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第十三章…「気づいて、それから」

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注射を打たれてから何十分が経っただろうか。ユリィは目の前にいる敵(?)のレトと戦っていた。
ひなはエリオとミエハネは博士を狙おうとしたときにどこから現れたのかローゼリスが割って入り戦闘が始まっていた。
所々で金属がぶつかり合う音が聞こえてくる中でユリィとレトは少し距離を開けて立ち止まっていた。

「レイトから話は聞いていた……お前が博士にひどい実験をされていたことを」

「はい、僕は博士に実験台にされてました」

迷うことなくレトはそう返した。

「じゃあ何で、自分を実験台にした奴なんかと組んでいる?」

「……目的が少し違うけど一致したからですよ」

レトはちらっと横目でレイトを見てから続けた。

「博士は異端者の実験ができる奴を欲していた、僕はレイトが欲しかった……ほら、一致してるでしょ?」

レトは首を傾げてニヤと笑った。
ユリィは冷静に焦らずにふぅと一息ついてから声を出そうとしたときだった。
突然の笑い声に誰もがビクッと反応し、動きを止めて声のする方を見た。
笑っている人物を見て、ユリィとひな、ミエハネは唾を飲んだ。

「あははは………あは、あははは」

「おやおや、レイトくんは何が面白いのかわからないけど………ふむ、そっちのお嬢さんには効いたみたいだがどうやらレイトくんには効かなかったみたいだな」

冷静に分析をする博士を抱えてローゼリスはその場から離脱する。
離脱する理由は2つ。
まず1つは、博士の言う何かが効なかったこと。
2つは、レイトの発する気配だ。
少しでも動けば一瞬で殺られると思わせられるほどの威圧感。逃げ場を探しても無駄だと感じさせられる。
三人の頬を伝う汗が床に垂れる。
だが、そんな状況でも一人は平気そうにしている。

「おはよう、レイト」

「あははは……あはあは、はぁー」

レトがそっとレイトに近づく。
ずっと笑っていたレイトが息を吐いて笑うのを止めてレトを目隠し越しに見つめる。
そして再びあははと笑い始めると、スッと立ち上がり片足を地面に優しくトンッと付ける。数秒後にその足場を中心にクレーターができ、レイトの足場が崩れた。
その直後にできたクレーターは周辺にいた人達の足元を崩し、もう一つクレーターができたときには誰もが転んでいたりしゃがんでいる。周囲にあった水槽はその圧に勢いよく割れ、破片が飛び散った。
平然と立っているのはクレーターを作った本人だけ。
そして再び笑い始める。
ユリィは低い姿勢でしゃがみつつ、レイトの様子を伺っていた。

「レト……お前たちはエリオとレイトに何をした?何を入れた?」

「…………教えるのは面白くないけど、どうやって乗り越えていくかが面白そうだから教えてあげる。………彼女とレイトには二種類の薬が注射器で入れている。
 1つは博士の言うことを聞かせる薬。まぁこっちはレイトには効かなかったみたいだけど、もう1つは異端者の隠れた能力の強制覚醒をさせる薬」

ふぅと息をついたレトはユリィを見てニヤリと笑う。
ユリィは顔をひきつらせながらニヤケた。決して面白いから笑ったのではなく、こいつら狂ってると思ったのだ。
そして、悠長に話ができるはずがなくまるで見えているかのようにレイトが放った魔法がレトとユリィに向かってくる。
二人は左右に飛んで交わす。
ユリィは左足を床に付くときに右足を前に出してレイトに向かって走る。
レイトは笑いつつもユリィに対する対処つまりは、どうやって殺すかを頭の中で何個の策として浮かべるが不思議とどれもいい案のはずなのに体が動こうとしなかった。
そして走ってきたユリィがレイトを強く抱き締めてから剣を強く地面に叩きつける。剣を中心にヒビが入り、次第に崩れ落ちる。もちろん、ユリィとレイトも落ちる。ひなとエリオも後に続いて穴に入った。後を追おうとしたレトはミエハネが止める。別に死ぬつもりはない。時間を稼げればそれでいいとミエハネは考えていた。


