竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ

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第二十話

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 城の北翼、人跡未踏の入り口に立つ。
 重厚な鉄の扉は、二十年の歳月を経て完全に錆びつき、巨大な茨の蔓が鎖のように巻き付いていた。
 エリアンは持参した剪定バサミを構えたが、その前に横から太い腕が伸びる。

「どいていろ」

 ヴァレリウスがその剛腕で、茨を力任せに引きちぎった。
 バキバキと、乾いた植物が悲鳴を上げる。
 彼の指先から漏れ出る魔熱が、茨の断面を瞬時に焼き切り、扉の錆すらも熱で爆ぜさせた。
 ギギギ、と重い音を立てて扉が開く。

 鼻を突いたのは、濃厚な湿気と、焦げた石が混ざり合ったような、独特の「古い温室」の匂いだ。

「うわあ……。すごい、ジャングルみたいです」

 エリアンは瞳を輝かせた。
 温室の内部は、天井の強化ガラスから降り注ぐ太陽光と、地下を通る地熱によって、独自の進化を遂げた植物たちが所狭しと生い茂っていた。
 足元には、見たこともないほど巨大なシダが広がり、天井からはカーテンのように青い蔦が垂れ下がっている。

「ひ、ひええ……。ここ、魔力の濃度が高すぎて、空気がピリピリします」

 後ろから付いてきたカイルが、ガクガクと膝を震わせながらエリアンの服の裾を掴んだ。
 確かに、ここは火山の心臓部に最も近い場所だ。
 ヴァレリウスの黄金の瞳が、薄暗い緑の深淵を鋭く見据える。

「……変わらんな。母が死んでから、ここは時が止まっている」

 ヴァレリウスの言葉に、エリアンは足を止めた。
 彼が懐かしむような、それでいてどこか遠いものを見るような表情をしたのを、初めて見た気がした。

「陛下の、お母様の場所だったのですか?」
「ああ。……先代の皇后、オルテシアは、この地で唯一、植物を愛でる心の余裕を持った女だった。竜の呪いに焼かれる父に寄り添いながら、この場所だけは守り続けていた」

 ヴァレリウスは、無造作に生い茂る蔦を、手で払い除けながら奥へと進む。
 彼が歩いた後の地面は、その熱によって湿気が蒸発し、白い湯気が立ち上った。
 温室の最奥。
 そこには、ひび割れた白磁の鉢に植えられた、奇妙な「彫刻」のような植物があった。

 それは、花びらの一枚一枚がクリスタルのように透き通り、中心に一筋の「金の炎」を宿したバラだった。
 葉も茎も、すべてが宝石のように硬質化し、動くことも枯れることもなく、ただそこに静止している。

「『金焔の硝子薔薇(きんえんのガラスばら)』……。まだ、生きていたのか」

 ヴァレリウスがその「花」に手を伸ばそうとして、途中で止めた。
 自分の熱が、この繊細な思い出を壊してしまうのを恐れているかのように。

「……生きていますよ。ただ、あまりの熱に耐えかねて、自分を宝石の殻に閉じ込めて守っているだけです」

 エリアンはヴァレリウスの隣に立ち、そっと鉢植えの土に触れた。
 土は熱を帯びてカラカラに乾き、石のようになっている。
 エリアンは持ってきた水筒から、特製のハーブ水を一滴、土に垂らした。

 チリ、と小さな音が響く。
 
「陛下。この子には、陛下の熱が必要です。でも、今のままでは強すぎます。……私に、あなたの熱を預けてください」

 エリアンはヴァレリウスの手を掴み、その掌を「硝子薔薇」の上にかざさせた。
 そして、自分はそのヴァレリウスの手に、自分の両手を重ねる。

「……また、これか」
「はい。これが一番、効率が良いですから」

 エリアンが微笑む。
 触れ合う肌。ヴァレリウスの熱い血の拍動が、エリアンの掌を通じてダイレクトに伝わってくる。
 エリアンは意識を集中させ、ヴァレリウスから放たれる膨大な「破壊の熱」を、植物を育む「生命の熱」へと変換し、ゆっくりと薔薇に注ぎ込んだ。

 ピキ、ピキピキッ。
 
 温室内に、氷が割れるような清らかな音が響き渡る。
 宝石のようだった薔薇の表面が、内側から溶け出すように柔らかく、しなやかな赤い花弁へと戻っていく。
 中心に宿った金の炎が、エリアンとヴァレリウスの魔力に呼応して、眩いばかりの輝きを放った。

「咲いた……」

 カイルが感嘆の声を漏らす。
 温室全体に、懐かしくも華やかな、気高い香りが広がった。
 それは、かつてこの城を治めていた、慈愛に満ちた皇后の残り香のようでもあった。

 ヴァレリウスは、自分の手の下で息を吹き返した花を、信じられないものを見るような瞳で見つめていた。
 
「……お前という奴は。……本当に、すべてを再生させてしまうのだな」

 ヴァレリウスの声は、微かに震えていた。
 彼は重ねられたエリアンの手を、今度は自分から、逃がさないように強く握り締めた。

「再生させたのは陛下ですよ。私はただ、道を作っただけです」
「…………」

 ヴァレリウスは何も答えなかったが、その黄金の瞳には、かつてないほど穏やかで、深い慈しみが宿っていた。
 彼は、エリアンの泥のついた指先を、自分の唇の近くまで引き寄せた。
 一瞬、エリアンの心臓が跳ねる。

「陛下……?」
「……感謝する。エリアン。……この礼は、いつか必ずする」

 唇が触れるかと思われたその時、ヴァレリウスは不器用な手つきでエリアンの手を離し、背を向けた。
 その耳の端が、温室の熱気のせいだけとは思えないほど、赤く染まっている。

「さあ、掃除を始めるぞ! カイル、遊んでいる暇はない。そこの蔦をすべて刈り取れ!」
「ひ、ひえええ! 了解です、陛下!」

 ヴァレリウスの怒号に近い指示に、カイルが飛び上がって作業を始める。
 エリアンは、自分の指先に残る熱い感触を確かめるように握り締め、ふふっ、と小さく笑った。

「……礼なんて、いりませんよ。陛下が笑ってくだされば、それで十分なんですから」

 エリアンの呟きは、青い蔦のざわめきにかき消された。
 
 二十年の眠りから目覚めた温室。
 そこには、過去の悲しみだけでなく、新しい「家族」としての確かな一歩が、力強く芽吹こうとしていた。

 大掃除は始まったばかりだ。
 けれど、エリアンの心は、このジャングルのような温室を最高の薬草園に作り変える期待で、パンパンに膨らんでいた。
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