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第2章

016 > 白い服

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 立っているだけで威圧感のある石清水から声を掛けられ、辰樹は一瞬ピクリと動いた。

「今からやしろに向かいます。支度を」
「……わかった」
「辰樹ぼっちゃん、これを」

 お豊が声を掛け、何かの紋様が描かれた和紙に包まれたものを差し出した。それを辰樹が右手で受け取めると、お豊は小さな両手で辰樹の手を包み込んで目を閉じる。

「ご安全に」
「……ありがとう」

 お豊は軽く会釈すると辰樹を見上げて微かに笑った。

「私は帰ります。また、明日」

 お豊が出ていくのを辰樹と石清水が沈黙で見送った後、辰樹は登りかけて降りた階段を上がり自室に向かった。
 社(儀式)に向かう準備のために────



 本部に構えている和風の豪邸には滝川家の家族が住んでおり、この洋風邸宅を住まいにしているのは滝川家の中では辰樹だけである。家政婦であるお豊と石清水とその舎弟くらいしかこの洋館には近づかない。それは辰樹を世話するものだけしかこの家にいないということと同義だ。

 普段の家事はほぼお豊が行っており、他の人間──石清水以下、野上と花澤の3名──は主に辰樹の警護と、先鋒せんぽうであるこの建物のセキュリティチェックが仕事だ。
 辰樹の警護と言っても、石清水以外の人間が辰樹に敵うわけではないので半ばお飾りのようなものだが、人間を配することに意味があるのである。集団で行動するのが彼ら極道者の常であるため、そのような習慣があるだけだ。


 自室の部屋ですら鍵がかかっているため、辰樹は鍵に相当する部分にある3センチ四方の、つるりとした金属のプレートに右手の親指を当てる。機械音がして鍵が開くと自動で部屋の扉が開いた。
 辰樹の自室は2階フロアの半分を占める30畳程度の洋室だ。そこに生活に必要なもの──机、椅子、ベッド、本棚、オーディオ機器など──が動線を意識して置かれており、自室内にトレーニングできるエリアとシャワールームも完備されている。
 辰樹の部屋にないのはキッチンくらいで、食事を摂るために1階に降りていくだけで、それ以外でほとんど自室を出る必要がない。そのため、通常、辰樹は家にいる時間のほとんどを自室で過ごしている。

 今までだったら、帰宅すると自室でシャワーを手早く済ませ、部屋着に着替えて寝るのを待つだけの日々を淡々と過ごしていた。家と学校の行き来だけをするつまらない日常だったのだ。
 だが、この2週間でずいぶんと行動範囲が広がり、自分でも予想していない行動をする自分自身に驚いていた。

〝北野……直次郎、とか……〟

 彼のことを考えると、胸のあたりが苦しくなる。
 それを自覚しているが故に、この2週間、辰樹は直次郎自身には、彼の近くにいることが何でもないことのように振る舞っていた。

 辰樹にとって、、だ。

〝北野自身がわからなければ……意味がない〟

 だから、彼の自覚を待とうと、決断したのは辰樹自身だ。

 着ている服を脱いでボクサーパンツだけの姿になると、クローゼットの中から白い服を取り出した。

 ──白装束、である──

 和服ではあるが、通常の和服ではなく洋服のように着脱しやすいよう簡易な作りになっている。それを手に取り袖を通そうとしてふと、合わせ鏡に映る自分の背中を見た。

 辰樹の背には──まだ筋彫すじぼりのみの段階だが──うっすらと、滝を駆け上がろうとする力強い龍の姿があった。なるべく服から見えないよう、頸椎けいついから下の部分に描かれている入墨いれずみは高校を卒業すると同時に完成する予定だ。
 鍛錬によって彫り込んだ背筋はいきんが認められる白い素肌に浮かび上がる入墨は、本人の意思ではなく、父親からの指示で15の誕生日になってから入れ始めたものである。その事実が、辰樹自身には最も気に食わなかった。

 止まっていた手を動かし、いつものようにその服を着る。
 襟元えりもとを正して着丈を確認すると、今度は下半身に同じ色の白いはかまを履く。
 姿見で最終確認をすると自室を出た辰樹はエントランスまで降りて行った。

 そこでは石清水が右耳を押さえて無線で誰かと連絡を取り合っている。辰樹の姿に気づくと顔を上げた。

「今日は、1だそうです」
「そうか……」

「アレは、明日からですよね?」
「……そうだ」

〝気持ち悪い〟

 そう思うのも仕方のないことだ。

 自分の『ヒートの周期』を確実に把握しているこの家の警護の者たちに、不快感を覚えるのは仕方のないことだろう。
 辰樹は何かを振り払うかのように白いはかますそを払い

「行く」
「……御意ぎょい

 石清水と共に、玄関前に駐車されているリムジンに乗り込んだ。




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