【マフィア×元軍人】 狂犬を躾けたら、ピカピカの可愛い「愛犬」になったでしょ?

あすぱら

文字の大きさ
40 / 57

くしゃみ

しおりを挟む

 ​俺は気まぐれに、もう何年も使っていない古い書庫の探検を、リオンに提案した。
「ねぇリオン、ここ、探検してみよ! 面白いお宝が眠ってるかもしれないじゃん!」
 リオンは否とも応とも言わないけれど。
 俺たちは二人で、その薄暗い部屋へと、足を踏み入れた。
「わあー! すげぇ! めちゃくちゃホコリっぽいな!」
 はしゃぐ俺にリオンのため息が聞こえた気がした。
 リオンはどこからか、雑巾とはたきを持ってきていた。
「はい」
 自分の分を持って、俺にも手渡してくる。
「なに?」
「? 掃除するんだろ?」
 俺は探検すると言ったのであって、掃除するとは一言も言っていないけど。
 当たり前のような真面目さに笑う。
 リオンは黙々と本の埃を払っている。
 一人でならこんな作業は絶対にしないが。リオンと一緒なら何をしても楽しい。
 しばらくしてあいつが、一番高い棚の一番奥にある、分厚い本を取ろうとした。
 彼は背伸びをして、その腕をまっすぐに伸ばす。シャツの裾がめくれて、引き締まった腰の、白い肌が、ちらりと見えた。
 だがその指先は、あと数センチ、本には届かない。
(可愛い)
 彼はそれを確認するとあっさりと諦めた。そして、こちらを振り返る。
「おい。あれ、とってくれ。届くだろ、お前」
 ​あまりにも当然のような、お願い。
 俺は、主人を便利な道具のように使う、その不遜な態度が、面白くて仕方がなかった。
 俺は言われた通り、その埃まみれの本を手に取ってやる。そしてわざと、その場で、派手に叩いてみせた。
 ぶわっ、と、大量の埃が、宙に舞い上がる。
 窓から差し込む午後の光の筋の中で、無数の粒子がダイヤモンドダストのように、キラキラと輝いた。
​「うわ、見てリオン! キラキラしてて、すげー綺麗!」
 俺がそう言って笑うと、埃を頭から被ったあいつは、軽蔑しきった目で、俺を見上げていた。
(ああ、その目。最高)
 ​その時だった。
 あいつの動きが、ほんのわずかに、止まった。
 そして、その鼻が、ぴく、と、小さく、ひきつるのが見えた。
(お?)
 俺は、面白いものを見つけたとばかりに、その様子を、じっと、見守った。
 あいつは必死に何かをこらえているようだったが、やがてその身体が、びくり、と、小さく、跳ねた。
​「……っ、くしゅんっ!」
 ​静まり返った書庫に響いたのは、この最強の兵士の身体から発せられたとは思えないほど小さく、そしてどこか猫のような、可愛らしい音だった。
 俺はもうこらえきれなかった。
「あはははは! なに、今の! お前のくしゃみ、超可愛い!」
 腹を抱えて笑う俺に、あいつは心の底から、呆れ果てた目を向けた。
 その、あまりにも冷めた、達観したような、俺への呆れの表情。
 それが俺には、たまらなく、愛おしくて。
「掃除しねぇなら止めるぞ」
「ごめんごめん」
 今日の「探検」は、最高の「お宝」が、見つかった。





 どうして今日始まったのかは分からないが、俺たちの「大掃除」は続いていた。
 俺は書棚の下段にある本を、一冊ずつ、丁寧に拭いていく。
 一方主人は、高い棚の上から見つけ出してきた古いアルバムを、楽しそうにぱらぱらとめくっていた。
「うわ、俺の爺さん、めっちゃブサイクじゃない?」
「あ、これ親父だ。わっかー」
 あまりにも不敬な独り言が、静かな書庫に響いている。そんな主人を横目で見ながら、俺は作業を続けていた。
 その時だった。
 主人のアルバムをめくる手がぴたりと止まった。その顔が、何かむずがゆいのをこらえるように、くしゃりと歪む。
(……?)
 俺がいぶかしんで、その様子を見ていると。
「へっ……、へっ……、はっくしょんっ!!」
 ​静まり返った部屋に、彼のあまりにも盛大で、そしてどこか間の抜けた大きなくしゃみが響き渡った。
 舞い上がった埃にやられたらしい。
 俺は、一瞬、完全に、固まってしまった。
 絶対的な支配者。冷徹な組織のボス。俺を、犬として、支配する、サディスティックな主人。
 その男が、いま俺の目の前で、涙目になって、鼻をぐずぐずとさせている。
 彼は潤んだ金色の瞳でこちらを振り返ると、まるで母親にでも甘えるかのように、情けない声で言ったのだ。
「リオンー、ティッシュ取ってー」
 その、あまりにも無防備で、子供じみた姿。
(……なんだ、こいつ)
 俺の、乾き切っていた、心の奥底で。
 ぽつり、と、今まで、感じたこともないような、奇妙な感情が、芽生えた。
(……可愛いな)
 俺は自分のそのあまりにも場違いな思考に、ぞっとした。
 何を考えているんだ、俺は。コイツを、可愛い? 
 ついに頭がおかしくなったのか。
 その動揺を無表情の下に隠し、俺は言われた通り、ティッシュの箱を取りに立ち上がった。
 それを主人に無言で差し出す。
「ん? なに、リオン。変な顔して」
 ルシアンが不思議そうに、俺の顔を覗き込んでくる。
「……別に」
 俺は、それだけを言うと、その金色の瞳から顔を背けた。
 俺の内心の葛藤など、主人は知る由もない。
 彼は俺からティッシュを受け取ると豪快に鼻をかみ、そしてまた何事もなかったかのように、アルバムへとその視線を戻した。
 俺は自分の胸の中でまだ小さく燻っている、この新しくて厄介な感情から気をそらすために、黙々と本を拭く作業へと戻った。



■あとがき■
リオンのくしゃみが小さいのは、不要な音を立てないよう軍事訓練を受けたから。基本的にリオンは静か。ルシアンは気にしないのでうるさい。


読んでいただきありがとうございました!

※次回更新予定は1/9(金) 20:00 です。
皆さまは自分へのお年玉は何か買いましたでしょうか? 作者は、メガネ新調しようかな!

―――――次回予告―――――

その瞳にはもう、いつものような反抗的な光はない。ただ熱に浮かされた、甘い色がとろりと浮かんでいるだけ。

第38話『酒 * 』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...