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しおりを挟む「倫音ちゃん、ソワソワしてんな」
今日のシフトは稲葉さんとだった。
「そりゃそうだよ、日晴くんが来るからね」
「まじっすか?日晴、来るんですか。くっそ久しぶりじゃん」
日晴くんは全スタッフと面識があるため、もちろん稲葉さんも彼を知っている。
ワッと犬みたいにはしゃぐ稲葉さんに、小田さんが釘を刺す。
「稲葉くん。日晴くんはね、倫音ちゃんに会いに来るんだから、絶対に邪魔しないようにね」
「しないっすよー!」
欲望に素直な稲葉さんは、脳直で行動するからな……
「日晴、何で最近来れないのか知ってる?」
「仕事が忙しいって」
「え?あいつ、仕事してんの?!」
初耳なのか、稲葉さんが驚いている。
「この前もスーツで来てましたし」
「へー…なんか以外」
稲葉さんが洗い終わったカップを乾燥機に入れてスイッチを押した。
「そうですか?」
あの落ち着き方なら、仕事をしていても当然な感じがするけれど。
「うーん、なんか俺の地元の友達みたいなんだよなあ。こう、お育ちがいいっていうか」
「稲葉さんの地元の友達、一体どんなんですか」
というか、稲葉さんが何なのだ。
「俺はお育ち良くないからね?普通だから!」
「まあ……そうでしょうね」
「失礼だな!」
ゲラゲラと笑っていると、ドアが開いてベルが鳴る。スゥッとした冷気と共に、待ち人がやって来た。
「こんばんは」
コートを脱ぐと、スーツではなく私服だった。厚めで暖かそうなざっくり編みのニットにツイードのパンツで、ヨーロッパのオシャレな紳士みたいだ。
「よう、日晴!元気だったか?!」
カウンター奥から出て行こうとする稲葉さんの首根っこを、小田さんが掴んだ。
「ぐえっ!」
「稲葉くん、まだ洗い物あるよ。ついでにバックヤードの整理もして来て」
小田さんのナイスフォローに心の中で手を合わせ、日晴くんをいつもの席に案内した。
「倫音さん、久しぶり。声は聞いてたけど、やっぱり会うと違う」
ふわっと笑う日晴くんを見て、体の中で和太鼓が叩かれ始めた。
「ひ、久しぶり…」
お水とお手拭きを置き、カウンターの隣に立つ。いつもの位置だけど、日晴くん側の体だけ妙に熱い。
日晴くんは、小田さんにいつものブレンドを頼んでいる。稲葉さんはバックヤードに行かされたので、店内はBGMだけが聴こえるほど静かだ。
コポコポとコーヒーを抽出する音がして、カウンターにコトリと置かれる。
「ごゆっくり」
小田さんはそう言うと、私にウィンクをして店頭の看板をクローズにし、バックヤードへ行ってしまった。
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