冷酷宰相様のわかりにくい溺愛~役立たずと虐められ、権力者へのハニトラ要員にされましたが、すっかり気に入られてしまったようです~

小達出みかん

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人は見かけにはよらない

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「隠す必要はない。悪いようにはしないから教えろ。いや……お前の名前を、教えてくれないか」
 少し丁寧に言いなおし、彼はヘンリエッタに聞いた。
 ヘンリエッタはおずおず答えた。
「ヘンリエッタと言います。この城下町のお屋敷で……下働きをしております」
 すると彼は、ヘンリエッタの全身をちらと眺めた。マダム風にアップにした髪形から、デリラのものであるぴったりとしたドレスをまとった身体、そしてオープントゥの靴先まで。
「……なんていわれて、ここにきた」
 ヘンリエッタはうつむいて、精一杯ましな言葉を探した。
「宰相様に……お情けをいただいてくるように、と」
「お情け、か。そしたらお前は、何をもらえるんだ。金か?」
「……自由にしてやる、と」
 すると彼は眉をひそめた。
「どういうことだ。人身売買は、せんだって禁止にしたばかりだが」
「いえ、そういうわけでは」
「借金でもしているのか?」
 ヘンリエッタは、身元が割れない程度に答えた。
「その……借金ではありませんが、逆らえる立場ではなくて」
 宰相はじっとヘンリエッタの手を見た。
「……虐待されているのか」
 どう答えればいいのだろう。うつむいたヘンリエッタの手を放して、宰相はおもむろに机に向かった。白い羽ペンで、さらさらと紙に文字を走らせる。
「お前の姓名は」
「えっ?」
 宰相は机から目を上げて、ヘンリエッタを見て言った。
「紹介状を書いてやる。私の名前でだ」
「えっ……!? な、なんでですか」
 驚くヘンリエッタを無視して、宰相は重ねて聞いた。
「名前は?」
 誰の差し金かきき出す罠だろうか? 一瞬ヘンリエッタは疑ったが、それよりも紹介状欲しさが上回っていた。
(どうせここを出たら逃げるんだもの――だったら一か八か、紹介状が欲しい――!)
 そう思ったヘンリエッタは答えた。
「レインです。ヘンリエッタ・レイン」
 ヘンリエッタは、ソーンフィールドの名前を名乗ることは許されていなかった。代わりに与えられているのは、庶子に一般的につけられる「レイン」という姓。
 しかしそれを聞いても宰相は驚く事も何も聞くこともなく、またさらさらと名前を書状に書きつけ、ヘンリエッタに見せた。
「名前は、これで間違いないな?」
 ちゃんとした、本物の紹介状だ。ヘンリエッタは必死でうなずいた。
 宰相は書状を折りたたんで封筒に入れ、さらに机の中から小さな革袋を出してヘンリエッタに渡した。
「これは……?」
「旅費だ。この街だと足もつくだろうから、どこかほかの街で職を探しなさい」
 信じられない気持ちで、ヘンリエッタは受け取った封筒を眺めた。
(うそ……うそ、紹介状! しかも、この国の宰相様の!)
 これなら、どこに行ってもまともな職にありつける。ヘンリエッタは嬉しさとありがたさで胸がいっぱいになった。
「ありがとうございます……! どうお礼を言ったら、いいか……!」
 ヘンリエッタは何度も頭を下げた。さきほどは地獄にいる気持ちだったのに、今は天国だ。目の前に道が開けている。こんな幸運があっていいのだろうか。
 ヘンリエッタは頭を上げて、まっすぐ宰相の目を見つめて言った。
「一生感謝いたします、この御恩はわすれません……!」
 すると無表情だった彼の顔が、ふっと少し歪んだ。
 笑っているのではない、怒っているのでもない。ただ、少しだけ痛みをこらえるような、そんな顔。
「ど、どうかされましたか?」
 またどこか具合でも悪いのだろうか。ヘンリエッタはそう思って彼に聞いた。
「いや……なんでもない」
 彼はヘンリエッタから目をそらした。その横顔は、相変わらず張りつめて、疲れていた。
 それを見て、ヘンリエッタはあたらめて気が付いた。
(そうか……この人が、うわさのバーンズ宰相)
 政変を主導した、人殺しもいとわない冷酷漢。けれどヘンリエッタの目には、彼はそう見えなかった。
(だって……いい人じゃない。突然忍び込んできた私のような人間を、助けてくれるんだもの)
 そういえば、白い子猫に対しても、彼は踏みつぶさないように気をつかってくれていたではないか。
 自分より弱い立場の者にやさしくできる人間は、いいひとだ。
 そう確信をしたヘンリエッタは、最後に一言、何か言いたくて口を開いた。
「あの……宰相様」
 彼はふっとヘンリエッタを見た。首をこころもちかしげて、相手の本心を探るように、斜めからじいっとねめつける。
 少し怖い表情だったが――これが彼の素なのだろう。そう思ったヘンリエッタは臆さず言った。
「都を出ても……宰相様が元気でお過ごしになれるよう、ずっとお祈りいたしておりますね。お体、大事になさってください」
 これ以上邪魔をするのも申し訳ない。そう思ったヘンリエッタは一礼し、ドアへと向かった。
「待て」
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