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真美ちゃんの話
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あの女子トイレの件があってから、私と清水さん、そして真美ちゃんは、本当に一緒に過ごすようになった。休み時間には三人のうちの誰かの席に集まって話すし、理科の実験や体育の授業で移動する時も、並んで歩く。帰る時だって一緒だ。
「清水さん、いつも本読んでるけど、小説?」
学校からの帰り道、私と話していた真美ちゃんが、清水さんへ話を振った。清水さんがハッとした様子で、うん、と答えると、真美ちゃんは目を楽しげに細めた。
「私、お母さんに『マンガばっかりじゃなくて、小説とかも読みなさい』ってよく言われるんだけど、何かおすすめの本とかある?」
清水さんは、えーっと、と眉を八の字に歪めた。
「最近読んで面白かった本でいいよ。清水さんがオススメしてくれるんなら、私、読んでみるよ」
真美ちゃんが言うと、やっと清水さんは一つ、本のタイトルを口にした。
「あ、それ聞いたことある! 面白いんだね。清水さん持ってるやつだったら、貸してくれない?」
清水さんは、うん、いいよ、と頬をぎこちなく持ち上げて答えた。
清水さんと真美ちゃんの会話は、いつもこんな風だ。しゃべるのは真美ちゃんばかりで、清水さんはそれに応じているだけ。私と二人だけの時、清水さんは意外なほど話すのに、真美ちゃんがいると途端に口数が少なくなる。たぶん、真美ちゃんと話すことに慣れていないんだ。慣れていないと、上手く言葉が出てこないし、表情も強ばってしまうんだろう。相手が自分をどう思っているのか分からないなら、なおさらだ。
私も、真美ちゃんが清水さんに対してどんな気持ちで接しているのか、よく分からなかった。真美ちゃんがいい子だということは知っているし、この間、言っていたこと――リッキーも清水さんも好きだと言った、あの言葉も、本心からだというのは分かっている。それでも、今だって私は忘れてはいない。彼女が清水さんに対して口にしたひどい言葉を。そもそも、ついこの間まで、真美ちゃんの清水さんへの態度はよそよそしかった。それがどうしてか、三学期が始まって、リッキーと清水さんのうわさが広まったあの日から、ちょっと不自然に見えるくらい真美ちゃんは清水さんに優しくなった。
「真美ちゃん」
清水さんと別れて真美ちゃんと二人になると、私は思い切って尋ねてみた。
「あの、なんか最近、やけに清水さんに優しいよね?」
それまでニコニコしていた真美ちゃんの口角が、急に下がった。真美ちゃんは、そっと下を向くと、急にってわけじゃないよ、と言った。
「私、もともと清水さんのこと……あんな風に思ってるつもり、なかったんだ」
あんな風? と私が聞くと、真美ちゃんはさらに深く下を向き、「男子からいろいろ言われるの分かるとか言ってた、あれ」と言った。
「そういう風に思ってるなんて、自分でも全然気づいてなかったけど、でも、宮崎くんにフラれて、その後すぐに宮崎くんと清水さんが仲良くしてるの見たら、そういう気持ちが湧いてきたんだ。たぶん、それまでも心のどこかには、そういうの、あったんだと思う。私は気づかないうちに、清水さんのこと、何て言うか、軽く見てたんだよ。あの件で、そのことに気づいて、ちょっと清水さんに悪い気がして、なんか上手く話したりもできなくなっちゃって」
真美ちゃんの話を聞くと、頭の中で噛み合っていなかったもの同士が、きれいにはまっていくような感覚になった。宮崎くんとの件の後、真美ちゃんが清水さんに対して冷たく見えていたのは、後ろめたさから気まずくなっていただけだったのだ。私は、同じように宮崎くんと仲良くしている自分には普通に接してくれるのに、なんで清水さんにだけ素っ気ないんだろうと思っていたけど、そういうことじゃなかったんだ。
真美ちゃんは、少し顔を上げて、続けた。
