51 / 52
終結編
第50話 それぞれの道
しおりを挟む
「そう……やっぱりね」
リーシは顔に当たっているサルマの手を自分の両手でそっと握り、自分の顔からゆっくりと離す。
「オルクさんに、サルマのこれからの役割について聞いて……覚悟してたわ。アンタは、私よりもアイラちゃんの方を選ぶって……」
「お、俺は……」
サルマはリーシの言葉を聞いて、慌てて否定する。
「リーシ、オマエとアイラのどっちが大事か……で決めたわけじゃねぇよ。ただ、アイラのヤツはまだ子どもで弱い。それなのに、一人ぼっちで天界に残され……おまけに背負ってる物がでかすぎる。何しろ、世界の命運を握ってるわけだからな」
サルマは握られていたリーシの手をギュッと力強く握り返し、リーシの顔をまっすぐに見る。
「オマエは、強い女だ。強いから……俺がいなくてもやっていける。それに、戦士島には、オマエを何よりも大切に思っているサダカのおっさんや、オマエの部下の戦士たち、それに……シルロもいる。オマエには、味方がいっぱいいるじゃねぇか」
そう言われたリーシは、サルマからさっと目をそらす。
「わかってる。わかってるけど……それでも、アンタに守ってもらえるアイラちゃんのことが、少し羨ましいわ。私だって……弱いのよ。これでも一応、女だもの。アンタは、そんなこと考えたこともないでしょうけどね」
「そ、そんなことは……ねぇよ」
サルマはリーシの求婚を断る以上、リーシが女だということを先程から考えないようにしていたが……それを聞いて、リーシが女だということをまたも意識させられ、ドキリとする。
「だが、そうだな……きっと、シルロの方がオマエのこと女として見てくれるし、守ってくれるはずだ」
「でも、シルロが求婚してくれたのも、私を愛してるからなんかじゃなくて……私の血筋のせいだと思う」
リーシはサルマを見、ポツリと漏らす。
「その可能性はあるとしても……そう聞いたわけじゃねぇだろ。実際のシルロの本心はわかんねぇじゃねぇか」
サルマはリーシにそう言った後、ぼそりと呟く。
「現に、俺だって……オマエの本心全くわかってなかったぜ。俺はずっと、オマエは俺のこと嫌ってて……結婚する気なんかないと思ってたからな」
「じゃあ、なんで私が怒ってると思ってたの?」
リーシに突然問いかけられ……サルマは戸惑いながらも、なんとか答えを探す。
「なんでって……俺が一流の血筋なのに警備戦士を放棄して出て行って、賊に成り下がって、警備戦士の名を汚したから……。それで、オマエにとっての全てである警備戦士を、俺が全否定したから……」
「確かにそれも……半分くらいは当たってるわ。でも……」
リーシはサルマの手を離し、笑う。
「一番は、許嫁の私に何も言わずに……私を置いて出ていったからよ。まだ結婚していないとはいえ、婚約相手に捨てられた女で、怒らない人がいるはずないじゃない」
「……だよな。こないだ戦士島を出た後からは……薄々わかってた」
サルマはそう言って、頭を掻く。
「ホント、悪いことしたと思ってる」
「……いいわよ、もう」
リーシはそう言うと、ぷいっとそっぽを向く。
「だが……今の俺には、役割ができちまった。それは、警備戦士と同時にできるような仕事じゃねぇ。それに、戦士島で……シルロにも、もう島には戻らないって約束しちまったんだ。だから……アイツにも悪いし、俺はもう戻れない」
サルマはリーシの背中に向けて語りかける。
「……シルロは真面目なヤツだからな。顔がいいからモテるだろうが、浮気はしねぇよ。それに……今はオマエの血筋が目当てだとしても、家族になれば……きっとオマエのこと、大切にしてくれるはずだ」
「……それはわかってる。シルロもアンタと同じ、いとこで……幼馴染だもの」
リーシはサルマに背を向けたままそう言った後――サルマの方を振り返る。
「でもね、サルマ。私……アンタと一緒になれないなら、私自身が長を継ぎたいと考えているの。もし私が長になりたいって言ったら、シルロはどうするのかしら……」
「リーシ……!」
サルマは驚いた様子で目を見開きリーシを見ていたが、ニヤッと笑って言う。
「オマエが長になりてぇんなら……シルロにこう言えよ。私が長になってもいいなら結婚を認める……ってな。そうすりゃきっと、シルロはその要求を飲むしかねぇよ。オマエと結婚する以外に、ヤツが長になれる方法は無ぇんだからな。シルロは仕方なく諦めて、自分の子どもがリーシの次の長になるだけでも十分だと思うだろうよ」
リーシはそれを聞いて、同じくニヤリと笑う。
「アンタ……相変わらず、ずる賢いわね。でも、そうね……サルマの言う通りにしてみようかしら」
「ああ、そうしな。俺……この場所からオマエのこと、応援してるからな。お互い、別々の道で頑張っていこうぜ」
「ありがとう、サルマ。今の私には……その言葉が聞けただけでも、ここに来てよかったって思うわ」
リーシはそう言ってサルマに笑いかけながらも……その目尻には、かすかに涙が光っていた。
「ああ……そう思ってくれたんなら、俺も嬉しい」
サルマはリーシの涙を見ないように俯き、ぼそりと言う。
「さて……と。じゃあ私は戦士島に帰るわね。その前に、船を返してもらおうかしら」
リーシはさっと立ち上がり、サルマの乗っていた船に触れる。サルマはそれを聞いて慌てる。
「ちょ、ちょっと待て……。俺、この船……この先も使っちゃいけねぇか? その、俺の鼻を使って探し物をする役目があるんだが……。あ、でもそしたら、オマエがここから戦士島に帰れなくなるか……?」
リーシはそれを聞くと、ため息をつく。
「……そう言うと思った。大丈夫よ。アンタに盗まれた小舟の代わりに、私の帆船に乗せていた新調した小舟を、実はこの島に残してあるわ。島の裏側に停めているの」
「そ、そうなのか……? だから、この浜辺からは見えなかったのか。じゃあ、なんでさっき、俺が島に来た時はそれ言わなかったんだよ……」
「ずっと船盗られてた腹いせに、ちょっとだけ困らせてやろうと思っただけよ」
リーシはニヤッと笑い、サルマの船をぽんと叩いて言う。
「アンタに盗まれて困ってたから、私の帆船に乗せる小舟は既に新調したし……もういらないわ。この船はアンタにあげるから、好きに使いなさい」
「ありがてぇ! 恩に着るぜ、リーシ!」
サルマはそう言って、嬉しそうに自分のものになった船をなでる。
リーシの大型帆船から盗みだし、メリス島で難破し破損するも、アイラの助け船によって大工のログになおしてもらい、闇の大穴の渦に引っかかるも助けられてなんとか脱出し――そんなアイラとの旅の思い出が詰まった船――――――。
そうやって船を手に入れてからここまでの出来事に思いを馳せていたサルマだったが、船についている紅竜の船首を見てハッとする。
「あ、でも流石に……この船首は取り替えた方がいいよな? その、俺……警備戦士じゃねぇんだし」
リーシは紅竜の船首をじっと見て、しばらく思案した後、口を開く。
「……いいわよ、別にこのままで。でも、アンタが盗賊をやめてまっとうに生きてくれるって……約束してくれるならね」
サルマは目を丸くしてリーシを見る。
(そうだな……盗賊サルマって名乗れなくなるのはちょっと名残惜しいが……。だが、俺の鼻は本当は、宝に反応するわけではないとわかったからには、『鼻のきく盗賊』である俺とは……ここでおさらばするか)
