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第一章
いつも通りの光景を望んでる
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「──確かここだったわよね……」
私はさっきニゲラに教えてもらった厨房の前に行き、扉を軽く叩いた。
「失礼するわよ」
扉を開けて中に入ると、料理をしているクレスが目に入る。
「あぁ……お前か。どうしたんだ?」
クレスさんは私に気づくと、ぼんやりとした声で聞いてきた。
「少し調理の様子を見せてもらおうかと思って。それに、犯行に使われたフグ毒や凶器が隠されているかもしれないしね。もしあなたが犯人なら、この料理に毒を仕込んで、みんなを殺すこともできるから、監視も兼ねて来たわ」
私は今、クレスさんが作っているスープを見ながら言った。
「別に、俺がそんなことするわけねぇだろ。俺は料理人だぜ?」
「まぁ、あなたが犯人じゃないってことはもう分かってるけどね。だって、あなたには動機がないし、アリバイもある。ただ、完全に疑いが晴れたわけじゃないから勘違いしないでね」
私が冷静に言うと、クレスさんはちょっとだけ呟いた。
「そうか……」
「そういえば、あなたに聞きたいことがあったわ」
「──なんだ?」
「あなたがウィルさんの遺体を最初に発見したんでしょう?」
「あぁ、そうだが?」
「その時の状況と他に遺体を見た人がいたかを詳しく教えてくれる?」
私がそう尋ねると、クレスさんは少し考え込んでから答えた。
「まず、俺がウィルと話そうと、部屋に行ったんだ。いつもはノックしたら返事をしてくれるんだが、それがなかった。不思議に思って、名前を呼んでも反応もない。変だと思った俺はそのままウィルの部屋を開けたんだ。そしたら……死んでたんだよ。ウィルが……。慌ててナナアトロさんに報告したさ。その時にナナアトロさんが全員を集めたんだ。ニコリ、ニゲラ、ナナアトロさん、モリスさん、そして俺。全員ウィルの遺体を見ている。その時の時間は詳しく覚えてないが、二時前後だったかな。」
「本当に仲が良かったのね……全員死体を見ていて、時間は二時前後……分かったわ。」
「まぁな。あぁ、あと厨房は荒らさない程度なら勝手に捜索してもいいぞ」
クレスさんが話を切り上げようとする。
「あっ!待って、あと一つだけ」
「なんだ?」
「あなた、さっきウィルさんの部屋が蒸し暑かったって言ってたわよね?」
「あぁ……今は二月だってのに夏みたいな暑さだったな……」
「ワインを嗜む人が、部屋の温度調節を間違えたりしないはずよね……。
味とか匂いに関わってきそうだし……」
「そもそも、ウィルは暑いのが苦手なんだ。最低限部屋が暖まればそれでいいってやつだからな」
さすが仲がいいだけあるわね……。
「そういうの、さっきの証言で言ってくれたらありがたかったけれど……まぁ、深く聞かなかった私にも非があるわ」
「あとはそうね……ウィルさんはいつも零時にワインを持ってこさせてたのよね?ニゲラが持っていったって言ってたけど、そのワインセラーの場所とワイングラスの場所を教えてほしいの」
「────ワインセラーの場所はこの厨房の奥、ワイングラスは冷凍庫の隣にある冷蔵庫の中だ。それと昨日はニゲラだったってだけで、これも鍵閉め同様当番制だ。ただ、ここ一、二年でニゲラは妙にワインの選び方が上手くてなってたらしい。ウィルはかなり評価していた」
「これも当番制なのね……。教えてくれてありがと。それじゃ、厨房を見て周るわ」
「おう、勝手にしろ。くれぐれも、荒らすなよ?」
私はクレスさんに釘を刺されたが、捜索を許可された。
三十分ほど経ち、厨房にはいい匂いが漂っていた。クレスさんの料理も完成に近づいているみたいだ。
「ふぅ……だいたい見終えたわ」
私は捜査が終わったことをクレスさんに伝えようと、彼の方に歩み寄った。
「終わったわよ。って、料理もできあがってるのね」
「終わったのか。かれこれお前、三十分くらいずっと見てたからな。もう出来上がるぞ。ついでに、料理を運ぶの手伝ってくれるか?」
捜査させてくれたから、それくらいはと思い、私は了承した。
「その前に、いくつか質問してもいいかしら?」
「あぁ、別にいいが……料理が冷めちまうから、手短にな」
「もちろん」
私は既に用意していた質問を頭の中で並べる。
「まず、フグ肝が入っているであろう鉄の箱。鍵も壊されてなければ、傷もなかった。開けようにも開けられなかったわ。あれを最後に開けたのは、昨日の仕込みの時で間違いないわね?」
「そうだ。最後に開けたのは仕込み時、フグ肝を入れた時だ。鍵を閉めたのは俺だが、フグ肝を入れたのは実はニゲラなんだ。その時は手が離せなくて仕方なくニゲラに頼んだんだ」
突然の新情報に、驚きを隠せなかった私は、続けて質問した。
「えっと……ニゲラがフグ肝を入れたのね?その時、ニゲラが肝の一部を持っていった可能性は?」
「ないな。一応確認したが、削られた形跡はなかった。なんなら、今見てみるか?」
クレスさんは鉄の箱へと向かい、鍵を開け、中を見せてくれた。
確かに中にはフグ肝が入っていて、切られた形跡や、一部をもぎ取ったような形跡は見られなかった。
「確かに、何も無いわね……」
「だろ?質問は終わりか?」
クレスさんが箱に鍵をかけながら私に聞く。
「もうひとつ聞きたいことがあるの。さっき、冷凍庫も見せてもらったわ。ウォークインで、なかなかに広かったから全部は見れてないけど……とても綺麗だった」
「冷凍庫は霜がつかないように、俺が定期的に掃除してるからな。当たり前だ」
どこか誇らしげにクレスさんは言った。
「そうなのよ。本当に綺麗だったの。でも、床に水滴が落ちたような形跡があったの」
「水滴……?」
「えぇ、スポイトで落としたみたいな水滴が凍ってたのよ。それも、出口へと向かって等間隔でね。でも、厨房の床にはそんな形跡はなかった。冷凍庫の中だけよ」
そう言い終えるクレスさんは冷凍庫へと向かっていった。
私も追うようについて行き、問題の水滴を指さした。
「なんだこれ……?」
クレスさんは凍った水滴を触りながら言った。
「こんなに綺麗なのに、ここだけあるのは不思議だと思ったのよ」
クレスさんは少し黙った後、答えた。
「────冷凍庫は毎日床掃除しているから、できようがない」
「昨日、掃除したのはいつ?」
「昨日は早めだったな。下準備の時、冷凍庫は使ってないから二十一時くらいじゃないか?」
「クレスさんとニゲラが下準備をしてた前には終わってたのね……」
と、なると……何者かが冷凍庫を開け、水滴を落とした……?
一体なんのために……?
「質問は終わりか?早くしないと、料理が冷めちまう」
クレスさんは時計を見て、急かすように言った。
「えぇ、終わりよ。早いとこ、運んじゃいましょうか。時間を使わせて悪かったわ」
質問を終え、私とクレスさんは料理を運んだ。
ダイニングルームへ行くと、使用人の二人、ナナアトロさん、モリスさんが既に着席していた。
ふと、時計を見ると、二十時を過ぎていた。
全ての料理を運び終え、クレスも席に座り、私は被害者が昨日の夕食まで座っていたであろう席に着いた。
「美味しそう……!」
料理を運んでいる時も思ったけど、改めて見ると、すごく美味しそう!
「今日の夕食はトラフグのテリーヌ、ジャガイモのポタージュ、牛肉のステーキ……です」
クレスが今日の夕食の説明をした。
やっぱり、料理人なんだな……と再認識させられた。
「久しぶりにまともな夕食食べるわね……いただきます!」
普段インスタントしか食べない私にとって、ものすごく豪華な食事だった。
まずはステーキを一口……
「美味しい……っ!」
よく焼けてるのに、とても柔らかい……油も甘くてしつこくない……すごく美味しい!
「喜んでくれて何よりだ」
クレスさんは私を見て、そう言った。
次は……トラフグのテリーヌ?だったかしら?昨日の犯行に使われたトラフグ……正確にはその肝なんだけど……少し複雑な気分。でも、一口食べたら……
「おいしい……!」
テリーヌなんて初めて食べたけど、不思議な感じ……美味しすぎて、言葉にならない。
最後は……ジャガイモのポタージュ!
