ブラッティーメアリー

燐火

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第一章

告白

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豪奢ごうしゃな屋敷の前には、多くの人々が集まっていた。ウィード家……間違いない……。

にしても、殺人事件ってだけであんなに野次馬やじうまが来るなんて……意外と暇人なのね……。
そんな野次馬を通り抜け、私は黄色い規制テープをくぐろうとしたが、若い女性警察官に呼び止められた。

「あ、あの……ここから先は関係者以外立ち入り禁止です!」

どうやら野次馬と勘違いされているようだ。

「け、警官さん? えっと……私、依頼を受けてきたのだけど……」

そう言ったのとほぼ同じタイミングで、屋敷の中からベテラン風の刑事が出てきた。

「あっ、チックさん。お久しぶりです」
私が挨拶をすると、ベテラン風の刑事が挨拶を返す。

「おお、メアリーじゃないか。こんなところでどうしたんだ? 野次馬に巻き込まれたか?」

「いえ、つい先ほど、この屋敷で殺人が起きたという依頼を受けて、ここに来たんです」

「この屋敷の使用人が探偵を呼んだとは聞いていたが、まさかお前だったとはな……奇妙な巡り合わせだ」

「ほんとですね。初めてお会いしたのは確か……四年前でしたからね。時が経つのは早いものです」

私とチックさんが親しげに話しているのを見て、さっきの女性警察官が驚いたように聞いてきた。

「あ、あの……お二人はお知り合いなんですか?」

「まぁ、そんなところね。ところで、あなたの名前は?」

「あっ、はい! 私はマレイン・ソレルです! 警察官になったばかりで、この事件が初めての捜査なんです!」

「──張り切るのはいいけれど、これは殺人事件よ? 変に空回りしないようにね。あ、私も自己紹介しなくちゃね。私はメアリー・メア。探偵よ」

「た、探偵さんだったんですね!? 先ほどは失礼しました!!」

マレインが深々と頭を下げる。

「あ、謝らなくていいわよ!? とにかく、現場を見て、聞き込みもしないとね。色々疑問があると思うけど、それはまた今度」

私はそう言い、チックさんと共に屋敷へ入った。

「──すごい……。こんなに広いのに、汚れ一つ見当たらない。使用人が頑張っている証拠ね」

私は豪奢な内装に目を向けながらつぶやいた。

「使用人は三人しかいないらしいぞ。ここの主人がそう言っていたからな」

「たった三人!? これだけの広さを!?」

驚きのあまり、つい大声が出てしまった。

「声がでかいぞ、メアリー」

「あ、ご、ごめんなさい……」

そんな会話をしていると、チックさんの足が突然止まった。

「──ここが?」

「ああ、殺人現場だ。遺体はすでに鑑識に回しているが、写真は撮っておいた」

そう言いながら、チックさんは私に数枚の写真を手渡した。

「これが……被害者……」

「そうだ。詳しいことはアンゼリカに聞いてくれ」

そう言うと、チックさんは鑑識の女性警察官を指さした。落ち着いた雰囲気の、どこか冷徹な印象の女性だ。

「──お呼びでしょうか、チック刑事」

呼ぼうとした矢先、向こうから歩み寄ってきた。

「アンゼリカ、お前からメアリーに被害者の詳細を説明してやってくれ」

「わかりました。貴女がメアリーさんですね?」

アンゼリカが冷静な声で問いかける。

「えぇ、そうよ」

「そうですか」

興味なさそうに返しながら、アンゼリカは自己紹介を続ける。

「私はアンゼリカ・シースリーです。以後、お見知りおきを」

落ち着きすぎていて、逆に怖い。

「──では、本題に入りましょう」

一拍置いて、アンゼリカは淡々と語り始めた。

「被害者の名前はウィル・ウィード、三十一歳。この屋敷の長男。職業はワインソムリエ。その職業柄、毎晩、使用人三人のうち誰かにワインを選ばせ、深夜零時までに自室に持ってこさせていたそうです。

