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美少女になりまして
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人は強い力を持つ者を恐れ迫害するが、己自身は力を欲するものである。
過去。不思議な力を使うことが出来る魔法使いは、人間に迫害され、住処をなくし、滅びる寸前にまで陥った末、あらゆる厄災から民を守るという契約を国と交わし、国の保護を受けることにした。
その契約によって、戦や災害から人間を助け、重宝されるようになった魔法使いは、少しづつ地位を確立していったが。
世界中で魔瘴被害が増大したことで、再び窮地に陥った。
魔力の汚染により人や土地が狂うことを魔瘴という。
魔力は本来、誰もが持つもの。
それを自由に使うことが出来るのが魔法使いというだけで、魔瘴とは一切関係ない。魔力の汚染は、どちらかというと魔法を扱えない普通の人々に起きる現象なのだが。
魔力を持っていても扱うことの出来ない人に、あなたの魔力が暴走しているのですといくら言って聞かせても浸透せず。
魔瘴は、魔法使いの仕業という話が世間に出回った。
国の保護とはなんだったのか。
魔法使いが権力を持ち始めたことに脅威を感じていた国はそれを訂正せず、新たな契約を提示した。
魔法使いは、より強い魔法使いを生み出すために、強い魔力を持つ者同士婚姻し、生まれた子供を生涯城で働かせること。
そうすれば、人目につかぬ場所に屋敷を用意し、今まで通りの何不自由ない暮らしを約束する。
などという一方的な契約内容だったが。
贅沢な暮らしに慣れ、迫害を恐れた魔法使いの殆どが、その条件をのんだ。
私の父も契約を結んだ魔法使いの一人で。母の家もそう。
だったのだが、美しく聡明で魔力が大層強く、大魔女の称号を持つ母は、この契約が気に入らず、逃亡したあげく、国に捕まった。
本来なら死刑。
しかし、母はその美貌と力を惜しまれ、無理矢理に父と結婚させられ、兄と私を生み。
またすぐ行方をくらませた。
もう何年も前の話だというのに、父は今も、母を探して、あまり家に帰って来ない。
それは別に構わない。全然かまわない。衣食住に問題はないし、元々いないも同然の二人だ。逆に居るほうが気を使う。
問題なのは。
その間、国の斡旋で、この家にやってきた第二夫人とその連れ子たち。今の私の家族……いや家族なんかじゃない。
私の家族は兄だけ。
『キルシェ』
最後に名前を呼ばれたのはいつだったか。
十六歳になった私は、幼い頃一緒に居た唯一の家族である兄のことを、もうぼんやりとしか思い出せない。
兄は、この家を守るため、一人城へ行かされた。まだ子供だったのに。
第二夫人は、国に我が子を差し出し、戦道具にされるのが嫌で、義務を果たさなければと息巻く元旦那と別れ、すでに魔法使いの子供二人が居るこの家に嫁いできた。
私と兄を隠れ蓑にする気だったのだ。
『家督はあなたの息子に譲ります。僕が早くに出向することで、あなたの娘の出向時期をうやむやにして貰い、早急に魔法使いとの縁談に持っていけるよう計らいます。その代わり、キルシェを……歳になるまでいいので、大事に育ててください』
『それまでにキルシェちゃんの出向時期が来てしまうでしょう? さすがに娘二人の出向を遅らせるなんて無理よ』
『秘策があるので、断れば取引不成立です』
兄が城へ行く前に、第二夫人とこんな感じの会話をしていた……と思う。この会話を聞いたとき、私はまだ幼かった。なんで喧嘩してるのかなぁ程度にしか受け取っていなかったので、かなりうろ覚えだし、都合よく記憶を改ざんしてる可能性もあるため、魔法使いキルシュ16歳の今後は割と真っ暗だ。一生この屋敷に居なければならないか、いずれ出向するか、はたまた兄が迎えに来てくれるのか。
「ちょっとそこのピンク頭! さっさと昼ご飯持ってきなさい! あと床汚れてる!」
いろいろと心もとなくて、げんなりした気持ちで屋敷の廊下を歩いていたら、義姉に呼び止められた。
振り返ると目に痛いピンクのドレス、栗色の巻き毛をど派手な赤いリボンでまとめた義姉が仁王立ちしていた。
