

「うーん……でもそれって、そこまで悪い事でもないような。『魅惑』の力とも言い換えられますし。獣人や吸血鬼と同じに、『そういう体質』ってことで、受け入れられないかなぁ……」

「それは、現時点では難しいでしょう。人は未知の、害のある生き物を本能的に恐れます。ご存じでしょうが、狼人間は、はるか昔に滅ぼされました。今ならおそらく、薬の力を借りて無害化し、根絶やしにされることはなかったでしょう」

「そ、それは……そうですが、先生だって薬が」

 するとサイラスはわずかにトーンをやわらげた。

「そうですね。今私が使っている薬を、もっと進化させることができれば、堂々と『人に害をなさない』と言うことができます。だからせめてそれまでは隠せ、と院長は考えているのでしょう」

 イリスは目を輝かせた。

「先生、また他の薬を開発しているんですね! どんな『進化』なんですか?」

「そうですね――2種類の薬を開発しています。ひとつは今の、発情を管理する薬を強力にして、発情期が来ないようにする薬です。ですがそうすると、副作用があって。それを消すために、もう一種類の薬を開発しています。まだ理論を組み立てただけなのですが、これは他の病にも応用できる気がします」

「それはどんな……?」

「性行為をせずに発情期をやり過ごすと、淫魔は一時的な飢餓と鬱に襲われます。なので、その二つを解消する薬です」

 イリスは少し驚いた。

(飢餓と鬱? そうだったんだ……)

「先生、今まで大変な思いをしてきたんですね」
 イリスがうつむいていうと、彼は微笑んだ。

「でも、今はあなたがいてくれます。疑似的にでも、発情期中に『番う』体験ができました。私は初めて――」

 サイラスが、イリスを優しく見つめた。

「つがいのいる幸福を、あなたのおかげで味わうことができたのです」

 紫の眼に見つめられて、イリスはどきっとした。

(そ、それって……いえ、疑似的、って言ってるじゃない……!)

 彼はイリスをどうこう思っているというわけではなく、感想を述べているだけだ。きっと。

「――なので、あなたの犠牲なしに、鬱に陥らず発情期を乗り越えるためにも、苦しみを取り除く薬を作りたいと思います」

「苦しみをなくす……んですか。すごい研究ですねぇ」

 彼の発情期の苦しみを、薬で止めるのはなんだか心配な気がしたが――
 それはそれとして、苦しみを取り除く薬は、他の人々にも役に立ちそうだ。病棟に、苦しんでいる人はたくさんいる。肉体的にも、精神的にも。

「はい。試験的に『ユーフォリア』と名づけました。ユーフォリアを使って、他の人の苦しみも減らしたいと――私も、あなたとともにこの治療院での仕事をするうちに、そう思えるようになりました」

 ――ちょっと不安な部分もあったが、イリスはなにはともあれ嬉しくなった。

「そうなんですね! それはとってもいいことですよ! 完成が楽しみですねぇ…!」

「はい、理論上は出来上がっていて、試験的に実験も行っているのですが――」

「帰ったら私も手伝いますよ!」

「いえそれは……」

 元気に言ったがサイラスに苦笑され、イリスは頭をかいた。

 たしかに、複雑な彼の理論を、イリスが理解し実験を手伝うことができるのかは疑問だ。

「へへ、すみません。でもまぁ、何か私にできることがあれば、言ってくださいね」

 するとサイラスは少しためらったあと、ちらりとイリスを見て言った。

「その、時々でいいので……私と一緒に、昼食を食べてくれると嬉しいです」

 ――なんだかやっと、彼が一歩、取引以外のところで歩み寄ってくれた気がする。イリスは飛び切りの笑顔でうなずいた。

「はいよろこんで!」




 朝。差し込む光に、イリスはふと目を覚ました。
 すると、隣には誰もいなかったので、パーカーを羽織って寝室から出た。

(まずいまずい! 今日は学会なのに……! 寝坊⁉)

 すると、良い香りがした。焼いたトースト、それに甘いバニラの匂い。

「おはようございます、イリス」

 ホテル備え付けのキッチンカウンターに立った彼は、すでに着替えて、一仕事終えた風だった。イリスはちょっと恥ずかしくなって髪を撫でつけた。

「おはようございます……ちょっと着替えてきます……!」

 するとサイラスはイリスを手招きした。

「朝食がありますから、冷める前にどうぞ」

「で、でも学会の時間が……」
 すると彼はちらりと時計を見た。

「まだ時間に余裕はありますから、さぁ」

 そう言われては。朝の光の下ですっぴんをさらすと思うと少し恥ずかしかったが、イリスは食事のテーブルについた。
 ガラスのピッチャーから、なみなみとアイスミルクティーが注がれる。それに、お砂糖がたっぷりかかってキャラメルのように焦げたフレンチトースト、ふわふわのハムエッグに、真っ赤なオレンジの皿をサイラスは目の前に置いた。

――イリスがひそかに思い描いていた通り、いやそれ以上の『理想の朝食』だ。

 イリスは目を丸くした。

「すごい、どれも美味しそう……! それにこのオレンジ、オレンジ色じゃなくて赤い」

 サイラスはイリスの向かいに腰かけて微笑んだ。

「すべてルームサービスですが……オレンジはこの地の特産だそうです。さきほど朝市で手にいれてきました」

「えっ、行ってきたんですか。私も起こしてくださいよ」

「よく寝ていたので、起こしたくなかったのです」 

 とろけそうなほどに優しい笑みを向けられ、イリスはうっと眼を細めた。

「どうしました?」

「ま、まぶしい……先生、その顔、軽々しく他の人にしないほうがいいですよ」

 するとサイラスは、少しショックを受けたような顔をした。

「な……なぜですか。私はなにか、無作法をしてしまいましたか」

 イリスは慌てた。

「違いますよっ。先生みたいなイケメンに、そんな風に笑いかけられたら、みんな勘違いしてえらいことになりますよっ」

 するとサイラスはぽかんとした。

「いけめん? よくわかりませんが……」

 そして、ちょっとはにかんだ笑みをうかべた。

「それならあなたも、さきほど勘違いしたのですか?」

(くッ……)

 イリスは思わず胸を抑えたが、なんでも言葉のままに受け取る彼なので、素直に言った。

「はい、胸の奥がこう、キュンッッとしました。『ときめいた』ってやつですね。急にされると心臓に悪いです~」

 やっぱり恥ずかしくて、最後は冗談に逃げてしまったが、そんなイリスをサイラスはじっと真剣に見て、言った。

「『ときめいた』? あなたが、私に……?」

(そ、そんなまじまじと繰り返さないで……)

 とイリスは思ったが、サイラスが顔をくしゃっとさせて微笑んだので、そんな気持ちは消えた。

「先生……」

 イリスが微笑みながらサイラスを見上げると、彼は再び、とろけるはちみつ、それにオレンジを混ぜたような甘い笑みを浮かべて言った。

「嬉しいです……イリス。でも、少し寂しいです」

「えっ」

「だって学会が終わったら、もうこの旅行もおしまいですから……」

 その言葉に、イリスは戸惑った。

(せ、先生、って、もしかして、もしかして……?)

 昨日の勘違いの続きが、頭をよぎる。
 ――もしかして、イリスのことを、憎からず思ってくれているんだろうか。
 ――もしかして、発情相手以上に、思ってくれているんだろうか。
 そうだったらいいのにな。その願いを込めて、イリスは言ってみた。

「それならまた、その、また機会があったら、旅行をしてみませんか」
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