死因は刃物で背中を刺されたことによる失血死。しかし、凶器は未発見。

死亡推定時刻は深夜一時頃。ドアは施錠していて、鍵のかけ忘れはなかったと屋敷の使用人が証言しています。
つまり、密室で外部犯の可能性は低い。

この屋敷の使用人三人、屋敷の主人とその妻の計五人が今回の容疑者です」

「──ありがとう。密室殺人か……。
ところで、毎晩ワインを運ばせていたということは、昨日も運ばれていたはずよね?」

「はい。しかし、ワインボトルとグラスは何者かに持ち去られたようで、現場には残されていませんでした。ただし、カーペットにこぼれたワインの痕跡があり、鑑識かんしきが分析したところ……」

アンゼリカは少し間をおいて、冷静に告げた。

「──テトロドトキシンが検出されました」

「テトロドトキシン……フグ毒よね? 神経毒で、体が痺れて動けなくなる……」

「その通りです」

私は少し背筋が寒くなるのを感じた。まるで肝試しをしているような気分だ。

「──第一発見者は?」

「クレス・ニージス。この屋敷の料理人です。四年前からこの屋敷に勤めており、被害者のウィル・ウィードとは仲が良かったそうです。よく彼の部屋に呼ばれて、長話をしていたとか」

「ありがとう。彼のいる場所は?」

「二階の使用人室に待機しています。聞き込みをしたいならどうぞ」

「──そうさせてもらうわ。じゃあまたね」

私はそう言い残して二階へ向かった。

──事件現場を出る際、チックさんとアンゼリカが何かを話しているのが聞こえたが、何を話していたのかは分からなかった。

「──完全に迷ったわね、これ……」
アンゼリカに使用人室の場所をもっと詳細に聞いておけばよかった……と、思っていたその時。

「すいません……どうかされましたか?」
少し大きめなトレーを片手で持った小柄なメイド服姿の子が声をかけてきた。おそらく使用人だろう。

「え、えっと……」

私は思わず戸惑った。まさか、向こうから話しかけてくるとは……

「──どうされました?」
「え、えっと……な、なんでもないわ!引き止めてごめんね?」

「あ、いえ。何もないのなら安心しました。ウィルさんが殺されて警官の方が沢山いらっしゃるので、嫌になっちゃいますよね。」

「そ、そうね……」
「──ところで貴女あなたは?見たところ警官じゃなさそうですが……」
「わ、私は探偵!メアリー・メアよ!今から使用人室に行って聞き込みをしようとしていたところよ」

私がそう言うと、メイド服姿の使用人は微笑んだ。

「ニゲラ君が呼んだ探偵さんだったんですね。私はニコリと申します。ご察しの通り、このお屋敷の使用人です。それと、使用人室はメアリーさんが向かおうとしてた方向の真逆ですが……良かったらご案内しましょうか?」

「え、えぇ。お願いするわ」
「わかりました、それではこちらですっ」
クスッと笑って、ニコリは私を使用人室へ案内してくれた。

「着きました。こちらが使用人室です」
「やっと着いた……広かった……疲れた……」

ここの使用人達はこんなに広い屋敷の掃除を三人でしているのか……。
感心しつつ、私が息を切らしていると、ニコリがトレーに三つあったコップのうち一つを渡してくれた。

「あ、ありがと……」
「いえいえ、では、中へどうぞ」
私は渡されたコップに入った水を一気に飲み干して使用人室に入った。

「──思ったより広いわね……」
「いきなり入ってきてなんですか!貴女は」

私より少し背が高いくらいの男の子が私に言う。

「に、ニゲラ君!この人は探偵のメアリーさんで、この使用人室に来たのは理由が……」

ニコリがニゲラという使用人に私のことを説明してくれた。
少ししてから、ニゲラという使用人が私に改まって話しかけてきた。

「──先程は失礼しました。僕はニゲラと申します。そして、貴女をここに呼んだのも僕です。事件解決のためにできることは致しますので、是非お申し付けください」

「頼りになるわね。なら、早速お願いがあるの。いい?」

「はい。よろしいですよ。なんでしょう」

私は奥のソファーに座っているがっしりした男の人を見て、こう言った。

「──そこにいる人……多分クレスさんよね?他の警察から彼が今回の事件の第一発見者だと聞いたの。まず初めに彼に聞き込みをしたいんだけど、なんていうか、その~……こ、怖いから、当時のことを聞いていいか、聞いてきてくれるかしら?」

