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第十四章…「私の大切な__」

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目の前で起きていることが夢であってほしいとひなは何度も思った。
だが実際は現実で、目の前にいる人物が今は敵として立っていることも現実だった。
ひなの前で武器も持たないでただ立っているだけのエリオ。
ひなはユリィが作った縦の大穴にエリオを連れて落ちた。そして、途中適当な場所で壁を蹴ってどこかの階に止まった。
そうして今のように硬直状態のようになっていた。
これまでひなは魔法を使わずに抱きついて話をしようと試みたがすべて交わされる。ぼ~としているのにぼ~としていないかのような交わしかたをする。
どうしたもんかと悩むが悩んでいる時間が惜しくなる。ひなが頭の中であーでもないこーでもないと考えていたとき、珍しくエリオから今度は動いた。ひなもそれに応じて使わないでいた魔法を使い始める。今のひなは冷静さを取り戻したいつものひなだ。

「雷のごとく、貫け【雷の50本の槍サンダースピア】!」

魔方陣が天井に何個か出現すると、走ってひなに向かって来るエリオに向かって落ち始める。だがそれを知っていたかのようにエリオは可憐な足のステップで次々と交わしてゆき、50本目になる雷の槍を交わせば人二人分の距離の先にひながいる。
ひなは慌てずに対処した。
雷の50本槍サンダースピア】を降らせている間に仕掛けた罠に魔力を流して発動させる。
床を割って伸びてきたのはバラの蔦。エリオの体に巻き付き拘束すると数個のバラの花を咲かせる。エリオは抵抗しようとしたが動けば動くほどにバラの棘が刺さる。しかも、ひなが使った罠のバラは毒を持っており、皮膚などに刺さると毒が棘の先端から少しずつ漏れだし、約1日かけてじわじわと殺すと言うバラであることから付けられた名前は、触れ続けることが叶わないバラ、【冷徹のバラコールドローズ】だ。

「ねぇエリオ……私の……こと、わかる?」

「………」

大切なパートナーであり、友達であり、家族に【冷徹のバラコールドローズ】を使ったひなの顔色は最悪と言っていいほどに青白かった。
そんなひなの顔色を見たエリオは、無表情のまま、光の無い瞳でひなを見つめて微かに唇が動く。それを逃さなかったひなはエリオの両肩を掴み声をかける。

「エリオ?聞こえる?聞こえてる?」

「あ……あ」

確かにエリオは何かを伝えようとした。
もしかしたら、名前を呼びたかったのかもしれない。ひなは目に涙を溜めながら必死に声をかけ続ける。

まだ戻ってこれるのなら、例えどんなに痛くても、どんなに辛くても……私は__っ

「ねぇエリオ……私はあなたを助けに来たの……あなたを連れ戻しに来たの……っ」

「………」

「ねぇエリオ……私と一緒に、あの学園に帰ろ?」

ひなの目に溜めにに溜めた涙が溢れた。
しかし、ひなの言葉に反応を見せないエリオ。ただ、無表情にじっとひなを見つめる。ぽろぽろと涙を流し続けているひなを。

「なぜ?」

唯一口にした言葉がそれだった。
今のエリオにとってのなぜ?の意味に理解するのに時間がかかったひなは、エリオの両方の頬に両手を添えて、目と目を合わせて問いに答える。

「私とあなたエリオは……大切な家族……であり、仲間であって……パートナーで……私の友達宝物だから……あの学園場所に……私1人で通っていても………ユリィやレイトがいても、私の心は空っぽで光の無い闇に埋もれちゃうから……っ」

