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序夜 薔薇の裁き
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神にすら見放された空だった。
灰色に濁った雲が重たく垂れこめ、遠くでは雷鳴が鈍く唸っている。
どこか演出が過ぎていて、寧ろ滑稽なほど、悪女の断罪に相応しい舞台だった。
石畳の広場に整列する民衆。
吐き気がするほど“正義”を気取った視線の雨。嘲笑、憐憫、罵声。
そのすべてを、ロザリアは小さな薔薇色の靴先で静かに踏み潰す。
「ロザリア・ヴァルブロワ
貴女は、皇太子殿下の婚約者でありながら、王国公認の学び舎にて、複数の悪意ある行為を働いた――」
無機質な声が、彼女の“罪”を淡々と読み上げる。
その時間はまるで、壊れたオルゴールが最後の音を吐き出し切るのを、ただ待つような時間。
空虚で、何処までも遠い現実だった。
処遇が下されても尚、広場に居る誰ひとりとして涙を流さなかった。
愛されていたはずの世界が、ロザリアに呆気なく背を向けた瞬間、彼女の内側で何かが静かに「終わった」のだ。
薔薇色の唇を微かに震わせながら、彼女は観衆の中に、たったひとつの視線を探す。
母はいつも言っていた。
「お前はこの国でいちばん強く、賢く、美しい。王子と結ばれ姫になれば、誰もがお前に跪き、平伏すわ。素敵でしょう?」
そう言い聞かせ、リボンを結び、ドレスを着せ。愛という名の支配下のもと、彼女は“姫”となる器として育てられた。
だが今、彼女が頼れる唯一の女は、群衆の後方にひっそりと立ち、扇の陰から視線だけをこちらに投げている。
ロザリアは縋るように名を呼んだ。
「お母様……助けて。今日から、いい子になるから……だから、」
返ってきたのは、視線すら逸らされるという、あまりにも冷たい拒絶。
羽根扇の隙間に覗く母の横顔には、後悔も、憐れみも、ましてや愛情など欠片も見当たらなかった。
最愛の母は、己の保身を選んだのだ。
あれほど熱心に育て上げた娘ではなく、自分の社会的立場を。
(……こんな結末、認めないわ)
勝利を祝う群衆の声。
現実を受け容れられぬ愚かな悪者だけが、沈黙のまま立ち尽くしている。
豪奢な薔薇色のドレスが、処刑台めいた階段を這う。まるで、斬られた首から流れる鮮血のように。
黒衣の騎士たちが、ロザリアの細い腕を乱暴に掴み、引き摺った。
その唇は、とうに血の気を失っていた。
終いには足が縺れて転びかけた――その瞬間。
絶望の色に染まりきった瞳が、ただ一点に縫いとめられる。
湧き上がる群衆の中、たったひとりだけ、彼女の断罪に祝福を捧げていない男がいた。
まるで絵画から抜けだしてきたかのような、あまりに美しく整った顔。
静謐を纏ったその佇まいは、まさに死の化身だった。
誰よりも冷たく、誰よりも優しく。
全てを見透かす血色の眼差しが、ロザリアの脳裏に灼きつく。
それでもまだ、彼女は知らなかった。
――絶望の名の冠したこの瞬間こそ、彼女の物語が始まる、本当の幕開けだったということを。
灰色に濁った雲が重たく垂れこめ、遠くでは雷鳴が鈍く唸っている。
どこか演出が過ぎていて、寧ろ滑稽なほど、悪女の断罪に相応しい舞台だった。
石畳の広場に整列する民衆。
吐き気がするほど“正義”を気取った視線の雨。嘲笑、憐憫、罵声。
そのすべてを、ロザリアは小さな薔薇色の靴先で静かに踏み潰す。
「ロザリア・ヴァルブロワ
貴女は、皇太子殿下の婚約者でありながら、王国公認の学び舎にて、複数の悪意ある行為を働いた――」
無機質な声が、彼女の“罪”を淡々と読み上げる。
その時間はまるで、壊れたオルゴールが最後の音を吐き出し切るのを、ただ待つような時間。
空虚で、何処までも遠い現実だった。
処遇が下されても尚、広場に居る誰ひとりとして涙を流さなかった。
愛されていたはずの世界が、ロザリアに呆気なく背を向けた瞬間、彼女の内側で何かが静かに「終わった」のだ。
薔薇色の唇を微かに震わせながら、彼女は観衆の中に、たったひとつの視線を探す。
母はいつも言っていた。
「お前はこの国でいちばん強く、賢く、美しい。王子と結ばれ姫になれば、誰もがお前に跪き、平伏すわ。素敵でしょう?」
そう言い聞かせ、リボンを結び、ドレスを着せ。愛という名の支配下のもと、彼女は“姫”となる器として育てられた。
だが今、彼女が頼れる唯一の女は、群衆の後方にひっそりと立ち、扇の陰から視線だけをこちらに投げている。
ロザリアは縋るように名を呼んだ。
「お母様……助けて。今日から、いい子になるから……だから、」
返ってきたのは、視線すら逸らされるという、あまりにも冷たい拒絶。
羽根扇の隙間に覗く母の横顔には、後悔も、憐れみも、ましてや愛情など欠片も見当たらなかった。
最愛の母は、己の保身を選んだのだ。
あれほど熱心に育て上げた娘ではなく、自分の社会的立場を。
(……こんな結末、認めないわ)
勝利を祝う群衆の声。
現実を受け容れられぬ愚かな悪者だけが、沈黙のまま立ち尽くしている。
豪奢な薔薇色のドレスが、処刑台めいた階段を這う。まるで、斬られた首から流れる鮮血のように。
黒衣の騎士たちが、ロザリアの細い腕を乱暴に掴み、引き摺った。
その唇は、とうに血の気を失っていた。
終いには足が縺れて転びかけた――その瞬間。
絶望の色に染まりきった瞳が、ただ一点に縫いとめられる。
湧き上がる群衆の中、たったひとりだけ、彼女の断罪に祝福を捧げていない男がいた。
まるで絵画から抜けだしてきたかのような、あまりに美しく整った顔。
静謐を纏ったその佇まいは、まさに死の化身だった。
誰よりも冷たく、誰よりも優しく。
全てを見透かす血色の眼差しが、ロザリアの脳裏に灼きつく。
それでもまだ、彼女は知らなかった。
――絶望の名の冠したこの瞬間こそ、彼女の物語が始まる、本当の幕開けだったということを。
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