「それでしたら、お任せください」

そう言うと、ニゲラはクレスと思われる人物に話しに行った。

少しして、ニゲラとクレスらしき人物がこちらに来た。

「──探偵っていうのはお前か?」
クレスらしき人物が聞いてくる。

「え、えぇ……そうよ……」

「お前の言う通り、俺はクレスだ」
「私は探偵。メアリー・メアよ」
「そうか……だったらよ……ウィルを殺したやつを早く見つけ出して、ウィルの無念を晴らしてくれよ……っ!」

屈強くっきょうな見ために反し、涙まじりの声でクレスさんは言う。

「──あなたが被害者と仲が良かったことは聞いているわ……。事件解決のためにも、当時の状況を聞いてもいいかしら?」
「あぁ……それで犯人が捕まるんなら協力するぜ……」

「ありがと。あ、後でニコリとニゲラにも色々聞くからね?」

「わかりました」
「はい」
二人は返事をし、クレスさんの後ろのソファーに座った。

私はクレスが座っているソファーの正面に座った。

「さて、早速だけど、死亡推定時刻の深夜一時頃、貴方はどこで何をしていたのかしら?」

私はソファーに座るといきなり事情聴取を始めた。

「アリバイってやつか?残念ながらその時刻、俺は厨房で今日の夕食の下準備をしてたな」

「そうなのね。その下準備をしていた食材は何かしら?」

私がそう聞くと、クレスさんは料理人らしい目になり即座に答えた。

「下準備していたのはトラフグだ。肝をとって出汁を取って冷蔵庫に入れてある。今日は五種類の野菜をその出汁に加えて、コンソメなどで味を調えてフグで寄せたテリーヌを作ろうと思ってるからな」

見た目に反してすごくおしゃれなものを作るのね……と言いたいところを、胸の奥にとどめておいた。

「フグ──」
「ん?どうかしたか?」

私は無意識に発した言葉を拾われて驚いたが、冷静を装いこう続けた。

「実は、被害者が飲んでいたと思われるワインにテトロドトキシンが入れられていたらしいの。テトロドトキシンっていうのは、いわゆるフグ毒で神経毒による麻痺が起こるものなの。私は、犯人がそのテトロドトキシンを使って被害者を麻痺させて動けなくなったところをナイフで刺して殺害した。私はそう考えているわ」

私が言い終えた後、一蹴いっしゅうするかのようにクレスさんは言う。

「そいつはないぜ、フグ肝は鍵のついた箱に入れて保管するってのが決まりなんだ。
その鍵を持っているのは俺だけ。つまり、フグ肝は俺しか取り出せないんだ」

「鍵のついた箱……?」
私が聞くと、クレスさんは知らないのか?と言いたそうな顔で答える。

「フグを扱う場所はな、肝を鍵付きの箱に入れるってのが決まりなんだ。知ってのとおり、フグ肝は猛毒。勝手に使われちゃ困るだろ?うちは毒が染み出さない様に鉄製の箱に入れてる」

「なるほどね……後でその箱を見せてもらうわ。それに、あなたしか鍵を持ってないとなると……かなり怪しいわね……。
あなた、最後に厨房に入ったのはいつ?」

「下準備をしてた時だから……夜の十一時から一時の間だな。その時はニゲラにも手伝ってもらってた」

「証言者もいる……ってことね……。もう少し詳しく教えてちょうだい」

「あぁ、俺が十一時くらいから下準備をしてた時、ニゲラが来たんだ。昨日のワイン当番はニゲラだったからな。早めに来たもんだから、零時近くになるまで手伝ってもらってたんだ。その後は、トレーに選んだワインとグラスを乗せて運んで行ってた。ニゲラが厨房に戻ってきたのが、零時十五分くらいだったな。その後も少し手伝ってもらって、一時過ぎくらいには二人で厨房を出たな」