あんたが汚したんでしょ。
以前そう言って反抗的な態度を取ったら、汚れた水をぶっかけられた。
腹が立ったので、義姉のお気に入りだったオレンジのワンピースをぞうきん替わりに床をピカピカにしたら、持っている服全部これでもかというほど細かく破られた。
そのせいで私の服は全部、超継ぎはぎだ。激しい動きをしたら即分解する仕様だ。
「はいはい。やりますやります。全部すぐやりますとも」
私は、彼女らの嫌がらせに逆らうのを、百回に一回と決めている。
力を溜めて、溜めて、溜めこんでから、屋敷を爆破するくらいのものすごい仕返しをしてやろうと決めて……結局千回を超えた。
何かあるたび頭の中で声がするのだ。
大丈夫。まだやれる。だって私には約束があるから。やりたいこともあるんだから。会いたい人がいるから。耐えられる。
なんて。
正直、約束もやりたいことも思いつかないし会いたい人だって……。
お兄ちゃん……。
記憶の奥深くにある。兄の姿。優しく私を呼ぶ声。ふわふわした想い出に浸りながらだと、床磨きだって辛くない。綺麗になるたびに、兄との想い出も輝く……ということにすれば、楽しいくらい……。
私は、義姉の嫌味を聞き流しつつ、暫し床磨きに没頭した。
私の兄は優しくてかっこよくて、綺麗で、強くて、素敵。
大丈夫。私のこと忘れたりしてない。きっとまた会える。
たぶん会える。もしかしたら会える。かもしれないし、ないかもしれない。
「なあキルシェ。俺が母様に言って、屋根裏じゃない場所に住まわせてやろうか?」
またも沈みかけたところで、甘ったるく私を呼ぶ声がした。これは義姉じゃない。義姉は数分前に私いびりに飽きて、どこかへ行ってしまった。
コツコツと靴音が近づいてきて、男物の革靴が磨いたばかりの床を踏む。
「俺いつも可哀想だなって思ってるんだぜ? 可愛い妹が差別されてさ。なぁ俺の部屋の隣空いてるからお前の部屋にしろよ。なんなら俺の部屋に一緒に住んでもいいぜ?」
こいつは私の義兄だ。顔も見たくないから床を見続けることにしよう。
「なあキルシェ。こっち見ろって。可愛い顔見せてくれよ。兄ちゃんがよしよししてやるからさ」
こいつ。少し前までは義姉と同じような態度だったのに。
いつからかこういう類のちょっかいかけてくるようになった。すると、今まで私に無関心だった義母の態度が豹変した。
この雌猫がっ!
的なことを叫んで。
兄が出向してすぐ義姉に部屋を盗られ、仕方なく空き部屋を使っていた私に屋根裏の物置部屋で暮らすよう命じ、持っていたドレスをすべて使用人の着る服にかえられた。
置いてある木箱に藁とシーツをひいてベッドを作っている最中、頭の中で流れだしたメロディは一体いつ聞いたものだったのだろうか。藁ベッドって素敵。とか思ってしまったけれど、今はベッドが恋しい。
「お兄様」
私は床を見つめたまま、いつまでも去ろうとしない義兄に。
「先日お兄様、お父様の書斎にある魔法書を売り払い、花街というところへ行ったそうですね。花街って何が売ってるんですの? お花かしら。今度お父様に聞いてみますね」
淡々と告げた。
「は? 何のことだよっ知らねえし」
「そうですか……」
床を拭き続ける。
「知らねえって!」
義兄は、わなわなと震えだし、バケツを思いっきり蹴っ飛ばした。
汚い水しぶきが飛ぶ。私はそれでも床を磨き続けた。
運よく当たりはしなかった。というか当てるほどの度胸はないのだろう。
バケツはコロコロと壁の端へ転がり。
義兄はドスドスと二階へあがっていった。
私は、足音が完全に消えてから、ようやく顔を上げた。
仕返しはしないものの、己を守る情報ぐらいは仕入れている。メイドと仲よくしてれば、そこらじゅうに目があるのと同じ。誰がいつどこで何をしたかなんて筒抜けだ。
「はぁ……」
とはいえもう駄目だこの家。危険しかない。でもなぁ。外で暮らしていくのも……不安だらけだし。
何せ私……美少女なんで。
日の光で銀色に輝く薄桃色の髪。長くみっしり生えた睫と大きな紫の瞳。唇の色も桃色で肌は透き通るように白い。
華奢な手足と細い腰のわりに胸はそこそこある。
毎朝鏡を見るたび、うわっこの美少女誰だよ……私か!