「空っぽ?光の無い闇?」

「そう……私の心はエリオが側にいて………初めて一杯になるの、私にとってはエリオは太陽なの……だから、また私の隣で笑って?」

「……いや」

引く声。
ひなはピタリと動きを止めて、動揺が残る顔でエリオを見上げた。
エリオは一度目を閉じてから少ししてまた目を開ける。目を開けたとき、エリオの瞳は紫のはずなのに強く光り輝く赤い光が横に延びた。ひなはその事について聞こうとしたとき、異変に気づく。
体が動かない。
まるで石化したように全く動かなくなっていた。
動揺するひなを置いて、エリオは更に続けた。ひなの周辺の床を割って生えてくるのは先程ひながエリオに使った【冷徹のバラコールドローズ】を今度はエリオが使いひなを拘束する。
ひなは動くことすらできずに拘束され、頭の中ではパニックが起こっていた。
なぜエリオがこの魔法を使えるのか、なぜ体が動かないのか。
ひなは無意識にエリオを見つめているとあることを思い出す。知識として頭の中に入れていたある1冊の本に書かれていた言葉。それは、世界に指で数えられる程しかいない魔眼所有者・・・・・のことを。価値が高いがゆえに、欲しがるやからに狙われたりする。
その事がわかったのと同時に体は動けるようになるが、体に巻き付いたバラの蔦のせいで動けない。
こつこつと靴の音をたてながら近づいてくるエリオ。巻き付いていた蔦は自力で叩き切ったらしい。片手に短剣が握られていたことにより、すぐに理解した。
ひなのすぐ近くまでこれば、軽く顎を掴み、持ち上げ、目と目を合わせる。
ひなは抵抗できずとも口を開いた。

「エリオ、あなたは!魔眼の所有者だったの?」

「……………」

「答えてよ!エリオ!!!」

「…………ふふ」

答えではなく笑いが帰ってくる。
ひなの叫びは部屋に響いては消えていった。届いてほしかった人物には届かず、なぜか掠れていく意識の中でひなはかすれた声でもう一度、目の前にいる彼女の名前を口にした。

「エリ……オ………っ」

その言葉を最後にひなの意識はプツリと消えた。誰かに意識を侵食されていく感覚と共に。


ある時夢を見た。
植物の妖精に囲まれる夢を。
その夢では1人の少女が妖精たちを束ねて、従わせていた。
従うことは妖精我々にとって誇りだと1人の妖精が教えてくれる。
少女はヒラヒラとしたドレスに身をまとわせ、背丈ほどの杖を持ち、眠たげな瞳を目の前に倒れている小さな少女を見つめていた。
少女は呟く声で眠る少女に言葉をかけた。

「目覚めて……若き女王・・よ」


はっとしたときには先程までエリオと戦った場所にいた。
確かなことは、ひなの中で何かが目覚めたこと。感覚がそう告げている。
目を覚ましたひなに動揺するエリオ。
ひなが意識を失う前にエリオがかけたのは、精神支配魔法。自分の思うがままに動かすことができるのだが、まさか意識が戻ってくるなんて思ってもみなかったのだろう。

「なん……で?……どうやって?」

「ねぇエリオ……聞こえているのなら聞いてほしい」

ひなは呟くように言葉を紡ぐ。

「今から迎えに行くから、一緒に帰ろ?」

「私……は……っ」

エリオの足取りがふらつき、頭を押さえてその場に座り込む。
ひなはゆっくりと近づいて行く。
ひなが歩いた道には草が生えて、一輪一輪綺麗な色とりどりの花が咲いていく。
エリオは顔を上げて、目を見張った。
太ももくらいまで延びた髪は、白く髪先は黄緑色、瞳は緑と黄緑の二種類に変わっており、ひらひらとしたドレスを身にまとわせている。
エリオの目から涙が流れていたが、無意識のように勝手に歩いてくるひなに向かって手を伸ばした。ひなは微笑みながらその手を取り、エリオの頬に手を添える。しゅるしゅると床から割って延びてきた蔦はエリオの体に優しく巻き付くと白くて見惚れるくらい綺麗な花を咲かせる。

「さぁ、帰ろ……エリオ……」

「………うん、帰りたい……っ」

「【解毒デトックス】………今は眠っていて、【睡魔スリーピー】」

ひながそう呟くように言うと、かくんっと倒れるエリオは寝息をたてる。
それを聞いてホッとしたつかの間、はっとあることを思い出す。
自分の手の平を見るが、ぐにゃりと歪み気持ちが悪くなる。すっかり姿は元に戻っていて、重い体を横にする。
ひなはエリオのことで夢中になり、自分も【冷徹のバラコールドローズ】により毒が体内に入っていたことを忘れており、解毒をしていなかったのだ。そのせいで身体中に巡った毒はひなを蝕んでいた。
ゲホゲホと軽く咳き込めば、血が出てくる。段々と寒くなり、目を開けていられなくなる。それでいても、ひなは最後の力を振り絞り横に倒れているエリオの手を今出せる力で握り締める。

