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さらわれて
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連れられてきたのは、城下町からはやや離れた郊外にある屋敷だった。あまり大きくはないが、緑にかこまれていて、夜風に木々がざわざわ揺れる音がしている。
(ここが、宰相様の家……? でも、なんで)
ここで一晩あかした後、出発しろという事だろうか。疑問に思いながらもヘンリエッタは彼について中に入った。暗い部屋で、シュッとランプに火をともす音がする。
(あれ……偉い人なのに、召使の一人もいないのかしら)
夜、郊外の屋敷は暗い。そう思ったヘンリエッタは、手伝いを申し出た。
「一つ貸してください。火を灯すのを、手伝います」
すると彼は静かに首を振って、ランプを差し出した。
「いや、もう寝るだけだから、必要ない」
「そうですか」
「寝室はこっちだ。案内する」
彼に渡された明かりを頼りに、ヘンリエッタはついていった。居間らしき場所を出て、廊下の右の部屋に案内される。
「とりあえず、今夜はここで休みなさい」
「あ、あの、宰相様は……」
「私は隣の部屋にいる」
それだけ言って、彼はドアを閉めて出て行ってしまった。
(……どういうこと、なんだろう……)
そう思いながらも、ヘンリエッタは目の前のベッドに腰掛けた。デリラが使っていたような贅沢な寝台ではないが、ヘンリエッタが寝ていたものよりはよほど良いベッドだ。ふかふかとしたキルトの掛け布をかぶってみると、自分がいつも使っていたものとは比べものにならないほど温かい。
(あ……いい、これ……)
うと、と目を閉じるとすぐに先ほどの睡魔が戻ってくる。
きっと、彼は悪い人ではない。だからこのまま寝てしまっても、きっと何も怖い事は怒らないだろう。そう思って、ヘンリエッタは再び目を閉じた。
ぱち、と目をあけたら、すでに朝日が昇っていた。ヘンリエッタは跳ね起きたが、時はすでに遅し。宰相様の姿はどこにもなかった。
(もう出ていっちゃったのね……)
隣の部屋も人の気配はしないし、馬車も止まっていない。確定だろう。ヘンリエッタはふうと息をついて、今のダイニングテーブルの椅子に腰かけた。上等ながらも使い込んだ樫材のもので、飴色の艶が浮いている。――が、少しほこりっぽい。
(そういえば、ベッドも少し埃っぽかったような)
使用人もいないし、掃除が行き届いていないみたいだ。きれいにしたいなと思いつつも、ヘンリエッタは先の事を考えた。
(あんまりいるのもご迷惑だろうし――とりあえず、今から城下町の乗合馬車に乗って都を出よう。宰相様に、最後にお礼を言いたかったけど、仕方ない)
そう思って立ち上がった時、りりん、と玄関のベルが鳴った。
(あ……お客さん? でも、私が出て大丈夫かな)
躊躇していると、カチリと鍵のひらく音がし、ドアが開いた。
そこには、長身の女性が立っていた。一つにまとめられたダークブラウンの髪に、女性らしからぬ暗い色の服――ドレスではなく、男性のようにトラウザーズを履いている。
「おはようございます」
落ち着いてそう言われて、ヘンリエッタは慌てて頭をさげた。
「お、おはようございます。すみません、私いま、もう出ていくところで」
すると女性は軽く首を振った。
「いいえ。ヘンリエッタ様――で、お間違いないですか?」
「えっ!? はい、そうです。わ、私になにか……?」
女性はヘンリエッタの前まで進み出て言った。
「バーンズ様より、あなた様の身辺をお守りするようにと仰せつかりました」
女性の言うことの意味がよく理解できなかったヘンリエッタは、聞き返した。
「私の身辺……って、どういうことでしょう? 」
「言葉の通りの意味ですが」
何か行き違いがあったのかもしれない。ヘンリエッタは丁寧に説明した。
「ええと、私はこれから、都を出て仕事を探しに行くつもりで、宰相様にも紹介状をいただいていて――」
わかっています、とでもいうように、女性は軽くうなずいた。
「はい。バーンズ様からは、ヘンリエッタ様にこの屋敷の管理という仕事を任せた、と伺っております」