クレスさんが話終わると私は思考をめぐらせる。
死亡推定時刻は深夜一時……二人が厨房を出たのが一時過ぎ……犯行はできなそうね……。


「──そういえば、クレスさんが被害者を発見した時、凶器らしきものはあったかしら?」

「なにもなかったな……そういや……」
クレスさんはなにか思い出したように話し始めた。
「ウィルの部屋が妙に暑かったな。蒸し暑かった」

「蒸し暑かった……?」

「あぁ……多分、ウィルの部屋にある暖炉が付いてたからだと思うんだが、暖炉だんろだけであの蒸し暑さになるとは思えねぇ。サウナみたいな暑さだった……」

「被害者を見つけた後、クレスさんはどうしたの?」

「すぐにナナアトロさんに連絡したな」
「──ナナアトロ……?」

初めて聞く名に困惑する。

「ニコリから聞いてないか?ナナアトロさんはこの屋敷の主人だ。ついでに言っておくと、ナナアトロさんの奥さんの名前はモリスさんだ」

クレスさんはそう説明してくれた。なるほど、後でその二人にも聞き込みをしてこよう。

「他に質問はあるか?」
「──あ、最後に一つだけ。貴方はなんでこの屋敷に勤めようと思ったの?」

私がこの質問をすると、クレスさんは少し驚いたような表情をした後、こう答えた。
「大切な人の……仇討かたきうちだ……」
「──私と同じね。私も大切な人の仇討ちのために探偵になったの。って、仇討ちってことは貴方がウィルさんを……?」

「俺は誰も殺してねぇ。ウィルは俺の理解者だしな。それに仇ってのはウィルのことじゃねぇし……」
「──えっと…最後って言ったけど、もう一つだけいいかしら?」
「いいけどよ。その仇が誰かってのを聞きてぇんだろ?」

「えぇ。そうよ。話が早くて助かるわ」
クレスは少し悩み、答えてくれた。

「──デビル・スビットだ」

私は耳を疑った。

「……え?今、デビル・スビットって言った?」

クレスはゆっくりと頷く。

「あぁ、そいつが……俺の彼女を殺しやがったんだ」

まるで胃の奥を冷たい指でなぞられるような感覚がした。デビル・スビット──私の人生を狂わせた名前。その名をここで聞くことになるとは……。

「ちょっと待って。貴方の仇がデビル・スビット? じゃあ、この屋敷にデビル・スビットがいるってこと?」

「……その可能性がある。少なくとも、俺の彼女を殺したやつの手が、この屋敷に伸びてるのは間違いねぇ」

私はクレスの言葉を反芻はんすうする。偶然? それとも必然?

「──それ、もっと詳しく聞かせてくれない?」

クレスは私をじっと見つめた。

「……あんた、もしかしてデビル・スビットを知ってるのか?」

「……えぇ、知ってるわ」

いや、むしろ忘れたことなんてない。

「じゃあ話は早いな」

クレスは低く息を吐いた。

「四年前、俺の彼女が殺された。何の前触れもなく、ある日突然な。警察は"強盗殺人"だって言ったが、俺は信じちゃいねぇ。あいつはただの強盗に殺されるような女じゃなかった。絶対に、何か裏がある。で、そいつを調べていくうちに──"デビル・スビット"って名前に行きついたんだ」

私は拳を握りしめた。

「……それで、どうしてこの屋敷に?」

「手がかりを追ってたら、このウィード家に辿り着いたんだ。ウィルの家族か、使用人の誰かが──あいつと繋がってる可能性がある。それをこの間、ウィルに話したんだ……そうしたら──」

