【マフィア×元軍人】 狂犬を躾けたら、ピカピカの可愛い「愛犬」になったでしょ?

あすぱら

文字の大きさ
3 / 57

アドレナリン2 ハッピーヒロイン

しおりを挟む

 ​俺は、セダンの運転席で、ターゲットである廃工場の見取り図を頭に叩き込んでいた。インカムの向こうでは、これから始まる「仕事」を前にして、二人の主人が会話している。
『フェブ、お前、仕事中は静かにできないの?』
 ルシアンの、呆れたような声。
『えー? 集中すると、つい歌っちゃうんだよねー! んふふーん♪』
 フェブの、悪びれない快活な声と、それに続く、気の抜けた鼻歌。
 この男のナビゲートで、本当に大丈夫なのか。俺の不安は、的中することになる。
 ​俺は、闇に紛れて車を降りると、工場のフェンス際まで音もなく接近した。
『はい、じゃあまず外周のカメラからねー。えーと、ちょちょー、っと…はい、可愛い子猫ちゃんの映像に差し替え完了! んふふーん、にゃーにゃー♪』
 フェブの鼻歌は、ハミングから、ついには歌詞(のようなもの)にまで進化していた。
 ​俺は、そのふざけた実況を無視し、猫の映像をループ再生し続ける監視カメラの下を、影のように通り抜ける。そして、裏口のサービスドアの前にたどり着いた。
「……フェブ。ドアだ。電子ロックがついてる」
 俺が小声で報告すると、インカムの向こうで、フェブの鼻歌が、さらに陽気なものに変わった。
『OK! 待っててねー、ふんふふーん♪……あ、ここのファイアウォール、ルカんとこで前使ってたやつだよ! なつかしー。これねぇ、脆弱なんだよねぇ……はい、おしまい! 開いたよ!』
 カチリ、という小さな解錠音と、彼の鼻歌の勝ち誇ったファンファーレが、ほぼ同時に俺の耳に届いた。
 ​工場の中に侵入する。中は、機械油と埃の匂いが混じり合った、静かな闇の世界だった。
 だが、俺の耳元だけは、ひどく騒がしかった。
『あ、リオンサン、右のコンテナの裏に一人隠れてるよー、ふふん♪』
 俺は、フェブの鼻歌混じりのナビゲートに従い、コンテナの影へと滑り込む。そして、背後から音もなく敵に近づき、その首に腕を回した。
 ​俺の手が男の首を締め上げ、声なき絶叫を闇に葬り去る。その間も耳元では、フェブが最新のポップソングらしきものを絶妙に音程を外しながら、楽しそうにハミングし続けていた。
 この世で最も、緊張感のない潜入任務だった。
『へえ。今の締め方、カッコいいじゃん』
 不意に、それまで黙っていたルシアンの、満足げな声が割り込んできた。彼は、この一部始終を、特等席で観覧しているのだ。
 ​俺は、次々と見張りを無力化していく。その度に、フェブの鼻歌がBGMのように流れ、時折、ルシアンの鑑定家のようなコメントが入る。
『あ!』
 ナビゲーターが唐突な声を上げる。
『ノマそこら辺だよ!』
「……そこら辺?」
 思わず足を止める。部屋でも何でもない、通路の真ん中だ。