もう美味しいのは分かってるけど、あえて言わせてもらうわ……一口啜って……
「あー……全てが美味しいわ!」
「ありがとな……?」
私が美味しいと言って嬉しいのか、クレスさんも機嫌が良さそう。でも、少し引いているような気もするけど……
ふと、周りを見ると、誰も料理に口をつけていない。
「皆、どうしたの?」
私が聞くと、ニコリが答えた。
「いえ……昨日までウィルさんが座ってた場所にメアリーさんが座っていて……昨日まで楽しそうにお話しながら食事をして……そんな日常が一日で消え去ってしまって……クレスさんの料理が美味しいのはニゲラくんもナナアトロさんもモリスさんも私も知ってます。でも……いつものみんなで食べるから……美味しさが増して……楽しくて……それで……」
全員が、ニコリと同じような感情のようだ。あの気が強そうなナナアトロさんさえ、目に涙を浮かべている。
「──────私は探偵です……つい先程、ナナアトロさんに被害者の部屋で一日宿泊を許可されました。被害者の部屋で被害者が残した声や犯人が残した痕跡などを探す時間は警察よりも多いはずです。必ず犯人を見つけられます。それに……クレスは犯人ではないです。それは確信できます。もしクレスが犯人なら、この料理に毒を入れ、厄介な私を殺すでしょう。でも、私は死んでいない。これもひとつの証拠です。だから、料理のことは安心してください」
私は続けて言う。
「そして、先程、ワインセラーとワイングラスを調べさせてもらいましたが、怪しいものはひとつも見つかりませんでした。そして、まだ全員の証言を聞いていません。被害者の遺体を見たときの証言や部屋の状態、それに、ニゲラ、ナナアトロさん、モリスさんの通常証言もまだです。犯人を見つけたとしても、証拠不十分です。今後とも皆さんの協力をお願いします。そして、今は……いつも通り食事を楽しんでください。被害者のウィルさんもいつも通りの光景を望んでいると思います」
私が長々と演説していると、ニコリとモリスさんが涙を流し、ゆっくりと料理を食べ始めた。
「夕食の後、皆様の部屋に私が行きます。その時に事情聴取を行いますので、よろしくお願いします」
私は最後にそう言い、夕食を食べ進めた。
クレスさんも食べ始め、それを見たニゲラとナナアトロさんも食べ始めた。
私以外の皆は涙を浮かべながら、静かに食事を進めていた。
────気になる点は山ほどあるけど……それは夕食後に聞くことにしよう。誰かが言ってたもの……謎を解いたあとは胸がいっぱいで食べれなくなる……だから、謎解きはディナーの後が一番いいってね……。
私はさっきニゲラに教えてもらった厨房の前に行き、扉を軽く叩いた。
「失礼するわよ」
扉を開けて中に入ると、料理をしているクレスが目に入る。
「あぁ……お前か。どうしたんだ?」
クレスさんは私に気づくと、ぼんやりとした声で聞いてきた。
「少し調理の様子を見せてもらおうかと思って。それに、犯行に使われたフグ毒や凶器が隠されているかもしれないしね。もしあなたが犯人なら、この料理に毒を仕込んで、みんなを殺すこともできるから、監視も兼ねて来たわ」
私は今、クレスさんが作っているスープを見ながら言った。
「別に、俺がそんなことするわけねぇだろ。俺は料理人だぜ?」
「まぁ、あなたが犯人じゃないってことはもう分かってるけどね。だって、あなたには動機がないし、アリバイもある。ただ、完全に疑いが晴れたわけじゃないから勘違いしないでね」
私が冷静に言うと、クレスさんはちょっとだけ呟いた。
「そうか……」
「そういえば、あなたに聞きたいことがあったわ」
「──なんだ?」
「あなたがウィルさんの遺体を最初に発見したんでしょう?」
「あぁ、そうだが?」
「その時の状況と他に遺体を見た人がいたかを詳しく教えてくれる?」
私がそう尋ねると、クレスさんは少し考え込んでから答えた。
「まず、俺がウィルと話そうと、部屋に行ったんだ。いつもはノックしたら返事をしてくれるんだが、それがなかった。不思議に思って、名前を呼んでも反応もない。変だと思った俺はそのままウィルの部屋を開けたんだ。そしたら……死んでたんだよ。ウィルが……。慌ててナナアトロさんに報告したさ。その時にナナアトロさんが全員を集めたんだ。ニコリ、ニゲラ、ナナアトロさん、モリスさん、そして俺。全員ウィルの遺体を見ている。その時の時間は詳しく覚えてないが、二時前後だったかな。」
「本当に仲が良かったのね……全員死体を見ていて、時間は二時前後……分かったわ。」
