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本編

13・不思議な気持ち

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レンタル業を始めたのは、友人の勧めだった。
本当に何気ない話で、「お前、人が好きじゃん。今流行ってるしやってみれば。」なんて、気軽に言ってくるから、そんな簡単にできるものならって、サイトに登録した。
会社は副業禁止だから、アルバイトにならない頻度、1ヶ月に2回くらい。相手の選ぶプランで値段が跳ね上がるから、そこも絞って安くて簡単なものだけしか選べないようにした。
だからか、女の人が多かった。
男手が必要になるプランは高い、誰でも出来るようなプランは安い。
俺と散歩をしたがる男性はおらず、大概は何かを心に抱えている女性だった。
人と話したり、相談を聞くことは割と好きだから、楽しかった。それと、手繋ぎオプションをつける頻度も高い。
女の人は、みんな可愛い。
夏は薄着になって可愛いし、冬はもこもこしていて可愛い。
楽しそうにご飯を食べるところや、辛いことで悩んで悲しんでいる姿も、俺にドキドキしている顔も、全部含めて可愛い。

「三枝、レンタルどう?やってる?」
三嶋が声を掛けてくる。
同じ三が付くからって、会社では散々コンビとか呼ばれて、からかわれている。何が散々かと言えば、三嶋が関わるとロクなことにならないのに、俺が楽しんで付き合っているから、だ。
散々振り回し、振り回されている、ということらしい。
「うん、面白いよ。プライバシー保護の為に、何も話せないけどね。」
「クッソー!それがあったか!面白い話が聞けると思ったのに…!」
三嶋は、人の不幸が蜜の味タイプなので、もし話せたとしても話したりしない。
俺のお客さんは、三嶋を楽しませる為に辛い思いをしてるんじゃないんだから。
「大体、相談ごととか、話を聞いて欲しいっていうのが多いかな。あ、この前は受験結果を一人で見るのが怖いからついてきてっていうのはあったけど。」
「落ちた?」
「受かってた。」
「ふうん…」
不満そうである。
何で不幸が面白いのか、一度聞いたことがある。
三嶋曰く、自分より不幸そうな奴を見ると気持ちがスッと晴れて気分が良い。悲しんでいる姿を見ると、笑えてくる。
俺には全く共感できなかった。
そして、そういう感性を持ち合わせる三嶋に、興味が湧いた。
そして三嶋も、人が好きだという俺に、興味があるらしい。
「なあ、三枝。女の子、食ったりしないの?」
「しないよ、普通にさよならする。」
「誘われるだろ?」
「断るよ。」
「誘われてんのかよ!クソッ!」
面白くなさそうである。
「まあ、三枝の容姿と性格なら仕方ねえか。」
女たらしだと言われる。
たらしている自覚はないけれど、昔から女の子には優しくすべしと育てられたのが大きいと思っている。
「三嶋が女の子にモテないのは、その不幸が好きなところだと思うよ。」
「女の子の前だと見せないんだけどなあ。」
いや、分かるよ。女の子は特に、よく見てる。よっぽど三嶋みたいな男が好きだっていうなら別だけれど、大体は自分を幸せにしてくれなさそうだなと気づく。
「食ってはいないけど、連絡先くらい交換したんだろ?」
「いや?支給されてるスマホでやり取りするから、私物は使わない。」
「はあー?何でそんなちゃんとしてんだよ!つまんねー!」
「信用で成り立ってる仕事だからね。」
あとは、女の子が俺に依存しない為。ホストみたいなものだから、私生活で繋がってしまったら、俺の生活も乱れてしまう。
それと、出来るだけ同じ人の依頼は受けない。新規依頼から受け付けて、時間が重なったらお断りしている。
人は好きだけれど、問題ごとに自分を突っ込んでしまうと、疲弊してしまうから。
大学生の頃は、それでよく色んなことに巻き込まれて、心が折れたこともあった。
「三嶋、仕事終わったの?」
「いや、まだ。」
「戻れよ…俺は帰る。」
「早いじゃん!おっ、まさかレンタル…?」
「そう、だから帰る。お先に。」
三嶋を置いて会社を出ると、外は大雨だった。着替えは会社で出来ないしなあ。
傘をさして駅へ向かい、待ち合わせの駅のトイレで私服に着替えた。余計な荷物はコインロッカーにしまっておく。身バレしないようにするのも、大切なことだ。
ただ、源氏名だけは慣れなくて、下の名前を使っている。まあ、響きが元々源氏名っぽいから、ちょうどいい。
今日の予定は、夕食を一緒に取ってほしい、だった。
駅でお客さんと会い、予約してくれているお店へ向かう。
お客さんは、息子さんを亡くされたご婦人で、今日がその誕生日だったらしい。年が一緒の俺と食事をして、息子さんを思い出したかったそうだ。
すごくいい人で、帰りに濡れるだろうからと新品のタオルまでくれた。
ゆったりと思い出話を聴きながら、食事を終えて店先で別れる。
世の中には、色んな人がいる。俺はそれを知る度に、人を好きになる。

