26 / 28
第6話 囚われの身-1
しおりを挟む
1 情報網
重い足取りで歩く者たちがいた。
時刻は、既に夜中の一時過ぎ、仲間を失った空虚感で身も引き裂かれんばかりだった。されど、弱音など吐いてはいられない。何故なら彼らには使命があるのだから。
「どうするつもりですか?」トラック内に戻ったところで、おクウが訊いた。
「まだ、あいつは生きている! そうでなければ、奴らが連れていく訳がねえ」と強い口調で工藤が言った。
「でも、居場所が分かりませんわ」
「それだが……俺に一つ、心当たりがある」と次に工藤は、少々自信ありげに答える。
目指す場所はどこなのか? 彼の頭の中には、手掛かりを得られる方法がおぼろげにも浮かんでいたのだ。そのため、すかさず荷台の作戦室からトラクターに通ずるマイクを使い、進むべき目的地を運転手に指示したのであった。
ここは早朝の神保町。多くの出版業者が出入りする、本に携わる業界の集う街だ。しかも、至る所に巨大な看板を掲げたビルが、軒を連ねて建っている都市部でもあった。とはいえ、今はちょうど日が昇った直後だ。まだ人影も疎らで静けさが街を覆っていた。
……そこに突如、この静寂を破るかのごとく、或るビル内で大声が飛んだ。
「おい、植松元太はどこだ!」
すぐに、三十代らしき女性の受付が現れ、応じてきた。
「ええっと、どちら様ですか?……外部の方は」とその剣幕に尻込みしながらも、当たり障りのない返答で追い帰そうとした。
だが、訪問者の方は怯むことなく、
「いいから、いるのかいないのかあー?」と強気で叫んだ。
その大声に、「お、奥にいますが……」女は思わず吐露したよう。
そこで、「なら、邪魔するぜ」と言ったか言わないうちにズカズカと中へ入り込んだ。
「お客さん、困ります。勝手に入っては……」それには、受付も真顔で止めに入るしかないと見える。焦り声を立ててうしろを追いかけてきたが、訪問者は全く聞く耳を持たない、奥に進んだなら唐突に別室のドアを開けた!
すると、中にいた植松がこちらを振り向き、驚いた顔を見せて言った。彼にすれば、再会するなんて考えもしなかったのだろう。
「なんだ、昨日会った刑事さんじゃないですか。確か、お名前は……」
「工藤だ」
如何にも、この場所に姿を現したのは機捜隊の工藤であった。つまり、この植松こそが頼みの綱だったからだ。
「その……工藤さんが、何の用ですか? こんなに早く」と続いて植松は、不審そうに尋ねてきた。
「少し、お前さんに訊きたいことがあってな」工藤は、苦虫をかみ潰したような顔で答える。
そうしたところ、受付の方は彼らのやり取りを聞いてその旨を理解したみたいだ。何も言わず部屋を離れていった。
これで邪魔者はいなくなった。工藤は時間もないことから単刀直入に話を進める。
「植松さん、教えてくれ。あんた、どうやって北条の居場所を知るんだ?」と。
ただその問いかけには、流石に植松も面を食らったようだ。
「えっー? 何を藪から棒に」と言った後、少し考える仕草をしたかと思ったら、「勘弁してくださいよ。そんな大事なこと、言えませんね。……それに、昨夜は僕を袖にしといて今日は内々の秘密を教えろなんて、ちょっと虫が良すぎるんじゃありませんかねー」と当然ながら断ってきた。
やはりそう来るか……。工藤も大凡予想していた。なので、
「分かっている、重々分かっているさ。だがな、緊急を要する。俺の部下が捕らわれて死の危険に晒されてるんだ! だから頼む。教えてくれ!」とのっぴきならない状況を説明し、さらに詰め寄った。
この訴えで、植松は多少なりとも動揺した表情を見せる。それなりの事情があることを知ったようだが……
「気の毒だとは、思いますがね。そうそう簡単な話じゃないんですよ。情報源を教えることは、相手にも迷惑がかかる。それくらい分かるでしょ? ネタ元を大切にしないと。もし警戒でもして情報を得られなくなったら、こっちも死活問題ですからねえ」とそれでも頑なに拒んだ。彼には、人を憐れむ気持ちがないみたいだ。
「てめえ! 人の命と、己の儲けの、どちらが重要なのか分かってんのかー!」その返答に、工藤もとうとう激昂してしまった。
「そう言われてもねえ、赤の他人を助けるのに何で僕が損害までして協力しないといけないのよぉ?」そして、なおも彼の言い分を耳にする。
なかなかしぶとい聞屋だ。簡単には口を割らなさそうだ……。だったら強引に、署へ引っ立てて吐かせるという手もあるが、そんな悠長なことをしている暇はもうない。……となれば、止むを得ないか。工藤は腹を固めた。攻め方を変えて、人参をぶら下げることにしたのだ。
「いいだろう。それなら、あんたが知りたがってたことを俺が先に喋るってのは、どうだ?」
忽ち植松の顔が緩んだ。思った通り効果覿面。
「ほほーう、なるほど。そうきましたか。なんだ、最初からそう言ってくれれば早かったんじゃないですか。工藤さん、意外に気が合いそうですねえぇー」
重い足取りで歩く者たちがいた。
