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終結編
第49話 サルマとリーシ、再び
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雲ひとつない晴天、穏やかな波の音だけが響く周りに島ひとつ見えない大海原に、帆を張った木製の小船が浮かんでいる。
腰に布を巻き、黒髪を後ろで小さく束ねた若者――サルマが船に乗っている。首には、前の警備戦士の長であり、戦死した父親である、ソマルの形見のコンパスを紐でぶら下げている。
「……おっ!」
それまで帆を張っている柱に手を付きぼんやりと前を見ていたサルマは、ふいに目を見開き身を乗り出す。
「見えてきた見えてきた。はー、やっと帰ってきたぜ。爺さん、まだくたばってないといいけどな」
サルマの目線の先には東の果ての島があり、この島のシンボルともいえる滝の姿が見える。
「建物も何にもなくて、地図の端っこの辺鄙なところにある島……。おまけに姿が見えない島って話だから、普通は素通りするってとこなんだろうけども……俺はニオイを辿って何度もこの島にやってきた。この盗賊サルマ様の鼻はごまかされなかった……てことだな」
そう言って柱から手を離し、船首の方へゆっくりと歩いていく。
「アイラと別れた後、オルクの爺さんにこれから俺がやるべきことをざっと聞いたが、鼻を使って再び地上に戻った剣を探すのは俺の役目らしいし……しばらくこのニオイとは縁がなくなったりして俺の鼻が鈍る前に……また旅に出て、見つけ出さねぇとな。……あと、魔法を教えるとかも言われたな。俺にできるとは到底思えないんだが……神から頂いた宝がありゃ可能だったりするのか?」
警備戦士の象徴である紅竜を模った船首に手を付き、サルマは身を乗り出して島を見る。
「とにかく。あの島には、いろいろ教えるために俺を待っているオルクの爺さんがいるはずだ」
そう言って前を見据えるサルマの乗る船の後ろには、どこまでも穏やかな海が広がり、海面に太陽の光が反射してキラキラと輝いている。
「もうじきだ、もうじき上陸するぜ……東の果ての島に‼」
「遅いじゃない。ずいぶん待ったわよ、サルマ」
サルマが東の果ての島に到着し、船を停めていると……ふいに背後からよく知っている声がして、サルマは心臓が飛び出しそうになる。
サルマが振り返ると、東の果ての島の浜辺に――――リーシが一人、立っていた。
「なっ……リーシ⁉ なんでここにいんだよ⁉ てか、この島、オマエには見えないんじゃ……」
リーシはサルマを驚かせたことに満足している様子で、ニヤッと笑う。
「不思議な話だけど……この島の存在を知っていれば、見えるらしいわよ。それを教えてくれたのが……オルクさんっていう、アンタの知り合いのお爺さんよ」
それを聞いても事情が呑み込めていない様子のサルマを見て、リーシは一から説明する。
「黒い岩の山に皆が集められた時……アンタとアイラちゃんが旅立った後、オルクさんに声をかけられてね。あの時の会話から、私がサルマをよく知っている人物だと見抜かれたみたいで……」
「オルクの爺さんが……? だとしても、なんでオマエに?」
「私、帰ってこないと許さない……ってあの時言ったじゃない。それをオルクさんは横で聞いていたみたいで、アンタがまずこの島に帰ってくるはずだって、教えてくれたの。だから、オルクさんをこの島まで船で送って……アンタが来るまで、私はこの島に残ることにしたの」
「で、でも、そのオマエの船……この島のどこにも置いてねーじゃねぇか」
サルマは困惑した様子で、浜辺を見渡す。
「ああ、私の帆船は……私の部下の戦士たちに任せて、先に戦士島に帰ってもらってるのよ。だからここに残っているのは、私一人だけ」
「はぁ⁉」
サルマは呆れたように言い、リーシをまじまじと見る。
「じゃあオマエは、どうやって戦士島まで帰るんだよ⁉」
「大丈夫よ、アンタが盗んだ私の船……ここで返してもらうから」
リーシはにっこり笑って言う。サルマは開いた口が塞がらない様子である。
「やるべき事が全部終わった時には、帰ってこないと許さない、ってあの時言ったけど……オルクさんが、サルマにはまだやるべき事があるから、戦士島に帰ることが難しいかもしれないって、教えてくれたの」
リーシはこの島の森の方を見た後、話を続ける。
