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第3話
しおりを挟む「ティルさん、今のところで何か分からないことはありますか」
ティルはずっと穏やかに微笑んでおり、沙彩の経験上で言えば、こういうタイプは業務が始まってから、足りない部分を補うように質問が出てくることが多かった。
だけどダークエルフだ。
果たして、人間社会で業務に就いたことがあるのだろうか。
本人に聞きたいけれど、なりきりだった場合は失礼にあたるのではないだろうか。いや、職場でなりきりの時点で社会性は欠如しているから、レベルで言えば同じくらいか。
「サーヤは、私が気になりますか」
「え?」
心の中を読まれたのかと思った。
しかし、この見た目で気にならない訳がないのだから、そう言われたのも不自然ではない。
ティルにも自覚があるのだろう。
「まあ、はい。気にはなります」
沙彩の言葉に、ティルの目が煌めいた。
「そうですか」
何か言われるかと身構えたが、それ以外は口を閉じてニコニコと笑うだけ。
沙彩は拍子抜けし、そして真相が掴めずにモヤモヤした気持ちを抱えたまま、昼休憩にはいることになった。
中央にあるテーブルとソファは、誰が座ってもいいことになっている。そこへ出社しているメンバーが集まり、みんなでティルを囲んだ。
沙彩も端の方で参加し、朝コンビニで買ってきておいたパンを食べ進める。
「ティルさんは、どこのご出身なんですか」
熱い眼差しでティルを見つめる女子社員たちは、ティルの隣りを陣取っている。
「田舎の方ですよ。山や森に囲まれていて、いつも走り回って遊んでいました」
野山を駆け回る……やはりエルフなのでは……と、沙彩の疑いが深まる。
「日本語がとてもお上手ですけど、こっちは長いんですか」
「実は、最近来たばかりなんです。ずっと日本で暮してみたいと思ってまして、日本語を勉強しました。」
そうなんだー、なんか嬉しいよねー、と女子社員達が沸き立つ。
勉強熱心なエルフ……沙彩の頭の中で、机に向かい厚いメガネを掛けた、浪人生のようなティルの姿が浮かぶ。
あまりの似合わなさに、一人でこっそりとニヤついてしまった。
「沙彩、また何か妄想したんでしょ」
沙彩の隣で女子達の会話を聞いていた穂乃果が、沙彩の肩を指先で突いた。
「いやちょっとね、フフフ」
「いつも楽しそうでいいな」
沙彩としては、すぐに全然関係ないことを考えてしまう悪い癖だと思っているが、穂乃果はそんな沙彩を楽しそうだと肯定する。
「穂乃果は優しいねえ」
「あら、どうも」
穂乃果と笑い合っていると、突然話しかけられた。
「サーヤはパンが好きなのですか」
女子社員の視線が沙彩に集中し、背中に変な汗をかいた。
「あ、はい。そうですね」
パン屋のパンが一番好きだが、コンビニのパンもそれなりに美味しい。
「そうですか、分かりました」
ダークエルフが満足そうに頷いている。
急に声をかけないで欲しいし、女子社員の視線が痛い。
沙彩は立ち上がると、食べ終わったゴミを捨てて、自席へ戻った。
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