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第6話
しおりを挟む「ママ、私のスマホ見なかった?!」
開口一番、焦った様子でカウンターに駆け寄る。
「やだ、紅子ってば。失くしたの?」
「うん、連絡取らなきゃいけないのに!」
「目につく場所にはなかったけど…困ったわねえ。」
額に手のひらを当て、大きな溜息を吐いた紅子さんと目が合った。
「あら、先週来てくれたお姉さん。」
「こ、こんばんは。」
こんな時、気が利いたことを話せない自分が悔しい。
「警察には?」
「これから交番行ってくる。もしメンバーから連絡来たら、遅れるって伝言しておいて。」
「分かったわ。」
紅子さんは自分が大変なのにも関わらず、私に向かって手を振った。
「お姉さん、また私がいる時にも来てね!」
「はっはい!来ます!」
天にも昇る気持ちって、このことなんだ。
胸が熱くてドキドキしてきた。
立ち去る紅子さんの背中を見送って、ママさんが笑う。
「紅子って、ちょっと抜けてるとこあるのよね。」
見た目は何でも卒なくこなしそうなのに、ちょっと抜けてるのは王道ギャップで可愛いと思う。
「スマホ、見つかるといいですね。」
「うふふ、そうねえ。これからリハーサルもあるし、スマホがないと色々不便だものね。」
「リハーサル?」
「あら、紅子目当てって聞いたから、勝手に知ってるものだと思っちゃったわ。」
ドアの開く音がして、お客さんが入ってくる。
「いらっしゃい。空いてる席へどうぞ。」
ママさんが突出しの準備をしている間に、紅子さんの名前をネット検索してみた。
【紅子・キャロライナリーパー】
紅子・キャロライナリーパーは日本のドラグァクイーン、女装家、ソロジャズ歌手、バンドのボーカル担当である。東京都出身。愛称は紅様、キャロ様。
歌手?!
さっきママさんが言っていたのは、これのことか。
ドキドキしながらスクロールすると、本人から公表されたであろう個人情報が載っていて、私の中の紅子さんデータが更新されていく。
あんなに素敵な人が、お洒落なクラブで歌っているなんて、想像しただけでうっとりしてしまう。
どんな歌声なんだろう。
音楽データの販売などはしているのだろうか。
知りたい、聞きたい。
「かっこいい…」
「紅子、素敵でしょう。」
飲み干していたグラスを下げ、ママさんがドリンクをいるか聞いてくれる。
私はモヒートをお願いして、画面の中の紅子さんを眺めた。
検索した画像は、アーティスト写真のようなものと、このお店の写真くらいしかなかったけれど、美しさには変わりない。
「バンドはSNSのアカウントがあるみたいだから、見てみたら。」
「見ます!」
すぐ検索に引っかかり、確認することができた。
バンドメンバーや、リハーサルの様子がアップされていて、楽しそうに歌う紅子さんの画像もあった。
「うっ…」
もう、ファンになってしまったんだと思う。
自分とは全く違う、綺麗で、美しくて、たおやかな紅子さんに。
応援ありがとうございます!
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