第三部署特戦課機捜隊レディＭ――最強戦士、ここに降臨――

第５話 まさかの爆撃（３）

　暗い夜道で数人の取り巻きに囲まれる中、何やら大門寺と話している北条の姿があった。
　それを、双眼鏡を通してはっきりと確認していた。まだ大した動きはないな、と感じながら。
　ならば今度は、何気に双眼鏡を対象者から逸らし、周りを窺ってみたところ……えっ、これは想定外か。同じく北条の様子を探る、怪しげな影を捉えてしまった！　道路を挟んで北条と対峙するその男は、ビルの片隅に身を隠し視線を投げかけているではないか。しかも、その肩に背負ったバッグを不自然な格好で北条の方へ向け、さらにバッグをよく見ると、角に穴が開けられ、内部には金属片らしき物が街灯の光に反射して鈍い光沢を放っていた。
　拳銃？　まさか、狙撃する気か！……。そう懸念している間にも、男の方は右手をバックの中へ入れた。すぐにも撃ちそうだ！
　むっ、仕方がない。こうなれば阻止するまでよ。
「うぐっ！」一瞬で、怪しい男の口を塞ぐ。続いて右手も締め上げたなら、瞬く間に闇の奥へと連れ込んだ。
　一方、その電撃的な出来事に、北条も何かを察した模様で振り返った。ただ、その目に特異な光景はもう映らない、己の気のせいだと感じたはずだ。ただちに正面を向き直った。
　そうして北条の、警戒心が失せた態を確認したところで、男を捻じ伏せた者が安心したかのように話しかける。
「何をしているのです？　あなたはどちらのお方？」とおクウの声だ。
「なんだい。拳銃かと思ったら、カメラでやんの」と次に工藤が、バッグを覗きつつ言った。そう、この状況を最初から見定めていたのは彼だった。つまり、既に４人の機捜隊も張り込んでいたという訳だ。そして怪しい男がいることに気づいて、北条に知られることなく、男を確保する行動に出たのであった。
「ほんと、いやになるねえ、刑事という職業は。憎き容疑者であっても、そいつを狙う奴は差し当たり捕まえないと気がすまないだから」と工藤は愚痴を言う。
　すると、その言葉を聞いていたのか、謎の男が――当然ながらこの時点で自由の身になっていたのだが――焦り顔を見せて口を開いた。
「刑事？　あんたら警察官か？　俺は怪しいもんじゃない。北条さんの動きを追ってただけだよ。ルポライターの……ほら知ってるだろ。朝刊新潮の植松だよ」と。
「んっ、植松……」それは唐突な名乗りだった。これには工藤も、一時固まる。と言うのも、相手が危険な人物でないことが判明するのみか、その名に聞き覚えがあると思ったからだ。そこで考えてみること数秒間、「ああ、あの植松元太な」と彼はすぐに思い出す。続いてレディたちにも、「ほれほれ、あの事件を暴露した、植松だ」と片手を忙しなく振って、記憶に繋がるヒントを出した。
――この男、植松とは誰なのか？――
　機捜隊にとっても知らない名ではなかったのだ。何故なら北条の近辺を事前に調査した時、男の名も挙がっていた。
　そのため、おクウも、「去年、北条の汚職記事を載せた、三又重工業から違法の献金を貰ったいうスキャンダルを突き止めた方ですか？」と気づいたようだ。
　なおも工藤が、説明を続けた。
「そうだ。それで奴は防衛大臣を更迭されたんだったな。あの時は、やっこさん、永田町でかなりご立腹だったそうじゃないか。『何も知らん下人どもに、わしを非難する権利はないわ』てなことを喚いていたってな」と言いながら、同時にこの男の顔を覗き見て、どうやらこの聞屋は何かを嗅ぎつけたな、と感じていた。そこで今度は惚ける態度に変えて、「その植松さんが、何でまた北条を標的に？」とわざとらしく顔をにやけさせ、植松の目の前に顔面を突き出し、少々威圧感のある仕草で尋ねた。
　その間近の微笑・・には、植松の方も、「……な、なん？」と幾らか戸惑い気味だったが、めげることなく「あ、新しい情報を得たんだ。君たち、知らないかい？　おかしな化け物の噂を」と言ってバックから一枚の写真を取り出してきた。
　やはり睨んだ通り……。工藤は、そーら来やがった、とそっぽを向く。
　それでも、植松は気に留める様子もなく、「ここに、写っている人間？　なんだけど。これは一ヶ月前、遊楽境の高架下で撮られた物でね。この化け物が北条と関係があるらしいんだけど……知らないかい？」とより一層訊いてきた。
　これは厄介なことになったような？　報道人に物証まで持ち出されては無視する訳にもいかず、何かしら答えなければ余計面倒な話になるやもしれない。
　そこで、工藤も腹を決めて喋ることにした。……とはいえ、「いやあ、分からねえな。ピントもぼけてるし。合成じゃないの？」とあくまでも回答をはぐらかし、さらに畳み掛けるように「通行人が撮ったのか？　偶々カメラを持ってたって？　へえ珍しいねえぇー。ミレニアム・イヤーが近いけど、それから何十年経ったとしても、街中でカメラ持ち歩く物好きなんか、いねえだろぉう。絶対おかしいよ。あんた、騙されてんだぜえ」全くあり得ないという気持ちを込めて否定したのだった。
　だが、報道畑をペン一本で生き抜いてきた容易ならざる相手と思える植松が、そんな言葉で承知する道理もないのか、
「いくつか証言も取ってあるだから、間違いないんだって。よーく見れくれよ。あんたらも、北条を見張っているのはこの件じゃないのか？　何でもいいから、教えてくれよ！」と必死の面持ちで食らいついた。彼の執念は並大抵でない感じだ。到底諦めはしないだろう。
　流石にその態度を目にしては、機捜隊の方も戸惑い始めた。そうは言っても、容易く答えられる話でもない。彼らにすれば、情報を洩らすことは勿論、厳重に禁じられており、漏洩は罪にもあたる。特に世間が知ってパニックを起こす事例はなおさらだった。工藤たちは、この時ばかりはどうごまかすべきかと、迷うしかなかった……
　が、その時だ！　突然の大声を耳にした。彼らの会話を遮るほどの騒がしい声が、表の通りから聞こえてきたのだ。　
　明らかに北条たちの近くで何かが起こっている！
　これには、機捜隊の顔色が変わった。中でもレディが、焦る素振りを見せ、真っ先に向かって行った。
　次いで工藤たちも、後に続こうとする……も、こうなれば部外者などに関わっていられない。
「おい、あんた。今からは捜査妨害にあたる。この場所から立ち去ってくれ」そう植松に警告したなら、取るものも取り敢えず走り出した。
　まさしく急な展開を迎えた訳だ。
　結局、これで植松の方は一人残され、呆然とその場に佇むしかないようだ。ただ、そうは言っても、警官からの退去要請となれば素直に従わなければならないのだが、工藤たちに追随したい心持ちで一杯だったろう。
　彼の残念そうな表情がそれを如実に物語っていた。
　そんな姿を気にしながらも、機捜隊は急ぐのであった。