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第8話

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 しばらくして、お腹の空く良い香りがしてきた。
 沙彩は本日初対面の同僚の部屋で、手料理をご馳走になることを客観視し、違和感を覚えていたところだったが、良い香りでどうでも良くなった。
「お待たせしました」
 ティルが運んで来たのは、温かなポトフと、バターがたっぷりのったバゲット、とろけたチーズがギルティなカボチャのグラタンだった。
「美味しそう……」
「どうぞ、召し上がってください」
 沙彩はさっそくバゲットを千切って、ポトフにつけた。じゅわりとスープが染み込んで、口の中へ入れると、カリカリしつつもトロッと柔らかで美味しい。
「んんん!」
 ついつい頬が緩む。
 カボチャのグラタンをスプーンで掬うと、チーズがどこまでも伸びる。それを巻き取って一緒に食べると、カボチャの甘みとチーズの塩加減がちょうど良い。
「喜んでいただけて良かったです」
 穏やかに微笑むダークエルフの保護者感がすごい。
「美味しいです」
 少しだけ恥ずかしくなり、大口を開けて突っ込むのを控えた。
 ティルは所作が優雅で、山の中を駆けずり回っていたとは思えない。やはり、エルフとしての高貴さが出てしまうのだろうか。
 もぐもぐと食べ進めていると、じっと見られているのを感じた。
「あの、なんでしょうか」
 視線が合うとティルの瞳が横に外れ、口元を手で押さえた。
 何だろうか。何か気に触ることでもあっただろうか。
「あまりにも……で」
「はい?」
 途中が聞こえず聞き返すと、両手をテーブルの上に置き、ティルが勢いよく上半身を乗り出してきた。
「サーヤが美味しいそうに食べる姿が、あまりにも愛らしくて困ってしまいます!」
「ええ…?」
 沙彩は理解に苦しんだ。
「昼休みもそうでした。パンを美味しそうに頬張って咀嚼するサーヤは、まるで森の中に住むリスのように可愛らしく、私は今夜絶対に夕食に誘おうと心に誓ったのです」
「はあ…」
 今のところ、はいやええという相槌しか打てていない。ティルの勢いに気圧されている。
「もっと近くで見たい…私はそう思いました。今、目の前で咀嚼をするサーヤが…ああ…神よ…サーヤをこの世に誕生させたことに、感謝いたします」
 沙彩には理解できない高次元の話をしているようだ。
 妄想の中の鹿も小首を傾げている。
 君の親友の鹿でさえ、何を言ってるんだコイツは…という顔をしているぞ、と沙彩は心の中で突っ込んだ。
 一頻り祈りを捧げて満足したのか、ティルが元の位置に戻る。
「さて、そういうことですので、遠慮なく好きなだけお食べください。今後の参考にもしたいので、サーヤの好きな食べ物を教えていただけると助かります」
 二度目以降があるのか。

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