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3巻
3-3
しおりを挟む「むしろ、アキタリア料理を出すっていうのはどうですかね?」
考え込む恭一郎の耳に、メオのぽけっとした声が届く。メオはただの思いつきで言ったのだが、恭一郎には妙にすとんと胸に落ちた。
「なるほど。……いやでも、付け焼き刃のアキタリア料理なんか出しては、逆に失礼な気もしますね」
さすがのカジーといえども、他国の料理にまで精通しているわけではない。実際、どんなものならサリアに喜んでもらえるかと、今日一緒に頭を捻ったばかりだ。
「皇女様ですしねぇ。いいもの食べてそうです。じゅるり」
メオが、目を瞑って指を口元に当てる。サリア皇女から飴玉をいただいたのは黙っておこうと、恭一郎は口にチャックをした。
「アキタリアか……。どんな料理なんだろう」
「有名なとこですと、やっぱり蟲蜜ですかねぇ。エルダニアでも買えますけど、アキタリア産は高級ですよぉ。一瓶の値段で、エルダニアのが三本くらい買えます」
ふむと、恭一郎は頷く。今日のサリアの話からして、蟲蜜がアキタリアの名産なのは間違いないだろう。カジーも、アキタリアの人は果実酒に必ず蟲蜜を入れると言っていた。
「後は、シャリスですかね」
「シャリス?」
初耳の単語が飛び出し、恭一郎は思わず聞き返す。
「うーん、私もよくは知りませんけど。アキタリアの主食らしいですよ。こう、ポアン麦の粒を小っちゃくしたような白いつぶつぶで柔らかくて。ぐちゅぐちゅしてるのかな? 一回食べたことあるんですけど、味はあんまりなかった気も……」
メオの話に、恭一郎の動きが止まる。恭一郎に凝視されて、メオは不思議そうに首を傾げた。
「どうしたんですか? そんな顔して」
「ご、ごは……ご飯があるんですか!?」
がたんと立ち上がり、恭一郎はメオに詰め寄る。興奮している恭一郎に、メオはちょっと身を引いて答えた。
「そ、そりゃあご飯はありますよ」
「ちがっ。そうじゃなくてっ。お米、米があるんですね!?」
恭一郎はメオに米の説明を始める。メオはそれを聞くと、こくりと頷いた。どうもメオの食べたものは、恭一郎の思う米とほとんど同じもののようだ。
「でも、こう言っちゃなんですけど、ポアンのほうが美味しいですよ」
「それについては大いに反論したいところですが、教えてくれてありがとうございます」
恭一郎はメオをぎゅうっと抱きしめる。メオは、突然のハグに顔を耳まで真っ赤にした。
「にゃにゃにゃっ! だ、だめです恭さん。そろそろリュカちゃんが帰って……」
「こうしちゃいられないっ! ちょっと俺、カジさんとこ行ってきます! いやぁ、何とかなりそうだぞっ!」
嬉しそうにそう叫ぶと、恭一郎はばたばたと支度をして再びホテルへと駆けていく。
一人取り残されたメオは、黙ってカップを口に運んだ。
もうじき、リュカが帰ってくる。リュカは、しっぽ亭の常連客リュートから預かった、大切な妹竜さまだ。教育上、恭一郎と抱き合う場面を見られるのはよろしくないと焦ったが、そんな心配は無用だった。
「……いいですよーだ」
何となく、今日のミルクは塩気が強い。
◆ ◆
「ほう。これはすごい。今まででは一番じゃ」
サリアが感嘆の声を漏らす。それを聞いたデヴァルが、それはもう、と顔を綻ばせた。
サリアとの会食の席は、まずは挨拶と商談をし、その後で食事という段取りになっていた。料理もまだ来ていないテーブルでは、端から見てもいい雰囲気が流れている。商売一つで貴族にまで成り上がったのは伊達ではないのか、デヴァル家の商売相手としての価値にはサリアも満足といった様子だ。決めあぐねているのは、金回り以外のことを探っているからだろう。
「お話も熱くなってきましたが、サリア様もお疲れでしょう。少しお昼を挟みませんか?」
書類を睨んでいたサリアに、ひと呼吸置いたデヴァルが提案する。サリアも自分の腹具合を確認して、おおそうじゃの、と頷いた。
