大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

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44《父と娘の別れ》

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  韓媛からひめは自身の家の中に入ると、葛城円かつらぎのつぶらを探した。恐らく父親は眉輪まよわのそばにいるに違いないだろうと彼女は考える。

(煙が強くなってきている。早くお父様の側にいかないと、自分が先に倒れてしまうわ)

  この家の使用人達も全く見当たらない。
  もしかすると既にこの家から逃げ出しているのだろうか。

  韓媛は燃え盛る炎を必死で交わしながら、目的の場所へと向かった。

  そしてその後、何とか彼女は眉輪がいる部屋の前までやってくることができた。

「お父様ー!  中にいるのですか!!」

  韓媛は口をおそえ、少しゲホゲホしながら精一杯声を張り上げて父親を叫ぶ。
  この辺りは特に炎が早くまわっているようだ。

  するとその声に反応があったようで、部屋の中から人が出てきた。
  そして中から現れたのは葛城円本人である。

  そして韓媛を目の前にして、彼はとても信じられないといった、驚きの表情を彼女に見せる。

「か、韓媛。何故お前がここにいるんだ!  早くここから外に出ていくんだ!!」

  円は血相を変えて彼女にそういう。娘の命を守るために先に逃がしたはずなのに、まさかまた戻ってくるとは、彼は夢にも思わなかったようだ。

「お父様、私はお父様なしでは生きていけません!!」

  韓媛は涙ながらに彼にそう訴えた。

(私はきっと大和に逆らった人物の娘として、今後生きることになるわ……)

「韓媛、何をいっているんだ。お前は生き延びなければいけない。そうしないと先に亡くなったお前の母親に会わす顔がない」

大泊瀬皇子おおはつせのおうじは眉輪様を渡さなかったお父様を、きっとお許しにはならない。それなら最悪、彼は私も殺そうとするかもしれません」

  彼は実の兄を2人既に殺している。それは仕方のなかったことかもしれないが、実の兄達でさえ殺せるのだ。それなら自分を殺すことだって、彼ならできるだろうと韓媛は思った。

「韓媛、大泊瀬皇子はお前を見捨てるなんてことは絶対になさらない。これだけは確実にいえる」

「え、それはどう言うこと……」

  父親はどうしてここまで確信をもってそういえるのだろうか。韓媛にはその理由が全く分からない。

「それはお前が皇子から直接聞くと良い。お願いだ韓媛、お前は私やこの部屋の中にいる眉輪様の分まで生き抜いてくれ。それが私の最後の願いだ」

  葛城円はとても真剣な表情で彼女にいう。

(お父様はそこまで私のことを思って……)

「私が亡くなれば、葛城は大きく衰退するかもしれない。だが私はそもそも葛城の繁栄など始めから望んでいない。
  私の望みは、葛城の子孫が絶えずに末永く続いていくことだ。人間命さえ繋いでいけばきっとやっていけるはずだからな」

  父親のその言葉を聞いて、韓媛は何もいい返せなかった。

(お父様の望みは葛城の子孫が末永く続いていくこと……)

  葛城円は真っ直ぐ娘の顔を見ていた。

  そんな父親の覚悟が韓媛にも思わず伝わってくる。

  もう父親の決心は固まっている。ここで自分が泣きじゃくったとしても、彼は決してその覚悟を変える気はないだろう。

  韓媛はそんな父親を見て、この先どうなるか分からないが、父親達の分まで生きていくことが、自分の運命なのではと思った。

「分かりました、お父様。お父様達のためにも私頑張って生き続けてみます」

  それを聞いた円も少し目を細くして「そうだ、それで良い」といって頷いた。




「では、お父様。私行きますね」

 彼女は涙を必死で堪えながらそう彼にいった。

  これが父と娘の最後の別れの挨拶になるのかと考えると、どうもあっさりし過ぎているなと彼女は思った。

「あぁ、頑張るんだぞ。それとお前に渡したあの短剣だが、何となくあの剣がお前を守ってくれるような気がする」

  それを聞いて韓媛は思った。
  今回あの剣は何の反応もなかったので一瞬困ったが、これは父親との最後の会話である。ここは父のいうことに従おう。

「分かりました、お父様。私もお父様から頂いた短剣を信じてみます」

  韓媛はそういうと軽く彼に頭を下げて、その場を走り去って行った。

(お父様、さようなら……)



  葛城円はそんな娘の姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。

  そして娘がいなくなると、葛城円はふと独り言のようにしていった。

紫津媛しずひめ、私達の娘は本当に聡明で優しいな娘になった。あの子だけは何としても生き抜いて幸せになって欲しい……」



  そしてその後、彼は眉輪のいる部屋の中に戻っていく。

  彼が部屋の中に入ると、中では眉輪が座って彼を待っていた。

「あなたの娘は行かれたのですね」

  眉輪は特に怯えることもなく静かにそういった。円はそんな彼を見てとても7歳の子供には見えないと思った。
  この年で大人を殺してしまうとは、何とも恐ろしい子供である。

  そしてこの子供が何とも不運の運命を辿ることになり、とても哀れに思えた。

  そういう意味では、自分と一緒にこのまま人生を終らせるのも良いのかもしれない。


「眉輪様、まもなくこの部屋も火でおおわれます」

「はい、分かってます。であれば僕のことをこのまま殺してくれませんか。最後にこんな僕を庇ってくれたあなたに殺されるなら本望です」

  眉輪はとても穏やかな表情でそういった。その笑顔だけは年相応の子供に見えると円は思う。

「分かりました。眉輪様、私もその後直ぐにあとを追いますので……」

  そういって彼は自身の剣を引き抜き、彼に剣の先を向ける。

(きっとこれで私もこの幼い皇子も救われるだろう)

  そしてその後この部屋は燃え盛る炎に覆われていった。
  
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