「………やっと………帰れ……る、のにっ」

ひなの頬に涙が伝う。
だが、涙を流したときには既にひなに意識はなかった。




ハァハァ吐息を切らして、階段を上りきってきたユリィとレイトはエリオとひなの姿を確認すれば、すぐに駆け寄り状態を確認する。
エリオは毒が消えた後があるが、博士の薬のせいで何が起こってもおかしくはない状態。
ひなは身体中に毒が回り、呼吸が浅くなり脈が弱くなっていた。とても危険な状態だ。
レイトはエリオをユリィはひなを治すことになり、手際よく作業が行われていく。

「【解毒デトックス】、【完全回復パーフェクトヒール】、【精神解除スピリット】」

ユリィは同時進行で魔法を使い始める。
今の魔学園のレベルはまだ不明だが、ユリィとレイトがいた時代では数えられるほどしか並列進行できる奴等は少なかった。それは魔王軍も同じで使える奴等がわかっていたのは、魔王を守る九柱と魔王のみだった。
ひなの治療を終えると呼吸は戻り、脈も戻っていた。後は精神支配も受けていたので治しておく。
顔をあげてレイトの方を確認する。
魔法の歪みはないが、レイトの顔色が悪くなっている。疲労が蓄積されていっている。そんな暑くはないのに汗が流れて、はぁはぁと息が荒くなっている。

(ここで少し休憩を入れなきゃ)

そう決める。
一方でレイトの方も最終段階に入る。
まず【全ての解放オールエマンシペイション】をして、縛られや体の中にある害を全て追い出す。それからは【完全回復パーフェクトヒール】と【呼び覚ましの鈴ルーフェンクリンゲル】を使用すると、ちり~んちり~んと鈴が鳴る。4回鈴は鳴りエリオの意識を強制的に浅い場所まで引き上げる。

「後はエリオ、お前次第だ」

耳元で囁く。
エリオが返してくることはなかったが、声は届いているだろう。
横に寝かせた後、近くにある壁に腰かけて目を瞑ろうとしたときユリィと目が合う。ユリィは声は出さなかったが、口を動かし“おやすみ”と告げてくる。
レイトはそのユリィの口の動きを見た後すぐに眠りに落ちた。
一人残されたユリィは、辺りの警戒を少し強めながら誰かの目覚めを待った。


最初に目を覚ましたのはひなだった。
レイトが眠ってから10分経過したときだった。
雛が目を覚ましたことに気づいたユリィは声をかける。

「おはよ」

「おはよう……ございます」

少しの間、ボーとしていたがすぐに何かを思い出して声をあらげる。

「エリオ……エリオは?」

「大丈夫だ、そっちはレイトが治療したから」

「レイト……が?じゃあ……元に……戻って?」

ひなの問いにユリィは静かに頷いた。
それを見たひなはホッと胸を撫でおろす。

「目が覚めて早速なんだけど、移動したいからひなはエリオを背負ってもらえるかな?」

「はい、わかり……ました……」

ひなはそう返すと、眠っているエリオを背負いユリィを見ると、ユリィもレイトを背負っていた。互いに確認した後、さらに上を目指すために廊下を歩き始める。歩き始めてから数十分が経つ。
こまめに休みながら上に上がれる階段を探してはいるのだが、今いる階はユリィとレイトがいた階よりも広くなっているらしい。簡単に言えば、逆さまのピラミッドのイメージである。

「あ、あれ……階段…じゃない?」

前方を指差したひなにユリィは階段を黙視した後、ひなの方を見て笑う。

「これで上の階に上がれるな」

「はい……でも、あと何回……階段を上れば、最初の場所なんでしょ?」

確かにと感じさせる言葉。
ひなとエリオのいた階で時間がかかっているのだから、上に行けば行くほど時間はかかる。尚且つ、階段探しで時間を潰している間にもミエハネの生死は死に近づくだろう。
階段をもくもくと上がり、次の階に出る。見えないほどに真っ暗な廊下。
近くにいるはずのひなの顔すら見えない。唯一見えるのは、上がってきた階段だけ。