となる。さすが、美貌で死刑を免れたという母の娘。超美少女。鏡を見るのが楽しいわ。
ともなるが。
こんなか弱い美少女魔法使い。ただでさえ魔法使いへの風当たりがきつい世の中で生きていけるはずない。魔法使いであることを隠したとしても、魔獣に魔瘴、戦なんかもあるこのファンタジーな世界……で。
あれ……ファンタジーな世界て……なんか変だぞ。
私は……私でしかない。それなのに、いつも何か違和感がある。何かっていうと……ときどき聞こえる声とか、鏡を見て美少女だなぁって思うところとか。近頃はそれが強くなってきている気がする。
「だはぁ……」
きっとここでの生活が辛いからだ。このままじゃ二重人格になりそう。
庭の隅でメイド用の昼食を食べて、再び床を磨き、洗濯物を魔法で乾かしながらため息をつく毎日。
昔兄に魔法の使い方について聞いたとき、自分の中にある力を色分けして、自然に耳を澄まし、合う色の力を放出して、目線で魔法の形を描くんだ。
というとても曖昧な教えを頂いた。
それ以外は誰にも教えて貰っていないので、この年になっても簡単な魔法しか使えない。
こんなんじゃ城への出向も難しい。
ここにいる数人のメイドたちはみな、私の魔法を怖がらず、便利だと喜んでくれる。居心地悪いけど、良い部分もあるし、普通の暮らしと言えなくもないのかな。
家事に魔法を使っているこの時間は、割と好きだな。
ここで我慢してるのが一番……なのかな。
一日を終えて屋根裏へ帰り、繕い物をして、布団に入った私は、目を閉じた途端眠りの世界へ旅だとうとした……が。
ゾッと寒気で目が覚めた。
何か居る。
ゴソゴソとした気配が既にものすごく近くに。
布団が捲られ。真上に……気配を感じる。
鍵は厳重にかけたはずだが。
ついに変態義兄がやってきたのかもしれない。
覚悟はしていたものの、心臓が恐怖で激しく脈打ち、体が震える。
こんな時のために、私は枕の下に唐辛子の粉を常備している。これを投げつけて風を起こし、相手の目や鼻を集中攻撃するのだ。
私はそっと、枕の下にある袋を掴んで、深く息を吸い込み、止めた。
こうなったら仕方がない。今までため込んで来た恨みの数々をはらすときだキルシェ。
さあ。渾身の一撃をお見舞いしてやるっ。
「ローズ……」
っ!?
想定外の声音に、投げるタイミングを逃した。
今の声。義兄じゃない。
「私のローズっ」
知らないようで懐かしいこの声。
父だ……ってかローズって……母のことだし……。
「ローズっ」
そういえば。
先日、父が、何年ぶりかに私を見て。母親に似てきた。なんて、呟いてた……かも。
「戻って来てくれたんだね」
ものすごく近く。囁くような声が耳に触れた瞬間。震えも恐怖も全部パーンと真っ白になった。
「ロー……」
私は、唐辛子の袋を握りしめ、おもいっきり前に突き出して叫んだ。
「私はサクラだーー!!」
父の口に拳を突っ込み、破裂するような風の魔法で、唐辛子ではなく父を吹き飛ばす。
「どぎゃんぷ!?」
父は奇妙な声を上げながら向かいの壁にぶち当たった。
「っがっうぐ!!」
折れた前歯に唐辛子というダブルパンチで悶え苦しみ、床を転げまわる父……。
父……こんなのが私の?
サクラ……って。
何か急に合点がいったような不思議な気持ち。遅れてきた恐怖で体も喉も震え。
「気持ち悪いのよ!! このクソモラハラ家族!! 滅びろ!!」
叫んだ言葉の意味に混乱した私は、無我夢中で、屋根裏部屋から飛び出し、猛烈ダッシュで屋敷の外へ出た。
「サクラ……」
私はキルシェだけどサクラだ。
そうだ。
思い出した。
私は異世界に転移しないサクラだけど、転生したキルシェっ……え何それどういうこと?