「まぁな。あぁ、あと厨房は荒らさない程度なら勝手に捜索してもいいぞ」
クレスさんが話を切り上げようとする。
「あっ!待って、あと一つだけ」
「なんだ?」
「あなた、さっきウィルさんの部屋が蒸し暑かったって言ってたわよね?」
「あぁ……今は二月だってのに夏みたいな暑さだったな……」
「ワインを嗜む人が、部屋の温度調節を間違えたりしないはずよね……。
味とか匂いに関わってきそうだし……」
「そもそも、ウィルは暑いのが苦手なんだ。最低限部屋が暖まればそれでいいってやつだからな」
さすが仲がいいだけあるわね……。
「そういうの、さっきの証言で言ってくれたらありがたかったけれど……まぁ、深く聞かなかった私にも非があるわ」
「あとはそうね……ウィルさんはいつも零時にワインを持ってこさせてたのよね?ニゲラが持っていったって言ってたけど、そのワインセラーの場所とワイングラスの場所を教えてほしいの」
「────ワインセラーの場所はこの厨房の奥、ワイングラスは冷凍庫の隣にある冷蔵庫の中だ。それと昨日はニゲラだったってだけで、これも鍵閉め同様当番制だ。ただ、ここ一、二年でニゲラは妙にワインの選び方が上手くてなってたらしい。ウィルはかなり評価していた」
「これも当番制なのね……。教えてくれてありがと。それじゃ、厨房を見て周るわ」
「おう、勝手にしろ。くれぐれも、荒らすなよ?」
私はクレスさんに釘を刺されたが、捜索を許可された。
三十分ほど経ち、厨房にはいい匂いが漂っていた。クレスさんの料理も完成に近づいているみたいだ。
「ふぅ……だいたい見終えたわ」
私は捜査が終わったことをクレスさんに伝えようと、彼の方に歩み寄った。
「終わったわよ。って、料理もできあがってるのね」
「終わったのか。かれこれお前、三十分くらいずっと見てたからな。もう出来上がるぞ。ついでに、料理を運ぶの手伝ってくれるか?」
捜査させてくれたから、それくらいはと思い、私は了承した。
「その前に、いくつか質問してもいいかしら?」
「あぁ、別にいいが……料理が冷めちまうから、手短にな」
「もちろん」
私は既に用意していた質問を頭の中で並べる。
「まず、フグ肝が入っているであろう鉄の箱。鍵も壊されてなければ、傷もなかった。開けようにも開けられなかったわ。あれを最後に開けたのは、昨日の仕込みの時で間違いないわね?」
「そうだ。最後に開けたのは仕込み時、フグ肝を入れた時だ。鍵を閉めたのは俺だが、フグ肝を入れたのは実はニゲラなんだ。その時は手が離せなくて仕方なくニゲラに頼んだんだ」
突然の新情報に、驚きを隠せなかった私は、続けて質問した。
「えっと……ニゲラがフグ肝を入れたのね?その時、ニゲラが肝の一部を持っていった可能性は?」
「ないな。一応確認したが、削られた形跡はなかった。なんなら、今見てみるか?」
クレスさんは鉄の箱へと向かい、鍵を開け、中を見せてくれた。
確かに中にはフグ肝が入っていて、切られた形跡や、一部をもぎ取ったような形跡は見られなかった。
「確かに、何も無いわね……」
「だろ?質問は終わりか?」
クレスさんが箱に鍵をかけながら私に聞く。
「もうひとつ聞きたいことがあるの。さっき、冷凍庫も見せてもらったわ。ウォークインで、なかなかに広かったから全部は見れてないけど……とても綺麗だった」
「冷凍庫は霜がつかないように、俺が定期的に掃除してるからな。当たり前だ」
どこか誇らしげにクレスさんは言った。
「そうなのよ。本当に綺麗だったの。でも、床に水滴が落ちたような形跡があったの」
「水滴……?」
「えぇ、スポイトで落としたみたいな水滴が凍ってたのよ。それも、出口へと向かって等間隔でね。でも、厨房の床にはそんな形跡はなかった。冷凍庫の中だけよ」
そう言い終えるクレスさんは冷凍庫へと向かっていった。
私も追うようについて行き、問題の水滴を指さした。
「なんだこれ……?」
クレスさんは凍った水滴を触りながら言った。
「こんなに綺麗なのに、ここだけあるのは不思議だと思ったのよ」
クレスさんは少し黙った後、答えた。
「────冷凍庫は毎日床掃除しているから、できようがない」
「昨日、掃除したのはいつ?」
「昨日は早めだったな。下準備の時、冷凍庫は使ってないから二十一時くらいじゃないか?」
「クレスさんとニゲラが下準備をしてた前には終わってたのね……」
と、なると……何者かが冷凍庫を開け、水滴を落とした……?
