42 / 78
42
しおりを挟む
韓媛はそれから誰にも気付かれないようにして、住居の裏から出ることができた。幸い住居の裏までは兵はきていないようだ。
「どうやら家が全て兵に取り囲まれている訳ではなさそうね。
となると、本当に攻め入るかもまだ分からないのかも……」
これなら何とか兵に見つからずに逃げれそうである。
韓媛は以前からもし今回のようなことがあった際に、どう行動すれば良いか葛城円から教えられている。
彼女が馬に乗れるようになったのも、そのための1つだ。
だが今は辺りもだんだん暗くなってきている。それに下手に馬で移動すれば兵達に気付かれてしまうだろう。なので彼女は歩いて移動することにした。
「とりあえずこのまま葛城の他の家に行ってみようかしら。でもやはりお父様のことが心配だわ……」
韓媛はとりあえず住居から少し離れた所の茂みに入り、しばらく様子を見ることにした。
そして彼女はそこから自身の住居がある方を見る。すると彼女の家の前には沢山の兵が見える。
「大泊瀬皇子の姿は、ここからだと中々確認できないわね」
彼はここにくるまでに実の兄を2人殺している。であれば眉輪様もきっと生かしてはおかないだろう。
(お父様は眉輪様を何とか助けたいといっていた。でもこの状況でそんな話をしたら、お父様もただでは済まされないかも……)
相手は7歳の子供だ。そんな子供が殺されてしまうのは、さすがに可愛そうだと父親も思ったのだろうか。
韓媛はそんな父親のことが心配で仕方なかった。それならいっそう大泊瀬皇子に、眉輪を受け渡してくれたらとふと考えてしまう。
「大泊瀬皇子、あなたは一体今何を考えてるの」
韓媛はふと大泊瀬皇子のことが頭によぎる。こんな事態に陥っても、彼女はまだ彼のことを想っていた。
(本当にこれはとても儚くて悲しい恋ね)
そしてそんなことを思いながら、韓媛はしばらくここに留まって様子を見ることにした。
その頃大泊瀬皇子は、葛城円との直接の話しに応じると返答を出した。
それを聞いた葛城円は、さっそく1人で家の中から出てきた。
大泊瀬皇子は円の家の前でそんな彼を待ち構えていた。彼の側には何本もの松明もつけられている。
そして皇子自身も服の上から鎧を身に付けており、いざとなれば戦いも仕掛けてくるつもりのようだ。
葛城円は大泊瀬皇子を見つけると1度頭を下げて挨拶をした。
そんな彼を見た大泊瀬皇子は声を大きくし、少し強気な口調で話し出した。
「円ー! ここに眉輪がいると聞いている。いるならあいつを俺に差し出せ! いくら子供といえども大王を殺した者を許す訳にはいかない!!
もし差し出せないとなると、お前やここの家臣たちも皆眉輪に加担したと受け止める!」
大泊瀬皇子は相手が葛城円だろうと、容赦はしないつもりだ。
それを聞いた葛城円は意を決して彼に話し出した。
「大泊瀬皇子、それでは私の娘である韓媛をあなたにお譲りすることと、葛城の5ヵ所の屯倉を献上します。それで眉輪様の罪を見逃していただけませんでしょうか」
葛城円は眉輪を助けるために、屯倉の明け渡しと、さらには自身の大事な娘さえも彼に差し出すといってきた。
それを聞いた大泊瀬皇子は、彼の意外な返答にとても驚く。
「おい、円! それではお前と以前に話した約束とは違うではないか。
それにお前にどういわれても俺は眉輪を許すつもりはない」
だがそんな彼からは、少し動揺が垣間見え始める。
「皇子、昔から今日まで臣下の者が大和の皇族の元に助けを求めて、逃げ込むことはありました。
ですが大和の皇族の方が臣下の元に逃げてこられたことは今まで1度もございません。
そんな中で眉輪様はこんな私を頼ってここ葛城までこられたのです……どうか眉輪様を見逃して貰えないでしょうか」
大泊瀬皇子についてきた兵達もそんな2人の会話を聞き、このままどうなるのだろうかと、思わず皇子の顔を伺った。
「いいや、駄目だ。眉輪だけは絶対に許す訳にはいかない」
大泊瀬皇子はそんな葛城円の話しを聞いても、決心を変える気はなかった。
(くそ、このまま兵を中に入れるしかないのか。恐らく円のことだ、韓媛は既に逃がしているだろう)
彼もここで引き下がる訳には絶対にいかない。そしてついに兵に合図を送ろうかと思った矢先である。
「分かりました。それでは私は一旦家に戻ります。それから最後の決断をしますので、少しお待ちいただけませんでしょうか。最後の決断を下すまで、私も眉輪様も決して逃げたりはいたしません」
(何だと、一体円は何を考えているんだ?眉輪を差し出す気にでもなったのか……)
大泊瀬皇子は葛城円の意図していることの意味が全く理解できない。だが彼のことだ、何か考えでもあるのだろう。
「分かった。お前が何を考えているのかは知らないが猶予をやる」
彼はそういうと、自身と兵を少し後ろに下がらせることにした。
葛城円もその様子を見届けると、再度お辞儀をして自身の家の中へと戻って行った。
そして大泊瀬皇子がしばらく外で待っている時だった。葛城円の住居の敷地内のあちこちから黒い煙が出はじめ、徐々に火が燃え始めた。
「まさか円のやつ、このまま眉輪を連れて焼け死ぬつもりか!」
大泊瀬皇子は慌てた。これでは眉輪への復讐ができなくなってしまう。だが兵をこんな火の中に入れるのは自殺行為だ。
