異世界コンシェルジュ ~ねこのしっぽ亭 営業日誌~

天那 光汰

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3巻

3-1

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 1 ホテルグランドシャロンにようこそ


「どうです、恭一郎きょういちろう様。お仕事にはもう慣れましたか?」

 ホテルグランドシャロンの従業員が休憩する控え室。接客をしている表側とは違い、ごちゃごちゃと私物の置かれている部屋で、佐藤さとう恭一郎は声を掛けられた。

「あ、セバスタンさん。いやあ、なんていうか。未だに慣れませんね。人に指導するってのが、どうにも」

 気恥ずかしそうに頬を掻きながら、恭一郎はセバスタンへと視線を向ける。
 雄々しい二本の角を持つ金髪の端整な顔立ち。そしてその左右にある二頭のおすの首が恭一郎を見つめていた。

「ふふ。慣れていただかなくては困りますよ。貴方あなたは今や、このホテルのフロアチーフなのですからね」

 悪魔。魔族とも亜人とも違う、魔界の住人。そんなあやしい種族の彼は、この職場で恭一郎が気軽に話せる数少ない上司の一人だ。

「はは、なんかすごいことになっちゃったって感じですね。特に、女性の方とどう接すればいいのか」

 目下の悩みは、部下である従業員との接し方である。このホテルのオーナーであるロプス家の令嬢シャロンにスカウトされ、ここ三ヶ月ほど従業員教育を任されてきた恭一郎だが、本当に信頼関係を築けているのかが不安であった。

「なんか、言うことは聞いてくれるんですけどね。こう、壁があるというか。……嫌われてるんでしょうか?」

 二十三歳。特別、彼女たちよりも長く生きているわけではない恭一郎である。この異世界に来る前の経験はアルバイトが少しだけ。もちろん、部下を持ったことなど一度もない。

「そんなことはないと思いますよ。むしろ……いえ、それはともかく、恭一郎様の指導は最先端ですからね。彼女たちも、少し困惑しているのでしょう。これまでの経験が逆にかせになっているやもしれません」

 セバスタンが言うには、彼女たちはこのホテルに来る前、若いながらも貴族や商家に仕えていたらしい。経験がある分、新しいやり方に慣れるのに時間がかかっているのだろうとのことだった。

「その点では、ねこのしっぽ亭はやはり素晴らしかったということでしょうね。メオ様にも、メイド長として来ていただきたいくらいですよ」

 微笑むセバスタンに、それは無理な相談だと、恭一郎は笑いかける。ねこのしっぽ亭の店長であるメオは今、単身で店を守っている最中だ。セバスタンも心得ているのか、両肩のおすの鼻を小さく鳴らす。

「さて、そろそろ始業時間ですね。今日は、ちょっと特別なお客様がいらっしゃるんですよ。急なお話だったので、色々と大変になるかと」

 白い手袋をしっかりとはめ直しながら、セバスタンは優雅にきびすを返した。恭一郎も、ちらりと鏡を見た後セバスタンを追いかける。

「へー。といっても、ここのお客様って皆さん凄い方ばかりじゃないですか。どんな方が来るんです?」

 こつこつと歩くセバスタンの横に並びながら、恭一郎はちょいちょいとえりを正した。セバスタンの方をちらりと見て、少しわくわくした表情をのぞかせる。
 そんな恭一郎を不思議な方だと思って見つめながら、セバスタンはフロアへの扉を開いた。

「皇女様が、お見えになります」

  ◆  ◆


「あわわわわ、遅刻。遅刻するー!!」

 走る。唯一の取り柄と言ってもいい自慢の足で大地を蹴る。

「せっかく! せっかく就職できたのにー!!」

 見えた。従業員用連絡口。急ぐ。あらん限りの力を振り絞る。そのままの勢いで扉を押し開いて、ロッカー室へ続く廊下を駆け抜けた。

「おー。シャン、今日も走ってるかー。そろそろ朝礼だぞー」
「おはようございます! 大丈夫です!」

 全然大丈夫じゃないものの、先輩のフェイさんに挨拶をして自分のロッカーをばかりと開けた。急げ急げと、支給されたメイド服にそでを通していく。ああもう、尻尾が引っかかる。
 指でカチューシャを確認して、自慢の狼耳をちょいと整えた。うん。今日もいい感じ。