「私ね、わけも分からず突然宮崎くんにフラれて、悲しいし納得いかないしで、誰かのせいにしたくなっちゃったんだと思う。八つ当たりみたいなものだったんだよ、今から思えばね。でも、あの時は全然そんな風に考えられなくて、清水さんは宮崎くんのこと好きなんだって、それで私から取っちゃったんだって、本気で思ってた。だからイライラして、それまで表には出てきてなかった気持ちが、出てきちゃったんだと思う。でも、リッキーの言ってたいろんなことで、やっと、なんか目が覚めたっていうか、いろんなことをちゃんと見れるようになったんだよ。普通に考えたら、清水さんがそんなことするはずないんだって、分かった。リッキーは謝ってくれたけど、でも、リッキーの言ったことはみんな正しかったんだと思う」
それとね、と真美ちゃんは言いにくそうに声を低くした。
「リッキーと清水さんのうわさ、出どころは、私が最近仲良くしてた子たちなんだ」
急に話が変わって、ドキリと心臓が飛び上がった。こぼれ落ちるんじゃないかと思うほど目を見開いているのが、自分で分かった。
「何、それ? 真美ちゃん、あのうわさ流した人、知ってるの?」
うん、と真美ちゃんは細い声で答えた。
「大晦日にね、リッキーと清水さんが二人でいるの見た子たちがいて、面白いからってこっそりついてったんだって。あんまり会話は聞こえなかったみたいなんだけど、最後にリッキーが『付き合ったりしないけど、今まで通り仲良くしような』って言ったのだけ分かったみたいで、それを私たちが使ってるグループLINEに流したの」
「最っ低」
ありったけの嫌悪を込めて言った。真美ちゃんは、そうだよねと口にして、続けた。
「私、そういうのやめなよっ言いたかったんだけど、でも、あの子たち、なんか気に入らないことあると容赦ないからさ、ちょっと怖くなっちゃって……」
ごめんね、と言って、真美ちゃんは視線を下げた。だからね、私、余計にリッキーと清水さんに悪い気がして。それに、清水さんのためだけじゃなく、あの子たちと離れたいなっていうのもあって、かなちゃんと清水さんのところに入れてもらってるの。
真美ちゃんのうつむけた顔は、気まずそうにひきつっていた。私はなるべく明るい声を出そうと努めて言った。
「最低って、真美ちゃんのこと、言ってないからね。他の子たちのこと。真美ちゃんとは学校で一緒にいられて嬉しいよ」
真美ちゃんが、私の方へ顔を向ける。目が合うと、にっこり笑って、ありがとう、と言ってくれた。
「清水さん、いつも本読んでるけど、小説?」
学校からの帰り道、私と話していた真美ちゃんが、清水さんへ話を振った。清水さんがハッとした様子で、うん、と答えると、真美ちゃんは目を楽しげに細めた。
「私、お母さんに『マンガばっかりじゃなくて、小説とかも読みなさい』ってよく言われるんだけど、何かおすすめの本とかある?」
清水さんは、えーっと、と眉を八の字に歪めた。
「最近読んで面白かった本でいいよ。清水さんがオススメしてくれるんなら、私、読んでみるよ」
真美ちゃんが言うと、やっと清水さんは一つ、本のタイトルを口にした。
「あ、それ聞いたことある! 面白いんだね。清水さん持ってるやつだったら、貸してくれない?」
清水さんは、うん、いいよ、と頬をぎこちなく持ち上げて答えた。
清水さんと真美ちゃんの会話は、いつもこんな風だ。しゃべるのは真美ちゃんばかりで、清水さんはそれに応じているだけ。私と二人だけの時、清水さんは意外なほど話すのに、真美ちゃんがいると途端に口数が少なくなる。たぶん、真美ちゃんと話すことに慣れていないんだ。慣れていないと、上手く言葉が出てこないし、表情も強ばってしまうんだろう。相手が自分をどう思っているのか分からないなら、なおさらだ。
私も、真美ちゃんが清水さんに対してどんな気持ちで接しているのか、よく分からなかった。真美ちゃんがいい子だということは知っているし、この間、言っていたこと――リッキーも清水さんも好きだと言った、あの言葉も、本心からだというのは分かっている。それでも、今だって私は忘れてはいない。彼女が清水さんに対して口にしたひどい言葉を。そもそも、ついこの間まで、真美ちゃんの清水さんへの態度はよそよそしかった。それがどうしてか、三学期が始まって、リッキーと清水さんのうわさが広まったあの日から、ちょっと不自然に見えるくらい真美ちゃんは清水さんに優しくなった。
