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灘川編

(12)奇跡?転機?掴むぜ好機。

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先週、末さんから召集がかかり、金曜日はいつものメンツで飲み会になっていた。
営業先から直帰して店に向かう。集合時間を大分過ぎていたので、店に入ると、既にみんな出来上がっていた。

「おつかれー!」
「お疲れっす!」
松田と阿部はまだ顔が赤いくらいだが、女子2人はそこそこ酔っ払っていた。2人でクスクス笑いながら何やら話をしている。
「この2人、どうしたの?」
「なんか、今日は気合い入れてるらしいっす。よくわからんけど。」
阿部がハイボールを飲みながら、ゲラゲラ笑っている。
松田は末さんの方を見ながら、メニューを渡して来た。
「まぁ、座んなよ。ビール?」
「サンキュ。ビールは来た時に頼んだ。」
と言うと同時に、店員が運んで来た。
ビールを受け取って乾杯する。
焼き鳥とサラダを頼んで、残っているものをつまみながら、ビールを飲む。
女子は相変わらず2人で何やら話していて、たまにこちらを見てはキャッキャと笑っている。
これ、俺の苦手なやつだ。でも、やってるのが木実と末さんだとあまり嫌悪感がない。多分、本性を分かってるからだと思う。

耐えきれなくなった松田が、末さんの隣に移動した。
「ねえー!末ちゃーん!2人で何話してんの?松子にも教えてー!」
女子ぶれば、内緒話に混ぜてもらえると思ったのだろうか。
「えー、松田ー?ほとり、どうする?」
末さんがほとりを見ると、少し困った顔をしてから、コクリと頷いた。
「やったー!松子嬉しーい!」
まじか、成功した。だからと言って、俺も女子ぶることはない。
もし必要なことなら、絶対に話してくれるだろうし…多分、きっと。
女子3人姦しい状態になっている。
「きゃー!やだー!このみんってばー!頑張ってねー!」
「声がデカいんだよ松田。」
「ごめーん!松子テンション上がっちゃったー!」
すごく楽しそう、ではある。
ふと隣を見ると、阿部が何なら携帯電話をいじっている。
「サーセン、みなさん。俺、彼女と会う約束あるんで、早めに帰らせてもらいます。」
飲み代を俺に渡して、席を立つ。
「じゃ、ハッピーウィークエンド!」
「ヒュー!彼女とよろしくやれよー!」
「バイバーイ」
「お疲れ」
彼女か…
振り返ると、木実とバッチリ目が合ったが、スッとそらされた。
普段だと、にこぉってぐらい笑うのに。一体どうしたんだろう。

阿部が帰った後、なんだかんだで解散することになった。
「灘川、私ちょっと松田と登山グッズ買いに行かなきゃいけないから、ほとりのこと頼んだ。」
「え?今から?店やってんの?」
「あるある。松田が買い忘れしてんだもん。じゃあね!」
「灘、俺これから末ちゃんとデートだから!」
松田は額辺りで2本指をピッと出しながら、末さんに引っ張られて去って行った。
そして木実と2人残された。社外で2人になるのは、初めてかもしれない。
「木実、帰る?」
帰りたくないなーと思いながら聞いてみると、首を左右に振った。やった。
「もう一軒行く?」
木実はニコッと笑って頷いた。

2人してお酒が好きなのと、俺がちょっとカッコつけたかったのもあって、2軒目はバーにした。
木実が普段と違ってしおらしいのと、テンションがおかしいから、あんまりアルコール度数が高くないものを勧めたり、マスターにお願いして薄く作ってもらった。
それでもガンガン飲むから心配になる。
「木実、水飲んでる?」
「うん!」
ニコニコしながら頭が左右に揺れているが、まだ正気を保っているみたいだ。
俺も結構飲んだから、いい気分でそこそこ酔っ払ってる。木実を最寄りまで見届ける使命があるから、理性的なだけ。
水を飲んだ木実が、じっと俯いている。
「気分悪い?」
「違うの。」
もにょもにょと何か言っているのだが、よく分からない。
何かを捨てたいってのは聞こえた。
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
真っ赤な顔をして、瞳をうるうるさせた木実が言ったことは、想像を遥かに越えていた。