「ひぃー。急げ急げ!」

 そうして、わたしは皆が待つフロアへと走っていった。


  ◆  ◆


「えっと、皆いますかね……って、またですか」

 恭一郎は、整列した部下達の顔を見渡して小さくため息をつく。ちらりと後ろを見やると、もはやお決まりとなった狼耳がこそこそと列に紛れ込もうとしているところだった。

「……シャンさん」
「はい! いますっ! いますっ!」

 ぴょんぴょんと跳ね、後ろから右手を挙げたシャンシャンが、恭一郎に存在をアピールする。時間もないし、叱るのは後でいいか、と恭一郎はこめかみを指で押さえた。

「今日は、特に大事なお客様がお見えになります。詳しくはセバスタンさんが今からお話ししてくれます」

 恭一郎が、隣に控えていたセバスタンに身体を向ける。マネージャーからのお話とあって、シャンシャン以外の全員が耳を澄ました。一人だけ尻尾の毛並みを気にしているシャンシャンを、恭一郎はため息をつきながら眺める。

「さて。急な話で申し訳ないのですが、今夜、皇女様がお見えになります」

 にこやかに話し始めたセバスタンの言葉に、どよめきが起こる。そんな周囲の反応に、どうしたんだろうという表情でシャンシャンが顔を上げた。

「本当は来訪先の邸宅にお泊まりになる予定だったらしいですが、我がホテルの噂を聞いて是非ぜひ利用したいと仰ったそうです」

 それを聞いた従業員の数名が、なんと迷惑なと眉をひそめる。

「どうも一ヶ月ほど滞在されるみたいです。色々と大変ですが、皆さんで頑張りましょう」

 そう言ってセバスタンは微笑んだが、従業員たちは不安そうな表情を浮かべる。一人が、手を挙げて口を開いた。

「すみません。どこの皇女様がお見えになるんですか?」

 おお、そうでしたとセバスタンが申し訳なさそうに額を叩く。わざとだろうなと、恭一郎はじとりと左肩のおすと目を合わせた。

「アキタリア皇国の第三皇女、サリア様です」

 メイド達の目が見開かれる中、シャンシャンは尻尾の枝毛を裂いてしまうか悩んでいた。


  ◆  ◆


「アキタリア皇国は、ご存じの通り我等が国オスーディアとかつて戦をしました」

 朝礼の後、控え室で今日の予定を確認していた恭一郎に、セバスタンが話しかけた。

「え、そうなんですか?」

 そして、恭一郎の一言に珍しく言葉を詰まらせる。

「……ご存じない?」
「言われてみれば、初めて聞きました」

 そんな馬鹿なと、セバスタンはきょうがくの眼差しを恭一郎に向けた。

「いや、ですが。……恭一郎様はアイジャ様と親しいですよね? 大戦の英雄である『じゅっけつ』がそばにいて、気にならなかったんですか?」

 しっぽ亭に宿泊し続ける珍客。酒好きの爆乳エルフは、大戦期で最も武功を上げた魔法使いだ。戦場に舞い降りた乳神の名で知られる彼女が目の前の男性に好意を抱いていることを、セバスタンは当然把握している。

「あー、そうですね。なんていうか、別にアイジャさんが話したくないならいいかなって。知らなくても、困るもんでもないですし」

 セバスタンの頭がふらりと揺れた。半端な上級魔法程度では微動だにしないはずのセバスタンが、あまりのショックで思わずひざをつきそうになる。

「ほんとに貴方あなたは。……ときおり、貴方の正体を本気で探りたくなりますよ」

 魔界で冥王とまで言われた悪魔は、目の前の丸耳のエルフにお手上げですとばかりに苦笑した。恭一郎が、いいじゃないですかとセバスタンに笑いかける。

「まあ、それが貴方のいいところなのですが。……今回ばかりはそうはいきません。最低限の知識は、持っておいていただかないと」

 セバスタンが、にこりと笑う。うっと嫌そうな顔をする恭一郎だが、断れるはずもない。

「少々、歴史のお勉強です」

  ◆  ◆


「……つまり、アキタリア皇国は大戦中は敵国でしたけど、今は和解していてお互いに仲良くしようねって歩み寄っているってことですね」
「そう、ですね。一時間に及ぶ講義を五秒にまとめてくださってありがとうございます」

 いやあ眠かったですとは言えず、恭一郎は照れくさそうに頬を掻いた。ただ、大筋の理解は間違っていなかったようだ。条約だのなんだのは、もうすでに忘却の彼方だが。

「いや、ちゃんと聞いてましたよ。建前上は友好を目指していても、事実上敗戦したアキタリアはオスーディアに対して複雑な想いを抱いていて。ただ今晩お見えになるサリア様は、皇族の中でもオスーディアに対して特に好意的に外交をなさってる方なんですよね」