「だから、一度アンタとこれからのことを話し合って、それでどうするか決めようって言ってくれて。あと……これからのアンタの役目とか、これまで知らなかった、アイラちゃんとアンタの、神の子と付き人の役割とか……全部教えてもらったわ。とはいっても、その話はまだ極秘にってことで……今のところ、長の父さんにのみ伝えていいって言われているわ。それもあって、秘密を守るためにも、部下を先に戦士島へ返したのよ」
「………………」
サルマは、島を眺めているリーシの横顔をこっそりと盗み見る。この島特有の、無人の楽園のような雰囲気がそうさせているのかもしれないが、リーシはいつものような攻撃的な態度ではなく、穏やかな様子に見えた。
そして戦士用の紅の衣服を着ているものの、周りに部下がいない、隊長といった身分から少しの間離れているリーシは、戦士ではない、ひとりの女性に見えて――――その美しさにふいに気づいたサルマは、一瞬ドキリとする。
「なんかオマエ、いつもと違って……」
イイ女に見える――――と危うく言いかけたが、サルマはその言葉を飲み込み、慌ててリーシに背中を向ける。
「……なんか雰囲気違うな。話しやすいっつーか……いつもは俺を見かけると、鬼の形相で追ってきたのにな」
「鬼の形相って……相変わらず酷いわね」
リーシはそれを聞いて鼻で笑う。
「で、でもいつもそうだったじゃねぇか……じゃなくてだな。今日、オマエが島にいるのを見て、いつもの調子で無理矢理、戦士島に連行されるのかと思ったもんだから、ちょっと拍子抜けしてさ……」
「そうね……。今日は、アンタとゆっくり話をしたいというか……アンタに相談しようと思うことがあって」
「相談? なんで俺に……?」
リーシはそう言うも、すぐにはその内容を話さずに――――サルマをしげしげと眺めた後、相談とは関係のない話を始める。
「そういえばアンタ……今日は頭に、いつものターバン巻いてないのね」
「ああ、あれは……アイラにやったんだ。思い出の品としてな」
「えっ、思い出の品って……なにそれ。アイラちゃん、そんなの貰って困らなかったかしら……」
リーシはふふっと笑う。そしてサルマの顔を眺めて言う。
「ターバンを巻いていないと、なんだか戦士島の頃を思い出すというか……やっぱりアンタも戦士らしく見えるわね」
サルマはそれを聞くと少しは動揺したものの……怒るわけでもなく、素直に頷く。
「ああ……まあ確かにな。ちょっとでも自分を戦士の容姿から遠ざけたくて、ターバン巻き始めたとこあるからな」
サルマはそう言って、少し落ち着かない様子で自分の髪を触る。リーシは懐かしい気持ちでサルマを見て、ポツリとこぼす。
「それに……やっぱりソマルさんにそっくりね」
サルマにとっては言われ慣れている言葉ではあったが、それを聞いて少し複雑な気持ちになる。その様子を見てリーシはハッとし、サルマに謝る。
「そういえばアンタ、ソマルさんのことも嫌ってたわね……。嫌な気持ちになったのなら謝るわ。でも、どうして……立派な長だったのに、そんな父親のことを嫌いになったの? 昔からずっと不思議に思ってたんだけど」
サルマは少しの間黙っていたが――――やがてぽつぽつと話し始める。
「親父は……しきたりを無視して、ブレイズ家の人間ではなく、島の外で助けたよそ者の、母さんと結婚した。それで俺が生まれたわけだし、そこはいいんだが……」
サルマは言葉を詰まらせるも、話を続ける。
「しきたりを破るってんなら、長の地位を捨てて家を出ていきゃいい話なのに、それでも自分がやりたいからって、長を続けた。外部の人間である母さんが肩身の狭い思いをするなんてこたぁ、簡単に想像できるだろうに……そこは無視しやがった」
「……でも、ブレイズ家の人間が、警備戦士の身分を捨てて島から出ていくことだって、しきたりに反しているわけだし……ソマルさんもきっとどうするのが一番良いか悩んで、決断したはずよ」
リーシはサルマの父親であるソマルをかばおうとするが、サルマは首を横に振る。
「それだけじゃねぇ。そんな島で肩身の狭い思いをしている母さんと、俺を残して……一人さっさと先に死んじまったってとこが最悪だ。一番守るべき人も守れずに、何が警備戦士の長だって、幼いながらに思ったよ」
「………………」
リーシはその言葉を聞くと黙ってしまう。
「そして親父が死んでからほどなく、元々病弱だった母さんは……気苦労もあってか、居心地の悪い戦士島でそのまま死んじまった。それは俺も悪いんだ。母さんは本来、親父が死んだら島の外へ出られるはずが、血筋が長候補の俺は島の外へ出ることが許されねぇからって、俺一人島に置いては出て行けず……島に残る選択をさせたのは俺のせいだからな」