「真美ちゃん」
清水さんと別れて真美ちゃんと二人になると、私は思い切って尋ねてみた。
「あの、なんか最近、やけに清水さんに優しいよね?」
それまでニコニコしていた真美ちゃんの口角が、急に下がった。真美ちゃんは、そっと下を向くと、急にってわけじゃないよ、と言った。
「私、もともと清水さんのこと……あんな風に思ってるつもり、なかったんだ」
あんな風? と私が聞くと、真美ちゃんはさらに深く下を向き、「男子からいろいろ言われるの分かるとか言ってた、あれ」と言った。
「そういう風に思ってるなんて、自分でも全然気づいてなかったけど、でも、宮崎くんにフラれて、その後すぐに宮崎くんと清水さんが仲良くしてるの見たら、そういう気持ちが湧いてきたんだ。たぶん、それまでも心のどこかには、そういうの、あったんだと思う。私は気づかないうちに、清水さんのこと、何て言うか、軽く見てたんだよ。あの件で、そのことに気づいて、ちょっと清水さんに悪い気がして、なんか上手く話したりもできなくなっちゃって」
真美ちゃんの話を聞くと、頭の中で噛み合っていなかったもの同士が、きれいにはまっていくような感覚になった。宮崎くんとの件の後、真美ちゃんが清水さんに対して冷たく見えていたのは、後ろめたさから気まずくなっていただけだったのだ。私は、同じように宮崎くんと仲良くしている自分には普通に接してくれるのに、なんで清水さんにだけ素っ気ないんだろうと思っていたけど、そういうことじゃなかったんだ。
真美ちゃんは、少し顔を上げて、続けた。
「私ね、わけも分からず突然宮崎くんにフラれて、悲しいし納得いかないしで、誰かのせいにしたくなっちゃったんだと思う。八つ当たりみたいなものだったんだよ、今から思えばね。でも、あの時は全然そんな風に考えられなくて、清水さんは宮崎くんのこと好きなんだって、それで私から取っちゃったんだって、本気で思ってた。だからイライラして、それまで表には出てきてなかった気持ちが、出てきちゃったんだと思う。でも、リッキーの言ってたいろんなことで、やっと、なんか目が覚めたっていうか、いろんなことをちゃんと見れるようになったんだよ。普通に考えたら、清水さんがそんなことするはずないんだって、分かった。リッキーは謝ってくれたけど、でも、リッキーの言ったことはみんな正しかったんだと思う」
それとね、と真美ちゃんは言いにくそうに声を低くした。
「リッキーと清水さんのうわさ、出どころは、私が最近仲良くしてた子たちなんだ」
急に話が変わって、ドキリと心臓が飛び上がった。こぼれ落ちるんじゃないかと思うほど目を見開いているのが、自分で分かった。
「何、それ? 真美ちゃん、あのうわさ流した人、知ってるの?」
うん、と真美ちゃんは細い声で答えた。
「大晦日にね、リッキーと清水さんが二人でいるの見た子たちがいて、面白いからってこっそりついてったんだって。あんまり会話は聞こえなかったみたいなんだけど、最後にリッキーが『付き合ったりしないけど、今まで通り仲良くしような』って言ったのだけ分かったみたいで、それを私たちが使ってるグループLINEに流したの」
「最っ低」
ありったけの嫌悪を込めて言った。真美ちゃんは、そうだよねと口にして、続けた。
「私、そういうのやめなよっ言いたかったんだけど、でも、あの子たち、なんか気に入らないことあると容赦ないからさ、ちょっと怖くなっちゃって……」
ごめんね、と言って、真美ちゃんは視線を下げた。だからね、私、余計にリッキーと清水さんに悪い気がして。それに、清水さんのためだけじゃなく、あの子たちと離れたいなっていうのもあって、かなちゃんと清水さんのところに入れてもらってるの。
真美ちゃんのうつむけた顔は、気まずそうにひきつっていた。私はなるべく明るい声を出そうと努めて言った。
「最低って、真美ちゃんのこと、言ってないからね。他の子たちのこと。真美ちゃんとは学校で一緒にいられて嬉しいよ」
真美ちゃんが、私の方へ顔を向ける。目が合うと、にっこり笑って、ありがとう、と言ってくれた。
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