 復習する恭一郎の言葉に、セバスタンが少し安心したように頷く。要は、せっかく穏健に考えてくれている方のご機嫌を損ねるようなことがあってはならない、ということだ。

「まあ、事前に深く考えても仕方ありませんよ。まずはお顔を見て、それから僕たちを好きになってもらいましょう」

 あくまでものほほんと構える恭一郎に、セバスタンは全くこの人はと肩をすくめた。あきれると同時に、妙な安心感を覚えてしまったことに、セバスタンは自分でもわけが分からず苦笑する。

「細かいところはセバスタンさんに任せるとして。僕はまあ、いつも通り頑張りましょうか」

 正直、なるようにしかならないと恭一郎は伸びをした。不出来な自分にやれることは、いつも一つ。
 精一杯、頑張ることだけだ。


  ◆  ◆


「アキタリア皇国のマナーは、こっちの貴族とほとんど一緒か。ありがたいな」

 先ほどセバスタンに教えてもらったことのメモを確認しながら、恭一郎は廊下を歩いていた。ただ、この仕事ばかりにかまけてもいられない。
 ホテルグランドシャロン。客室数八十室を誇る七階建てのこの建物は、間違いなくこの世界における建築技術のすいを集めた芸術品である。恭一郎は初めて外観を見たとき、建物を見上げるという久しぶりの感覚に懐かしさを覚えたものだ。
 当然人気が出て、今現在も八割近くの部屋が埋まっている。

「うわっと。す、すみません。って、チーフじゃないですか」

 メモに気を取られていたら、曲がり角から出てきた人影に危うくぶつかりそうになってしまった。おっといけないと、恭一郎は顔を上げて正面を見やる。

「あ、シャンさん。すみません。……って、貴方あなたまた遅刻してたでしょう」

 人影の顔を見た瞬間、恭一郎の眉がわずかに寄せられる。

「わふふー。あれは、ほら。ぎりぎりセーフじゃないですかー。点呼に間に合ったんで」

 シャンシャンは恭一郎の表情を見るや、反省の色もなく恭一郎に笑いかける。尻尾をぶんぶんと振っているところを見ると、むしろ寸前で間に合ったことを誉めてくださいと言っているかのようだ。
 叱る気も失せて、恭一郎は目の前の狼耳少女を一息ついて見下ろした。

「犬の亜人だと、やっぱり足が速いんですね」
「犬じゃないです! シャンシャンは銀狼です銀狼!」

 恭一郎を見上げながら、シャンシャンは失礼なと鼻の穴を膨らませた。胸を張り、誇り高き狼の志を見せつける。

「へぇ。そうなんですか。……ちょっと格好いいですね」

 話を聞いた恭一郎の瞳が、わずかながら興味深げなものに変わる。
 シャンシャンは満足そうに頷いた後、恭一郎に自分の血統の素晴らしさを話し始めた。

「わふふ。でしょう。我が一族はその昔、あの魔王軍隊長であった銀狼王!」
「え? すごいじゃないですか!?」

 アイジャによると、まだこの世界に人間がいた二千年以上も昔、人間と魔族は戦争をしていたらしい。戦争は和平で終結するが、当時の魔王軍隊長の一人を祖先に持つのが、何を隠そうこのホテルのオーナーであるロプス家なのである。そのロプス家と同じ格の家の出ということは、実は目の前の少女はとんでもないお嬢様だったのかと、恭一郎は一瞬どきりとした。

「……の右腕であった白狼王の側近であった黒狼王を、陰ながら支えていたとされる赤狼王が、密かに憧れていたと言われる桃狼王の、伯父さんの隣の家に住んでいたと伝えられている由緒ある家系なのですよ!!」
「あ、この額縁曲がってる。直しておこう」

 こういう細かなところがしっかりしているかどうかで、ホテルの印象はがらりと変わる。危ない危ないと、恭一郎は一歩下がって額縁の角度を再度確かめた。

「うん。よしいい感じ」
「って、ちゃんと話聞いてますか!?」

 もちろんちゃんと聞いている。

「えーと、あと一回遅刻したら減給って話でしたよね」
「ち、違いますよ! 何ですかそれ! ひ、ひどすぎます!」

 ぼそっと吐かれた恭一郎の呟きに、シャンシャンがぶんぶんと尻尾を振り乱して抗議する。ちらりと見た尻尾は綺麗な銀色をしていて、見た目だけならば確かに銀狼王のまつえいと言われても違和感はない。