「そんな……でもソマルさんが戦死したのは、戦士として仕事を立派に全うした証なのに……。それにサルマだって、長候補の戦士として生まれたことは悪いわけじゃ……」
「……だが、俺はどうせ後々戦士を辞めて、島から脱走することになるだろ。それなら、親父が死んだらさっさと母さんと一緒に島から出ていけばよかった、って思ったよ」
「………………」
リーシは、これまでサルマの脱走を許さない方の立場だったが――――今日だけは、何も言えない様子でサルマを見ていた。
「だが、アイラとの旅を終えてから……最近はこうも思うようになったんだ。俺は結局、戦士のがんじがらめなしきたりに我慢できず、周りの戦士の母さんへの態度から、戦士島がほとほと嫌になって出て行くことしかできなかった。だが親父は……周りの目を全く気にせず、外者の母さんを結婚相手に選びそれを周りに認めさせ、島に留まっていてなお自分の生き方を貫いた強い人だった……ってな」
サルマは、紐をつけて首にぶらさげているコンパスを手に取る。
「なんでだろうな。闇の賊と戦ったりして命のやり取りをする中で、親父でも死ぬ可能性はあるって思ったからか……。それか、アイラとの旅で、この親父の形見のコンパスを何度も見る必要があって、その度に正しい方位を示してもらったりして……一応、助けられた影響かもな」
そう言って笑うサルマを、リーシは見つめ――――ポツリと言う。
「アンタの本心……やっとわかった気がするわ。悪かったわね、色々と……アンタを目の敵にして、追いかけまわしたりして。もっと早くに、お互いきちんと話をすればよかったわね……」
サルマは目を丸くしてリーシを見る。
「なんだなんだ⁉ さっきから思ってたが、オマエ……今日はやけにしおらしいな。どうしちまったんだよ。何かあったのか?」
「………………」
リーシはしばらく黙っていたが、ようやく重い口を開く。
「……シルロに求婚されたわ。アンタがこないだ島を出て行ってから、しばらく経った時に。闇の賊との戦いが終わった時……これから島に帰ったら、返事をしなきゃならない」
「…………!」
サルマは驚いた様子でリーシを見る。
(俺、二度と戦士島に帰らないようにするってシルロに言ったもんな。だからか……)
「……そっか。シルロが…………」
サルマはなんとかそれだけ口にする。
リーシはそれを聞いて黙っていたが、ふいにサルマの方へ身を乗り出して言う。
「サルマ……アンタ、戦士島に帰ってきて、父親のソマルさんのように、戦士になる気はないの? 私、もうアンタのこと捕まえようなんてしないし……むしろ、盗賊の罪状についてお咎めなしで島にいられるように、戦士の皆を説得するわ。アンタが長になるって言うなら、それも応援する。それでも……ダメなの……?」
リーシは勢いよく、熱っぽくそう言いだしたものの――――その声は、次第に小さくなってゆく。
「リーシ…………」
サルマはリーシのその様子を見て、少し戸惑う。
(俺も……昔、母さんが外者だとか何もわからなかったガキの頃には、警備戦士の長である親父に憧れてたこともあった。それに、今は親父のことも多少認める気持ちにはなっている。しかし……俺は、戦士には…………)
「私が許嫁なのが……そんなに気に食わない?」
リーシの表情が暗くなるのを見て、サルマは慌てる。
「な……⁉ 別に、そんなつもりじゃ…………」
「それなら、私と一緒に島に戻って。私……シルロと一緒になるよりも、アンタとの方が、この先上手くいくと思ってる。それに、私はずっと……サルマ、アンタのことが…………」
サルマは、リーシの次に出る言葉をふいに悟ってハッとし、リーシの口を自分の手で塞ぐ。
「……それ以上言うな、リーシ」
リーシは目を見開き、口をつぐむ。
「俺は……戦士島にはもう戻らねぇし、戻れねぇ。俺には、これからもアイラを支える役目があって……これは俺にしかできねぇことなんだ。アイラを、天界で……たった一人で頑張らせるわけにはいかねぇんだ」
腰に布を巻き、黒髪を後ろで小さく束ねた若者――サルマが船に乗っている。首には、前の警備戦士の長であり、戦死した父親である、ソマルの形見のコンパスを紐でぶら下げている。
「……おっ!」
それまで帆を張っている柱に手を付きぼんやりと前を見ていたサルマは、ふいに目を見開き身を乗り出す。
「見えてきた見えてきた。はー、やっと帰ってきたぜ。爺さん、まだくたばってないといいけどな」
サルマの目線の先には東の果ての島があり、この島のシンボルともいえる滝の姿が見える。
「建物も何にもなくて、地図の端っこの辺鄙なところにある島……。おまけに姿が見えない島って話だから、普通は素通りするってとこなんだろうけども……俺はニオイを辿って何度もこの島にやってきた。この盗賊サルマ様の鼻はごまかされなかった……てことだな」
そう言って柱から手を離し、船首の方へゆっくりと歩いていく。
「アイラと別れた後、オルクの爺さんにこれから俺がやるべきことをざっと聞いたが、鼻を使って再び地上に戻った剣を探すのは俺の役目らしいし……しばらくこのニオイとは縁がなくなったりして俺の鼻が鈍る前に……また旅に出て、見つけ出さねぇとな。……あと、魔法を教えるとかも言われたな。俺にできるとは到底思えないんだが……神から頂いた宝がありゃ可能だったりするのか?」
警備戦士の象徴である紅竜を模った船首に手を付き、サルマは身を乗り出して島を見る。
「とにかく。あの島には、いろいろ教えるために俺を待っているオルクの爺さんがいるはずだ」
そう言って前を見据えるサルマの乗る船の後ろには、どこまでも穏やかな海が広がり、海面に太陽の光が反射してキラキラと輝いている。
「もうじきだ、もうじき上陸するぜ……東の果ての島に‼」
「遅いじゃない。ずいぶん待ったわよ、サルマ」
サルマが東の果ての島に到着し、船を停めていると……ふいに背後からよく知っている声がして、サルマは心臓が飛び出しそうになる。
サルマが振り返ると、東の果ての島の浜辺に――――リーシが一人、立っていた。
「なっ……リーシ⁉ なんでここにいんだよ⁉ てか、この島、オマエには見えないんじゃ……」
リーシはサルマを驚かせたことに満足している様子で、ニヤッと笑う。
「不思議な話だけど……この島の存在を知っていれば、見えるらしいわよ。それを教えてくれたのが……オルクさんっていう、アンタの知り合いのお爺さんよ」
それを聞いても事情が呑み込めていない様子のサルマを見て、リーシは一から説明する。
「黒い岩の山に皆が集められた時……アンタとアイラちゃんが旅立った後、オルクさんに声をかけられてね。あの時の会話から、私がサルマをよく知っている人物だと見抜かれたみたいで……」
「オルクの爺さんが……? だとしても、なんでオマエに?」
「私、帰ってこないと許さない……ってあの時言ったじゃない。それをオルクさんは横で聞いていたみたいで、アンタがまずこの島に帰ってくるはずだって、教えてくれたの。だから、オルクさんをこの島まで船で送って……アンタが来るまで、私はこの島に残ることにしたの」
「で、でも、そのオマエの船……この島のどこにも置いてねーじゃねぇか」
サルマは困惑した様子で、浜辺を見渡す。
「ああ、私の帆船は……私の部下の戦士たちに任せて、先に戦士島に帰ってもらってるのよ。だからここに残っているのは、私一人だけ」
「はぁ⁉」
サルマは呆れたように言い、リーシをまじまじと見る。
「じゃあオマエは、どうやって戦士島まで帰るんだよ⁉」
「大丈夫よ、アンタが盗んだ私の船……ここで返してもらうから」
リーシはにっこり笑って言う。サルマは開いた口が塞がらない様子である。
「やるべき事が全部終わった時には、帰ってこないと許さない、ってあの時言ったけど……オルクさんが、サルマにはまだやるべき事があるから、戦士島に帰ることが難しいかもしれないって、教えてくれたの」
リーシはこの島の森の方を見た後、話を続ける。
「だから、一度アンタとこれからのことを話し合って、それでどうするか決めようって言ってくれて。あと……これからのアンタの役目とか、これまで知らなかった、アイラちゃんとアンタの、神の子と付き人の役割とか……全部教えてもらったわ。とはいっても、その話はまだ極秘にってことで……今のところ、長の父さんにのみ伝えていいって言われているわ。それもあって、秘密を守るためにも、部下を先に戦士島へ返したのよ」
「………………」
サルマは、島を眺めているリーシの横顔をこっそりと盗み見る。この島特有の、無人の楽園のような雰囲気がそうさせているのかもしれないが、リーシはいつものような攻撃的な態度ではなく、穏やかな様子に見えた。
そして戦士用の紅の衣服を着ているものの、周りに部下がいない、隊長といった身分から少しの間離れているリーシは、戦士ではない、ひとりの女性に見えて――――その美しさにふいに気づいたサルマは、一瞬ドキリとする。
「なんかオマエ、いつもと違って……」
イイ女に見える――――と危うく言いかけたが、サルマはその言葉を飲み込み、慌ててリーシに背中を向ける。
「……なんか雰囲気違うな。話しやすいっつーか……いつもは俺を見かけると、鬼の形相で追ってきたのにな」
「鬼の形相って……相変わらず酷いわね」
リーシはそれを聞いて鼻で笑う。
「で、でもいつもそうだったじゃねぇか……じゃなくてだな。今日、オマエが島にいるのを見て、いつもの調子で無理矢理、戦士島に連行されるのかと思ったもんだから、ちょっと拍子抜けしてさ……」
「そうね……。今日は、アンタとゆっくり話をしたいというか……アンタに相談しようと思うことがあって」
「相談? なんで俺に……?」
リーシはそう言うも、すぐにはその内容を話さずに――――サルマをしげしげと眺めた後、相談とは関係のない話を始める。
「そういえばアンタ……今日は頭に、いつものターバン巻いてないのね」
「ああ、あれは……アイラにやったんだ。思い出の品としてな」
「えっ、思い出の品って……なにそれ。アイラちゃん、そんなの貰って困らなかったかしら……」
リーシはふふっと笑う。そしてサルマの顔を眺めて言う。
「ターバンを巻いていないと、なんだか戦士島の頃を思い出すというか……やっぱりアンタも戦士らしく見えるわね」
サルマはそれを聞くと少しは動揺したものの……怒るわけでもなく、素直に頷く。
「ああ……まあ確かにな。ちょっとでも自分を戦士の容姿から遠ざけたくて、ターバン巻き始めたとこあるからな」
サルマはそう言って、少し落ち着かない様子で自分の髪を触る。リーシは懐かしい気持ちでサルマを見て、ポツリとこぼす。
「それに……やっぱりソマルさんにそっくりね」
サルマにとっては言われ慣れている言葉ではあったが、それを聞いて少し複雑な気持ちになる。その様子を見てリーシはハッとし、サルマに謝る。
「そういえばアンタ、ソマルさんのことも嫌ってたわね……。嫌な気持ちになったのなら謝るわ。でも、どうして……立派な長だったのに、そんな父親のことを嫌いになったの? 昔からずっと不思議に思ってたんだけど」
サルマは少しの間黙っていたが――――やがてぽつぽつと話し始める。
「親父は……しきたりを無視して、ブレイズ家の人間ではなく、島の外で助けたよそ者の、母さんと結婚した。それで俺が生まれたわけだし、そこはいいんだが……」
サルマは言葉を詰まらせるも、話を続ける。
「しきたりを破るってんなら、長の地位を捨てて家を出ていきゃいい話なのに、それでも自分がやりたいからって、長を続けた。外部の人間である母さんが肩身の狭い思いをするなんてこたぁ、簡単に想像できるだろうに……そこは無視しやがった」
「……でも、ブレイズ家の人間が、警備戦士の身分を捨てて島から出ていくことだって、しきたりに反しているわけだし……ソマルさんもきっとどうするのが一番良いか悩んで、決断したはずよ」
リーシはサルマの父親であるソマルをかばおうとするが、サルマは首を横に振る。
「それだけじゃねぇ。そんな島で肩身の狭い思いをしている母さんと、俺を残して……一人さっさと先に死んじまったってとこが最悪だ。一番守るべき人も守れずに、何が警備戦士の長だって、幼いながらに思ったよ」
「………………」
リーシはその言葉を聞くと黙ってしまう。
「そして親父が死んでからほどなく、元々病弱だった母さんは……気苦労もあってか、居心地の悪い戦士島でそのまま死んじまった。それは俺も悪いんだ。母さんは本来、親父が死んだら島の外へ出られるはずが、血筋が長候補の俺は島の外へ出ることが許されねぇからって、俺一人島に置いては出て行けず……島に残る選択をさせたのは俺のせいだからな」
「そんな……でもソマルさんが戦死したのは、戦士として仕事を立派に全うした証なのに……。それにサルマだって、長候補の戦士として生まれたことは悪いわけじゃ……」
「……だが、俺はどうせ後々戦士を辞めて、島から脱走することになるだろ。それなら、親父が死んだらさっさと母さんと一緒に島から出ていけばよかった、って思ったよ」
「………………」
リーシは、これまでサルマの脱走を許さない方の立場だったが――――今日だけは、何も言えない様子でサルマを見ていた。
「だが、アイラとの旅を終えてから……最近はこうも思うようになったんだ。俺は結局、戦士のがんじがらめなしきたりに我慢できず、周りの戦士の母さんへの態度から、戦士島がほとほと嫌になって出て行くことしかできなかった。だが親父は……周りの目を全く気にせず、外者の母さんを結婚相手に選びそれを周りに認めさせ、島に留まっていてなお自分の生き方を貫いた強い人だった……ってな」
サルマは、紐をつけて首にぶらさげているコンパスを手に取る。