予定通りの時間で進行したことにほっとしながら、デヴァルの後ろで待機していた恭一郎は給仕役のメイドに指示を出す。何故だかいるシャンシャンは、サリア直々のご指名だ。
「おお、美味そうじゃな!」
香ばしい匂いを漂わせて運ばれてくる料理に、サリアがくんくんと鼻を鳴らして顔を輝かせた。サリアの後ろに控えるジェラードも、興味深げにメイドの皿に視線を向ける。
目の前に置かれた料理を見た瞬間、一度試食しているはずのデヴァルまでが、ほうと小さく唸った。サリアもジェラードも、皿の上の輝きに目を見開く。
「……これは、鳥肉か?」
「えーと。鳥肉の照り焼きです! 冷めないうちにどうぞっ!」
教えられた通りに、シャンシャンが料理の名前を口にした。
サリアは美しい光沢を放つ肉に驚きながら、料理を運んできたシャンシャンの顔を見つめる。
テーブルの大皿の上には、見るからに肉質の良い鳥肉が一人一羽分。丸ごと出てきた鳥肉は、魅惑的な匂いを漂わせながらその存在を主張していた。
勿論、日本の照り焼きと全く同じわけではない。そもそもここには醤油もみりんもないのだ。しかし光に照らされ輝くこの料理は、充分に照り焼きと称していいと恭一郎は考えていた。
「照り、焼き? 確かに輝いておるが……」
サリアは、初めて見る料理に少し身構えてしまう。エルダニアは肉の街だとは知っていたが、こんな料理は聞いたことがない。
そして料理とともに、ナイフとフォークが各々の目の前に置かれる。それを見た瞬間、サリアは自分の手が震えるのを感じた。
「……はは。何じゃ、このナイフは」
配られたナイフを、サリアは手元でくるくると回して見せた。その先をデヴァルの顔の方に向け、笑いをこらえるようににやりと微笑む。
サリアが持つナイフの先は、丸く形成されていた。普段使っている先の尖ったナイフとは、明らかに異なる形状。ただそれだけなのに、目に受ける印象はとんでもなく優しい。
「我々の気持ちです。食事とは、親交の証。同じ飯を食った者達は、血肉を分けた兄弟なのです。その食事の場に、鋭いナイフなど無用。事実いま私は、その切っ先に何の恐怖も抱きません」
向けられたナイフを何の問題もないと受け流しながら、デヴァルは真っ直ぐにサリアを見つめた。その視線に、サリアが我慢できないとばかりに笑い出す。
「くく、あーはっはっは!! 見たかジェラードこのナイフを!! こんなものでは、赤子の腹すら刺せんわ!!」
目尻に涙を溜めるサリアに、ジェラードは内心驚く。サリアがここまで愉快そうに笑うところを見るのは、彼にとっても数年ぶりだった。
「くく。とは言うものの、刃の部分はまともなものじゃ。どれ、シャンの言う通り熱いうちに食べるかの」
そう笑いながら話すと、サリアは優雅にナイフを持ち直した。左手にフォークを持って、照り焼きの表面へと刃を当てる。
さくっとした音の後、サリアの鼻腔に衝撃的な刺激が襲いかかった。
切り口から一気に立ち上る香り。それまでの香ばしいものとも違う、動物的でねっとりとした芳香。そんな香りの中に、確かに懐かしいものがあるのを感じてサリアは眉を寄せた。
「……くく、ここまでくるともう。笑いすら起きんわ」
パリパリの鳥肉の中から現れたのは、とろりとした白い食材。詰め物として入れられていたテーズとシャリスが、熱々の蒸気を纏って皿の上へと流れ出てくる。
「シャリスに、テーズか。まったく、意味不明な組み合わせしおって。不味かったら国際問題じゃぞ」
ちらりと、サリアの目が恭一郎の顔を射抜く。はははと、恭一郎は申し訳なさそうに汗を流した。
聞いたところ、アキタリアのシャリスの使い方は日本的なものだった。おにぎりや、お粥。そんなオーソドックスな食べ方しかされないようだ。そんなシャリスを主食とする国の皇女様に、あろうことかチーズリゾットの詰め物である。口に合わなければ腹を切れと言われても、仕方がないような一品であった。
「どれ。……んむっ。……んむっ!?」