「ま、冗談は置いといて。シャンさんは何でここで働いているんです?」
「それ、地味にひどくないですか? チーフ、わたしにだけようしゃがなさすぎます」

 遺憾ですと頬を膨らませる狼少女を、恭一郎はじっと見つめる。
 自分でも、まあひどい言いぐさだとは思う。が、ここの従業員はセバスタンが各地から引き抜いてきた精鋭達である。実際、新しい体制に戸惑いは見受けられるものの、皆の仕事ぶりは優秀の一言であった。……一人を除いて。

「わたしは、前の旦那様のおかげでここにいるんですよ」

 かすかにうつむいたシャンシャンに、つい恭一郎の目が留まる。

「もう亡くなられましたけど、いい旦那様でした。本当に、可愛がってもらって。……亡くなる前に、ここの職場に口添えしていただいたんです」

 なるほどと、恭一郎は得心がいった。ロプス家の誰かと親交のあった以前の主人が、シャンシャンのこれからの生活を思い、ホテルの仕事をあっせんしたのだろう。

「だったら、遅刻しちゃだめですよ。……今回までは、大目に見てあげます」

 寂しそうに肩を落とすシャンシャンの頭を、恭一郎は優しくこつんと叩いた。

「……え? ほ、ほんとですか?」

 驚いたように、シャンシャンが恭一郎の顔を見上げる。ぱあと、一気に表情が華やいだ。

「あ、ありがとうございます! わたし、勘違いしてました! チーフはてっきり、血も涙もない冷血漢だとばかり! いやあ、あるもんですね。人には一抹の優しさが!」
「……次遅刻したら、一ヶ月まかない抜きで」

 がびんと、シャンシャンの毛が逆立つ。こつこつと先を行く恭一郎にすがりつくように、シャンシャンは待ってくださいと声を上げた。

「ひ、ひどいです! ご飯を唯一の楽しみに、シャンシャン頑張ってるというのに!」

 後ろからスーツのすそを引っ張ってくるシャンシャンを無視しながら、恭一郎は自分も甘いなぁと反省する。どうも、自分には厳しく指導するというのがしっくりこない。


 ただ、先ほどのシャンシャンの顔が、あのネコミミ少女のいつかの表情を思い出させて……。
 恭一郎は次の仕事へ取りかかろうと、ゆっくりと足を運んだ。


  ◆  ◆


『せっかく皇女様が来てくださるのですから、皆さんでお出迎えしましょう』

 チーフがそう言ったのが夕方頃で、今私たちはサリア様を出迎えるためにホテルのロビーに並んでいる。もちろん全員ではないけど、手を空けられるものは皆集まっていた。

「何も派手な歓迎は必要ありません。いつも通り、礼儀正しくお願いしますね」

 フェイさんも皆も、緊張した面もちでサリア様が来るのを待っている。わたしとしては、それよりもあのアキタリアの皇女さまがどんなお顔なのか楽しみだという気持ちの方が強い。

「……シャン、あんたね。皇女様がお見えになるのよ。欠伸あくびくらいは我慢しなさいよ」
「わふぅ。そうは言っても。夕ご飯食べたから眠いですよー」

 隣に立つフェイさんが、呆れたような顔で見下ろしてくる。いい先輩だが、美人なのと胸が大きいのが大変ねたましい。背は、わたしくらいのちょっと低めのほうが可愛いはずだ。

「まったく。相変わらずね、シャンは」

 蛇で出来た髪をうねうねと動かしながら、フェイさんはそわそわと立ち位置を細かにずらしていく。どうも、今ひとつ足の置き場が決まらないらしい。
 そんなに緊張することなのかなぁと、わたしは尻尾の毛並みを確認した。うん。世界で一番もふもふだ。

「あ。き、来たみたいよ」

 フェイさんが姿勢を正し、皆が一斉に声を静めた。
 その瞬間、私は大変なことに気づく。
 え、枝毛が。枝毛がこんなところにも!


  ◆  ◆


「これはこれは、サリア様。ようこそおいでくださいました」

 ホテルのエントランスが開き、セバスタンがうやうやしく礼をした。
 こつと床に足音が響き、りんとした声がロビー全体に響きわたる。

「出迎えご苦労。わらわがアキタリア皇国第三皇女、サリアじゃ。よろしく頼む」

 深い深い、緑色の瞳。地面についてしまいそうなほど長いブロンドを揺らして、サリアはセバスタンの一歩前へと進み出た。

「私は当ホテルマネージャーの、セバスタンと申します。長旅、お疲れさまでした」
「よいよい。かたっ苦しい挨拶はなしじゃ。はよう部屋に案内してくりゃれ」

 そう言うとサリアは、手を組んで上にあげた。んうーと、気持ちよさそうに伸びをする。
 イメージと随分違うなと、恭一郎は唇に手を当てた。

「サリア様、皆が呆気に取られております。せめて人前では、もう少しおしとやかに」
「ふん、うるさいわ。どうせすぐボロが出るんじゃ。最初から見せておった方が、むしろいいというものよ」