時刻は、既に夜中の一時過ぎ、仲間を失った空虚感で身も引き裂かれんばかりだった。されど、弱音など吐いてはいられない。何故なら彼らには使命があるのだから。
「どうするつもりですか?」トラック内に戻ったところで、おクウが訊いた。
「まだ、あいつは生きている! そうでなければ、奴らが連れていく訳がねえ」と強い口調で工藤が言った。
「でも、居場所が分かりませんわ」
「それだが……俺に一つ、心当たりがある」と次に工藤は、少々自信ありげに答える。
目指す場所はどこなのか? 彼の頭の中には、手掛かりを得られる方法がおぼろげにも浮かんでいたのだ。そのため、すかさず荷台の作戦室からトラクターに通ずるマイクを使い、進むべき目的地を運転手に指示したのであった。
ここは早朝の神保町。多くの出版業者が出入りする、本に携わる業界の集う街だ。しかも、至る所に巨大な看板を掲げたビルが、軒を連ねて建っている都市部でもあった。とはいえ、今はちょうど日が昇った直後だ。まだ人影も疎らで静けさが街を覆っていた。
……そこに突如、この静寂を破るかのごとく、或るビル内で大声が飛んだ。
「おい、植松元太はどこだ!」
すぐに、三十代らしき女性の受付が現れ、応じてきた。
「ええっと、どちら様ですか?……外部の方は」とその剣幕に尻込みしながらも、当たり障りのない返答で追い帰そうとした。
だが、訪問者の方は怯むことなく、
「いいから、いるのかいないのかあー?」と強気で叫んだ。
その大声に、「お、奥にいますが……」女は思わず吐露したよう。
そこで、「なら、邪魔するぜ」と言ったか言わないうちにズカズカと中へ入り込んだ。
「お客さん、困ります。勝手に入っては……」それには、受付も真顔で止めに入るしかないと見える。焦り声を立ててうしろを追いかけてきたが、訪問者は全く聞く耳を持たない、奥に進んだなら唐突に別室のドアを開けた!
すると、中にいた植松がこちらを振り向き、驚いた顔を見せて言った。彼にすれば、再会するなんて考えもしなかったのだろう。
「なんだ、昨日会った刑事さんじゃないですか。確か、お名前は……」
「工藤だ」
如何にも、この場所に姿を現したのは機捜隊の工藤であった。つまり、この植松こそが頼みの綱だったからだ。
「その……工藤さんが、何の用ですか? こんなに早く」と続いて植松は、不審そうに尋ねてきた。
「少し、お前さんに訊きたいことがあってな」工藤は、苦虫をかみ潰したような顔で答える。
そうしたところ、受付の方は彼らのやり取りを聞いてその旨を理解したみたいだ。何も言わず部屋を離れていった。
これで邪魔者はいなくなった。工藤は時間もないことから単刀直入に話を進める。
「植松さん、教えてくれ。あんた、どうやって北条の居場所を知るんだ?」と。
ただその問いかけには、流石に植松も面を食らったようだ。
「えっー? 何を藪から棒に」と言った後、少し考える仕草をしたかと思ったら、「勘弁してくださいよ。そんな大事なこと、言えませんね。……それに、昨夜は僕を袖にしといて今日は内々の秘密を教えろなんて、ちょっと虫が良すぎるんじゃありませんかねー」と当然ながら断ってきた。
やはりそう来るか……。工藤も大凡予想していた。なので、
「分かっている、重々分かっているさ。だがな、緊急を要する。俺の部下が捕らわれて死の危険に晒されてるんだ! だから頼む。教えてくれ!」とのっぴきならない状況を説明し、さらに詰め寄った。
この訴えで、植松は多少なりとも動揺した表情を見せる。それなりの事情があることを知ったようだが……
「気の毒だとは、思いますがね。そうそう簡単な話じゃないんですよ。情報源を教えることは、相手にも迷惑がかかる。それくらい分かるでしょ? ネタ元を大切にしないと。もし警戒でもして情報を得られなくなったら、こっちも死活問題ですからねえ」とそれでも頑なに拒んだ。彼には、人を憐れむ気持ちがないみたいだ。
「てめえ! 人の命と、己の儲けの、どちらが重要なのか分かってんのかー!」その返答に、工藤もとうとう激昂してしまった。
「そう言われてもねえ、赤の他人を助けるのに何で僕が損害までして協力しないといけないのよぉ?」そして、なおも彼の言い分を耳にする。
なかなかしぶとい聞屋だ。簡単には口を割らなさそうだ……。だったら強引に、署へ引っ立てて吐かせるという手もあるが、そんな悠長なことをしている暇はもうない。……となれば、止むを得ないか。工藤は腹を固めた。攻め方を変えて、人参をぶら下げることにしたのだ。
「いいだろう。それなら、あんたが知りたがってたことを俺が先に喋るってのは、どうだ?」
忽ち植松の顔が緩んだ。思った通り効果覿面。
「ほほーう、なるほど。そうきましたか。なんだ、最初からそう言ってくれれば早かったんじゃないですか。工藤さん、意外に気が合いそうですねえぇー」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる