【マフィア×元軍人】 狂犬を躾けたら、ピカピカの可愛い「愛犬」になったでしょ?

あすぱら

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許婚1 紫水晶の瞳

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 俺は主人の書斎で、言われた通り、書類の要点をまとめていた。主人はソファに寝そべり、新しく手に入れたらしい携帯ゲーム機に夢中になっている。
 その子供じみた静寂が破られたのは唐突だった。
 ​コンコン、と、控えめなノックの音。
 入室を許可された使用人が青ざめた顔で主人に告げた。
「旦那様……。セラフィナ様が、お見えです。……アポイントメントは、無い、と、おっしゃっていますが……」
 ​その名を聞いた瞬間、ルシアンは、ピタリ、とゲームをする手を止めた。
「セラが?」
 その顔に浮かんだのは、純度百パーセントの、心底からの「面倒くさい」という感情だった。
「……はぁ。通せ」
 彼は吐き捨てるようにそう言った。
 ​やがて、書斎の重厚な扉が、静かに開かれる。
 そこに立っていたのは、俺が今まで、この屋敷で見たことのない種類の「力」を纏った、一人の女だった。
 プラチナブロンドの髪。紫水晶のような瞳。
 首元までを覆う、銀の刺繍のワンピース。非の打ち所のない、優雅な所作。その全てが、まるで作り物のように、完璧に整っている。
 そして、その、全てを値踏みするかのような、冷徹なまでに、知的な瞳。
 彼女は部屋の中を一瞥すると、その視線を、俺の上に、ほんの一瞬だけ、滑らせた。
 そして、ソファに座る俺の主人へと、その足を向ける。
「久しぶりね、ルカ」
 その声は、鈴が鳴るように美しく、しかしどこにも温度がなかった。
「ほんとに久々。なんの用事? アポ無しで来るのって失礼じゃない?」
 主人の声は、珍しく不機嫌だった。
「私は何度も申し込んだわ。全て断られてしまったから、こうして押しかけるしかなかったの」
 彼女はそんな主人の態度など全く意に介さず、その鋭い瞳を、再び、俺へと向けた。
「それで? 彼が噂の『婚約者』殿? あなた本家で、とんでもないことをしてくれたそうじゃない」
 その、あからさまな侮蔑の響き。
 どう反応すべきか。俺が思考を巡らせる前に、主人の腕が俺の肩を強く引き寄せた。
「そうだよ。俺の大事なリオン。可愛いでしょ?」
 ルシアンの、面白がるような、挑発的な声。
 女はその光景を鼻で笑った。
「別に、あなたの個人的な『趣味』に、口を出すつもりはないわ」
 彼女は、俺たちの関係を、ただの「趣味」だと言い切った。
「けれど、ルカ。忘れないで。私たちの結婚は『契約』よ。一族の未来がかかっている。その契約を履行する上で、不要な『スキャンダル』や『障害』は、私が、この手で、排除するから」
 その紫水晶の瞳が、もう一度、俺を鋭く射抜いた。
 俺がその、「排除すべき障害」だ、と。
 彼女は、それだけを言うと、優雅に一礼し、部屋を出て行った。
 嵐のような女だった。


 書斎には沈黙が残された。
 先ほどの女が放った「障害」という言葉の冷たい響き。
 やがて、沈黙を破ったのは俺だった。
「……誰だ? 今の女」
「んー? んー……」
 ルシアンはソファに深く座り直すと、少しだけ悩むように天井を仰いだ。そして、彼なりの言葉で、その関係を定義する。
「幼馴染かなあ? そんなに一緒に遊んだこともないけど。昔、嫁候補だったんだよね、俺の」
 嫁候補だった。過去形。
「……結婚が、『契約』だと、言っていたぞ」
「契約なんてしてないよ。親同士が勝手に決めた口約束みたいなもん。まあ俺も面倒くさかったから、そのまま放っといたのが悪いんだけど……」
 なるほど、許嫁というやつか。
 未だにそんなのが現実に存在しているのか。金持ちってのはすごいな。
 ルシアンは心底面倒くさそうに、ため息をついた。
「親父にちゃんと言っとくかー。セラも別に誰でもいいんだからさ。兄貴とでも結婚すりゃ良いのに」
 ​その無責任な物言いに、俺はふと疑問が沸いた。
「お前の好みは、大和撫子じゃなかったか?」
 ​以前、見合い写真を見ながら彼が言っていた言葉だ。
 今の女はプラチナブロンドだったが。
「そうだよ。あの女、好みのタイプでもないんだよね、まず」
 ​ルシアンはあっさりとうなずいた。
「俺の好みはねぇ」
 ​彼は、どこか面白がるような目で俺を見る。
「黒髪で、ちょっと癖っ毛で、サラサラの柔らかい髪でー」
 ​そう言いながら、彼の指が俺の髪を優しく梳いた。
「黒い目でー、お肌がきれいでー、ちょっと小柄でー」
 ​彼は俺の顔を両手で包み込むようにして、その金色の瞳で俺の瞳をまっすぐに覗き込んできた。
 そしてその指が、ゆっくりと俺の首筋を滑り降りていく。
 チョーカーの冷たい革の感触をなぞる。
 びくりと、俺の身体が勝手に跳ねた。その抗いがたい刺激に。
 ルシアンは、その俺の反応を見て心底満足げに、そして愛おしそうに微笑んだ。
「―――素直で、可愛い子!」
 ​その言葉と、俺の身体の正直な反応。
 黒髪。黒い目。小柄。そして、刺激に対して、「素直で可愛い」。
(……まさか)
(……俺か?)
 ​その絶望的な結論に俺がようやく気がついたのを、彼は楽しそうに見ている。
 俺は、その金色の瞳から、逃れるように顔を背けることしかできなかった。



■あとがき■
セラフィナはルシアンが嫌い。それでも家のためだと結婚は受け入れる気だったが、ルシアンが断りもなく本家で婚約者(男)をお披露目したため、セラフィナはキレている。ルシアン側からは特に弁明も何も連絡がない、問いただそうとアポを申し込んでも断られる。セラフィナはルシアンのそういうところが大嫌い。


読んでいただきありがとうございました!

※次回更新予定は12/29(月) 20:00 です。
社会人の皆さまはそろそろ仕事納めでしょうか?本年も大変お疲れ様でございました!
私の仕事納めですか?30日ですね!(血が出そう)
(まだ仕事が収まらない皆さまは一緒に生き残りましょうね!)


―――――次回予告―――――

動けないセラフィナを柱の影に押し込む。短く、命令した。
「ここにいろ。絶対に、動くな」
そして俺は二丁の拳銃を抜き放ち、追手の群れへと、振り返った。

第28話『許婚2 番犬の仕事』
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