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しおりを挟む「倫音ちゃん、これ二番テーブルね」
「はい」
早くもミール系の注文が入り、カウンターの奥が慌ただしくなってきた。そんな小田さんの様子を見ながら、史乃さんが楽しそうにコーヒーを飲んでいる。
やっぱり二人は理想のカップルで、見ているだけで幸せな気持ちになる。
オーダーを取ったり、お水を注いだりしていると、勢いよくドアが開き、大きな音を立ててベルが鳴った。
驚いて振り返ると、スーツを着た日晴くんが肩で息をしながら店内に入って来るところだった。
「倫音さんっ…!」
辺りを鋭い視線で見渡してから、大きく息を吐き、近づいてきた。
「良かった、何もなさそうで」
「日晴くん…」
急いで来たのか、セットされていた髪が乱れている。
カウンターの奥から出てきた小田さんが、私の持っていたトレーを史乃さんに渡した。
「責任を取るように」
史乃さんは破顔して頷いた。
「まっかせといて!」
そして、私と日晴くんをバックヤードに押し込んだ。
二人見つめ合い、時が止まったように思えた。
「バイトのシフトだったし、倫音さんのことだから、間違って打ってる途中で送信しちゃったとかだと思ってたんだけど。もしものことがあったらって思うと、気が気じゃなくて…迷惑掛けたよね」
眉が下がって苦笑いする日晴くんに、罪悪感が生まれる。
「ううん、私こそごめんなさい!あの、日晴くんに会ってなかったから、どうしたのかと思って…その…」
「いいんだ、倫音さんは悪くないから。俺がちゃんと連絡してれば」
「私こそ」
お互い、普段の敬語が抜けてしまって、素のままで話していた。
「じゃあ、今度からはちゃんと連絡する」
「…うん、私も」
恥ずかしくなって俯くと、ツヤツヤに磨かれた日晴くんの革靴が目に入った。
「日晴くん、仕事中だった?」
「あー、うんまあ」
下から上へと見ていくと、就活している先輩達が着ているようなリクルートスーツではなく、仕立てのいいきちんとしたスーツなのが分かった。
そうか、日晴くんの落ち着きや余裕は、社会人だったからなのか。
「ごめんね、怒られない?」
「大丈夫だよ、俺がいなくても困ることないし。でも、そろそろ戻らないと」
「こっち」
バックヤードから裏口へとまわり、ドアを開ける。
「お店の入り口と真反対だから」
「ありがとう」
改めて、スーツで髪をセットした日晴くんを見る。
なんていうか、働く男の人ってすごくかっこいい。これは、スーツ効果に違いない。
「迷惑掛けてごめんね、来てくれて…嬉しかった」
言葉にすると、全身が熱くなった。
「ううん、倫音さんに何もなくて良かった。実は…まだしばらく来れないから」
「そうなの?」
食い気味になってしまい、日晴くんが笑った。
「倫音さん、充電させてくれない?」
「充電?」
手を強く引かれて、気づいたら日晴くんの腕の中にいた。爽やかな香水の匂いがした。
「じゃあ、また連絡する」
「う…うん」
すっと体が離れ、日晴くんは走って去ってしまった。
私は、あまりの衝撃にしばらく動けなかった。
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