今いる階は何階だろうか……
ふと上を見たとき、ひなとエリオも降りてくるのが見えたが今はいない。
どこかで止まったらしい。
けど、俺とお前はまだまだ降りるつもりだ……。
そして最下層に辿り着けば、レイトに蹴飛ばされ空中で体制を整わせて着地する。すぐに顔を上げれば、レイトは走り始めていてユリィは深呼吸をしてから集中力を上げてとりあえず攻撃を防ぐことにする。
もろに受け止めないように少し角度を変えて受け流す。体術は剣よりも魔法よりも少し苦手分野だが、それでも普通のレベルよりは上だ。それに比べ今のレイトは、スピードも攻撃力も防御力も機動力も普段より倍になっていて、もしまともに受けてしまえば当たりどころが悪くて死、まだ当たりどころが良ければ骨折と内蔵器官が何個かダメになる程度。
ユリィは更に集中力を上げて、防御しつつ攻撃も加え始める。
当たり前にレイトはひょいひょい交わして攻撃をしてくる。時に魔法も使うので両サイドの壁や天井、床などにクレーターが何個か作られている。
ユリィは攻撃したりしてわかったことは、物理攻撃と魔法攻撃が効かずに無効となる。耐性か何かがあるようだ。
唯一効き目があるとするなら心当たりはあるが、確証がなく躊躇っている。
ナイフの様に指先を中心に集めるような形で勢いよく前に突き出してくるレイトの攻撃をギリギリのところで交わしたはずなのだが、ユリィの頬が少し切られて血が滲み出てくる。それを手で拭いながらはぁと小さく息を吐いた。

「俺語りかけるのとか得意じゃないんだよな……こういう役割はイズナとかだよな」

ユリィは生前仲間だった神官の少女、イズナを思い出しながらもさてと頭を切り替える。

レイトあいつに何て言えばいいんだろう………。
そもそも何で俺は、こんなにも助けたいと思ってるんだ?
確かに今のあいつを知りたいと思ってる……けど、あれ……いつからあいつといがみ合ってない?
今さら考えてみるが思い出せない。
ユリィは一旦考えることを止めて、目の前でずっと笑っているレイトに集中しないと一瞬の隙や油断で命があるかないかが決まることを知っている。

「エリオっ!!!!」

上の階からひなの叫びのような声が響いてきた。
それを合図にレイトが動き始める。
ゆっくりと走りだし、その早さ次第に上がっていき、今じゃあ油断したりすればすぐに見失ってしまうレベルの早さだ。
ユリィは目だけでレイトを追う。
手に握る鞘に力を込めた。

「あははははっ!」

「___っ!」

後ろを取られる。
ユリィは体制を崩しながら、せめてと片手を床に付けてバク転をする。
背中に微かに切れ傷ができたが、構うものかとユリィは口を開いた。

「レイト!」

笑い続けているが、ピクッと反応を示す。
聞こえているのか……

「レイト!俺はお前が嫌いだ!……だけど、今は不思議とお前のことが知りたいんだ!」

ユリィに向かって走り始める。
ユリィは避ける素振りを見せず、剣を床に突き刺して声をかけ続ける。

「俺は元勇者だったけど、今はお前と同じ・・魔族だ!同族だ!」

別に人間だった頃の気持ちを捨てた訳じゃない……
別にレイトあいつが好きな訳じゃない……
別に……俺は……あいつ…レイトを、1人・・にさせたい訳じゃ……ない……
俺は……

「俺は!お前と一緒に今を生きたい!」

両手を広げて無防備となる。
避ける気も受け止める気もない。
もし刺さっても、何とも思わない。
もし寸止めされても、構わない。
ユリィは静かに、両手を広げたまま、囁くように向かってくるレイトに告げる。