「……ほんとにここか?」
『うん、そこら辺だよ! GPSの最終反応だと』
 俺は薄暗い通路を警戒しながら進む。あたりは静まり返っていた。
「おい。そこら辺ってどこだ」
 俺が、いらだちを隠さずに尋ねる。
「それ、どこまで正確な情報なんだっ――」
 ​俺が言い終わる前に、闇の中から、閃光のようにナイフが飛び出してきた。
「――ッ!」
 俺は、反射的に身体を捻り、それを避ける。同時に、腰のホルスターから拳銃を引き抜いていた。ナイフが、俺がいた場所の壁に、火花を散らして突き刺さる。
 物陰から飛び出してきたのは、俺が救助すべき対象であるはずの、ノマだった。
 ​その服はところどころ破れ、頬には新しい切り傷がある。だがその瞳は恐怖や衰弱の色ではなく、狂おしいほどの歓喜と興奮に満ちていた。
「おい……」
 彼は、楽しそうな笑い声を上げながら、二本目のナイフを抜き、猛然と俺に襲いかかってきた。
「おい!」
 救助対象を撃つわけにはいかない。俺は、やむを得ずナイフの斬撃を、拳銃の硬い銃身で受け流した。キィン!と甲高い金属音が、通路に響き渡る。
「くそ、どうなってんだこいつ!」
『え? どうしたの?』
 インカムの向こうののんきな声に返答する暇もない。
 強い。速い。そして、一切の躊躇がない。噂には聞いていたが、これほどとは。
「ははっ、ははは!」
 ノマの心底楽しそうな笑い声に、インカムの向こうのフェブが反応した。
『あー! この声! ノマ最高にハッピーになっちゃってるじゃん!』
「なんなんだ!?」
『そいつスリルジャンキーなの! スリルでハイになっちゃってるよ!』
 なんだそれは。どんな幸せな脳みそをしていたらそうなるんだ。
 しかし目の前のノマは完全に敵と味方の区別がついていない。
 どうしろってんだ!
 ​俺は、防戦一方で、じりじりと後退させられる。ギリギリの攻防だった。
 ​俺は、体勢を立て直すと、低い声で、その名を呼んだ。
「てめぇ……ノマ!」
 その声に、ようやく彼の動きが止まった。ハイになっていた瞳の焦点が、ゆっくりと俺の顔の上で結ばれる。
「あれ……? リオンサン? なんで、こんなとこに?」
「……てめぇを救助に来たんだよ」
「救助? あんたが? なんで、俺を?」
「てめぇの飼い主からの、ご依頼だ」
「飼い主……? フェブか?」
 ​ようやく状況を理解したらしい彼を見て、俺は耳元でまだ陽気な鼻歌でBGMを垂れ流しているインカムを、うんざりしながら耳から外した。そして、それをノマに突き出す。
「てめぇの飼い主だろ。お前が直接聞け」
「え? なに……」
 ノマは、不思議そうにしながらも、そのインカムを自分の耳に着けた。
 その途端。
『ノマーーーっ!!!! 無事だったんだね!? よかったーーー!!!』
 ​インカムを着けていない俺にも聞こえるほどの、フェブの安心しきった大音量の叫び声が、通路に響き渡った。
 ノマは、その声に「うわっ!」と悲鳴を上げると、反射的にインカムを耳から引き剥がし床に叩きつけ、ブーツの踵で踏み潰した。
「うるさ……こいつ……」
「……お前……」
「あっ……」
 気まずい沈黙が、俺たちの間に流れる。
 その時、俺のポケットで、スマートフォンが静かに震えた。バイブレーション。ルシアンからの着信だった。
 俺が通話ボタンを押すと、スピーカーの向こうから、笑いを必死でこらえている主人の声がした。
『……予備、あるよ。お前のポケットの中』
 ​俺は、言われた通りにベストのポケットを探る。そこには、密封された、予備のインカムが一つ入っていた。
 俺は、それを無言で、ノマに差し出した。
「……次は、壊すなよ」
「ハイ……すみません」
 彼は、心底申し訳なさそうな顔で、それを受け取った。


 ​敵が、この騒ぎに気づいて、通路の向こうから集まってくる気配がする。ノマは戦闘用のナイフを握り直し、その瞳に好戦的な光を宿していた。
 だが、彼の得物はそれだけだ。
「おい。使えるだろ」
 ​俺は腰のホルスターから予備の拳銃を引き抜くと、それをノマへと放り投げた。
 彼はそれを空中で見事に掴み、不敵な笑みを浮かべた。
「……ああ。助かる」
 その瞬間、俺たちは、救助者と被救助者から、ただの「戦友」になった。


――――――――――――
次話
『アドレナリン3 ああ、楽しい』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...