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44《父と娘の別れ》
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韓媛は自身の家の中に入ると、葛城円を探した。恐らく父親は眉輪のそばにいるに違いないだろうと彼女は考える。
(煙が強くなってきている。早くお父様の側にいかないと、自分が先に倒れてしまうわ)
この家の使用人達も全く見当たらない。
もしかすると既にこの家から逃げ出しているのだろうか。
韓媛は燃え盛る炎を必死で交わしながら、目的の場所へと向かった。
そしてその後、何とか彼女は眉輪がいる部屋の前までやってくることができた。
「お父様ー! 中にいるのですか!!」
韓媛は口をおそえ、少しゲホゲホしながら精一杯声を張り上げて父親を叫ぶ。
この辺りは特に炎が早くまわっているようだ。
するとその声に反応があったようで、部屋の中から人が出てきた。
そして中から現れたのは葛城円本人である。
そして韓媛を目の前にして、彼はとても信じられないといった、驚きの表情を彼女に見せる。
「か、韓媛。何故お前がここにいるんだ! 早くここから外に出ていくんだ!!」
円は血相を変えて彼女にそういう。娘の命を守るために先に逃がしたはずなのに、まさかまた戻ってくるとは、彼は夢にも思わなかったようだ。
「お父様、私はお父様なしでは生きていけません!!」
韓媛は涙ながらに彼にそう訴えた。
(私はきっと大和に逆らった人物の娘として、今後生きることになるわ……)
「韓媛、何をいっているんだ。お前は生き延びなければいけない。そうしないと先に亡くなったお前の母親に会わす顔がない」
「大泊瀬皇子は眉輪様を渡さなかったお父様を、きっとお許しにはならない。それなら最悪、彼は私も殺そうとするかもしれません」
彼は実の兄を2人既に殺している。それは仕方のなかったことかもしれないが、実の兄達でさえ殺せるのだ。それなら自分を殺すことだって、彼ならできるだろうと韓媛は思った。
「韓媛、大泊瀬皇子はお前を見捨てるなんてことは絶対になさらない。これだけは確実にいえる」
「え、それはどう言うこと……」
父親はどうしてここまで確信をもってそういえるのだろうか。韓媛にはその理由が全く分からない。
「それはお前が皇子から直接聞くと良い。お願いだ韓媛、お前は私やこの部屋の中にいる眉輪様の分まで生き抜いてくれ。それが私の最後の願いだ」
葛城円はとても真剣な表情で彼女にいう。
(お父様はそこまで私のことを思って……)
「私が亡くなれば、葛城は大きく衰退するかもしれない。だが私はそもそも葛城の繁栄など始めから望んでいない。
私の望みは、葛城の子孫が絶えずに末永く続いていくことだ。人間命さえ繋いでいけばきっとやっていけるはずだからな」
父親のその言葉を聞いて、韓媛は何もいい返せなかった。
(お父様の望みは葛城の子孫が末永く続いていくこと……)
葛城円は真っ直ぐ娘の顔を見ていた。
そんな父親の覚悟が韓媛にも思わず伝わってくる。
もう父親の決心は固まっている。ここで自分が泣きじゃくったとしても、彼は決してその覚悟を変える気はないだろう。
韓媛はそんな父親を見て、この先どうなるか分からないが、父親達の分まで生きていくことが、自分の運命なのではと思った。
「分かりました、お父様。お父様達のためにも私頑張って生き続けてみます」
それを聞いた円も少し目を細くして「そうだ、それで良い」といって頷いた。
「では、お父様。私行きますね」
彼女は涙を必死で堪えながらそう彼にいった。
これが父と娘の最後の別れの挨拶になるのかと考えると、どうもあっさりし過ぎているなと彼女は思った。
「あぁ、頑張るんだぞ。それとお前に渡したあの短剣だが、何となくあの剣がお前を守ってくれるような気がする」
それを聞いて韓媛は思った。
今回あの剣は何の反応もなかったので一瞬困ったが、これは父親との最後の会話である。ここは父のいうことに従おう。
「分かりました、お父様。私もお父様から頂いた短剣を信じてみます」
韓媛はそういうと軽く彼に頭を下げて、その場を走り去って行った。
(お父様、さようなら……)
葛城円はそんな娘の姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。
そして娘がいなくなると、葛城円はふと独り言のようにしていった。
「紫津媛、私達の娘は本当に聡明で優しいな娘になった。あの子だけは何としても生き抜いて幸せになって欲しい……」
そしてその後、彼は眉輪のいる部屋の中に戻っていく。
彼が部屋の中に入ると、中では眉輪が座って彼を待っていた。
「あなたの娘は行かれたのですね」
眉輪は特に怯えることもなく静かにそういった。円はそんな彼を見てとても7歳の子供には見えないと思った。
この年で大人を殺してしまうとは、何とも恐ろしい子供である。
そしてこの子供が何とも不運の運命を辿ることになり、とても哀れに思えた。
そういう意味では、自分と一緒にこのまま人生を終らせるのも良いのかもしれない。
「眉輪様、まもなくこの部屋も火でおおわれます」
「はい、分かってます。であれば僕のことをこのまま殺してくれませんか。最後にこんな僕を庇ってくれたあなたに殺されるなら本望です」
眉輪はとても穏やかな表情でそういった。その笑顔だけは年相応の子供に見えると円は思う。
「分かりました。眉輪様、私もその後直ぐにあとを追いますので……」
そういって彼は自身の剣を引き抜き、彼に剣の先を向ける。