サルマは決意を固め、ゆっくりと頷く。
「そこは……問題ない。俺は、アイラを守る役目につくからには、盗賊は、やめようと思ってる。だが、それでも戦士じゃねぇのに変わりはないってのに……本当にいいのか?」
リーシは頷いて言う。
「アンタの役目のこと、父さんには言うつもりだし……詳しいことは警備戦士全員に周知されないにしても、アンタが今では別の方法で世界を守っていて、賊をやめたって話は、戦士たちにもするつもりよ」
そしてリーシは、サルマににっこりと笑いかける。
「だから、アンタはもう警備戦士に捕まらないし、いつでも島に帰って来られるようにする。だから……いつか時間ができたら、帰ってきなさいよ」
「リーシ…………」
サルマはその言葉を聞いて――――自分が堂々と戦士島に帰ることは一生叶わないと思っていたため、思わず胸が詰まる。
「……ああ、時間ができたら行くよ。そーいや、サダカのおっさんにも、三日月の短剣をおっさんの元へ直接返せって言われてるしな。思えば俺が後先考えず矛盾した約束二つしてたから、シルロにしてた島には戻らねぇって約束を反故にしちまう結果になるが……ま、オマエたちが結婚した後なら行っても怒らねぇだろ」
サルマはそう言って、腰につけてある三日月の短剣を取り出し――ふとリーシの顔を見る。
「あ、でも……自分で返すことにこだわらず、今オマエに託しておいた方がいいのか? 俺が戦士になれねぇのは変わらねぇし……俺が戦士島に行くことができるまで、この剣ずっと持ってるってわけにもいかねぇよな……」
「それは……そうかもしれないけど…………」
リーシは三日月の短剣を見、しばらく考えていたが――ゆっくりと首を横に振る。
「アンタも、これから世界を守る役目を果たすっていうのなら……警備戦士の仲間の一人でもあると、私は思うことにする。だから、紅竜の船首もそのままでいいって言ったの。だから剣も……戦士島に帰るまで持っていてもいいんじゃない? もし、父さんが今すぐ返してほしいって言うなら……私、またここまで取りに来てもいいし」
「……本当にいいのか? 俺、剣を授与されたわけじゃねぇんだが……」
「わかってる、借りてるんでしょ。だからその代わり、絶対戦士島まで返しに来るのよ」
「ああ、わかったよ」
サルマは頷き、三日月の短剣をいつものように腰布に挟んで仕舞う。
「じゃあ……私はここで。船までは自分で行くから、見送りはここでいいわ。またね、サルマ」
「ああ。いろいろありがとな、リーシ……」
リーシはサッとサルマに背を向け、歩き出す。そのまま振り返ることなく、自分の船まで歩みを止めずに向かうが――――その間に目尻に溜まっていた涙が溢れ、頬の上をつうっと静かに流れ落ちた。
「……いいのかい? サルマ。あんな美人のできた嫁さんを逃して」
サルマがその場に佇んでリーシを見送っていると、後ろから声が聞こえてくる。
サルマが振り返ると、後ろにある森の入り口の茂みから、オルクが顔を覗かせているのが見えた。
「なんだよじーさん、そんなところで盗み聞きかよ」
サルマはそう言って笑う――が、茂みから出てきたオルクの姿を見ると――――笑顔が消え、しばらくその場で固まってしまう。
以前のオルクはの背筋がしゃんとしていて老人とはいえ若々しく、老いぼれた感じは一切なかったが、そこに立っていたオルクは――――腰が曲がっており、杖をついて立っていて、いかにも老人といった雰囲気が漂っていた。
(……一気に年食ってやがる。これって、あの洞窟で爺さんが言ってたように、神が死んだ影響が出てるってことだよな……?)
