大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

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  韓媛からひめは炎の燃え盛る建物の中を、必死で走って逃げていた。家の中に入ってきた時よりもさらに炎の勢いが増している。

(早く逃げないと、間に合わなくなる)

  すると建物の柱が韓媛の横から倒れかかってきた。
  彼女が慌ててその柱を避けると、その柱は彼女の後ろに倒れ込んだ。

  そのため彼女はもう後ろには戻れなくなってしまう。

「こうなったら、もう前に進むしかない」

  彼女が急いで前に行こうとした丁度その時、いきなり大きな炎が壁となって目の前に現れた。

「どうしよう、これじゃ前に進めない。後ろも柱が倒れてるから他の道にも行けないし……」

  韓媛はこの状況にかなり焦りを感じた。自分は挟み撃ちになってしまい、前にも後ろにも進めなくなった。

  どうしたら良いか分からなくなった彼女は、とっさに短剣を腰紐から取り出し、鞘からも出した。

「このような使い方ができるのか分からないけど」

  その時だった、燃え盛る炎の向こうから人の声がしてきた。

「おい、韓媛。どこだー!!」

  その声の主は何と大泊瀬皇子おおはつせのおうじだった。どうやら彼は彼女を探しにきたようだ。

(大泊瀬皇子が私を探しにきてくれたの?)


「大泊瀬皇子!  私はここにいるわ!!」

  韓媛もそんな大泊瀬皇子の声に答えた。


  どうやら大泊瀬皇子も、そんな彼女の声を聞き取ることができたようだ。

「韓媛、この炎の向こうにいるのか!」

  だが目の前にある燃え盛る炎を、彼にはどうすることもできない。

(大泊瀬皇子がこの先にいる。どうにかしないと)

  韓媛の方もそんな状況を目の前にして、こうなれば一か八かやってみるしかないと思った。

  彼女は意を決して短剣を握り締めて強く祈ってみる。

(お願い、どうか助けて!!)

  するとまた急に剣が熱くなってくる。そして彼女の脳裏に燃え盛る炎と、その先にいる大泊瀬皇子の姿がうっすらと見える。

  きっと今ならこの災いを断ち切ることができる。そう確信した彼女はその光景の中で燃え盛る炎に向かって、思いっきり剣を振った。するとまた『パチッ』と音のようなものがする。

  そこで彼女がはっと目を開けると、それから何とも不思議な現象が起こり出した。

  周りで燃えていた炎が不思議と集まっていき、目の前の炎の壁にぶつかっていった。
  すると何とその炎が真っ二つに割れてしまう。

  そして道ができ、その先には大泊瀬皇子が立っていた。
  彼もこの光景を見て、とても驚きを隠せないでいる。


  大泊瀬皇子はその光景を見て思った。

「何なんだこの現象は……これではまるで伝説の英雄、日本武尊やまとたけるを見ているようだ」

  これはかつて日本武尊が、野中で敵に火を放たれて火攻めに遭遇し、そこを天叢雲剣で切り抜けた時の話しである。





  韓媛は大泊瀬皇子を見るなり、彼に向かって叫んだ。

「お、大泊瀬皇子ー!!」

  大泊瀬皇子は韓媛に名前を呼ばれ、はっと我に返った。

「韓媛ー!!」

  彼はすぐさま彼女のそばに行き、彼女を抱き締めた。

「韓媛、本当にお前が無事で良かった……」

  韓媛もそんな彼の言葉に思わず涙が込み上げてくる。
  だが今は感動の再会に酔いしれている時ではない。

  彼は韓媛から少し離れると「とりあえず、今は外に早く出るぞ」といって彼女の手を握って走り出した。

  韓媛は彼に手を握られながら走っている中、どうして彼がこんな危険を犯してまでも、自分を助けにきてくれたのか不思議でならなかった。

(どうして皇子は、私を助けにきたのかしら?)


  そして2人は何とか外に脱出することができた。

  韓媛は外に出るなり自身の住居一体を見つめる。すると炎は一気に燃え上がり、住居全体を炎が覆い尽くしていった。

(駄目だわ、お父様達はもう完全に助からない……)

  韓媛はその場で、目一杯声を張り上げて叫んだ。

「お、お父様ー!!」

  すると彼女の目からは大粒の涙が溢れる。最愛の父親を失なってしまい、彼女はこの悲しみをどうしたら良いのか分からない。

  すると彼女は思わず横にいる大泊瀬皇子を睨んだ。そして彼の胸をパカパカと叩いていった。

「どうして、どうして、お父様が死ななければいけないのよ!!」

  彼女は何ともやるせない思いを大泊瀬皇子にぶつけた。

  すると彼は彼女の両手を付かんで、自分の方に顔を向けさせた。

「韓媛、恨むなら俺を恨め!!  お前の怒りや苦しみは全部俺が受け止めてやる!!!」

(お、大泊瀬皇子……)

  大泊瀬皇子にそう言われて、韓媛は思わず彼の胸に飛び込んだ。そして声をひどく荒らげてひたすらその場で泣き続けた。

  大泊瀬皇子はそんな彼女を抱きしめて、ただただ彼女の泣き声を受け止めてやるほかなかった。

「韓媛、本当に済まない。お前にこんな思いをさせるつもりはなかった。だがどうすることもできなかったんだ」

  こうしてその場にいた者達は、この炎が消えるまでその光景を見続けた。
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