(きっとこれで私もこの幼い皇子も救われるだろう)
そしてその後この部屋は燃え盛る炎に覆われていった。
(煙が強くなってきている。早くお父様の側にいかないと、自分が先に倒れてしまうわ)
この家の使用人達も全く見当たらない。
もしかすると既にこの家から逃げ出しているのだろうか。
韓媛は燃え盛る炎を必死で交わしながら、目的の場所へと向かった。
そしてその後、何とか彼女は眉輪がいる部屋の前までやってくることができた。
「お父様ー! 中にいるのですか!!」
韓媛は口をおそえ、少しゲホゲホしながら精一杯声を張り上げて父親を叫ぶ。
この辺りは特に炎が早くまわっているようだ。
するとその声に反応があったようで、部屋の中から人が出てきた。
そして中から現れたのは葛城円本人である。
そして韓媛を目の前にして、彼はとても信じられないといった、驚きの表情を彼女に見せる。
「か、韓媛。何故お前がここにいるんだ! 早くここから外に出ていくんだ!!」
円は血相を変えて彼女にそういう。娘の命を守るために先に逃がしたはずなのに、まさかまた戻ってくるとは、彼は夢にも思わなかったようだ。
「お父様、私はお父様なしでは生きていけません!!」
韓媛は涙ながらに彼にそう訴えた。
(私はきっと大和に逆らった人物の娘として、今後生きることになるわ……)
「韓媛、何をいっているんだ。お前は生き延びなければいけない。そうしないと先に亡くなったお前の母親に会わす顔がない」
「大泊瀬皇子は眉輪様を渡さなかったお父様を、きっとお許しにはならない。それなら最悪、彼は私も殺そうとするかもしれません」
彼は実の兄を2人既に殺している。それは仕方のなかったことかもしれないが、実の兄達でさえ殺せるのだ。それなら自分を殺すことだって、彼ならできるだろうと韓媛は思った。
「韓媛、大泊瀬皇子はお前を見捨てるなんてことは絶対になさらない。これだけは確実にいえる」
「え、それはどう言うこと……」
父親はどうしてここまで確信をもってそういえるのだろうか。韓媛にはその理由が全く分からない。
「それはお前が皇子から直接聞くと良い。お願いだ韓媛、お前は私やこの部屋の中にいる眉輪様の分まで生き抜いてくれ。それが私の最後の願いだ」
葛城円はとても真剣な表情で彼女にいう。
(お父様はそこまで私のことを思って……)
「私が亡くなれば、葛城は大きく衰退するかもしれない。だが私はそもそも葛城の繁栄など始めから望んでいない。
私の望みは、葛城の子孫が絶えずに末永く続いていくことだ。人間命さえ繋いでいけばきっとやっていけるはずだからな」
父親のその言葉を聞いて、韓媛は何もいい返せなかった。
(お父様の望みは葛城の子孫が末永く続いていくこと……)
葛城円は真っ直ぐ娘の顔を見ていた。
そんな父親の覚悟が韓媛にも思わず伝わってくる。
もう父親の決心は固まっている。ここで自分が泣きじゃくったとしても、彼は決してその覚悟を変える気はないだろう。
韓媛はそんな父親を見て、この先どうなるか分からないが、父親達の分まで生きていくことが、自分の運命なのではと思った。
「分かりました、お父様。お父様達のためにも私頑張って生き続けてみます」
それを聞いた円も少し目を細くして「そうだ、それで良い」といって頷いた。
「では、お父様。私行きますね」
彼女は涙を必死で堪えながらそう彼にいった。
これが父と娘の最後の別れの挨拶になるのかと考えると、どうもあっさりし過ぎているなと彼女は思った。
「あぁ、頑張るんだぞ。それとお前に渡したあの短剣だが、何となくあの剣がお前を守ってくれるような気がする」
それを聞いて韓媛は思った。
今回あの剣は何の反応もなかったので一瞬困ったが、これは父親との最後の会話である。ここは父のいうことに従おう。
「分かりました、お父様。私もお父様から頂いた短剣を信じてみます」
韓媛はそういうと軽く彼に頭を下げて、その場を走り去って行った。
(お父様、さようなら……)
葛城円はそんな娘の姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。
そして娘がいなくなると、葛城円はふと独り言のようにしていった。
「紫津媛、私達の娘は本当に聡明で優しいな娘になった。あの子だけは何としても生き抜いて幸せになって欲しい……」
そしてその後、彼は眉輪のいる部屋の中に戻っていく。
彼が部屋の中に入ると、中では眉輪が座って彼を待っていた。
「あなたの娘は行かれたのですね」
眉輪は特に怯えることもなく静かにそういった。円はそんな彼を見てとても7歳の子供には見えないと思った。
この年で大人を殺してしまうとは、何とも恐ろしい子供である。
そしてこの子供が何とも不運の運命を辿ることになり、とても哀れに思えた。
そういう意味では、自分と一緒にこのまま人生を終らせるのも良いのかもしれない。
「眉輪様、まもなくこの部屋も火でおおわれます」
「はい、分かってます。であれば僕のことをこのまま殺してくれませんか。最後にこんな僕を庇ってくれたあなたに殺されるなら本望です」
眉輪はとても穏やかな表情でそういった。その笑顔だけは年相応の子供に見えると円は思う。
「分かりました。眉輪様、私もその後直ぐにあとを追いますので……」
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(きっとこれで私もこの幼い皇子も救われるだろう)
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