冷酷宰相様のわかりにくい溺愛~役立たずと虐められ、権力者へのハニトラ要員にされましたが、すっかり気に入られてしまったようです~

小達出みかん

文字の大きさ
8 / 28

人は見かけにはよらない

しおりを挟む
「隠す必要はない。悪いようにはしないから教えろ。いや……お前の名前を、教えてくれないか」
 少し丁寧に言いなおし、彼はヘンリエッタに聞いた。
 ヘンリエッタはおずおず答えた。
「ヘンリエッタと言います。この城下町のお屋敷で……下働きをしております」
 すると彼は、ヘンリエッタの全身をちらと眺めた。マダム風にアップにした髪形から、デリラのものであるぴったりとしたドレスをまとった身体、そしてオープントゥの靴先まで。
「……なんていわれて、ここにきた」
 ヘンリエッタはうつむいて、精一杯ましな言葉を探した。
「宰相様に……お情けをいただいてくるように、と」
「お情け、か。そしたらお前は、何をもらえるんだ。金か?」
「……自由にしてやる、と」
 すると彼は眉をひそめた。
「どういうことだ。人身売買は、せんだって禁止にしたばかりだが」
「いえ、そういうわけでは」
「借金でもしているのか?」
 ヘンリエッタは、身元が割れない程度に答えた。
「その……借金ではありませんが、逆らえる立場ではなくて」
 宰相はじっとヘンリエッタの手を見た。
「……虐待されているのか」
 どう答えればいいのだろう。うつむいたヘンリエッタの手を放して、宰相はおもむろに机に向かった。白い羽ペンで、さらさらと紙に文字を走らせる。
「お前の姓名は」
「えっ?」
 宰相は机から目を上げて、ヘンリエッタを見て言った。
「紹介状を書いてやる。私の名前でだ」
「えっ……!? な、なんでですか」
 驚くヘンリエッタを無視して、宰相は重ねて聞いた。
「名前は?」
 誰の差し金かきき出す罠だろうか? 一瞬ヘンリエッタは疑ったが、それよりも紹介状欲しさが上回っていた。
(どうせここを出たら逃げるんだもの――だったら一か八か、紹介状が欲しい――!)
 そう思ったヘンリエッタは答えた。
「レインです。ヘンリエッタ・レイン」
 ヘンリエッタは、ソーンフィールドの名前を名乗ることは許されていなかった。代わりに与えられているのは、庶子に一般的につけられる「レイン」という姓。
 しかしそれを聞いても宰相は驚く事も何も聞くこともなく、またさらさらと名前を書状に書きつけ、ヘンリエッタに見せた。
「名前は、これで間違いないな?」
 ちゃんとした、本物の紹介状だ。ヘンリエッタは必死でうなずいた。
 宰相は書状を折りたたんで封筒に入れ、さらに机の中から小さな革袋を出してヘンリエッタに渡した。
「これは……?」
「旅費だ。この街だと足もつくだろうから、どこかほかの街で職を探しなさい」
 信じられない気持ちで、ヘンリエッタは受け取った封筒を眺めた。
(うそ……うそ、紹介状! しかも、この国の宰相様の!)
 これなら、どこに行ってもまともな職にありつける。ヘンリエッタは嬉しさとありがたさで胸がいっぱいになった。
「ありがとうございます……! どうお礼を言ったら、いいか……!」
 ヘンリエッタは何度も頭を下げた。さきほどは地獄にいる気持ちだったのに、今は天国だ。目の前に道が開けている。こんな幸運があっていいのだろうか。
 ヘンリエッタは頭を上げて、まっすぐ宰相の目を見つめて言った。
「一生感謝いたします、この御恩はわすれません……!」
 すると無表情だった彼の顔が、ふっと少し歪んだ。
 笑っているのではない、怒っているのでもない。ただ、少しだけ痛みをこらえるような、そんな顔。
「ど、どうかされましたか?」
 またどこか具合でも悪いのだろうか。ヘンリエッタはそう思って彼に聞いた。
「いや……なんでもない」
 彼はヘンリエッタから目をそらした。その横顔は、相変わらず張りつめて、疲れていた。
 それを見て、ヘンリエッタはあたらめて気が付いた。
(そうか……この人が、うわさのバーンズ宰相)
 政変を主導した、人殺しもいとわない冷酷漢。けれどヘンリエッタの目には、彼はそう見えなかった。
(だって……いい人じゃない。突然忍び込んできた私のような人間を、助けてくれるんだもの)
 そういえば、白い子猫に対しても、彼は踏みつぶさないように気をつかってくれていたではないか。
 自分より弱い立場の者にやさしくできる人間は、いいひとだ。
 そう確信をしたヘンリエッタは、最後に一言、何か言いたくて口を開いた。
「あの……宰相様」
 彼はふっとヘンリエッタを見た。首をこころもちかしげて、相手の本心を探るように、斜めからじいっとねめつける。
 少し怖い表情だったが――これが彼の素なのだろう。そう思ったヘンリエッタは臆さず言った。
「都を出ても……宰相様が元気でお過ごしになれるよう、ずっとお祈りいたしておりますね。お体、大事になさってください」
 これ以上邪魔をするのも申し訳ない。そう思ったヘンリエッタは一礼し、ドアへと向かった。
「待て」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい〜long version

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。 *こちらは元の小説の途中に、エピソードを追加したものです。 文字数が倍になっています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。

朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。 ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――

処理中です...