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くしゃみ
しおりを挟む俺は気まぐれに、もう何年も使っていない古い書庫の探検を、リオンに提案した。
「ねぇリオン、ここ、探検してみよ! 面白いお宝が眠ってるかもしれないじゃん!」
リオンは否とも応とも言わないけれど。
俺たちは二人で、その薄暗い部屋へと、足を踏み入れた。
「わあー! すげぇ! めちゃくちゃホコリっぽいな!」
はしゃぐ俺にリオンのため息が聞こえた気がした。
リオンはどこからか、雑巾とはたきを持ってきていた。
「はい」
自分の分を持って、俺にも手渡してくる。
「なに?」
「? 掃除するんだろ?」
俺は探検すると言ったのであって、掃除するとは一言も言っていないけど。
当たり前のような真面目さに笑う。
リオンは黙々と本の埃を払っている。
一人でならこんな作業は絶対にしないが。リオンと一緒なら何をしても楽しい。
しばらくしてあいつが、一番高い棚の一番奥にある、分厚い本を取ろうとした。
彼は背伸びをして、その腕をまっすぐに伸ばす。シャツの裾がめくれて、引き締まった腰の、白い肌が、ちらりと見えた。
だがその指先は、あと数センチ、本には届かない。
(可愛い)
彼はそれを確認するとあっさりと諦めた。そして、こちらを振り返る。
「おい。あれ、とってくれ。届くだろ、お前」
あまりにも当然のような、お願い。
俺は、主人を便利な道具のように使う、その不遜な態度が、面白くて仕方がなかった。
俺は言われた通り、その埃まみれの本を手に取ってやる。そしてわざと、その場で、派手に叩いてみせた。
ぶわっ、と、大量の埃が、宙に舞い上がる。
窓から差し込む午後の光の筋の中で、無数の粒子がダイヤモンドダストのように、キラキラと輝いた。
「うわ、見てリオン! キラキラしてて、すげー綺麗!」
俺がそう言って笑うと、埃を頭から被ったあいつは、軽蔑しきった目で、俺を見上げていた。
(ああ、その目。最高)
その時だった。
あいつの動きが、ほんのわずかに、止まった。
そして、その鼻が、ぴく、と、小さく、ひきつるのが見えた。
(お?)
俺は、面白いものを見つけたとばかりに、その様子を、じっと、見守った。
あいつは必死に何かをこらえているようだったが、やがてその身体が、びくり、と、小さく、跳ねた。
「……っ、くしゅんっ!」
静まり返った書庫に響いたのは、この最強の兵士の身体から発せられたとは思えないほど小さく、そしてどこか猫のような、可愛らしい音だった。
俺はもうこらえきれなかった。
「あはははは! なに、今の! お前のくしゃみ、超可愛い!」
腹を抱えて笑う俺に、あいつは心の底から、呆れ果てた目を向けた。
その、あまりにも冷めた、達観したような、俺への呆れの表情。
それが俺には、たまらなく、愛おしくて。
「掃除しねぇなら止めるぞ」
「ごめんごめん」
今日の「探検」は、最高の「お宝」が、見つかった。
どうして今日始まったのかは分からないが、俺たちの「大掃除」は続いていた。
俺は書棚の下段にある本を、一冊ずつ、丁寧に拭いていく。
一方主人は、高い棚の上から見つけ出してきた古いアルバムを、楽しそうにぱらぱらとめくっていた。
「うわ、俺の爺さん、めっちゃブサイクじゃない?」
「あ、これ親父だ。わっかー」
あまりにも不敬な独り言が、静かな書庫に響いている。そんな主人を横目で見ながら、俺は作業を続けていた。
その時だった。
主人のアルバムをめくる手がぴたりと止まった。その顔が、何かむずがゆいのをこらえるように、くしゃりと歪む。
(……?)
俺がいぶかしんで、その様子を見ていると。
「へっ……、へっ……、はっくしょんっ!!」
静まり返った部屋に、彼のあまりにも盛大で、そしてどこか間の抜けた大きなくしゃみが響き渡った。
舞い上がった埃にやられたらしい。
俺は、一瞬、完全に、固まってしまった。
絶対的な支配者。冷徹な組織のボス。俺を、犬として、支配する、サディスティックな主人。
その男が、いま俺の目の前で、涙目になって、鼻をぐずぐずとさせている。
彼は潤んだ金色の瞳でこちらを振り返ると、まるで母親にでも甘えるかのように、情けない声で言ったのだ。
「リオンー、ティッシュ取ってー」
その、あまりにも無防備で、子供じみた姿。
(……なんだ、こいつ)
俺の、乾き切っていた、心の奥底で。
ぽつり、と、今まで、感じたこともないような、奇妙な感情が、芽生えた。
(……可愛いな)
俺は自分のそのあまりにも場違いな思考に、ぞっとした。
何を考えているんだ、俺は。コイツを、可愛い?
ついに頭がおかしくなったのか。
その動揺を無表情の下に隠し、俺は言われた通り、ティッシュの箱を取りに立ち上がった。
それを主人に無言で差し出す。
「ん? なに、リオン。変な顔して」
ルシアンが不思議そうに、俺の顔を覗き込んでくる。
「……別に」
俺は、それだけを言うと、その金色の瞳から顔を背けた。
俺の内心の葛藤など、主人は知る由もない。
彼は俺からティッシュを受け取ると豪快に鼻をかみ、そしてまた何事もなかったかのように、アルバムへとその視線を戻した。
俺は自分の胸の中でまだ小さく燻っている、この新しくて厄介な感情から気をそらすために、黙々と本を拭く作業へと戻った。
■あとがき■
リオンのくしゃみが小さいのは、不要な音を立てないよう軍事訓練を受けたから。基本的にリオンは静か。ルシアンは気にしないのでうるさい。
読んでいただきありがとうございました!
※次回更新予定は1/9(金) 20:00 です。
皆さまは自分へのお年玉は何か買いましたでしょうか? 作者は、メガネ新調しようかな!
―――――次回予告―――――
その瞳にはもう、いつものような反抗的な光はない。ただ熱に浮かされた、甘い色がとろりと浮かんでいるだけ。
第38話『酒 * 』
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