サルマはオルクの前よりも老いぼれた姿を見て、神だったレイラの消滅を感じ取り――――天界でアイラが一人になったという事実にも、ふと気が付く。
「じーさん、なんか……一気に老けたな……」
サルマは、オルクにこれから色々と教わらねばならないことを考えると、その老化について軽口を叩けるような状況ではないということに気づき――それだけ呟く。
「まだ大丈夫だ。体がきびきびとは動かしにくなっただけで……頭はハッキリしているよ」
オルクはそう言って笑う。
「それでさっきの……彼女の話だが。私は……私が死ぬまでにお前にはしばらくの間色々と教えねばならないから、この島に来いと言った。とはいえ、一生お前をこの島に縛り付ける気はないのだぞ?」
サルマはオルクを見、その言葉の意味を考えている。オルクは話を続ける。
「神を支えるため、私は理由あってこの島にいることを選んだが……お前までそうする必要はない。島に置いてある水盆は重く、しばらく動かしていないとはいえ、別の場所に移動できぬわけでもないし……島の外に出てアイラちゃんのことを支える方法も、きっとあるだろう」
オルクは、サルマの両腕を自らの両手で掴む。
「私が死んだら、お前は好きにしろ。私はずっと独り身だったが……お前は所帯を持ってもいいし、故郷の戦士島に戻り戦士を兼任してもよいのだぞ。どのやり方が一番よいか……アイラちゃんと二人で話し合って、やりたいようにやればいい」
サルマは無言でオルクの言葉を聞いていたが――ゆっくりと首を横に振る。
「俺は……アイラを支えることに関しては、オルクの爺さんのやり方を見習うつもりだぜ? 爺さんが良かれと思って選んだ方法なんだろ? それなら、それが一番のやり方だと……俺は思う」
「……サルマ…………」
オルクはしわの増えた顔でサルマを見上げる。サルマは軽く首を横に振って話を続ける。
「警備戦士と両立するってのも……俺には無理だ、そんな器用じゃねぇ。それに、俺は……やっぱりしきたりに縛られる戦士は向いてねぇし、今更……長なんかにはなれねぇよ。リーシは認めてくれたとしても……他の戦士のやつらに合わせる顔がねぇ」
サルマはそこで言葉を途切らせると、ふいに顔を上げ、島を見渡す。
「それに、この島……もうすっかり俺の第二の故郷になってて、居心地がいいんだ……戦士島よりもな。だから、別に出ていく気はねぇよ」
「お前がそう言うなら……わかった。好きにしなさい」
オルクは頷いて、サルマの腕を離す。
「とはいえ、島にずっといられるわけでもなく、剣も探しに行かねぇとだめなんだよな。それまでになんとか教われるもんは教わっとかねぇと。俺が旅に出てる間、爺さん一人島に置いてくと、勝手に死んじまいそうだしな」
「そうだな……確かに、お前に介護されるくらいなら、その前にこっそり死んでおきたい気もするな」
オルクはそう言ってニヤッと笑う。
「なんでだよ。俺だってちゃんと世話してやるから……もっと長生きしろよな」
「オマエは知らないだろうが……もう十分長生きなんだよ」
サルマとオルクは浜辺に座り、そんな風に軽口を叩きあいながら――――晴れ渡った青い空と、キラキラと輝く青い海を二人で眺める。
リーシは顔に当たっているサルマの手を自分の両手でそっと握り、自分の顔からゆっくりと離す。
「オルクさんに、サルマのこれからの役割について聞いて……覚悟してたわ。アンタは、私よりもアイラちゃんの方を選ぶって……」
「お、俺は……」
サルマはリーシの言葉を聞いて、慌てて否定する。
「リーシ、オマエとアイラのどっちが大事か……で決めたわけじゃねぇよ。ただ、アイラのヤツはまだ子どもで弱い。それなのに、一人ぼっちで天界に残され……おまけに背負ってる物がでかすぎる。何しろ、世界の命運を握ってるわけだからな」
サルマは握られていたリーシの手をギュッと力強く握り返し、リーシの顔をまっすぐに見る。
「オマエは、強い女だ。強いから……俺がいなくてもやっていける。それに、戦士島には、オマエを何よりも大切に思っているサダカのおっさんや、オマエの部下の戦士たち、それに……シルロもいる。オマエには、味方がいっぱいいるじゃねぇか」
そう言われたリーシは、サルマからさっと目をそらす。
「わかってる。わかってるけど……それでも、アンタに守ってもらえるアイラちゃんのことが、少し羨ましいわ。私だって……弱いのよ。これでも一応、女だもの。アンタは、そんなこと考えたこともないでしょうけどね」
「そ、そんなことは……ねぇよ」
サルマはリーシの求婚を断る以上、リーシが女だということを先程から考えないようにしていたが……それを聞いて、リーシが女だということをまたも意識させられ、ドキリとする。
「だが、そうだな……きっと、シルロの方がオマエのこと女として見てくれるし、守ってくれるはずだ」
「でも、シルロが求婚してくれたのも、私を愛してるからなんかじゃなくて……私の血筋のせいだと思う」
リーシはサルマを見、ポツリと漏らす。
「その可能性はあるとしても……そう聞いたわけじゃねぇだろ。実際のシルロの本心はわかんねぇじゃねぇか」
サルマはリーシにそう言った後、ぼそりと呟く。
「現に、俺だって……オマエの本心全くわかってなかったぜ。俺はずっと、オマエは俺のこと嫌ってて……結婚する気なんかないと思ってたからな」
「じゃあ、なんで私が怒ってると思ってたの?」
リーシに突然問いかけられ……サルマは戸惑いながらも、なんとか答えを探す。
「なんでって……俺が一流の血筋なのに警備戦士を放棄して出て行って、賊に成り下がって、警備戦士の名を汚したから……。それで、オマエにとっての全てである警備戦士を、俺が全否定したから……」
「確かにそれも……半分くらいは当たってるわ。でも……」
リーシはサルマの手を離し、笑う。
「一番は、許嫁の私に何も言わずに……私を置いて出ていったからよ。まだ結婚していないとはいえ、婚約相手に捨てられた女で、怒らない人がいるはずないじゃない」
「……だよな。こないだ戦士島を出た後からは……薄々わかってた」
サルマはそう言って、頭を掻く。
「ホント、悪いことしたと思ってる」
「……いいわよ、もう」
リーシはそう言うと、ぷいっとそっぽを向く。
「だが……今の俺には、役割ができちまった。それは、警備戦士と同時にできるような仕事じゃねぇ。それに、戦士島で……シルロにも、もう島には戻らないって約束しちまったんだ。だから……アイツにも悪いし、俺はもう戻れない」
サルマはリーシの背中に向けて語りかける。
「……シルロは真面目なヤツだからな。顔がいいからモテるだろうが、浮気はしねぇよ。それに……今はオマエの血筋が目当てだとしても、家族になれば……きっとオマエのこと、大切にしてくれるはずだ」
「……それはわかってる。シルロもアンタと同じ、いとこで……幼馴染だもの」
リーシはサルマに背を向けたままそう言った後――サルマの方を振り返る。
「でもね、サルマ。私……アンタと一緒になれないなら、私自身が長を継ぎたいと考えているの。もし私が長になりたいって言ったら、シルロはどうするのかしら……」
「リーシ……!」
サルマは驚いた様子で目を見開きリーシを見ていたが、ニヤッと笑って言う。
「オマエが長になりてぇんなら……シルロにこう言えよ。私が長になってもいいなら結婚を認める……ってな。そうすりゃきっと、シルロはその要求を飲むしかねぇよ。オマエと結婚する以外に、ヤツが長になれる方法は無ぇんだからな。シルロは仕方なく諦めて、自分の子どもがリーシの次の長になるだけでも十分だと思うだろうよ」
リーシはそれを聞いて、同じくニヤリと笑う。
「アンタ……相変わらず、ずる賢いわね。でも、そうね……サルマの言う通りにしてみようかしら」
「ああ、そうしな。俺……この場所からオマエのこと、応援してるからな。お互い、別々の道で頑張っていこうぜ」
「ありがとう、サルマ。今の私には……その言葉が聞けただけでも、ここに来てよかったって思うわ」
リーシはそう言ってサルマに笑いかけながらも……その目尻には、かすかに涙が光っていた。
「ああ……そう思ってくれたんなら、俺も嬉しい」
サルマはリーシの涙を見ないように俯き、ぼそりと言う。
「さて……と。じゃあ私は戦士島に帰るわね。その前に、船を返してもらおうかしら」
リーシはさっと立ち上がり、サルマの乗っていた船に触れる。サルマはそれを聞いて慌てる。
「ちょ、ちょっと待て……。俺、この船……この先も使っちゃいけねぇか? その、俺の鼻を使って探し物をする役目があるんだが……。あ、でもそしたら、オマエがここから戦士島に帰れなくなるか……?」
リーシはそれを聞くと、ため息をつく。
「……そう言うと思った。大丈夫よ。アンタに盗まれた小舟の代わりに、私の帆船に乗せていた新調した小舟を、実はこの島に残してあるわ。島の裏側に停めているの」
「そ、そうなのか……? だから、この浜辺からは見えなかったのか。じゃあ、なんでさっき、俺が島に来た時はそれ言わなかったんだよ……」
「ずっと船盗られてた腹いせに、ちょっとだけ困らせてやろうと思っただけよ」
リーシはニヤッと笑い、サルマの船をぽんと叩いて言う。
「アンタに盗まれて困ってたから、私の帆船に乗せる小舟は既に新調したし……もういらないわ。この船はアンタにあげるから、好きに使いなさい」
「ありがてぇ! 恩に着るぜ、リーシ!」
サルマはそう言って、嬉しそうに自分のものになった船をなでる。
リーシの大型帆船から盗みだし、メリス島で難破し破損するも、アイラの助け船によって大工のログになおしてもらい、闇の大穴の渦に引っかかるも助けられてなんとか脱出し――そんなアイラとの旅の思い出が詰まった船――――――。
そうやって船を手に入れてからここまでの出来事に思いを馳せていたサルマだったが、船についている紅竜の船首を見てハッとする。
「あ、でも流石に……この船首は取り替えた方がいいよな? その、俺……警備戦士じゃねぇんだし」
リーシは紅竜の船首をじっと見て、しばらく思案した後、口を開く。
「……いいわよ、別にこのままで。でも、アンタが盗賊をやめてまっとうに生きてくれるって……約束してくれるならね」
サルマは目を丸くしてリーシを見る。
(そうだな……盗賊サルマって名乗れなくなるのはちょっと名残惜しいが……。だが、俺の鼻は本当は、宝に反応するわけではないとわかったからには、『鼻のきく盗賊』である俺とは……ここでおさらばするか)
サルマは決意を固め、ゆっくりと頷く。
「そこは……問題ない。俺は、アイラを守る役目につくからには、盗賊は、やめようと思ってる。だが、それでも戦士じゃねぇのに変わりはないってのに……本当にいいのか?」
リーシは頷いて言う。
「アンタの役目のこと、父さんには言うつもりだし……詳しいことは警備戦士全員に周知されないにしても、アンタが今では別の方法で世界を守っていて、賊をやめたって話は、戦士たちにもするつもりよ」
そしてリーシは、サルマににっこりと笑いかける。
「だから、アンタはもう警備戦士に捕まらないし、いつでも島に帰って来られるようにする。だから……いつか時間ができたら、帰ってきなさいよ」
「リーシ…………」
サルマはその言葉を聞いて――――自分が堂々と戦士島に帰ることは一生叶わないと思っていたため、思わず胸が詰まる。
「……ああ、時間ができたら行くよ。そーいや、サダカのおっさんにも、三日月の短剣をおっさんの元へ直接返せって言われてるしな。思えば俺が後先考えず矛盾した約束二つしてたから、シルロにしてた島には戻らねぇって約束を反故にしちまう結果になるが……ま、オマエたちが結婚した後なら行っても怒らねぇだろ」
サルマはそう言って、腰につけてある三日月の短剣を取り出し――ふとリーシの顔を見る。
「あ、でも……自分で返すことにこだわらず、今オマエに託しておいた方がいいのか? 俺が戦士になれねぇのは変わらねぇし……俺が戦士島に行くことができるまで、この剣ずっと持ってるってわけにもいかねぇよな……」
「それは……そうかもしれないけど…………」
リーシは三日月の短剣を見、しばらく考えていたが――ゆっくりと首を横に振る。
「アンタも、これから世界を守る役目を果たすっていうのなら……警備戦士の仲間の一人でもあると、私は思うことにする。だから、紅竜の船首もそのままでいいって言ったの。だから剣も……戦士島に帰るまで持っていてもいいんじゃない? もし、父さんが今すぐ返してほしいって言うなら……私、またここまで取りに来てもいいし」
「……本当にいいのか? 俺、剣を授与されたわけじゃねぇんだが……」
「わかってる、借りてるんでしょ。だからその代わり、絶対戦士島まで返しに来るのよ」
「ああ、わかったよ」
サルマは頷き、三日月の短剣をいつものように腰布に挟んで仕舞う。
「じゃあ……私はここで。船までは自分で行くから、見送りはここでいいわ。またね、サルマ」
「ああ。いろいろありがとな、リーシ……」
リーシはサッとサルマに背を向け、歩き出す。そのまま振り返ることなく、自分の船まで歩みを止めずに向かうが――――その間に目尻に溜まっていた涙が溢れ、頬の上をつうっと静かに流れ落ちた。
「……いいのかい? サルマ。あんな美人のできた嫁さんを逃して」
サルマがその場に佇んでリーシを見送っていると、後ろから声が聞こえてくる。
サルマが振り返ると、後ろにある森の入り口の茂みから、オルクが顔を覗かせているのが見えた。
「なんだよじーさん、そんなところで盗み聞きかよ」
サルマはそう言って笑う――が、茂みから出てきたオルクの姿を見ると――――笑顔が消え、しばらくその場で固まってしまう。
以前のオルクはの背筋がしゃんとしていて老人とはいえ若々しく、老いぼれた感じは一切なかったが、そこに立っていたオルクは――――腰が曲がっており、杖をついて立っていて、いかにも老人といった雰囲気が漂っていた。
(……一気に年食ってやがる。これって、あの洞窟で爺さんが言ってたように、神が死んだ影響が出てるってことだよな……?)
サルマはオルクの前よりも老いぼれた姿を見て、神だったレイラの消滅を感じ取り――――天界でアイラが一人になったという事実にも、ふと気が付く。
「じーさん、なんか……一気に老けたな……」
サルマは、オルクにこれから色々と教わらねばならないことを考えると、その老化について軽口を叩けるような状況ではないということに気づき――それだけ呟く。
「まだ大丈夫だ。体がきびきびとは動かしにくなっただけで……頭はハッキリしているよ」
オルクはそう言って笑う。
「それでさっきの……彼女の話だが。私は……私が死ぬまでにお前にはしばらくの間色々と教えねばならないから、この島に来いと言った。とはいえ、一生お前をこの島に縛り付ける気はないのだぞ?」
サルマはオルクを見、その言葉の意味を考えている。オルクは話を続ける。
「神を支えるため、私は理由あってこの島にいることを選んだが……お前までそうする必要はない。島に置いてある水盆は重く、しばらく動かしていないとはいえ、別の場所に移動できぬわけでもないし……島の外に出てアイラちゃんのことを支える方法も、きっとあるだろう」
オルクは、サルマの両腕を自らの両手で掴む。
「私が死んだら、お前は好きにしろ。私はずっと独り身だったが……お前は所帯を持ってもいいし、故郷の戦士島に戻り戦士を兼任してもよいのだぞ。どのやり方が一番よいか……アイラちゃんと二人で話し合って、やりたいようにやればいい」
サルマは無言でオルクの言葉を聞いていたが――ゆっくりと首を横に振る。
「俺は……アイラを支えることに関しては、オルクの爺さんのやり方を見習うつもりだぜ? 爺さんが良かれと思って選んだ方法なんだろ? それなら、それが一番のやり方だと……俺は思う」
「……サルマ…………」
オルクはしわの増えた顔でサルマを見上げる。サルマは軽く首を横に振って話を続ける。
「警備戦士と両立するってのも……俺には無理だ、そんな器用じゃねぇ。それに、俺は……やっぱりしきたりに縛られる戦士は向いてねぇし、今更……長なんかにはなれねぇよ。リーシは認めてくれたとしても……他の戦士のやつらに合わせる顔がねぇ」
サルマはそこで言葉を途切らせると、ふいに顔を上げ、島を見渡す。
「それに、この島……もうすっかり俺の第二の故郷になってて、居心地がいいんだ……戦士島よりもな。だから、別に出ていく気はねぇよ」
「お前がそう言うなら……わかった。好きにしなさい」
オルクは頷いて、サルマの腕を離す。
「とはいえ、島にずっといられるわけでもなく、剣も探しに行かねぇとだめなんだよな。それまでになんとか教われるもんは教わっとかねぇと。俺が旅に出てる間、爺さん一人島に置いてくと、勝手に死んじまいそうだしな」
「そうだな……確かに、お前に介護されるくらいなら、その前にこっそり死んでおきたい気もするな」
オルクはそう言ってニヤッと笑う。
「なんでだよ。俺だってちゃんと世話してやるから……もっと長生きしろよな」
「オマエは知らないだろうが……もう十分長生きなんだよ」
サルマとオルクは浜辺に座り、そんな風に軽口を叩きあいながら――――晴れ渡った青い空と、キラキラと輝く青い海を二人で眺める。
0
あなたにおすすめの小説
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
【運命】と言われて困っています
桜 花音
児童書・童話
小6のはじまり。
遠山彩花のクラスである6年1組に転校生がやってきた。
男の子なのに、透き通るようにきれいな肌と、お人形さんみたいに、パッチリした茶色い瞳。
あまりにキレイすぎて、思わず教室のみんな、彼に視線が釘付けになった。
そんな彼が彩花にささやいた。
「やっと会えたね」
初めましてだと思うんだけど?
戸惑う彩花に彼はさらに秘密を教えてくれる。
彼は自らの中に“守護石”というものを宿していて、それがあると精霊と関われるようになるんだとか。
しかも、その彼の守護石の欠片を、なぜか彩花が持っているという。
どういうこと⁉
中学生ユーチューバーの心霊スポットMAP
じゅん
児童書・童話
【第1回「きずな児童書大賞」大賞 受賞👑】
悪霊のいる場所では、居合わせた人に「霊障」を可視化させる体質を持つ「霊感少女」のアカリ(中学1年生)。
「ユーチューバーになりたい」幼なじみと、「心霊スポットMAPを作りたい」友達に巻き込まれて、心霊現象を検証することになる。
いくつか心霊スポットを回るうちに、最近増えている心霊現象の原因は、霊を悪霊化させている「ボス」のせいだとわかり――
クスっと笑えながらも、ゾッとする連作短編。
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
パンダを演じたツキノワグマ:愛されたのは僕ではなく、塗りたくった小麦粉だった
tom_eny
児童書・童話
「なぜ、あいつばかりが愛される?」
山奥の孤独なツキノワグマ・ゴローは、人々に熱狂的に愛される「パンダ」に嫉妬した。
里で見つけた小麦粉を被り、彼は偽りのアイドルへと変貌を遂げる。
人々を熱狂させた「純白の毛並み」。
しかし、真夏の灼熱がその嘘を暴き出す。
脂汗と混じり合い、ドロドロの汚泥となって溶け落ちる自己肯定感。
承認欲求の果てに、孤独な獣が最後に見つけた「本当の自分」の姿とは。
SNS時代の生きづらさを一頭の獣に託して描く、切なくも鋭い現代の寓話。
#AI補助利用
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる