【マフィア×元軍人】 狂犬を躾けたら、ピカピカの可愛い「愛犬」になったでしょ?

あすぱら

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許婚2 番犬の仕事

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 その日の「仕事」は、俺が最も避けたいと思っていたものだった。
 どういう話し合いでそうなったのか。
 セラフィナという、あの女の、一日の護衛任務。
「俺の犬を貸してあげるよ。世界で一番、優秀だから!」
 ルシアンはそう言って、俺を、まるで物のように、彼女へと「貸し与えた」のだ。



 ​会合場所となったのは、港湾地区にある、古い、しかし、警備だけは厳重なビルの一室だった。
 これも「仕事」だ。
 俺は、交渉を行う彼女の数歩後ろに、気配を殺して佇む。
 やがて、案の定、交渉は決裂した。相手側の男たちが、隠し持っていた銃を一斉にこちらへと向ける。
 罠だったのだ。
「こちらへ」
 俺は即座にセラフィナの腕を掴むと、あらかじめ確認しておいた非常階段へと走り出した。
 この人数相手にここでやり合うのは得策ではない。まずは、VIPである彼女を安全に脱出させるのが、最優先事項だ。
 だが数歩も行かないうちに、俺の計画は脆くも崩れ去った。
「きゃっ…!」
 短い悲鳴と共に、セラフィナがその場に崩れ落ちる。彼女が履いていたピンのように細いヒールの靴が、床のわずかな凹みに、無様に嵌っていた。
(こんな敵地に、そんな動きにくい靴を履いてくるからだ…!)
 俺は、喉元まで出かかった舌打ちを、必死に飲み込んだ。
 彼女は足首をひどく捻ったらしい。自力で立つこともままならないようだった。
 もはや脱出は不可能。
 俺は一瞬で思考を切り替えた。
 動けないセラフィナを柱の影に押し込む。短く命令した。
「ここにいろ。絶対に、動くな」
 そして俺は二丁の拳銃を抜き放ち、追手の群れへと、振り返った。
 目標は、「脱出」から「殲滅」へ。

 そこから先は、ただの、一方的な、殺戮だった。


 部屋を満たしていた硝煙の匂いが、薄れていく。
 俺は、床に転がる、呻き声を上げる男たちを一瞥する。脅威になるものはもういない。
 それを確認してから、俺は彼女が隠れている、柱の影へと歩み寄った。
「セラフィナ様。お怪我は?」
 そう声をかけると、彼女は、大きく見開かれた、紫水晶の瞳で、ただ、俺を、じっと見つめていた。
 その瞳に浮かんでいるのは、恐怖。
 俺のスーツには返り血が点々と付着している。
 俺という、血に濡れた怪物への、純粋な恐怖だった。
 その青ざめた頬に赤く付着した血に気がついて、俺は心臓が縮んだ。慌てて拭う。
 彼女はびくっと縮み上がった。
 彼女の肌は滑らかで、傷一つ付いてはいなかった。どうやら誰かの返り血のようだ。
 俺は心底ほっとした。
「よかった……」
 金持ちの女の顔に傷など残ったあかつきには、何が起こるのか。考えたくもない。
(……さて、どうするか)
 ​彼女の足元に視線を落とす。ひどく腫れ上がっていた。
 どうしようもない。
「……セラフィナ様。汚れた姿で申し訳ありませんが、他に方法がない。失礼します」
 俺はそう言うと、彼女の抵抗を待たずに、その身体を横抱きに抱え上げた。
 いわゆる、お姫様抱っこ、というやつだ。
「帰りましょう。セラフィナ様」
 俺は彼女を抱えたまま、死体が転がる部屋を歩き始めた。
(……面倒なことになった)
 俺の頭の中は、これから先の厄介事でいっぱいだった。
 任務はセラフィナの護衛。だが、その対象に、つまらない怪我をされてしまった。
 ルシアンになにを言われるか。どんな「お仕置き」が、待っているか。
 俺はこれから始まるだろう、主人の理不尽を思い、深いため息を心の中で飲み込んだ。



 ​リオンが運転する地味なセダンは、セラフィナの一族が所有する超高層マンションの、地下駐車場へと滑り込んだ。
 彼が車のドアを開け、助手席でまだ呆然としているセラフィナを、再び、優しく、しかし、力強く抱え上げる。
 彼女の私設警備員たちが慌てて駆け寄ってくるが、その血に濡れたリオンの、あまりにも静かな、しかし絶対的な威圧感の前に、誰一人として、声をかけることができない。
 ​リオンはペントハウスのリビングにある、巨大なソファの上に、そっとセラフィナの身体を横たえた。
「……っ、待ちなさい…」
 セラフィナが何かを言おうと、か細い声を上げる。
 だがリオンはその言葉を聞かずに、完璧な所作で、深々と一礼した。
「任務は完了しました。これにて、失礼いたします。セラフィナ様」
 その声は、冷たく、どこまでもプロフェッショナルな響きを持っていた。
 そして彼は一度も振り返ることなく部屋を後にし、夜の闇の中へと再び消えていった。
 ​残されたのは、セラフィナと、彼女の狼狽する部下たち、そして、部屋に微かに残る、硝煙と、血の臭いだけだった。



 ​その夜。セラフィナは自室のベッドで、眠れずにいた。
 侍女が手当てしてくれた足首の鈍い痛みが、むしろ、あの出来事を、鮮明に思い出させる。
 彼女の脳裏で、あの光景が、何度も、何度も、繰り返されていた。
 ​血に濡れながら、圧倒的な力で、屈強な男たちを、まるで玩具のように破壊していく、あの男の姿。
 そして、その同じ男が、自分を、ガラス細工でも扱うかのように、優しく抱え上げた、あの腕の感触。
 あの、暴力と、温かさ。
 「支配者の犬」だと。「ルシアンの新しいおもちゃ」だと。あんな男の下僕などに自ら成り下がった人間だと、心の底から侮蔑していた男。
 その、あまりにも強靱で、高潔で、そして、どこまでも忠実な魂の在り方。

 彼の指が触れた頬が、まだ熱い。



■あとがき■
敵を殲滅して部屋から出たら、セラフィナが連れていた護衛が軒並み殺されていたので、リオンはイライラしている。おかげで脱出経路にも気を使った。セラフィナの前なので舌打ちは我慢した。


読んでいただきありがとうございました!

※次回更新予定は12/31(水) 20:00 です。
ついに大晦日ですね…!(生きていれば)

※※※お正月休みスペシャル期間※※※
作者が年末年始休暇となるため、12/31(水)~1/3(土)までの期間、毎日 20:00投稿いたします!
4日間!短いですね…!働き方改革とは…?
よろしければお付き合いのほどお願いいたします!


―――――次回予告―――――

「でもさぁ」
彼は、俺の頬を、そっと撫でた。
その金色の瞳が楽しそうに細められる。
「失敗は、失敗だよねぇ」

第29話『許婚3 楽しいお仕置きタイム * 』
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