口に入れ、サリアがリゾットを咀嚼する。目を見開いた後、無言で鳥肉を口へと運んだ。パリッとした皮の食感を楽しみつつ、そこに込められた魔法の正体に気づいてサリアはいよいよため息をつく。
「……蟲蜜、か。綺麗に使ってくれたものじゃな」
サリアが呟き、ナイフとフォークを持つ手をテーブルの上に落とした。真っすぐに向けられた視線は、恭一郎に料理の説明を求めている。
「はい。アキタリア産の蟲蜜を使って、鳥肉を輝かせています。やり方は簡単で、お湯でのばした蟲蜜を肉の表面に何度もかけるだけです。あとは、じっくりと石窯で焼き上げました」
そんな調理がと、ジェラードも驚きの表情を浮かべる。そもそも、アキタリアには蟲蜜を使ったおかずとなる料理はない。酒に入れるか、そのまま舐めるか。それだけでも充分に価値のあるものだからだ。
「して、デヴァルよ。この料理、確かに美味かった。驚きじゃ。……じゃが、何故出した。一歩間違えれば、アキタリアを侮辱しておるとも取られん料理。おそらく、妾以外の皇族には、手も付けぬ輩もおるじゃろう」
料理とは、食材とは文化そのものだ。恭一郎も、日本の料理や食材が海外で妙な変貌を遂げていて、複雑な気分になったことがある。これは、言わばそういう料理だ。
「勿論、サリア様だからお出ししました。この料理に込めたのは、我々のこれからの未来です」
デヴァルが、自分の前の丸焼きにナイフを入れる。サリアの方へ向けて綺麗に切り分けられた断面には、食材が層をなしていた。
アキタリアの蟲蜜、エルダニアの鳥肉とテーズに、アキタリアのシャリス。この並びが意味するところを、分からないサリアではない。
「……くく、あはは。あはははははっ!! これはやられたわい!! なぁジェラード? 来てよかったじゃろう。世界には面白い奴がおるものよ」
サリアが心の底から愉しそうに笑い、ジェラードが優しく微笑んだ。がたりと立ち上がったサリアに、デヴァルと恭一郎が一瞬驚く。
「こちらから、お願いしよう。アキタリアが第三皇女、サリア・キュリオシテ・アキタリアじゃ。これからの我らに、この一皿のような輝きがあらんことを」
伸ばされた手は、取られることを望んでいる。
◆ ◆
「……チーフって、すごい人だったんですね」
会食の後片づけをしながら、シャンシャンが恭一郎に話しかける。今までとは違う尊敬の眼差しに、恭一郎は恥ずかしそうに笑った。
「いえ、すごいのは僕じゃないですよ。料理を見事に仕上げてくれたのはカジさんですし、デヴァルさんの誠意がなければ成功しませんでした」
自分は少しお手伝いをしただけですと、恭一郎はシャンシャンに笑いかける。シャンシャンはそんな恭一郎に、納得がいかないようにむぅと唸った。
「で、でも! チーフのアイデアじゃないですか! シャンシャン、最近のチーフがすっごい頑張ってたの知ってますもん!!」
ぶんぶんと尻尾を振って主張するシャンシャンの頭を、ありがとうと言って恭一郎は撫でた。目力はそのままに、シャンシャンが気持ちよさそうに身をよじる。
「努力を分かってくれる人は分かってくれますし、それでいいんですよ。手柄がどうとか。……成功ってのは、皆で作り上げていくものです」
しっぽ亭のときも、そうだった。自分の手柄のように言われるが、あれはあの店の誰が欠けても成し得なかったことだ。その役割に、優劣なんてものはない。
「……うぅ、シャンシャンには難しくてよく分からないです。頑張ったなら、誉めてもらいたいです。だから、シャンシャンはチーフのこと誉めてあげます! 頑張りました! よしよし」
背伸びをして、うぅーと恭一郎の頭を撫でるシャンシャンに、恭一郎は思わずくすりと笑ってしまう。何だかんだで最近は遅刻もなくなった銀狼に、恭一郎は優しく言葉をかけた。
「ありがとうございます、シャンさん」
「ふふふ、シャンシャンってばテクニシャン」
シャンシャンに誉められて、素直に嬉しく思った。