その時、今まで静かに話を聞いていたニコリがいきなり叫ぶように言った。

「ウィルさんがあの殺人鬼なわけありません!」
「え、えっと……ニコリ?」

私は驚いた。いや、クレスさんとニゲラも驚いていたと思う。あんなに静かだっ たニコリが急に大声を上げたから……

「確かに、ウィルさんはデビル・スビットじゃないと思うわ。でも、何故そう言いきれるの?」

「デビル・スビットは女性を狙って殺害を繰り返していると聞きました。ですが、ウィルさんは私と体を重ねた夜、私を殺さなかった!それが何よりの証拠です!」

「えっ!?」
「は!?」
「姉さん!?」
ニコリを除く私を含めた三人は驚きの声を上げた。

無理もない。この屋敷の使用人であるニコリは、被害者であり、この屋敷の長男であるウィル・ウィードと肉体的な関係を持っていた。そして今、その事実を私たちに暴露したのだから。

「え、えっと……ニコリ、その話、詳しく聞かせてくれる?」

私がそう尋ねると、ニコリは素直に「はい」と答え、そのまま事情聴取が始まった。

「まず、貴女がウィルさんとそういう関係になったのはいつから?」

私が質問すると、ニコリはゆっくりと、今まで誰にも話したことのないであろうことを話し始めた。

「── 一年前の今日です。千九百九十六年、二月二十日。珍しくウィルさんから声をかけられて、『部屋に来ないか?』と言われました。私は内心不思議に思いながらも、ウィルさんの部屋に行きました。部屋に入ると、ウィルさんは私をソファに座らせ、告白をしてくれました。私は驚きました。『どうして私?』と思いました。私が迷っている姿を見て、ウィルさんは小さな箱を渡してくれました。箱を開けると、そこにはブラック・ムーンストーンの指輪が入っていました。『石言葉は『二人の出発』』とウィルさんが言ったのを覚えています。そして、続けてこう言われました。『もし、君が僕との結婚を望むのなら、いつかその指輪をつけて僕に見せてほしい』と……」

私と同じく話を聞いているニゲラとクレスさんを横目で何気なく見てみる。
クレスさんは驚きを隠せないような表情をしていた。
無理もない。仲が良かったウィルさんと、いつも話している使用人のニコリが肉体関係にあったのだから……。

ニゲラは……なんか嫌そうな感じね……。
ニコリのことを姉さんって呼んでたし、多分姉弟きょうだいよね……?
確かに、姉のこういう話聞くのは嫌よね……。

ニコリはその後も話し続けた。

「でも、私とウィルさんの身分は全く違う。言ってしまえば、私はこの屋敷の家具のようなものです。私は勇気がなくて、なかなか指輪をつけることができませんでした。すると、ある日、またウィルさんに呼ばれて、こう言われました。『まだ決められないのか?』と。そして、ベッドルームに連れて行かれて──
後は、ご想像の通りです……」
ニコリはすべてを語ってくれた。
私が聞いた限りでは、そこに嘘はないように感じた。

「──そうだったのね。それで、その指輪はどこに?」
私がそう尋ねると、ニコリはポケットから小さな箱を取り出し、それを開けた。
中には、先ほど話した通り、綺麗なブラック・ムーンストーンをあしらった指輪が入っていた。

「渡された日からずっと持っていたんです。指に付ける勇気はなかったけれど、何となく持っていなければならない気がして……」

「──その指輪、預かってもいいかしら?大事なものだってことはさっきの話で充分に分かってるわ。でも、もしかしたらその指輪が事件を解く鍵になるかもしれないの。だからお願い、その指輪を私に預からせて……」

だんだんと自信を失っていく私を見たニコリは少し考えた後、こう答えてくれた。

「──わかりました。でも、条件があります」
「条件……?」
私が尋ねると、ニコリは続けた。
「必ず……必ず!ウィルさんを殺した犯人を見つけ出してください!」
力強く、でも涙がこぼれそうな声で、ニコリは言った。

「──もちろんよ……それが探偵の仕事だもの。必ず、犯人を暴いてあげる……!」
私は泣きそうになっているニコリを抱きしめ、そう言った。
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