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第六話

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 彼は、葉っぱを見て、それから屋根の上の私を見て、いつものごとく眉間に皺を寄せ、しかしいつもと違って、こっちに歩いてこようとした……が――。

『リリョス殿』

 立ち止まり、ため息をついてから横を向いた。

 呼び止められたのかもしれない。
 廊下の向こうから、現れた五十代ぐらいの女性に、頭を下げる彼。

 その女性は、今まで見ただれよりもきらびやかな恰好をしていて、背中に茶色い翼を生やしていた。後ろに、服装からして侍女ではないだろうが、友人というには腰が低い女性たちを連れている。

 ボスと子分たちという感じだ。

 何か物々しい雰囲気だけど。こっち来ないよね?

 私は、葉っぱを取りに降りようと、梯子に足をかけつつ

『なんでしょう。王妃様』

 初めて聞いた低く心地よい彼の声が気になり、そーっと振り返った。

『うむ。翼を出したままここらをうろつくのはやめてもらえぬかと頼みに来たのだ』

 きらびやかな女性が、口元に扇子を当てて何か言い、周りの女性たちがそれに頷いている。仕草からして、身分の高い人なのかもしれない。お代官様っぽい。

『王族の集まりには、その証である翼を携えて来るという伝統があったはずですが、何か理由がおありで?』

 本当にいい声だ。少しザラっとしていて、心地よく響く。

『っ……証っ……っ聞いたかみなの者っ。その、鱗族でもない、翼族でもないものがっ高貴な一族の証となっ』

 ほほほほほっと女性たちが笑い出した。

 どういう状況? ギャグでも飛ばしたとか。いやでも馬鹿にされているようにも見えるし。

『そなたが歩くたび、その大きな翼が触れそうで恐ろしいと、みな嘆いておってな。みなを苦しめるような伝統は変えねばならぬやもしれぬが、ならばまずそなたにと思うてな。己のことを他人に議題として提出されるのはつまらぬであろう?』

 きらびやかな女性は、急に笑い出したり、ゴミでも見るみたいな目つきをしたり、はたまたやわらかく微笑んだりで、感情豊かというよりは、どこかしら不安定な人に見える。

 あ。なんかさっきから悪口ばっかり考えてる。お金持ちへの僻みっぽくてあれだし、やめなきゃ。

『この翼、毒は出しておりませんよ』

 ヒートアップする女性たちに比べ、彼はあくまで淡々としているように見える。というか、中心の女性以外は、ほんの少し顔を赤らめたりしているから、ここからは見えないが、声色に反して笑顔なのかも。

『毒ならまだよいわっ。耳族も鱗族も牙族も、己の証に誇りを持っておるということがわからぬか。気味の悪いそなたの翼や鱗に触れて誇りが穢れることを恐れて――』

 ドギャバキっ!

「きゃっ!!」

 突然足元が沈んで驚いた私は、慌てて屋根の上に這い上がった。
 心臓がバクバク鳴っている。

 地面を見ると、なんと……梯子が真っ二つに折れていた。

 なんてこった。屋根の上に取り残された。

さーっと冷や汗が出た。

 どうやって降りれば……。飛び降り……でもそれで怪我したら……誰も面倒なんて見てくれない……医者もいないし。

『なんと可哀想に。あの娘。屋根から降りられず困っておるようだ。助けてやらねば』

『まあ王妃様。あんな下々の者にもお優しいのですね』

『うむ。しかしここで翼を広げて飛ぶのは狭すぎて危険だ。受け止めてやりたいが……』

『王妃様の細いお体では無理ですわっ! けれどわたくしたちにも出来ませんし……どうすれば……』

 チラチラこっちを見ながら話している女性たちに、彼がすっと紳士なお辞儀をした。

『それでは私が。心優しい王妃様の代わりに、あの娘を助けて参ります』

 何やら揉めているようなので助けを求めていいのかどうか迷っていると、くるっと踵を返した彼が、今度こそこっちへ歩いてきた。

 大丈夫かーではなく、面倒くせぇんだよこの野郎という形相で。

 え? え? 何? どうしたの? 怒ってる?

 逃げることも動くことも出来ないで、内心慌てふためいていると。
 あっというまに屋根の真下まで来た彼が……なんと……私に向かって両手を広げたではありませんか。

『悪いが茶番に付き合ってもらう。あとで梯子を持ってくるよう言っておくから、やつらの気がすむまでそこでじっとしてろ』

 抑えた声で何か言われたが。意味はもちろんわからない。
けれど、わからないんですーとは 言えなかった。

え? 何? 飛び降りたら受け止めるぜって? 

『あの娘っ。怯えた顔をしておりますわ』

『なぜでしょうね?』

『ああ。わかりましたわ。リリョス殿! その翼と鱗をしまわねばっ娘は飛べませぬぞっ』

 ほほほほほっと笑う女性たち。

 何がどうしてこうなったのかわからないけれど。せっかくの好意も、無事に降りられるかもしれない好機も逃したくはない。

 肉を切らせて骨を断つ的な言葉もあるし。彼の腰が逆に折れるかもしれないけれど、私は無事に降りられるかもしれないし。

 いやそれなんか違う! でも降りたいしっ……。大丈夫かな。受け止めてもらえるかな。怖いけど。

『そうであったそうであった。つい先ほどそんな話をしておったというのに、助けたい一心で忘れておったわ。娘っ。われが許すっ。無理して飛び降りずとも……』

 飛んだ。

私はおもいっきり屋根から飛んだ。

彼の腕目がけて飛び降りたその瞬間。
彼の驚く顔が見えた。

 ドサっ!

 少し衝撃があって、目の前の物にしがみついた。
 浮遊感はもうない。地に足は……ついていないけれど。何かに支えられている。

 そっと顔を上げると、すぐ目の前に、彼の顔があった。

『あ……ありぐわとう……ます』

 ニっと笑顔でお礼を言うと、彼は……彼は呆けた顔をして、私のことを抱き上げたまま。

『ああ…………どうも』

 はじめて。返事を返してくれた。何て言ったかはよくわからないけど、力の抜けた声色だったから、怒ったり、どこか痛めたりはしていなさそうだ。

 向うの方に居る女性たちの笑い声がピタっと止まったので、ふと彼の肩越しに彼女らを見ると、何か、ものすごい形相でこっちを睨んでいるような……気がしたが……。

 コソコソと何か小声で話し合い、全員同じようなツンとした動作で背を向けて、去って行った。
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