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許婚4 プレゼントアタック
しおりを挟むあの、血なまぐさい護衛任務の日から、数週間。
屋敷には、奇妙な、そして、ひどく居心地の悪い「日常」が生まれていた。
セラフィナが、週に二度、三度と、ルシアンとの「契約についての話し合い」という、馬鹿げた口実で、この屋敷を訪れるようになったのだ。
そして、その話し合いの間。彼女の、あの紫水晶のような瞳は、ルシアンではなく、常に、部屋の隅に控える俺の姿を探っていた。
それはまるで未知の生物を観察する、科学者のような、冷徹で、分析的な視線だった。
彼女は俺に直接は何も尋ねてこない。
その代わり、ルシアンとの会話の合間に、まるで何気ない世間話のように、俺に関する情報を巧みに引き出していくのだ。
「ルカ。あなたの、その護衛の方。本当に優秀なのね。どんな訓練を受けられたのかしら?」
「毎日、同じ時間に、あなたにコーヒーをお淹れするのね。豆に何か、こだわりでも、あるのかしら?」
そのたびに、ルシアンは、まるで、自慢の犬の性能を披露するかのように、上機嫌で、べらべらと喋り始める。
「こいつ? 元軍人だからね! 人殺しの訓練ならなんでも受けてるよ!」
「コーヒー? こいつに好みなんてないよ。俺が泥水を出したって、文句も言わずに飲むのが、こいつの『仕事』だから!」
俺はただ無表情を貫き、そのやりとりを聞いている。
自分のスペックが、目の前で開示され、値踏みされていく。それはこれまで経験してきたどんな尋問よりも、屈辱的な時間だった。
その夜、セラフィナが帰った後。
ルシアンはどこか面白そうに、俺に話しかけてきた。
「セラ、なんか急に、お前に興味出てきたみたいだね?」
「……俺はあの女の『障害』じゃなかったのか?」
「『スキャンダル』とも言ってたよ。でもセラ、俺にもあんな興味持ったことないんだけど! もしかして、仲良くなりたいんじゃない?」
「……なんでだ?」
「さあ? 分かんないけど。面白そう」
ルシアンはいつもの通り、この状況を心から楽しんでいるようだった。
だが俺の心は晴れなかった。
あの女は、俺を、調べている。
あの冷たい瞳の奥にある、本当の目的は、一体、何なのか。
その日。
ルシアンとのつまらない「会談」を終えた後。
セラフィナは、不意に、俺の前へと歩み寄った。
「リオンさん」
彼女は俺の前に立つと、一つの、重厚な木箱を差し出してきた。
「先日のあなたのお働きぶりには、感銘を受けました。これは専門家であるあなたにこそふさわしいかと思いまして。先日の護衛のお礼ですわ。どうかお受け取りになって」
なんだ。何が目的だ?
俺はその予期せぬ申し出に、戸惑った。
思わず隣に立つ主人の顔色をうかがう。
「……お気持ちだけで。頂くわけには、いきません」
「受け取ってくださらない? ルカ。あなたの『婚約者』様は、私の、ささやかな感謝の気持ちすら、受け取れないように、申し付けられているのかしら?」
セラフィナのあまりにも完璧な切り返し。
ルシアンはその言葉に声を上げて笑った。
「あはは! 厳しいねぇセラは。 いいよ、リオン。もらってあげなよ。セラがどうしてもって言うんだからさ」
主人からの、許可という名の、命令。
俺は逆らうことができず、その箱を受け取るしかなかった。
ルシアンはさらに楽しそうに続ける。
「なに? なにが入ってんの? 開けてみてよ」
深いため息を心の中でつくと、その木箱の、精巧な留め金を外した。
「へえ? なにこれ?」
中に入っていたのは、絹の布に包まれた、一冊の、ひどく古い本だった。
「希少な、兵法書の初版本ですわ」
セラフィナはどこか誇らしげに言った。
兵法書の、初版?
なぜそれを、俺に。
セラフィナは自信に満ちた、期待の眼差しで、俺を見ている。
「ふーん……」
対して、ルシアンは何か不機嫌そうに、じっと俺の手の中の木箱を見つめている。
どうしろと。
(いらねぇ……)
(面倒くせぇ……)
こんな高価で、小難しい本より。
もうずっと食べていない、安物のカップラーメンでも貰えたほうが、よほど嬉しかった。
あるいは2号のための新しい餌とか。
俺はそのどうしようもない本音を、完璧な無表情の下に隠し、礼儀として、教え込まれた通りの言葉を口にした。
「……貴重なものを、ありがとうございます」
あまりにも感情のこもっていない俺の返答。
セラフィナの自信に満ちた顔が、ほんの少しだけ曇った。
そしてルシアンは、どこか満足げな、安堵のため息を漏らしていた。
俺はただ、その重たいだけの、面倒な本を手に持ったまま。
不意に思い出してしまったジャンクフードの味に、どうしようもない空腹を感じていた。
■あとがき■
リオンは賢そうに見えて案外脳筋。
読んでいただきありがとうございました!
それから、あけましておめでとうございます!!!
お正月は楽しいですね!何より会社が休みってのが素晴らしい!
※次回更新予定は1/2(金) 20:00 です。
皆さまは初詣に行かれたでしょうか? 作者は年末めちゃめちゃ厄を感じたので、厄落としに行こうかな…
―――――次回予告―――――
しん、と、部屋の空気が凍りついた。
ルシアンの顔から、すっと、全ての笑みが消え失せた。
セラフィナは、その反応を意にも介さず、静かに、言葉を続ける。
第31話『許婚5 天秤』
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