 サリアの隣に立つ長身の男が、困ったように顔をしかめる。美貌から見るに、エルフであろう。短髪ながら、サリアに劣らず驚くほど美しいブロンドだ。緑色のローブを羽織っているが、その内側からは革製の防具がちらりと見えていた。サリアのお目付役兼、ボディーガードと言ったところだろうか。

「えっと、お荷物は……二人分でしょうか?」

 サリアから放り投げられたケースを受け取ったメイドが、不思議そうに首を傾げる。一国の皇女の外交訪問だ。警護役だけでも、十人はつけるのが常識のはず。しかし、辺りを見渡しても、隣のエルフ以外は連れていないようだった。

「うむ。本来ならば、一人でゆっくりと旅をしたいくらいじゃ」
「このジェラードの目が青いうちは、もう二度と抜け出しなぞさせませんからね」

 かかかと笑うサリアの話の腰を、ジェラードが即座に折っていく。サリアの顔が不機嫌そうにゆがみ、しかしジェラードはあえて気にせずセバスタンに頭を下げた。

「従者のジェラードです。主がなにかと迷惑をかけると思いますが、お願いします」
「いえいえ。ごゆっくりおくつろぎください。夕飯も、すぐに用意させましょう」

 見たところ、ジェラードはおてんなお姫様に振り回される苦労人といった感じだ。恭一郎はメイドからケースを受け取ると、こちらへどうぞとサリア達を案内する。

「最上階が、スイートルームフロアになっております。サリア様とジェラード様には、そちらで過ごしていただこうと……」
「ほう! 部屋に階級があるのかえ!? おもしろいのう!!」

 サリアを先導しようとした恭一郎に、後ろから楽しげな声がかけられる。

「はい。当ホテル自慢のスイートフロアは、七階全てが一つの部屋になっておりまして。調度品、家具、その他の小物に至るまでサリア様にもご満足いただける品であると自負しております」
「ほうほう! それはすごいな!」

 はしゃぐサリアに微笑みながら、恭一郎は階段を上ろうと足をかけた。

「じゃが、やめじゃ! 七階など、面倒くさくてかなわんわ。二階にしてくれ。何なら、この階の床に寝てもよいぞ」
「……え?」

 思わず振り返ると、サリアは手を振って恭一郎に笑いかけた。セバスタンも、驚いた表情でサリアを見つめる。
 ここオスーディアでは、身分の高い人ほど上の階層に私室を作るものだ。事実、王族は城の最上階に私室を設け、成金はこぞって高い家を建てる。それは、アキタリアでも同じはずだが。

「サリア様、いい加減に……」
「前から思っておったのよ。何故にわざわざ階段を上らねばならんのじゃ。下の方が便利に決まっておろうが。体力の無駄じゃ。この床がダメなら二階にしてくれ」

 えっと、と恭一郎はセバスタンを見つめる。
 セバスタンはしゅんじゅんした後、貴方あなたに任せますと恭一郎に視線を送った。
 ふむと考えた後、恭一郎はサリアに提案する。

「……サリア様。すみませんが、本日は二階が埋まっておりまして。明日になれば二階のフロアを貸し切りに出来ますので、今晩だけ六階でごようしゃいただけないでしょうか?」

 この言葉は事実だ。サリアの従者が何人か分からなかったので、きゅうきょ本日宿泊予定のお客様を五階以下のフロアに詰め込んで、六階部分を丸々空けていたのだった。

「……ふむ。まあ、それならば仕方ないか。よい、案内せい」

 サリアの言葉に、恭一郎はほっと胸をで下ろす。セバスタンも、同じような心境でジェラードの方へ確認を取った。

「いえ、こちらこそ。わざわざスイートを用意していただいたのに。……サリア様、今回は彼らのご厚意に甘えますが……」
「あーもう! うるさいうるさいうるさい!! 分かっとるわ!」

 さっさと行くぞと、サリアは恭一郎の背中をぐいと押した。予期せぬ力に恭一郎の足が少しふらつく。

「サリア様!!」
「あーもう!! いいじゃろ別に!!」

 シャロンと初めて会ったときに学んだことだが、この世界だと身分の高い女性は男性にほとんど触れない。ましてや、自ら男性の背中を押すなどあり得ないことだった。
 どうやら、せっかく勉強したマナーはあまり役に立ちそうにない。恭一郎は苦笑しつつ階段を上った。

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