過去。不思議な力を使うことが出来る魔法使いは、人間に迫害され、住処をなくし、滅びる寸前にまで陥った末、あらゆる厄災から民を守るという契約を国と交わし、国の保護を受けることにした。
その契約によって、戦や災害から人間を助け、重宝されるようになった魔法使いは、少しづつ地位を確立していったが。
世界中で魔瘴被害が増大したことで、再び窮地に陥った。
魔力の汚染により人や土地が狂うことを魔瘴という。
魔力は本来、誰もが持つもの。
それを自由に使うことが出来るのが魔法使いというだけで、魔瘴とは一切関係ない。魔力の汚染は、どちらかというと魔法を扱えない普通の人々に起きる現象なのだが。
魔力を持っていても扱うことの出来ない人に、あなたの魔力が暴走しているのですといくら言って聞かせても浸透せず。
魔瘴は、魔法使いの仕業という話が世間に出回った。
国の保護とはなんだったのか。
魔法使いが権力を持ち始めたことに脅威を感じていた国はそれを訂正せず、新たな契約を提示した。
魔法使いは、より強い魔法使いを生み出すために、強い魔力を持つ者同士婚姻し、生まれた子供を生涯城で働かせること。
そうすれば、人目につかぬ場所に屋敷を用意し、今まで通りの何不自由ない暮らしを約束する。
などという一方的な契約内容だったが。
贅沢な暮らしに慣れ、迫害を恐れた魔法使いの殆どが、その条件をのんだ。
私の父も契約を結んだ魔法使いの一人で。母の家もそう。
だったのだが、美しく聡明で魔力が大層強く、大魔女の称号を持つ母は、この契約が気に入らず、逃亡したあげく、国に捕まった。
本来なら死刑。
しかし、母はその美貌と力を惜しまれ、無理矢理に父と結婚させられ、兄と私を生み。
またすぐ行方をくらませた。
もう何年も前の話だというのに、父は今も、母を探して、あまり家に帰って来ない。
それは別に構わない。全然かまわない。衣食住に問題はないし、元々いないも同然の二人だ。逆に居るほうが気を使う。
問題なのは。
その間、国の斡旋で、この家にやってきた第二夫人とその連れ子たち。今の私の家族……いや家族なんかじゃない。
私の家族は兄だけ。
『キルシェ』
最後に名前を呼ばれたのはいつだったか。
十六歳になった私は、幼い頃一緒に居た唯一の家族である兄のことを、もうぼんやりとしか思い出せない。
兄は、この家を守るため、一人城へ行かされた。まだ子供だったのに。
第二夫人は、国に我が子を差し出し、戦道具にされるのが嫌で、義務を果たさなければと息巻く元旦那と別れ、すでに魔法使いの子供二人が居るこの家に嫁いできた。
私と兄を隠れ蓑にする気だったのだ。
『家督はあなたの息子に譲ります。僕が早くに出向することで、あなたの娘の出向時期をうやむやにして貰い、早急に魔法使いとの縁談に持っていけるよう計らいます。その代わり、キルシェを……歳になるまでいいので、大事に育ててください』
『それまでにキルシェちゃんの出向時期が来てしまうでしょう? さすがに娘二人の出向を遅らせるなんて無理よ』
『秘策があるので、断れば取引不成立です』
兄が城へ行く前に、第二夫人とこんな感じの会話をしていた……と思う。この会話を聞いたとき、私はまだ幼かった。なんで喧嘩してるのかなぁ程度にしか受け取っていなかったので、かなりうろ覚えだし、都合よく記憶を改ざんしてる可能性もあるため、魔法使いキルシュ16歳の今後は割と真っ暗だ。一生この屋敷に居なければならないか、いずれ出向するか、はたまた兄が迎えに来てくれるのか。
「ちょっとそこのピンク頭! さっさと昼ご飯持ってきなさい! あと床汚れてる!」
いろいろと心もとなくて、げんなりした気持ちで屋敷の廊下を歩いていたら、義姉に呼び止められた。
振り返ると目に痛いピンクのドレス、栗色の巻き毛をど派手な赤いリボンでまとめた義姉が仁王立ちしていた。
あんたが汚したんでしょ。
以前そう言って反抗的な態度を取ったら、汚れた水をぶっかけられた。
