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短い話

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 あの日。
 私は兄と二人で街へ出かけた。
 魔法使いであることがバレないよう、慎重に、はぐれないよう、手を繋いで。
 手を……繋いで……きっと楽しい時間を過ごしたはずだけど、私が覚えているのはそこじゃない。
 私たちは見てしまった。
 破壊された建物。倒れている子供たち。その中に一人佇む黒髪の少年。
 大きな音がして、たまたま、興味本位で見に行ったら、そんな光景が広がっていた。
 魔瘴だっ! 
 誰かが叫び。あっという間に大混乱になった現場で、私と兄は動けずにいた。
 黒髪の少年と私たちだけが微動だにせず、辺りをたくさんの人が走り回っている、不思議な空気に圧倒された。

「神子様こちらです!」

 やがてそこに、真っ白な服を着た幼い少女が、白服の大人たちに連れられてやってきた。
 少女は、黒髪の少年の手を引っ張って座らせ、少年の片目に手を当てた。

「どうして……」

 黒髪の少年が消え入りそうな声でそう言うと、少女は首を振って答えず、魔法で少年の傷を治し始めた。

「どうして」

 少年は壊れた機械みたいに同じことを繰り返した。
 何度も何度も。
 すると少女は、少年の傷を癒しながら、重い口を開いた。

「魔瘴と魔法使いの力は相反するものなのです。あなたの居た孤児院は……そこに居た人は魔瘴に侵された。魔法使いであるあなたは……子供たちを守ろうとした。それだけです。あなたは何も悪くない。魔瘴の前で魔法を加減するなど……出来ないものなのです。どのみち魔瘴を消すことが出来るものは、まだこの国にはない……だから……」

「殺すしかない」

 そう呟いたのは、横で手を繋いでいる兄だった。
 少女は一瞬こっちを見て、すぐまた少年と向き合った。

「この目……自分で傷つけましたね」

「……」

「魔法を使うまいとして、自分でやったのでしょう?」

 少女の声に、少年が頷いた。

「……シスターが……トニィに襲いかか……た。それで、何とかしなきゃって……したら俺の魔法がシスターを傷っつ…………だからっ魔法止めようとして。止まった……けど……その間に……トニィ……シスターに殺さ……てた。俺は……結局どっちも」

 救えなかった。
 少年の囁くような一言に、私は胸を押さえた。氷を飲み込んだみたいに喉の奥から体が冷えて。
 兄の手も冷たく、震えていた。
 このとき私は何もわかっていなかったのだ。
 国のため。戦や魔瘴に侵されたものと戦わされる魔法使いのことを。全然理解できていなかった。

「神子様! なぜそんな者の傷を癒すのですか! そいつが魔瘴を起こしたのでしょう! 魔法使いであることを隠してたせいで!」

「所詮神子も魔法使いだからだろ!」
 
 大人たちの怒号の意味も何もわからない私は、このとき、ただただ、悲しかった。
 避難の声を浴びて凛と立つ白い服の少女も、呆然と血の涙を流す黒髪の少年も。
 震えながら私の手を握る兄も。
 繋がっているわけでもなんでもないのに。勝手に一人で、何倍も悲しいような気がして。
 その場の誰よりも大きい声で大泣きした。
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