【マフィア×元軍人】 狂犬を躾けたら、ピカピカの可愛い「愛犬」になったでしょ?

あすぱら

文字の大きさ
33 / 57

許婚4 プレゼントアタック

しおりを挟む

 あの、血なまぐさい護衛任務の日から、数週間。
 屋敷には、奇妙な、そして、ひどく居心地の悪い「日常」が生まれていた。

 セラフィナが、週に二度、三度と、ルシアンとの「契約についての話し合い」という、馬鹿げた口実で、この屋敷を訪れるようになったのだ。
 そして、その話し合いの間。彼女の、あの紫水晶のような瞳は、ルシアンではなく、常に、部屋の隅に控える俺の姿を探っていた。
 それはまるで未知の生物を観察する、科学者のような、冷徹で、分析的な視線だった。

 ​彼女は俺に直接は何も尋ねてこない。
 その代わり、ルシアンとの会話の合間に、まるで何気ない世間話のように、俺に関する情報を巧みに引き出していくのだ。
「ルカ。あなたの、その護衛の方。本当に優秀なのね。どんな訓練を受けられたのかしら?」
「毎日、同じ時間に、あなたにコーヒーをお淹れするのね。豆に何か、こだわりでも、あるのかしら?」
 そのたびに、ルシアンは、まるで、自慢の犬の性能を披露するかのように、上機嫌で、べらべらと喋り始める。
「こいつ? 元軍人だからね! 人殺しの訓練ならなんでも受けてるよ!」
「コーヒー? こいつに好みなんてないよ。俺が泥水を出したって、文句も言わずに飲むのが、こいつの『仕事』だから!」
 ​俺はただ無表情を貫き、そのやりとりを聞いている。
 自分のスペックが、目の前で開示され、値踏みされていく。それはこれまで経験してきたどんな尋問よりも、屈辱的な時間だった。

 その夜、セラフィナが帰った後。
 ルシアンはどこか面白そうに、俺に話しかけてきた。
「セラ、なんか急に、お前に興味出てきたみたいだね?」
「……俺はあの女の『障害』じゃなかったのか?」
「『スキャンダル』とも言ってたよ。でもセラ、俺にもあんな興味持ったことないんだけど! もしかして、仲良くなりたいんじゃない?」
「……なんでだ?」
「さあ? 分かんないけど。面白そう」
 ルシアンはいつもの通り、この状況を心から楽しんでいるようだった。
 だが俺の心は晴れなかった。
 あの女は、俺を、調べている。
 あの冷たい瞳の奥にある、本当の目的は、一体、何なのか。



 その日。
 ルシアンとのつまらない「会談」を終えた後。
 セラフィナは、不意に、俺の前へと歩み寄った。
「リオンさん」
 彼女は俺の前に立つと、一つの、重厚な木箱を差し出してきた。
「先日のあなたのお働きぶりには、感銘を受けました。これは専門家であるあなたにこそふさわしいかと思いまして。先日の護衛のお礼ですわ。どうかお受け取りになって」
 なんだ。何が目的だ?
 俺はその予期せぬ申し出に、戸惑った。
 思わず隣に立つ主人の顔色をうかがう。
「……お気持ちだけで。頂くわけには、いきません」
「受け取ってくださらない? ルカ。あなたの『婚約者』様は、私の、ささやかな感謝の気持ちすら、受け取れないように、申し付けられているのかしら?」
 セラフィナのあまりにも完璧な切り返し。
 ルシアンはその言葉に声を上げて笑った。
「あはは! 厳しいねぇセラは。 いいよ、リオン。もらってあげなよ。セラがどうしてもって言うんだからさ」
 主人からの、許可という名の、命令。
 俺は逆らうことができず、その箱を受け取るしかなかった。
 ルシアンはさらに楽しそうに続ける。
「なに? なにが入ってんの? 開けてみてよ」
 深いため息を心の中でつくと、その木箱の、精巧な留め金を外した。
「へえ? なにこれ?」
 中に入っていたのは、絹の布に包まれた、一冊の、ひどく古い本だった。
「希少な、兵法書の初版本ですわ」
 セラフィナはどこか誇らしげに言った。
 兵法書の、初版?
 なぜそれを、俺に。
 セラフィナは自信に満ちた、期待の眼差しで、俺を見ている。
「ふーん……」
 対して、ルシアンは何か不機嫌そうに、じっと俺の手の中の木箱を見つめている。
 どうしろと。
(いらねぇ……)
(面倒くせぇ……)
 こんな高価で、小難しい本より。
 もうずっと食べていない、安物のカップラーメンでも貰えたほうが、よほど嬉しかった。
 あるいは2号のための新しい餌とか。
 俺はそのどうしようもない本音を、完璧な無表情の下に隠し、礼儀として、教え込まれた通りの言葉を口にした。
「……貴重なものを、ありがとうございます」
 あまりにも感情のこもっていない俺の返答。
 セラフィナの自信に満ちた顔が、ほんの少しだけ曇った。
 そしてルシアンは、どこか満足げな、安堵のため息を漏らしていた。
 俺はただ、その重たいだけの、面倒な本を手に持ったまま。
 不意に思い出してしまったジャンクフードの味に、どうしようもない空腹を感じていた。



■あとがき■
リオンは賢そうに見えて案外脳筋。


読んでいただきありがとうございました!
それから、あけましておめでとうございます!!!
お正月は楽しいですね!何より会社が休みってのが素晴らしい!

※次回更新予定は1/2(金) 20:00 です。
皆さまは初詣に行かれたでしょうか? 作者は年末めちゃめちゃ厄を感じたので、厄落としに行こうかな…



―――――次回予告―――――

しん、と、部屋の空気が凍りついた。
ルシアンの顔から、すっと、全ての笑みが消え失せた。
セラフィナは、その反応を意にも介さず、静かに、言葉を続ける。

第31話『許婚5 天秤』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...