「灘くん、私の処女をもらってくれない?」

酔いと願望が見せた幻覚かな?と思ったけど、今にも涙をこぼしそうな木実を見ると、現実のようだった。
一気に酔いも覚めた。

「マジで言ってんの?」
「うん。」
「え、何で?」
手汗がすごい。
木実がもじもじしながら、チラチラとこっちを見る。
「アラサー処女の面倒見るの嫌?」
これ以上余計なことを言ったら、チャンスを逃すかも。
もし間違って、他の男に取られるくらいなら、俺がもらう。
「…俺でいいの?」
木実、実は俺のこと好き?
聞きたくてたまらない。
テーブルに置いていた俺の手を、木実の柔らかくて小さい手がぎゅっと握る。
「灘くんが、いいの。」
俺の理性よ、さようなら。
木実が可愛すぎて、今ここでむしゃぶりつきたいくらいだけど、とりあえずここを出よう。
場所を変えよう。
うん、俺の家一択。
木実の処女をもらうのに、誰でも使えるラブホテルになんて行けない。
掃除しておいて良かった。
「出よっか。」
ふわふわした足取りの木実の手を引きながら、バーを後にする。

もう何年もセックスなんてしてないから、避妊具を持ってない。
「コンビニ寄っていい?」
「うん、お水買うー。」
にぱっと笑う木実の細い首筋に目がいってしまう。
これから、そこにも、その下にもキスして印をつけて、俺のものにできると思うと、血液が下に集中しそうになった。
落ち着け、落ち着け。まだだ、焦るな。
木実の手を引きながら、水2本をカゴに入れ、生活雑貨の棚の前に行く。
「あ、灘くん!コンドーム買うの?」
キャー!と顔を手で覆うように見せたが、箱をガン見して手に取っている。
「これね、これにするー!」
カゴに入れたのは、0.02ミリの薄型24個入り。このコンビニに売ってる中で、一番量が多いやつ。
「そんなに、いる?」
あ、やべ。余計なこと言った。恐る恐る木実を見ると上機嫌。
「ふぇ?いっぱいいるでしょ?」
いります!いっぱい、いります。使わせてくれるなら、いくらでも!
「うん、そうだね。」
「早く行こ?」
俺、明日の朝目覚めなくても良いかもしれない。いっそ腹上死させてくれ。
とっとと会計を済ませて、木実の気が変わらないうちに駅へと急ぐ。普段は各駅で帰るけど、快速に乗った。
駅から歩いてそんなにかからないから、木実もフワフワのまま家にたどり着いた。

鍵を開けて中に通し、ひとまずカーペットに座っていてもらう。
「水飲む?」
「うん」
ペットボトルを渡しておいて、多少散らかってるものを片付ける。
木実はぼんやりと水を飲みながら、辺りを見回している。
「木実、シャワー使う?」
「んー、タオル貸してー」
洗いたてのタオルを渡して、風呂場に連れて行く。
「脱いだ服は、洗濯機の中に入れておいて。洗濯ネットそこにあるから使って。」
「ありがとう」
全自動乾燥機付きだから、朝には乾いて着て帰れる。帰したくないけど。
ドアを閉めると衣擦れの音がして、うっかり想像してしまう。
やばいやばい、好きな女の子が家に来てシャワーを浴びているというシチュエーションに、勃つ。
手持ち無沙汰で仕方ないから、買った水を飲んで、スーツをハンガーに掛けた。部屋着を出してから思い出す。
木実に着替えを渡してない。
焦ってワイシャツを出し、少しだけドアを開けて中に置いておく。
ドライヤーを出してコンセントも刺しておく。
あとは、あとは、と考えていると、タオルを肩にかけて俺のワイシャツを着た木実が出てきた。
ゴクリ、と喉がなる。
「着替え、ありがとう。」
照れて視線を合わせられない木実が、もじもじとワイシャツの裾を下げていた。
あ、見えそうってことね。メンズMサイズじゃ短かったか。
「あんまり、見ないで。」
「ごめん、ドライヤー出しておいたから、髪乾かしてて。俺もシャワー浴びてくる。」
こくんと頷いて、カーペットに座り髪を乾かし始めた。
変態って言われてもいい、あのカーペットになりたい。

手早くシャワーを浴び、風呂から出ると、ワクワクした顔で待機している木実に迎えられた。
「いらっしゃいませ、ヘアサロンほとりでーす。お客様、ブローいたしますのでこちらへお座りください。」
「あ、お願いしまーす。」
膝立ちになったほとりの前へ座った。本当に前が見えそうだ。
フワッと香るシャンプーの匂いが自分と同じで、情欲を掻き立てられる。
熱風を当てながら、木実の柔らかい手で髪を撫でられると、背筋から頭までゾクゾクした。これは、とてもやばい。
振り向いて抱きしめてキスして押し倒したい。
でも、そんなことしたら木実は怯えてしまって、最低の初体験になってしまう。
絶対に甘々に優しくして、メロメロに気持ちよくして、もう俺とじゃないとセックスできないってくらいズブズブにしてやる。
「はい、できました。」
「ありがとう」
美容師木実は、とても満足そうな顔をしていた。