腹が立ったので、義姉のお気に入りだったオレンジのワンピースをぞうきん替わりに床をピカピカにしたら、持っている服全部これでもかというほど細かく破られた。
そのせいで私の服は全部、超継ぎはぎだ。激しい動きをしたら即分解する仕様だ。
「はいはい。やりますやります。全部すぐやりますとも」
私は、彼女らの嫌がらせに逆らうのを、百回に一回と決めている。
力を溜めて、溜めて、溜めこんでから、屋敷を爆破するくらいのものすごい仕返しをしてやろうと決めて……結局千回を超えた。
何かあるたび頭の中で声がするのだ。
大丈夫。まだやれる。だって私には約束があるから。やりたいこともあるんだから。会いたい人がいるから。耐えられる。
なんて。
正直、約束もやりたいことも思いつかないし会いたい人だって……。
お兄ちゃん……。
記憶の奥深くにある。兄の姿。優しく私を呼ぶ声。ふわふわした想い出に浸りながらだと、床磨きだって辛くない。綺麗になるたびに、兄との想い出も輝く……ということにすれば、楽しいくらい……。
私は、義姉の嫌味を聞き流しつつ、暫し床磨きに没頭した。
私の兄は優しくてかっこよくて、綺麗で、強くて、素敵。
大丈夫。私のこと忘れたりしてない。きっとまた会える。
たぶん会える。もしかしたら会える。かもしれないし、ないかもしれない。
「なあキルシェ。俺が母様に言って、屋根裏じゃない場所に住まわせてやろうか?」
またも沈みかけたところで、甘ったるく私を呼ぶ声がした。これは義姉じゃない。義姉は数分前に私いびりに飽きて、どこかへ行ってしまった。
コツコツと靴音が近づいてきて、男物の革靴が磨いたばかりの床を踏む。
「俺いつも可哀想だなって思ってるんだぜ? 可愛い妹が差別されてさ。なぁ俺の部屋の隣空いてるからお前の部屋にしろよ。なんなら俺の部屋に一緒に住んでもいいぜ?」
こいつは私の義兄だ。顔も見たくないから床を見続けることにしよう。
「なあキルシェ。こっち見ろって。可愛い顔見せてくれよ。兄ちゃんがよしよししてやるからさ」
こいつ。少し前までは義姉と同じような態度だったのに。
いつからかこういう類のちょっかいかけてくるようになった。すると、今まで私に無関心だった義母の態度が豹変した。
この雌猫がっ!
的なことを叫んで。
兄が出向してすぐ義姉に部屋を盗られ、仕方なく空き部屋を使っていた私に屋根裏の物置部屋で暮らすよう命じ、持っていたドレスをすべて使用人の着る服にかえられた。
置いてある木箱に藁とシーツをひいてベッドを作っている最中、頭の中で流れだしたメロディは一体いつ聞いたものだったのだろうか。藁ベッドって素敵。とか思ってしまったけれど、今はベッドが恋しい。
「お兄様」
私は床を見つめたまま、いつまでも去ろうとしない義兄に。
「先日お兄様、お父様の書斎にある魔法書を売り払い、花街というところへ行ったそうですね。花街って何が売ってるんですの? お花かしら。今度お父様に聞いてみますね」
淡々と告げた。
「は? 何のことだよっ知らねえし」
「そうですか……」
床を拭き続ける。
「知らねえって!」
義兄は、わなわなと震えだし、バケツを思いっきり蹴っ飛ばした。
汚い水しぶきが飛ぶ。私はそれでも床を磨き続けた。
運よく当たりはしなかった。というか当てるほどの度胸はないのだろう。
バケツはコロコロと壁の端へ転がり。
義兄はドスドスと二階へあがっていった。
私は、足音が完全に消えてから、ようやく顔を上げた。
仕返しはしないものの、己を守る情報ぐらいは仕入れている。メイドと仲よくしてれば、そこらじゅうに目があるのと同じ。誰がいつどこで何をしたかなんて筒抜けだ。
「はぁ……」
とはいえもう駄目だこの家。危険しかない。でもなぁ。外で暮らしていくのも……不安だらけだし。
何せ私……美少女なんで。
日の光で銀色に輝く薄桃色の髪。長くみっしり生えた睫と大きな紫の瞳。唇の色も桃色で肌は透き通るように白い。
華奢な手足と細い腰のわりに胸はそこそこある。
毎朝鏡を見るたび、うわっこの美少女誰だよ……私か!
となる。さすが、美貌で死刑を免れたという母の娘。超美少女。鏡を見るのが楽しいわ。
ともなるが。
こんなか弱い美少女魔法使い。ただでさえ魔法使いへの風当たりがきつい世の中で生きていけるはずない。魔法使いであることを隠したとしても、魔獣に魔瘴、戦なんかもあるこのファンタジーな世界……で。
あれ……ファンタジーな世界て……なんか変だぞ。
私は……私でしかない。それなのに、いつも何か違和感がある。何かっていうと……ときどき聞こえる声とか、鏡を見て美少女だなぁって思うところとか。近頃はそれが強くなってきている気がする。
「だはぁ……」
きっとここでの生活が辛いからだ。このままじゃ二重人格になりそう。
庭の隅でメイド用の昼食を食べて、再び床を磨き、洗濯物を魔法で乾かしながらため息をつく毎日。
昔兄に魔法の使い方について聞いたとき、自分の中にある力を色分けして、自然に耳を澄まし、合う色の力を放出して、目線で魔法の形を描くんだ。
というとても曖昧な教えを頂いた。
それ以外は誰にも教えて貰っていないので、この年になっても簡単な魔法しか使えない。
こんなんじゃ城への出向も難しい。
ここにいる数人のメイドたちはみな、私の魔法を怖がらず、便利だと喜んでくれる。居心地悪いけど、良い部分もあるし、普通の暮らしと言えなくもないのかな。
家事に魔法を使っているこの時間は、割と好きだな。
ここで我慢してるのが一番……なのかな。
一日を終えて屋根裏へ帰り、繕い物をして、布団に入った私は、目を閉じた途端眠りの世界へ旅だとうとした……が。
ゾッと寒気で目が覚めた。
何か居る。
ゴソゴソとした気配が既にものすごく近くに。
布団が捲られ。真上に……気配を感じる。
鍵は厳重にかけたはずだが。
ついに変態義兄がやってきたのかもしれない。
覚悟はしていたものの、心臓が恐怖で激しく脈打ち、体が震える。
こんな時のために、私は枕の下に唐辛子の粉を常備している。これを投げつけて風を起こし、相手の目や鼻を集中攻撃するのだ。
私はそっと、枕の下にある袋を掴んで、深く息を吸い込み、止めた。
こうなったら仕方がない。今までため込んで来た恨みの数々をはらすときだキルシェ。
さあ。渾身の一撃をお見舞いしてやるっ。
「ローズ……」
っ!?
想定外の声音に、投げるタイミングを逃した。
今の声。義兄じゃない。
「私のローズっ」
知らないようで懐かしいこの声。
父だ……ってかローズって……母のことだし……。
「ローズっ」
そういえば。
先日、父が、何年ぶりかに私を見て。母親に似てきた。なんて、呟いてた……かも。
「戻って来てくれたんだね」
ものすごく近く。囁くような声が耳に触れた瞬間。震えも恐怖も全部パーンと真っ白になった。
「ロー……」
私は、唐辛子の袋を握りしめ、おもいっきり前に突き出して叫んだ。
「私はサクラだーー!!」
父の口に拳を突っ込み、破裂するような風の魔法で、唐辛子ではなく父を吹き飛ばす。
「どぎゃんぷ!?」
父は奇妙な声を上げながら向かいの壁にぶち当たった。
「っがっうぐ!!」
折れた前歯に唐辛子というダブルパンチで悶え苦しみ、床を転げまわる父……。
父……こんなのが私の?
サクラ……って。
何か急に合点がいったような不思議な気持ち。遅れてきた恐怖で体も喉も震え。
「気持ち悪いのよ!! このクソモラハラ家族!! 滅びろ!!」
叫んだ言葉の意味に混乱した私は、無我夢中で、屋根裏部屋から飛び出し、猛烈ダッシュで屋敷の外へ出た。
「サクラ……」
私はキルシェだけどサクラだ。
そうだ。
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私は異世界に転移しないサクラだけど、転生したキルシェっ……え何それどういうこと?
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