「なんでだろうな。闇の賊と戦ったりして命のやり取りをする中で、親父でも死ぬ可能性はあるって思ったからか……。それか、アイラとの旅で、この親父の形見のコンパスを何度も見る必要があって、その度に正しい方位を示してもらったりして……一応、助けられた影響かもな」
そう言って笑うサルマを、リーシは見つめ――――ポツリと言う。
「アンタの本心……やっとわかった気がするわ。悪かったわね、色々と……アンタを目の敵にして、追いかけまわしたりして。もっと早くに、お互いきちんと話をすればよかったわね……」
サルマは目を丸くしてリーシを見る。
「なんだなんだ⁉ さっきから思ってたが、オマエ……今日はやけにしおらしいな。どうしちまったんだよ。何かあったのか?」
「………………」
リーシはしばらく黙っていたが、ようやく重い口を開く。
「……シルロに求婚されたわ。アンタがこないだ島を出て行ってから、しばらく経った時に。闇の賊との戦いが終わった時……これから島に帰ったら、返事をしなきゃならない」
「…………!」
サルマは驚いた様子でリーシを見る。
(俺、二度と戦士島に帰らないようにするってシルロに言ったもんな。だからか……)
「……そっか。シルロが…………」
サルマはなんとかそれだけ口にする。
リーシはそれを聞いて黙っていたが、ふいにサルマの方へ身を乗り出して言う。
「サルマ……アンタ、戦士島に帰ってきて、父親のソマルさんのように、戦士になる気はないの? 私、もうアンタのこと捕まえようなんてしないし……むしろ、盗賊の罪状についてお咎めなしで島にいられるように、戦士の皆を説得するわ。アンタが長になるって言うなら、それも応援する。それでも……ダメなの……?」
リーシは勢いよく、熱っぽくそう言いだしたものの――――その声は、次第に小さくなってゆく。
「リーシ…………」
サルマはリーシのその様子を見て、少し戸惑う。
(俺も……昔、母さんが外者だとか何もわからなかったガキの頃には、警備戦士の長である親父に憧れてたこともあった。それに、今は親父のことも多少認める気持ちにはなっている。しかし……俺は、戦士には…………)
「私が許嫁なのが……そんなに気に食わない?」
リーシの表情が暗くなるのを見て、サルマは慌てる。
「な……⁉ 別に、そんなつもりじゃ…………」
「それなら、私と一緒に島に戻って。私……シルロと一緒になるよりも、アンタとの方が、この先上手くいくと思ってる。それに、私はずっと……サルマ、アンタのことが…………」
サルマは、リーシの次に出る言葉をふいに悟ってハッとし、リーシの口を自分の手で塞ぐ。
「……それ以上言うな、リーシ」
リーシは目を見開き、口をつぐむ。
「俺は……戦士島にはもう戻らねぇし、戻れねぇ。俺には、これからもアイラを支える役目があって……これは俺にしかできねぇことなんだ。アイラを、天界で……たった一人で頑張らせるわけにはいかねぇんだ」
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未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。
誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。
夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。
この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。
感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。
読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。
黒地蔵
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
児童書・童話
友人と肝試しにやってきた中学一年生の少女・ましろは、誤って転倒した際に頭を打ち、人知れず幽体離脱してしまう。元に戻る方法もわからず孤独に怯える彼女のもとへ、たったひとり救いの手を差し伸べたのは、自らを『黒地蔵』と名乗る不思議な少年だった。黒地蔵というのは地元で有名な『呪いの地蔵』なのだが、果たしてこの少年を信じても良いのだろうか……。目には見えない真実をめぐる現代ファンタジー。
※表紙イラスト=ミカスケ様
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