「ひな?いるか?」

「は、はい……います」

「【光の玉ライトボール】」

廊下を強い光で照らす。
ユリィのすぐ横にひながいた。
魔法を出したユリィは人差し指で光の玉を中に浮かばせつつ廊下の先を照らす。今度は先の見えない長い廊下が3つに別れている。とりあえず進むことだけを考えて、まずは左にある廊下をひたすら真っ直ぐに進むことにする。
10分後。不可解な現象。
真っ直ぐに進んだはずが、右の道から元の場所に戻ってくる。
ひなとユリィは互いに驚きながら、真ん中の道を進みだす。だが、今度は左側の道に出る。
風はあるか確認したがなく。抜け道があるのか歩きながらひたすら壁を触ったが何も起こらずにまた元の場所に戻ってくる。いや、戻ってきてしまう。

「どうなってるんだ?」

「どの……道も…戻って……くる」

同様の漂う空気の中に自然と紛れ込んできた声があった。

「魔力で道を辿るんだよ」

「え」

「起きたのか……」

紛れ込んできたのはユリィに背負われているレイトだった。
レイトはいまだに眠たげな表情をしながひなを見てからうんと頷く。

「魔力で道を辿る役目はひながやれ、ユリィはそれについて行け」

「え……私?」

「ひな、できるか?」

ユリィの言葉に一度俯くが、ここで迷っている間にもミエハネは死の瀬戸際に立たされているかもしれない…そう考えると迷っている暇など無いとひなは即断する。

「わかった、やって……みる」

「サポートはしてやる」

力強く頷くひなにレイトは優しく微笑みつつ、頼れる一言を言う。
サポートと言っても、魔力感知の仕方などを教える程度なのだが、それでもひなに取っては心強かっただろう。

「とりあえず力を抜いて、目に魔力を集中させろ」

「ふぅ~」

深呼吸をして集中力をあげていく。
レイトの言う通りに目に魔力を集中させていくと徐々に見える世界が変わっていく。ひながまず見たのは魔力の粒子だった。キラキラとその場を漂っているが、よく見ると粒子たちが一筋の線を作って先に続いている。

「出来たらでいい、そのままを維持しながらゆっくり進んでくれ」

ひなは集中力を落とさずに一歩足を出すと、ぐにゃりと視界が魔力の粒子が見える世界と見えない世界が混ざりあって気持ち悪くなる。だが焦ってはならない、この維持を慣れなければならない。今後のためにも。
ひなはゆっくりゆっくりと粒子の線を辿る。焦らずにゆっくりと、けれど少し急ぎ足で。

「すごい集中力だ」

「元々ひなには魔力操作が上手かったからな、これはその応用みたいなものだから慣れればひなの戦いに幅が生まれるさ」

「そうだな、魔力の粒子が見えるのと見えないのとじゃあ雲泥とまでは行かないけど結構変わるからな」

ゆっくりと進んでいく道のりでそんな会話がされていたが、ひなは魔力操作に苦戦していたため何も聞いていなかった。
スタート地点から約20分間でゴール地点である上の階に行ける階段につく。
その時とほぼ同時にエリオが目を覚ます。

「あれ………私」

「エリオ!?目が覚めたの?」

エリオの声にいち早く反応したひなは、一度エリオを床に下ろしてから振り向く。最初は状況がわからずにいたが、次第に自分がしていた行動を思い出すとエリオは取り乱しそうになる。
その気持ちを誰よりも理解していたレイトは何も言わずにユリィの肩を少し強く掴む。その事に気づいたユリィだったが何も言わずにそっとしとく。

「ひな……私、わた…し」

「大丈夫だよ、エリオ…は……今も大事な家族で…友達で……親友……何も変わらない、例え変わっても……エリオはエリオだから」

にっこりと笑って見せたひなに涙を溢すエリオ。ひなは許して、かっこいい言葉をくれた。後は自分しだい。
エリオは涙を拭い、満面笑みで感謝した。

「ありがとう、ひな!
……あなたひなは私が守るよ」

「ありがとう……エリオ」

フフと、笑い会う二人。
それを見ていたレイトとユリィは思うのだった。
今の時代の女の子は男よりも逞しい__と。
こうして助け合いながら上の階に繋がる階段を上がり始める四人の次なる目的地はミエハネがいる場所となった。
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