2人で並んでシングルベッドに座る。
心臓がバクバクいってる。心底好きな女の子を抱く、それも処女を。こんなに緊張するもんなのか。
木実も緊張しているようで、手に力が入っていた。
ひとまず、触れ合いに慣れてもらおう。
「木実、こっち向いて。」
そっと覗うように視線を向けた木実は、とてつもなく艶っぽかった。
もう、ズボンの下はパンパンになっている。
何度か深呼吸をしてから、肩を引き寄せて抱きしめる。温かくて、柔らかくて、腕の中に収まると、元からあったんじゃないかって思うくらい馴染みが良かった。
ずっと、抱きしめたかった。
よく2年以上も我慢できてたな。
明日からは絶対に我慢できない自信がある。
背中に回した手を、そっとさするように動かし、指先で背骨をなぞる。
耳元で小さく息を吐く音がした。
血が熱く巡る。
そっと体を離して、上気した頬を撫で、赤い唇に触れるだけのキスをする。
聞かなきゃいいのに、つい聞いてしまう。
「キスしたことある?」
目の前の可愛い女の子は、唇を尖らせて拗ねるように言う。
「それくらいはありますー!男の人と付き合ったことあるもん!」
「どんなキスしたの?」
思わず低い声が出てしまった。
木実は気付かずに考えている。
「よく覚えてないけど、舌入れるやつはした。」
元彼への殺意がすごいけど、覚えてないなら、俺の記憶だけにすればいいよね。

「目を閉じて」
静かに目を閉じて顔を少し上げてた。
これは、俺のキス待ち顔…
ずっと眺めていたいけど、今すぐぐちゃぐちゃにしたい。グッと堪えて、肩に手を置き後頭部に手を添え、そっと口づけた。
何度か角度を変えて触れるだけのキスをすると、慣れてきたのか緩んだ顔をしていた。
「んふふ、灘くんのくちびる柔らかいね。」
「木実の方が柔らかいよ。」
果実のような下唇を食み、ペロリと舐める。何度も往復し、開いた隙間から舌を差し入れる。びっくりして奥に隠れた舌を追わず、唇をしゃぶり、上前歯の内側や、上顎の粘膜を舌先で撫で回す。
恐る恐る出てきた小さな舌の裏側や、ザラついた部分を舐め、優しく舌を吸う。
木実の唾液は甘くて、アルコールの味がした。
口を離すと、唾液が糸を引き雫になって溢れた。
木実の顔が真っ赤になって、開いた目はとろんと蕩けるようだった。
「はふ…、気持ちいい。もっかいして」
カーッと頭に血が上って、何度も何度も深いキスをした。
優しく甘噛みしたり、木実が舌を入れてきたりと、ちょっとずつ進歩している。

「はぁ…はぁ…」
木実の息が上がっている。目は涙で潤み、まぶたもピンクに染まり、唇は真っ赤で濡れている。扇情的で、とてもいやらしい。
「木実、やらしい顔してる。」
「灘くんがえっちなキスするから…」
唇を尖らせて可愛いことを言うから、そのままチュッとキスをする。
「気持ちよかった?」
「うん…頭おかしくなるかと思った。キスでこんな風になるんだね。」
勝った…今、木実のキス史上No.1になった。
自分の思考が、あまりにもガキっぽくて困る。
「灘くん、なんか慣れてるね。やっぱりモテるから場数が違うのかな。」
ちょっと不機嫌そうな顔をされて、すごく嬉しくなった。
でも、そこまで場数踏んでないです。
大体、付き合っても何かする前にすぐ振られるんだよ。思ってたのと違うって言われて。
自分を出すと振られるから、誰も俺のことを受け入れてくれる人なんていないと思ってたんだ。

「いや、ほんと全然そんなことないんだよ、実際。」
「えー?そんな顔良くてカッコよくて、仕事できて性格まで良かったら、モテない訳ないじゃん。世の中の女の子みーんな灘くんのこと好きになるよ!」
なぜか自信満々で言い切られた。

木実は、俺のこと好きになってくれる?
俺は、木実にだけモテたい。

「ありがとう、続きしよっか。」
木実は、満面の笑みで頷いた。


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