大きな仕事を終えたばかりだが、まだ今日の営業は続く。
目の前の狼耳をとりあえず摘みながら、恭一郎は次の仕事のスケジュールを思い出していた。
「ちょ、チーフ!? 耳は、耳はダメですっ!! わ、わふぅんっ!!」
そろそろ、メイド達の研修期間も終了だ。
「む、何やらイラっとすることが起こっている気が……」
メオはしっぽ亭で一人、堂々と蟲蜜を舐めていた。最近発見したのだが、お酒ではなくミルクに入れても美味しい。
そのせいで腹回りがあやしくなってきていることに、彼女はまだ気づいていない。
「恭さん、早く帰ってこないかなー」
そう呟きながら、メオは昼の残りのサンドイッチをもしゃもしゃと食べ始めた。
2 とあるホテルの一室で
日差しが照りつける中、メオはあんぐりと口を開けて目の前の建物を見上げていた。
「ほぇぇ……」
石造りの立派な建物。本当に人の手で作られた物なのかと目を疑いたくなるほどの荘厳さを醸し出す外壁を、メオは目を見開いて見つめている。
ホテルグランドシャロン。
その名に、見知った顔の少女の名を冠する建物は、メオに底知れぬ緊張と恐怖を与えていた。
「え、えっと」
きょろきょろと、メオはおもむろに辺りを見回す。急に心細くなったからだ。
ここは、エルダニアでも有数の高級居住区。見れば、ホテルの前の道を行き交う人々は皆、一目で上等と分かるものを身につけている。
「にゃぅ……」
自分の麻服に目を落として、メオはしょんぼりと肩を落とした。こんなことなら、余所行きの服かアランの作ってくれたメイド服を着てくればよかったと、メオの瞳がじんわり滲む。
手元のバスケットに目をやって、メオは指の力を強めた。バスケットの取っ手が締め付けられ、ぎゅっと音を立てる。
『お弁当持って、会いに行きます』
あの日、彼の胸の中でこぼした言葉。その約束を守るため、メオはサンドイッチを持って、一人この場所を訪れていた。
中身は、恭一郎にも誉められた焼きハムサンドだ。この日のために一生懸命練習したのだが、メオはホテルの敷地に足を踏み入れられずにいた。
メオが仕事でこの場所を訪れていたのなら、彼女は胸を張って前に進んでいただろう。しかし、今は意中の男性にお弁当を届けるという私用だ。しかも超高級ホテル。下手な格好で会うわけにはいかない。メオは深く考えずに来てしまったことを後悔し、ぎゅっと唇を結んだ。
「にゃはは。……恭さん、すごいなぁ」
話には聞いていた。本人からも、すごい所だと言われていた。
しかし、現実はメオが思っていたより何倍も、住む世界が違う場所だった。想像もしたことがない光景に、メオはただただ前を見つめて立ち尽くす。
「都のお城って、こういう感じなんですかねぇ」
ふと、自分が知る中で一番近いものを呟いてみる。とはいえ、城も実際には見たことがない。メオの思い描いていた「大きなお家」とは何もかもが違っていて、目の前の建物が遠い場所に感じられる。
「にゃはは」
帰ろう。そう思った。何も、今日しか機会がないわけではないのだ。今回のサンドイッチは夕食にでも回して、日を改めて来ればいい。
そのときには、ちゃんとした服装をしなければと思いながら、メオはくるりとホテルに背を向けた。
「あれれ~。お客さんですかぁ?」
メオの背後から、間の抜けた声が飛んでくる。
何処か場違いに感じるその声に、メオは慌てて振り返った。
「えっと、私は……」
「ご宿泊のお客様なら、ロビーへどうぞー。って、ああ。業者さんですかね?」
声をかけた人物は、メオを見つめると首を傾げた。理由はメオにもよく分かる。メオの身なりでは、このホテルを利用する客には見えない。
もふもふとした狼の尻尾を傾けている少女に、メオは説明しようと口を開いた。
「あの、その。私は、ここで働いてる方の……」
「あー! もしかして、奥さんですか?」
またもや話を遮ってくる少女の声に、メオの顔が赤く染まる。
それを見て、少女は確信したように笑顔を見せた。
「わぁ、素敵ですぅ。シャンシャン、そういうの憧れますぅ」
