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本編

16・掴み取るものだった

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女性向けのホテル予約サイトを眺めて、美味しそうなメニューのランチブュッフェがある場所を選んだ。
食べ過ぎて動けなくなったら、そのまま部屋に行ってしまえばいいと、予約もしておく。
彼女はきっと遠慮をして半額出そうとするだろうから、先に全てカード決済しておいた。払う隙がなければ、言い出すタイミングも無くすだろう。
「三枝、落ち着きなくね?」
ギクリとしたけど、顔には出さない。
「そう?」
「浮ついてる。あのパーティーの時の女子と見た。」
面白いオモチャを見つけたと言われている。
墓穴を掘りたくないから無視をしておいた。
「図星だな。ほおー三枝がねえ、進展したら教えてくれよ。」
変わらずスルーしていると、ずっとニヤニヤしてきてイラついたので、仕事に戻った。


バッグの中身は、着替えと避妊具の箱。
否が応でも期待するでしょ。
この前と違って、事前に一泊するって了承を得てるんだから。準備と心構えが出来ている。
それと、これを最後のレンタル業にしようと思った。
待ち合わせ場所の駅で待っていると、花がほころぶようなって表現は彼女の為にある、って感じのヒリカさんがやって来た。
思い出せないくらい久しぶりに心臓が高鳴って、ドクドクいってる。
普段通り、普段通りにしないと。
彼女の手を取って歩きだし、ホテルへ向かう。
ほんのり頬が染まっている彼女は、髪型もアップだから細いうなじが丸見えだ。ヌーディカラーのワンピースは、手足が透けて見えていて、前と違って艶っぽい。
煽られてる。
いや、ヒリカさんのことだから、考えてなさそうだな。
だから、これは俺の邪推だ。
「ヒリカさん、かっちり目でってお願いしたの俺なんだけどさ。」
声に反応して、小首を傾げる。
そんな態度すら…
「…思った以上に可愛くて、直視できない。」
「なっ…えっ…!」
真っ赤になって動揺するひりかさんを、からかおうと思ってたのに、翻弄されているのは、俺の方。
お互い、ちゃんと顔を合わせられない。
この後のことを考えると、そんな学生みたいなことしてられないから。
「ごめん、ちょっと照れたけど、もう大丈夫。もうすぐ着くけど、お腹空かせて来た?」
「あっ、はい!ぺこぺこです。」
「俺にはヒリカさんをお腹いっぱいにする使命があるからさ。」
「えっ!いや、本当、普通に食べてますよ、私!」
「ううん、ダメだそのレベルじゃ。」
そうそう、この感じ。
調子を取り戻して来た。
そのままホテルに行って、フロントに荷物を預ける。彼女は慣れていないみたいで、フワフワ楽しそうにしていた。
こういう反応してくれると、選んだ甲斐があるなって思う。
レストランでは、一杯だけアルコールがついてくるので、出来る限り水を飲んで肝臓に頑張ってもらった。
酔って勃たないのだけは、勘弁してほしい。
彼女は、前菜をモリモリ食べて、リゾットもメインも平らげて、デザートも全種類食べていた。うんうん、いい食べっぷり。
見てるだけで、楽しい。
もう入りませんって顔をしていたから、チェックインをすることにした。

部屋は広くて見晴らしのいいところを選んだ。曇ってはいたけれど、悪くない。
照れて固まっている彼女を抱きしめて、誘って、昼間から欲のままに抱いた。細いうなじや、すべすべの背中に何度も跡をつけて、征服欲を満たす。
果てた後も離れたくなくて、つい思ったことを口に出してしまった。
「ねえ、俺たちって…運命的だと思わない?」
クサい台詞、声に出したら恥ずかしくなって、誤魔化すために額にキスをする。
彼女は笑って、ポロポロと涙をこぼした。
「…どうして泣くの?」
キレイな涙を指で拭えば、震える唇が俺を煽る。
「あなたが…好きだから…」
そうか、それだ。
運命なんかじゃない、俺がヒリカさんを好きなんだ。
「はあ…どうしてこんなに可愛いんだろうって思ってたんだけど、そういうことだったんだ。」
ぐちゃぐちゃになった紐が解けて、ヒリカちゃんに繋がっていた気がした。
手放したくない。
通じ合った想いを引き寄せて、俺は彼女を幾度も抱いた。