「えぇ!?」
今度こそヘンリエッタは素っ頓狂な声を出した。
「つ、つまり、宰相様に雇っていただけた……ってことですか?」
(ここが、宰相様の家……? でも、なんで)
ここで一晩あかした後、出発しろという事だろうか。疑問に思いながらもヘンリエッタは彼について中に入った。暗い部屋で、シュッとランプに火をともす音がする。
(あれ……偉い人なのに、召使の一人もいないのかしら)
夜、郊外の屋敷は暗い。そう思ったヘンリエッタは、手伝いを申し出た。
「一つ貸してください。火を灯すのを、手伝います」
すると彼は静かに首を振って、ランプを差し出した。
「いや、もう寝るだけだから、必要ない」
「そうですか」
「寝室はこっちだ。案内する」
彼に渡された明かりを頼りに、ヘンリエッタはついていった。居間らしき場所を出て、廊下の右の部屋に案内される。
「とりあえず、今夜はここで休みなさい」
「あ、あの、宰相様は……」
「私は隣の部屋にいる」
それだけ言って、彼はドアを閉めて出て行ってしまった。
(……どういうこと、なんだろう……)
そう思いながらも、ヘンリエッタは目の前のベッドに腰掛けた。デリラが使っていたような贅沢な寝台ではないが、ヘンリエッタが寝ていたものよりはよほど良いベッドだ。ふかふかとしたキルトの掛け布をかぶってみると、自分がいつも使っていたものとは比べものにならないほど温かい。
(あ……いい、これ……)
うと、と目を閉じるとすぐに先ほどの睡魔が戻ってくる。
きっと、彼は悪い人ではない。だからこのまま寝てしまっても、きっと何も怖い事は怒らないだろう。そう思って、ヘンリエッタは再び目を閉じた。
ぱち、と目をあけたら、すでに朝日が昇っていた。ヘンリエッタは跳ね起きたが、時はすでに遅し。宰相様の姿はどこにもなかった。
(もう出ていっちゃったのね……)
隣の部屋も人の気配はしないし、馬車も止まっていない。確定だろう。ヘンリエッタはふうと息をついて、今のダイニングテーブルの椅子に腰かけた。上等ながらも使い込んだ樫材のもので、飴色の艶が浮いている。――が、少しほこりっぽい。
(そういえば、ベッドも少し埃っぽかったような)
使用人もいないし、掃除が行き届いていないみたいだ。きれいにしたいなと思いつつも、ヘンリエッタは先の事を考えた。
(あんまりいるのもご迷惑だろうし――とりあえず、今から城下町の乗合馬車に乗って都を出よう。宰相様に、最後にお礼を言いたかったけど、仕方ない)
そう思って立ち上がった時、りりん、と玄関のベルが鳴った。
(あ……お客さん? でも、私が出て大丈夫かな)
躊躇していると、カチリと鍵のひらく音がし、ドアが開いた。
そこには、長身の女性が立っていた。一つにまとめられたダークブラウンの髪に、女性らしからぬ暗い色の服――ドレスではなく、男性のようにトラウザーズを履いている。
「おはようございます」
落ち着いてそう言われて、ヘンリエッタは慌てて頭をさげた。
「お、おはようございます。すみません、私いま、もう出ていくところで」
すると女性は軽く首を振った。
「いいえ。ヘンリエッタ様――で、お間違いないですか?」
「えっ!? はい、そうです。わ、私になにか……?」
女性はヘンリエッタの前まで進み出て言った。
「バーンズ様より、あなた様の身辺をお守りするようにと仰せつかりました」
女性の言うことの意味がよく理解できなかったヘンリエッタは、聞き返した。
「私の身辺……って、どういうことでしょう? 」
「言葉の通りの意味ですが」
何か行き違いがあったのかもしれない。ヘンリエッタは丁寧に説明した。
「ええと、私はこれから、都を出て仕事を探しに行くつもりで、宰相様にも紹介状をいただいていて――」
わかっています、とでもいうように、女性は軽くうなずいた。
「はい。バーンズ様からは、ヘンリエッタ様にこの屋敷の管理という仕事を任せた、と伺っております」
「えぇ!?」
今度こそヘンリエッタは素っ頓狂な声を出した。
「つ、つまり、宰相様に雇っていただけた……ってことですか?」
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