(俺は、一体どうすれば良いんだ……)
「どうやら家が全て兵に取り囲まれている訳ではなさそうね。
となると、本当に攻め入るかもまだ分からないのかも……」
これなら何とか兵に見つからずに逃げれそうである。
韓媛は以前からもし今回のようなことがあった際に、どう行動すれば良いか葛城円から教えられている。
彼女が馬に乗れるようになったのも、そのための1つだ。
だが今は辺りもだんだん暗くなってきている。それに下手に馬で移動すれば兵達に気付かれてしまうだろう。なので彼女は歩いて移動することにした。
「とりあえずこのまま葛城の他の家に行ってみようかしら。でもやはりお父様のことが心配だわ……」
韓媛はとりあえず住居から少し離れた所の茂みに入り、しばらく様子を見ることにした。
そして彼女はそこから自身の住居がある方を見る。すると彼女の家の前には沢山の兵が見える。
「大泊瀬皇子の姿は、ここからだと中々確認できないわね」
彼はここにくるまでに実の兄を2人殺している。であれば眉輪様もきっと生かしてはおかないだろう。
(お父様は眉輪様を何とか助けたいといっていた。でもこの状況でそんな話をしたら、お父様もただでは済まされないかも……)
相手は7歳の子供だ。そんな子供が殺されてしまうのは、さすがに可愛そうだと父親も思ったのだろうか。
韓媛はそんな父親のことが心配で仕方なかった。それならいっそう大泊瀬皇子に、眉輪を受け渡してくれたらとふと考えてしまう。
「大泊瀬皇子、あなたは一体今何を考えてるの」
韓媛はふと大泊瀬皇子のことが頭によぎる。こんな事態に陥っても、彼女はまだ彼のことを想っていた。
(本当にこれはとても儚くて悲しい恋ね)
そしてそんなことを思いながら、韓媛はしばらくここに留まって様子を見ることにした。
その頃大泊瀬皇子は、葛城円との直接の話しに応じると返答を出した。
それを聞いた葛城円は、さっそく1人で家の中から出てきた。
大泊瀬皇子は円の家の前でそんな彼を待ち構えていた。彼の側には何本もの松明もつけられている。
そして皇子自身も服の上から鎧を身に付けており、いざとなれば戦いも仕掛けてくるつもりのようだ。
葛城円は大泊瀬皇子を見つけると1度頭を下げて挨拶をした。
そんな彼を見た大泊瀬皇子は声を大きくし、少し強気な口調で話し出した。
「円ー! ここに眉輪がいると聞いている。いるならあいつを俺に差し出せ! いくら子供といえども大王を殺した者を許す訳にはいかない!!
もし差し出せないとなると、お前やここの家臣たちも皆眉輪に加担したと受け止める!」
大泊瀬皇子は相手が葛城円だろうと、容赦はしないつもりだ。
それを聞いた葛城円は意を決して彼に話し出した。
「大泊瀬皇子、それでは私の娘である韓媛をあなたにお譲りすることと、葛城の5ヵ所の屯倉を献上します。それで眉輪様の罪を見逃していただけませんでしょうか」
葛城円は眉輪を助けるために、屯倉の明け渡しと、さらには自身の大事な娘さえも彼に差し出すといってきた。
それを聞いた大泊瀬皇子は、彼の意外な返答にとても驚く。
「おい、円! それではお前と以前に話した約束とは違うではないか。
それにお前にどういわれても俺は眉輪を許すつもりはない」
だがそんな彼からは、少し動揺が垣間見え始める。
「皇子、昔から今日まで臣下の者が大和の皇族の元に助けを求めて、逃げ込むことはありました。
ですが大和の皇族の方が臣下の元に逃げてこられたことは今まで1度もございません。
そんな中で眉輪様はこんな私を頼ってここ葛城までこられたのです……どうか眉輪様を見逃して貰えないでしょうか」
大泊瀬皇子についてきた兵達もそんな2人の会話を聞き、このままどうなるのだろうかと、思わず皇子の顔を伺った。
「いいや、駄目だ。眉輪だけは絶対に許す訳にはいかない」
大泊瀬皇子はそんな葛城円の話しを聞いても、決心を変える気はなかった。
(くそ、このまま兵を中に入れるしかないのか。恐らく円のことだ、韓媛は既に逃がしているだろう)
彼もここで引き下がる訳には絶対にいかない。そしてついに兵に合図を送ろうかと思った矢先である。
「分かりました。それでは私は一旦家に戻ります。それから最後の決断をしますので、少しお待ちいただけませんでしょうか。最後の決断を下すまで、私も眉輪様も決して逃げたりはいたしません」
(何だと、一体円は何を考えているんだ?眉輪を差し出す気にでもなったのか……)
大泊瀬皇子は葛城円の意図していることの意味が全く理解できない。だが彼のことだ、何か考えでもあるのだろう。
「分かった。お前が何を考えているのかは知らないが猶予をやる」
彼はそういうと、自身と兵を少し後ろに下がらせることにした。
葛城円もその様子を見届けると、再度お辞儀をして自身の家の中へと戻って行った。
そして大泊瀬皇子がしばらく外で待っている時だった。葛城円の住居の敷地内のあちこちから黒い煙が出はじめ、徐々に火が燃え始めた。
「まさか円のやつ、このまま眉輪を連れて焼け死ぬつもりか!」
大泊瀬皇子は慌てた。これでは眉輪への復讐ができなくなってしまう。だが兵をこんな火の中に入れるのは自殺行為だ。
(俺は、一体どうすれば良いんだ……)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる