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ベッドの下は、いがいと暖かい
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「……はい?」
静かにかけられた声に、ヘンリエッタは固まった。
もしかして――やっぱり、つかまってしまうんだろうか。
おそるおそる、振り返る。鋭い目が、ヘンリエッタを見つめていた。
「今夜はやめておけ」
「……え?」
「暗いし、その恰好じゃ危ないだろう」
ヘンリエッタは自分のドレスをちらりと見下ろした。たしかに旅には向かない。けれど、それは宰相様とは何の関係もないことのはずだ。
「ええと……なんとか、します」
しどろもどろにそう言ったヘンリエッタに、宰相は無表情のまま言った。
「お前は後ろの部屋で休め」
「えぇ!? で、でも……悪い、です」
遠慮するヘンリエッタに、彼は冷たく言った。
「それで追いはぎにでも襲われたら、迷惑するのは私だ」
そう言われると、従わざるをえない。少しびくびくしながら、ヘンリエッタは聞いた。
「それなら、宰相様はどちらでお休みに……?」
「私は長椅子で休む」
「でしたら、私が椅子で休ませていただきます」
そう言ったヘンリエッタに、宰相はめんどくさそうなため息をついた。
「私はまだ仕事がある。休むのは先になるから――」
その時。コンコンと部屋がノックされた。
「バーンズ様。シャーウッド卿がお越しです」
するとその瞬間、彼の表情は恐ろしいほどにスッと変化した。
疲れた顔から――冷たい緊張感のみなぎる顔に。
(わ、こわい……。こんな顔、するんだ)
後ずさるヘンリエッタに、宰相はすっと目くばせした。ヘンリエッタは慌てて仮眠室に入ってドアを閉め、隠れた。
「宰相殿、あんまりです!」
ドアの向こうから、しわがれた老人の声が聞こえる。
「どうかしましたか」
「なぜこの私の息子が、終身刑なのですか! 明らかに不当なお裁きじゃ!」
必死の老人の声に対して、宰相の声は明らかに冷ややかだった。
「私が裁いたのではない。陛下のご決断です。なので私に言われても」
一部のすきもないその声に、老人がたまりかねたように叫ぶ。
「ぬけぬけと……! 幼い陛下を操り、裏ですべてを企んでいるのはお前じゃろうが……!」
扉の向こうの修羅場に、隠れて聞いているヘンリエッタははらはらした。
(だ、大丈夫かしら……私、ここにいて)
恐ろしく思ったヘンリエッタは、そっとベッドの下にもぐりこんだ。万が一ドアをあけられても困らないように。
しかし、ここまでしても怒鳴り声は聞こえてくる。
「そもそも前陛下を亡き者にしたのもそなたであろう! 皆知っておるぞ、その手が血濡れていることを……! そんなに己が一門を栄えさせたいか。地獄に落ちるぞ、この欲深めが……!」
そこまで言い切って、沈黙のあと――宰相の声がした。
「ご子息の罪状の筆頭は、租税逋脱《そぜいほだつ》――つまり脱税。数十年にわたり、しかも莫大な額だった。それもそのはず、聞けば、領民たちに課された税は他の領地よりも高かった。これは陛下をだましているばかりか、国家に対する大規模な詐欺犯罪でもあります。――むしろ命があるだけましでは?」
「そ、そんなの誰でもやっていることだろう?」
「へぇ? 誰でもとは?」
「ふ、古くからの貴族皆じゃ!慣習であろう!」
すると、宰相の声がいくらか柔らかくなった。
「……なるほど、詳しくお聞かせいただきますか?」
「な、んと?」
「私は田舎者なので。この慣習にかかわる人たちの事を詳しく教えていただきたい。もし卿の情報が正しければ――陛下もご子息の刑を考え直すかもしれません」
「わ、わしに他の貴族を売れ、と……!?」
「そうは言っていません。が、ご子息を助けるか、見殺しにするか――お決めになるのはあなたです、ソーンフィールド卿。」
しばし沈黙が落ちる。ヘンリエッタも固唾をのんで待った。
(ど、どうするのかしら、おじいさん……!?)
思わず耳を澄ませる。すると……
「必ず息子を助けると、約束してくれるな?」
先ほどまでの威勢はどこへ行ったのか、老人はずるがしこい声で聴いた。
「ええ、裁量は陛下にお任せいたしますが」
「わかった、それなら……」
老人はぼそぼそと、他の貴族の領地に関する醜聞を語り始めた。
禁止されている額まで税を取り立てる者、領民は飢えているのに、贅沢に贅沢を重ねる者、不法な人身売買で儲ける者――。とくに最後は、ヘンリエッタが聞いているだけでも、耳をふさぎたくなるような話だった。
(ひどい……でもそういえば、奥様もそんな話をしていた……)
宰相が通した新法案のせいで、海外の稼ぎがフイになったと怒っていた。
『この国の亜麻色の髪は珍しいって、あっちじゃ奴隷が売れるのに。新法ですって、まったくいい迷惑だわ!』
そしてヘンリエッタを見て言ったものだった。ああ、お前もさっさとお金にしておけばよかった、と。
(宰相様は――そんな人たちを止めてるのね。そうか……)
いい人だ。今度こそ心の底から、ヘンリエッタはそう思った。
老人の話は延々と続いている。宰相は口を差しはさまず、ただただ相槌を打っているようだった。それを聞いているうちに――今日も朝早くから働いていたヘンリエッタはうとうとして、寝入ってしまった。
静かにかけられた声に、ヘンリエッタは固まった。
もしかして――やっぱり、つかまってしまうんだろうか。
おそるおそる、振り返る。鋭い目が、ヘンリエッタを見つめていた。
「今夜はやめておけ」
「……え?」
「暗いし、その恰好じゃ危ないだろう」
ヘンリエッタは自分のドレスをちらりと見下ろした。たしかに旅には向かない。けれど、それは宰相様とは何の関係もないことのはずだ。
「ええと……なんとか、します」
しどろもどろにそう言ったヘンリエッタに、宰相は無表情のまま言った。
「お前は後ろの部屋で休め」
「えぇ!? で、でも……悪い、です」
遠慮するヘンリエッタに、彼は冷たく言った。
「それで追いはぎにでも襲われたら、迷惑するのは私だ」
そう言われると、従わざるをえない。少しびくびくしながら、ヘンリエッタは聞いた。
「それなら、宰相様はどちらでお休みに……?」
「私は長椅子で休む」
「でしたら、私が椅子で休ませていただきます」
そう言ったヘンリエッタに、宰相はめんどくさそうなため息をついた。
「私はまだ仕事がある。休むのは先になるから――」
その時。コンコンと部屋がノックされた。
「バーンズ様。シャーウッド卿がお越しです」
するとその瞬間、彼の表情は恐ろしいほどにスッと変化した。
疲れた顔から――冷たい緊張感のみなぎる顔に。
(わ、こわい……。こんな顔、するんだ)
後ずさるヘンリエッタに、宰相はすっと目くばせした。ヘンリエッタは慌てて仮眠室に入ってドアを閉め、隠れた。
「宰相殿、あんまりです!」
ドアの向こうから、しわがれた老人の声が聞こえる。
「どうかしましたか」
「なぜこの私の息子が、終身刑なのですか! 明らかに不当なお裁きじゃ!」
必死の老人の声に対して、宰相の声は明らかに冷ややかだった。
「私が裁いたのではない。陛下のご決断です。なので私に言われても」
一部のすきもないその声に、老人がたまりかねたように叫ぶ。
「ぬけぬけと……! 幼い陛下を操り、裏ですべてを企んでいるのはお前じゃろうが……!」
扉の向こうの修羅場に、隠れて聞いているヘンリエッタははらはらした。
(だ、大丈夫かしら……私、ここにいて)
恐ろしく思ったヘンリエッタは、そっとベッドの下にもぐりこんだ。万が一ドアをあけられても困らないように。
しかし、ここまでしても怒鳴り声は聞こえてくる。
「そもそも前陛下を亡き者にしたのもそなたであろう! 皆知っておるぞ、その手が血濡れていることを……! そんなに己が一門を栄えさせたいか。地獄に落ちるぞ、この欲深めが……!」
そこまで言い切って、沈黙のあと――宰相の声がした。
「ご子息の罪状の筆頭は、租税逋脱《そぜいほだつ》――つまり脱税。数十年にわたり、しかも莫大な額だった。それもそのはず、聞けば、領民たちに課された税は他の領地よりも高かった。これは陛下をだましているばかりか、国家に対する大規模な詐欺犯罪でもあります。――むしろ命があるだけましでは?」
「そ、そんなの誰でもやっていることだろう?」
「へぇ? 誰でもとは?」
「ふ、古くからの貴族皆じゃ!慣習であろう!」
すると、宰相の声がいくらか柔らかくなった。
「……なるほど、詳しくお聞かせいただきますか?」
「な、んと?」
「私は田舎者なので。この慣習にかかわる人たちの事を詳しく教えていただきたい。もし卿の情報が正しければ――陛下もご子息の刑を考え直すかもしれません」
「わ、わしに他の貴族を売れ、と……!?」
「そうは言っていません。が、ご子息を助けるか、見殺しにするか――お決めになるのはあなたです、ソーンフィールド卿。」
しばし沈黙が落ちる。ヘンリエッタも固唾をのんで待った。
(ど、どうするのかしら、おじいさん……!?)
思わず耳を澄ませる。すると……
「必ず息子を助けると、約束してくれるな?」
先ほどまでの威勢はどこへ行ったのか、老人はずるがしこい声で聴いた。
「ええ、裁量は陛下にお任せいたしますが」
「わかった、それなら……」
老人はぼそぼそと、他の貴族の領地に関する醜聞を語り始めた。
禁止されている額まで税を取り立てる者、領民は飢えているのに、贅沢に贅沢を重ねる者、不法な人身売買で儲ける者――。とくに最後は、ヘンリエッタが聞いているだけでも、耳をふさぎたくなるような話だった。
(ひどい……でもそういえば、奥様もそんな話をしていた……)
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『この国の亜麻色の髪は珍しいって、あっちじゃ奴隷が売れるのに。新法ですって、まったくいい迷惑だわ!』
そしてヘンリエッタを見て言ったものだった。ああ、お前もさっさとお金にしておけばよかった、と。
(宰相様は――そんな人たちを止めてるのね。そうか……)
いい人だ。今度こそ心の底から、ヘンリエッタはそう思った。
老人の話は延々と続いている。宰相は口を差しはさまず、ただただ相槌を打っているようだった。それを聞いているうちに――今日も朝早くから働いていたヘンリエッタはうとうとして、寝入ってしまった。
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