大雨がやまない帰り道。最寄駅のホームで電車を待っていると、改札からフラフラと女の人がやってきた。
傘もささず、濡れてグッタリしている。こんな夜遅くに大丈夫だろうか、疲弊して今にも倒れてしまうんじゃないか。このまま、ふらりとホームに落ちてしまったらどうしよう。
小さなハンカチを取り出して、髪や服を拭いているけれど、拭き取れるはずもなく、ため息をつく。
「もうやだ…」
泣いているように聞こえた。
「大丈夫ですか?」
気づけば声を掛け、タオルを差し出している自分がいた。
「あっ…えっ…ありがとうございます。」
目が合った彼女は泣いていなかったけれど、心では泣いているのかもしれない。
なんのかんのと世話を焼いてしまい、同じ車両に乗った。
きっと、見ず知らずの男から親切にされて、気持ち悪いと思っているかもしれない。だけど、倒れて怪我をするより良いと言い聞かせて、揺れる車内で掴むところのないフラフラの彼女の背中を支えた。
雨の匂いと、彼女からする甘い香りが、鼻孔をくすぐる。
不埒なことを考えないよう、乗り換えの駅まで脳内で素数を数えた。
別れ際、彼女が微笑んでいたから、脳に焼き付いてしまった。


仕事中に少しぼんやりしていたのを、目敏く見つけられて、三嶋がニヤニヤ話しかけてくる。
「なに、昨日そんなに面白い事あったわけ?」
「まあ…でも教えられない。」
「いや、いいよ。三枝がぼーっとしてることなんてあんまり見られないから、よっぽどのことがあったんだなって、勝手に想像しとくわ。」
ケケケッと声を出して、下卑た笑みを見せる。
「よっぽどなのかな…分かんないや。」
「…いや、よっぽどだね。人が好きでも一線引いてるところがあるのに、私生活に支障が出てるんだ。」
「そうか…」
三嶋がコーヒーを飲んでアチっと言った。
「人が好きって言いつつ、人に冷たいところが、三枝の良いところだよ。人間は矛盾を抱えてなきゃな。」
「俺、冷たい?」
「人が好きだからって、誰にでも優しくしてたら聖人君子だ。もしくは、頭が壊れてるよ。お前は壊れてない、人間らしくていい。」
「…三嶋、俺のこと好きなんだな。」
「気持ち悪いこと言うなよ。仕事しろ。」
そっちが話しかけてきたのに。
三嶋は席を立ち、俺は仕事を続けた。

なんとなく、昨日の駅に来てしまった。
会えるはずもない。
昨日あの時間だったのだから、もしかしたら今日も遅いかもしれない。
逆にフレックスで早く帰っているかもしれない。
せっかく来たのだから、と近くを少し歩いて、定食屋に入って夕飯を食べて帰ることにした。
もしかしたら、あの人もここでご飯を食べたことがあるだろうか。
バッグの中で、スマホが震えた。
私物はポケットの中だから、支給されている方のスマホ。
メールを確認したら、初めての人からだった。
レンタル会社のサイトから予約をしてくれたらしい。
内容を確認して、予約完了の返信をしておく。レンタル会社にも連絡をして、土曜の予定が決まった。
もう、今月はサイトに予約フォームを出すのはやめておこう。
のんびり食べ終わってから店を出ると、昨日降った雨のおかげで、雲ひとつない空に月が浮かんでいた。
駅に戻ってホームで待つ。
離れたところで、女性が二人楽しそうに話していた。






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