「そ、そうですか?」
ぱたぱたと尻尾を振るシャンシャンに、メオは照れたようにえへへと笑った。否定しようとも思ったが、奥さんと言われて悪い気はしない。
「ちょうど昼休憩の時間ですよー。会っていかれますかー?」
「あっ、いいですっ。お構いなくっ」
シャンシャンの申し出に、メオがぶんぶんと手を振った。中に入るつもりはないが、この出会いは僥倖だ。メオは、目の前の少女にバスケットを差し出す。
「あの、よければ届けていただけませんか?」
「いいですけどぉ。いいんですか、会っていかないで」
メオから手渡されたバスケットを、シャンシャンは少し残念そうに受け取る。絶対に面白いことになりそうだったのに、と言って俯いた。
「まぁ、しょうがないですぅ。シャンシャンにお任せあれ」
しっかりとバスケットを抱きしめて、シャンシャンはメオに微笑む。何はともあれ、乙女の真心だ。落とすようなヘマはしまいと、抱き抱える腕に力を込めた。
そして、シャンシャンはそういえば、とメオを見つめる。相手が分からなければ渡しようがない。その視線にメオも気がついたのか、恥ずかしそうに尻尾を捻った。
「きょ、恭一郎さんって言うんですけど」
にゃははと頬を染めるメオに、シャンシャンは分かりましたと元気よく頷く。
メオもお礼を言いながら、時間は大丈夫ですか、とシャンシャンを見つめた。
「ああっ!? シャンシャンのお昼休み短いんでしたっ!!」
シャンシャンの尻尾の毛が大きく膨らむ。ぼふりと二回りほど大きくなった尻尾を見つめながら、メオは驚いて目を開いた。
「チーフがシャンシャンにだけ厳しいんですぅ。シャンシャン、頑張っているというのにぃ」
「そ、そうなんですか?」
よよよと泣き崩れるシャンシャンに、メオはどう言葉を返したものかと悩んでしまう。メオだって、食堂を営む店長だ。これまでの言動から、何となく、目の前の少女に原因があるんだろうなぁと想像はできた。
「まぁでもぉ、一応エルフですしぃ。お金持ってそうですしぃ。しかもですよ。どうも、シャンシャンに気があるみたいなんですぅ。ふふふ、密かに狙ってやってもいいかなとか思ってるのですよ」
「へ、へぇ。上手くいくといいね」
にやりと笑うシャンシャンに、メオはぎこちなく返した。
中々に変わっている子だが、不思議と嫌な感じはしない。悪い子ではないんだろう。頑張ってねと、メオはシャンシャンに微笑んだ。
そのとき、メオの脳裏にふとよぎる。チーフ――シャンシャンが言っていたフレーズに何処か引っかかりを感じて、メオは小さく首を傾けた。
「お任せですっ! 今度までに、既成事実作っておきますっ!」
しかし親指を立てて元気に駆けていくシャンシャンに、メオが感じた小さな疑問はかき消された。
シャンシャンがすっかり見えなくなったことを確認して、メオはふぅと息を吐き、グランドシャロンを見上げる。
「……あんな子も、いるんだぁ」
何処か親しみが湧いた建物を見つめながら、メオは笑顔で呟いた。
「ん、キョーイチロー?」
ホテルの裏口に向かって駆けているシャンシャンの頭に、先ほどのミャオ族の少女の言葉が浮かんでくる。
変わった名前だ。何処かで聞いたことがある。というより、頻繁に耳にしているような。
「確か、マネージャーとかが」
三つ首の頼れるマネージャーを思い出す。彼の名前は確かセバスタンだ。メイドの中にも名前で呼ぶ者は多い。
「キョーイチロー」は、マネージャーがよく口にしている名前な気がする。シャンシャンは、首を傾げて記憶の糸をたぐっていく。
「って、あぁああああああああッ!?」
シャンシャンの脳裏に、ある事実が輝いた。そんな馬鹿なと、慌ててエントランスの方へ身体を向ける。
そこには、すでにミャオ族の少女の姿はない。シャンシャンはこうしてはいられないと大地を蹴った。
応援ありがとうございます!
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