体力の限界で寝落ちしてしまったヒリカちゃんを眺めているだけで、幸せだった。
いやまあ、たまらずにキスはしたけど。
スヤスヤと眠っている彼女のくちびるを、もう一度味わおうとしたら、スマホから着信があった。
無視していると、何度もかかってくるので仕方なく、ベッドから離れて通話ボタンを押した。
「よう、三枝。お楽しみのところ悪いんだけど。」
「ああ、すごく悪いね。何?」
「不具合が出てな。」
「…データ送って。」
出勤はしてないけれど、休日でもたまにこういうことが起きる。
何で今日に限ってこうなんだろう。
やっと、彼女と思う存分…色々できるのに。
送られてきたデータを確認して、不具合を確かめる。
彼女が起きるまで、仕事だ。

窓の外が暗くなった頃、彼女が目覚めたので、ルームサービスを取ることにした。
断りを入れて電話をし、三嶋に状況を確認すると、無事に終わったらしい。
ホッと一息ついて安心したら、バスルームから出てきた彼女に、欲情した。
今すぐ抱きたいけど、それを言ったらさすがに怒られそうだから、夕飯を食べ終わってからにしよう。

じっくりとヒリカちゃんを味わってから眠りにつき、翌日は気分爽快で、俺の生きていた世界はこんなに輝かしかったのかと思った。
彼女の手を取り朝の街を歩けば、映画のワンシーンのようで、浮かれる。
途中、前に食事をしたお客さんに声を掛けられたから、今後はレンタル業を辞めることを伝えた。
「もしかして、彼女のせい?本当は、お客さんじゃないんでしょ。」
お客さんがニヤッと笑って、ヒリカちゃんを見る。
「守秘義務ですよ、エリさん。」
「本当、ジョージってそういうところがクソ真面目なのよね!つまんないのー!邪魔して悪かったわね、じゃあね!」
別れて歩き出すと、ヒリカちゃんは下を向いてぼんやりしている。
「どうしたの、ヒリカちゃん。」
声に反応してハッとした彼女が、ほわっと笑った。
「なんでもないの、ちょっとぼーっとしちゃって。」
「そっか。お店、もうすぐだから。」
「うん、楽しみ。」
そう言った彼女は、一日中、ずっとぼんやりしていた。
やっぱり、朝会ったお客さんのことが原因かな。
きちんとレンタル業を辞めることも言ったし、断ったんだけれど。何かまずいことを言っただろうか。
帰り際にキスをして、また連絡するねと約束したけれど、彼女は微笑んだだけだった。


それから、ヒリカちゃんと連絡が取れなくなった。


どうして、メールアドレスだけで大丈夫だと思ったんだろう。
フリーアドレスなんて、いくらでも潰しがきくじゃないか。
彼女が聞いてくれたら教えようなんて、驕っている。真面目な彼女が自ら俺に聞いてくるわけないじゃん。
いや違う、そうじゃない。
聞いて欲しかったんだ、彼女から。
彼女に求められたかっただけだ。
「三枝、最近ずっと顔が死んでるけど、例の彼女とケンカでもした?」
ここ1週間ほど残業が続き、同じように死んだ顔をしている三嶋を見て、天啓が降りた。
「…お前がいたか。」
疲れた顔から一転、楽しそうにニヤリと笑った。
「はあ?何、取引でもするか。」
理解が速くて助かるなあ。
「三嶋、先月のパーティーって、誰から誘われた?」
「大学時代の腐れ縁から。知りたい?」
「ああ、知りたい。」
「俺に、どんなメリットがある?」
同じように、ニヤリと笑って答える。
「今、この会社で一番情けない男の話をしてやるよ。」
俺は、自分を売ることにした。



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