一体なんのために……?
「質問は終わりか?早くしないと、料理が冷めちまう」
クレスさんは時計を見て、急かすように言った。
「えぇ、終わりよ。早いとこ、運んじゃいましょうか。時間を使わせて悪かったわ」
質問を終え、私とクレスさんは料理を運んだ。
ダイニングルームへ行くと、使用人の二人、ナナアトロさん、モリスさんが既に着席していた。
ふと、時計を見ると、二十時を過ぎていた。
全ての料理を運び終え、クレスも席に座り、私は被害者が昨日の夕食まで座っていたであろう席に着いた。
「美味しそう……!」
料理を運んでいる時も思ったけど、改めて見ると、すごく美味しそう!
「今日の夕食はトラフグのテリーヌ、ジャガイモのポタージュ、牛肉のステーキ……です」
クレスが今日の夕食の説明をした。
やっぱり、料理人なんだな……と再認識させられた。
「久しぶりにまともな夕食食べるわね……いただきます!」
普段インスタントしか食べない私にとって、ものすごく豪華な食事だった。
まずはステーキを一口……
「美味しい……っ!」
よく焼けてるのに、とても柔らかい……油も甘くてしつこくない……すごく美味しい!
「喜んでくれて何よりだ」
クレスさんは私を見て、そう言った。
次は……トラフグのテリーヌ?だったかしら?昨日の犯行に使われたトラフグ……正確にはその肝なんだけど……少し複雑な気分。でも、一口食べたら……
「おいしい……!」
テリーヌなんて初めて食べたけど、不思議な感じ……美味しすぎて、言葉にならない。
最後は……ジャガイモのポタージュ!
もう美味しいのは分かってるけど、あえて言わせてもらうわ……一口啜って……
「あー……全てが美味しいわ!」
「ありがとな……?」
私が美味しいと言って嬉しいのか、クレスさんも機嫌が良さそう。でも、少し引いているような気もするけど……
ふと、周りを見ると、誰も料理に口をつけていない。
「皆、どうしたの?」
私が聞くと、ニコリが答えた。
「いえ……昨日までウィルさんが座ってた場所にメアリーさんが座っていて……昨日まで楽しそうにお話しながら食事をして……そんな日常が一日で消え去ってしまって……クレスさんの料理が美味しいのはニゲラくんもナナアトロさんもモリスさんも私も知ってます。でも……いつものみんなで食べるから……美味しさが増して……楽しくて……それで……」
全員が、ニコリと同じような感情のようだ。あの気が強そうなナナアトロさんさえ、目に涙を浮かべている。
「──────私は探偵です……つい先程、ナナアトロさんに被害者の部屋で一日宿泊を許可されました。被害者の部屋で被害者が残した声や犯人が残した痕跡などを探す時間は警察よりも多いはずです。必ず犯人を見つけられます。それに……クレスは犯人ではないです。それは確信できます。もしクレスが犯人なら、この料理に毒を入れ、厄介な私を殺すでしょう。でも、私は死んでいない。これもひとつの証拠です。だから、料理のことは安心してください」
私は続けて言う。
「そして、先程、ワインセラーとワイングラスを調べさせてもらいましたが、怪しいものはひとつも見つかりませんでした。そして、まだ全員の証言を聞いていません。被害者の遺体を見たときの証言や部屋の状態、それに、ニゲラ、ナナアトロさん、モリスさんの通常証言もまだです。犯人を見つけたとしても、証拠不十分です。今後とも皆さんの協力をお願いします。そして、今は……いつも通り食事を楽しんでください。被害者のウィルさんもいつも通りの光景を望んでいると思います」
私が長々と演説していると、ニコリとモリスさんが涙を流し、ゆっくりと料理を食べ始めた。
「夕食の後、皆様の部屋に私が行きます。その時に事情聴取を行いますので、よろしくお願いします」
私は最後にそう言い、夕食を食べ進めた。
クレスさんも食べ始め、それを見たニゲラとナナアトロさんも食べ始めた。
私以外の皆は涙を浮かべながら、静かに食事を進めていた。
────気になる点は山ほどあるけど……それは夕食後に聞くことにしよう。誰かが言ってたもの……謎を解いたあとは胸がいっぱいで食べれなくなる……だから、謎解きはディナーの後が一番いいってね……。
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