「…レイト……一緒に帰ろう」

レイトが止まる様子はない。
ユリィはそっと目を閉じる。
足音が近づいてくる。
痛みが体中を走る。食い縛る口の端しから血が少し出て、床にポタッと垂れる。
ゆっくりと目を開けたユリィが最初に見たのは、自分の腹に刺さるレイトの手。
自分の血で濡れたレイトの手に服。これが魔剣とかじゃなくて本当に良かったと心底思いつつ、ゆっくりと顔を上げてレイトを見ると目隠しはとれており、正気に戻ったのか、怯えた表情にカタカタと震え始めていたのを手を伝ってくる振動でわかる。次第に溢れ出した涙にユリィの腹から抜いた手首を掴みながらふらふらと下がりつつ声にならない声を出し始める。

「レイ……ト……っ」

「ああ……あ……っ」

傷口を光魔法回復ヒールで治しつつ、一歩近づくとビクッと体をビクつかせるレイトは一歩下がる。それを何度も繰り返しているうちに、傷口は塞がり普通に歩けるようにまで回復するとまた一歩踏み出す。それにつられて一歩下がったレイトの背中に壁にぶつかる。
一瞬壁を見た隙に走り出すユリィに遅れて気づいたレイトが壁沿いを右に走り始めたが、気づくのに遅れてすぐに手首を掴まれてユリィ側に振り向かされる。その拍子に足を滑らせたレイトは後ろ側に倒れ、ユリィも離すことを忘れて一緒に倒れる。現在二人の体制は床ドンだ。
だが、これでレイトが逃げ出すことはできなくなる。それを理解したからなのか、レイトはユリィの血が付いてない腕で両目を隠した。

「ごめ………っ、ごめんなさい___っ」

「……何か、レイトお前が何回も謝るとか怖いんだけど……」

「うるさい!」

泣きながら怒鳴る。
ユリィはため息をついてから起き上がり、レイトも起こす。
少しふらついてはいるが、自力で立ち上がる。上の階からは何も聞こえてこない。もしかしたら、既に戦闘は終わっているのかもしれない。
ふいにユリィはレイトに見られていることに気づき、そちらに目を向けると目が合う。一瞬ビクッと反応したレイトだったが、目を話さずに口を開く。

「傷……大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ……回復ヒールしたからな」

「そうか……一応完全回復パーフェクトヒールを使った方がいいんじゃないのか?」

少し不安げな目。
レイトには、どんなに大丈夫だと言っても決して傷を付けたことを許すことはできないのだろう。例えそれが呪い変わっても、レイトは受け入れてしまうだろう。

「じゃあ……レイト、頼めるか?」

「別にいいけど」

ユリィはその場に座る。
レイトは敢えて、真っ正面には座らずに後ろに座り完全回復パーフェクトヒールをかけ始める。ユリィの背中から少し離しながらかけ続ける。カタカタと震える。魔法をかけるのが怖いわけではない。恐らくは、まだレイトの体内に残っている薬の影響だろうとレイトは理解している。

「ほら終わったぞ」

「よし、じゃあまずはひなとエリオだな」

そう呟いて先を歩き始めるユリィの後ろを黙ってついていくレイト。ふらふらと震える腕をもう片腕で押さえながら何とかついていく。
油断すれば気を失いかける。
時々ユリィは振り返って様子を確認してくれる。
やっとの思いで上に続く階段を見つけ、階段を上がる前にユリィはレイトの様子を伺う。レイトは小さく息を切らし、眠たげな目に少しふらついている足。本来なら休ませるか、置いていきたいが何せ場所は敵地。何が起こるかわからない場所に1人残してはいけないし、今の状態のレイトに精神攻撃をしてしまえば、一瞬でまた捕まってしまう。
ユリィはそっとレイトの手を取る。

「上の階に行くぞ」

「………っ」

小さく頷いて答える。
ユリィに繋がれた手を握り返す。
こうして二人は上の階へと上がっていく。
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